転落

いつみきとてか

第1話 深夜3時の女

 東京の会社に入社して田舎から世田谷の梅が丘って場所に住み始めて2年目にいつの間にかなっていたころ。

 自分は仕事の度重なる徹夜と残業で重い不眠症を患い、処方される薬の量が段々と増えていきながら病院と会社を往来しながらの毎日を送っていた。

 不眠が代替4日続くと幻覚が見えることをここで初めて体験する。

 今となればどうして会社を辞めなかったんだとは思うがその時は使命感みたいなものがあったからとしか言いようがない。

 そんなある日、いつも通り俺は薬を服用するも眠れずマンションの外に出て煙草をふかしていた。

 時間にして深夜3時頃。明日の仕事はお休みで心的には余裕があったがそれでも不眠が4日目。幻覚が見え始めるかどうかの日。

 目の前を通る赤堤通りに流れるタクシーやトラックをただ茫然と見ていたらふと視界の右端に赤いメッシュを入れた髪ショートヘアの女性が光明学園側の歩道を千鳥足で歩いているのが目に見えた。

 俺とは対向側に位置する歩道。

 進行方向は東から西の豪徳寺駅へと向かう方向。

 顔は見えないが体型はスリムで渋谷とか原宿に居そうな黒の丈の短いライダースジャケットを上に白の服と黒のハイウエストなパンツ。

カツッカツッとヒールが石畳を歩くあの独特な音も聞こえる。

――おいおい。あぶねぇぞ

 そう思いながらもその女性をぼーっと眺めながら煙草を吹かす。

 女性から目を離し口から吐き出した煙が霧散していく様を見てはすぐさま女性を見る。

 相変わらずの千鳥足。段々自分の前の近づくにつれて俺は肌の表面が鳥肌になっていく感覚が襲う。それとほぼ同時に彼女が近づいてくるにつれて、幻聴なのかどこかで聞いたことのあるような声でずぅーと家族や友人の声が俺を囲むようにまばらに聞こえて終いには犬の吠える声すら聞こえてきている。

だが、みな一堂に声を発しているせいか一体なにが言いたいのかわからない。

『―――ろ――だ―――』

 女性がちょうど俺の対角に来きた瞬間、ピタっと足を止めぐるんっと首を回し

 俺と顔が合った。

 気持ち悪いとか、不気味だとか、幽霊だとかは全く思わずただただ女性の顔を見て反射的に軽い会釈をした。

 見えた顔は顔は服装と会うボーイッシュな感じのカッコいい顔立ちで女優の波瑠に似ていたのを覚えている。

会釈をしたが女性は何かしらのアクションを見せようともせずにただただじーっとこちらを見ていた。

 あまり顔を見続けるのもどうかと思い視点を真っ暗い空へと向ける。

 内心であの子は俺に気があるのだろうかと気持ち悪い考えをしていた。

数秒経って女のほうを見ると女性がいた場所には誰もいなかった。

残念だとは思いつつもまぁ、いいかとその日は眠らずに会社への出勤となった。

次の日、また同じ時間に外に出て煙草をふかした。昨日の疲れも残っているし仕事で疲れてはいるのだろうが不思議とジェットコースターに乗っているときのような目の冴えが自分にはあった。

それとまたあの女性に合うことができればと、下心もあった。

しかし、その日は彼女に会うこともなければ昨日の彼女がどういった顔をしていたのかが全く思い出せなかった。

ボーイッシュ。赤いメッシュの入れたショートカット。ライダースジャケット。

この三つ以外のことがどうしても思い出せなかった。

不思議と思い出そうとすればするほど顔が似ていないと思う顔が浮かびあがってくる。

なんとなく自分の記憶に嫌気がさして家の中に入り床へと就いた。

電気を消して寝れるかどうか判らずに目を瞑る。

静まった部屋にカツッカツッとヒールが石畳を歩くあの独特な音が聞こえてきた。

その音は段々と大きくなっていく。

階段を足早に上り俺の住む三階で歩く速度が遅くなりまるで道案内を確かめるように一歩一歩が遅くなる。

三階には部屋は五つある。階段に近い順の部屋から何かのスポーツをしていると思われる快活な大学生。俺。若いOL。スケボーが好きな大学生。どこかの会社の事務所。

OLの人がこんな遅くに帰ってきたのかと思いつつ、開けた目を再び閉じる。

しかし、ヒールの音は俺の部屋を通り過ぎるどころか玄関ドアの前で急に止まった。

遅れたような悪寒が走る。

そんな気がしているだけだ。そう思った。

音で居場所が理解できるようないい耳をしている訳ではないがその時はこのヒールを履いた人は俺のところに来ている。そう確信めいたものが生まれていた。

歯の根が合わなくガチガチと歯を鳴らし恐怖が早く過ぎ去ることを祈った。





 

 



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転落 いつみきとてか @Itumiki_toteka

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