絵札召喚士エレメンタルサモナー ~カードは唯一無二の“力”! カードバトルは“命懸け”! カードゲーマーは異界にて“最強”!~
葵零一
第1章 絵札の召喚士
序曲、“転生神”の導き
それは聖依が11才の頃の話であったが、5年もの歳月が経っても脳裏から離れないでいた。
そして、妹の葬式を思い出すたびに、彼は人生に疑問を持つのだ。
(一体、何のために生きてるのかな……)
人通りの少ない住宅街を歩く聖依は、おもむろに空を見上げていた。
日本人らしい黒い髪が、風に吹かれて
その足の向かう先は、寂れた小さなカードショップ。彼の人生における、唯一の憩いの場。
妹の死後、兄は就職して家を出た。両親は心労が祟ったのか、その後まもなく衰弱死した。
カードを通じた友人しかいない聖依にとって、ここ以外の居場所はなかった。
――そう、トレーディングカードゲーム“エレメンタルサモナー”のみが、彼の生きる意味であった。
「こんにちはー」
ドアを開くと、カランコロンと来客を知らせる鐘が鳴る。
心地よい響きが、空っぽだった聖依の心を満たす。
対戦スペースにいる2人の少年が、「待ってました」とばかりに手を振り、聖依を出迎える。
「おっ、来たぜ!」
「聖依、あれを見せて欲しい! ほら、お前の持っている“オリジナルカード”だ!」
「えぇ、またぁ?」
“オリジナルカード”などとは言っても、ファンが勝手に作成した二次創作的なカードではない。
公式大会などで配布された、1枚だけしか存在しないカードのことだ。
のちに一般販売されるケースも多いが、そちらは“レプリカカード”と呼ばれ区別されている。
――そして聖依は、4年前の世界大会のジュニア部門における優勝者だ。
その際に手に入れた“オリジナル”を、聖依は今でも大切にしていた。
「ほら」
ウエストポーチに入っていたデッキケースを取り出し、その中から1枚のカードを差し出して見せる聖依。
イラストはレリーフ加工されていて、見る者にある種の神々しさ――“特別感”という名の貴ささえも感じさせる。
事実、テーブルに置かれたそのカードのカードを、2人の少年は食い入るように見つめていた。
「やっぱスゲェよなぁ。本物はこれ一枚なんだぜ?」
「売ったら数百万くらいはするか?」
「人のものを勝手に売るなよ……」
いつも行っているくだらないやり取りを終えると、聖依は2人に素朴な疑問をぶつける。
「でも……どうしていきなり、見たいなんて言うんだ?」
「ああ、このおっさんがよ……」
「やあ――」
2人の視線が、彼らのいるテーブル――その横に立っていた、大人の男性に向けられる。
その男性は見るからに聖依達よりも老けており、年のころは中年ぐらいに見える。
男の胡散臭い笑顔が、聖依に向く。……かと思えば、すぐにその視線はテーブルの上のカードへと移った。
「私はいわゆるカードコレクターなのだがね。この店なら“オリジナル”を持ってる人物がいると聞いて、やって来た。与太話の類だと思ったのだが、どうも彼らの話を聞くに本当らしくてね……ここで待たせてもらっていたよ」
「なるほど、そういうことか……でも、これはそんな大した物じゃないですよ。“レプリカ”でも問題なく公式戦で使えるわけだし」
「いやいや、希少価値が違う。これに比べれば、ブースターパックにいくらでも入ってる“レプリカ”など、ゴミ同然。カードとしての性能は同じだが、凄味が違う」
あまりの食いつきように困惑する聖依。
そんな聖依のことなど知らず、男は舐め回すように――検分しているかのように、ジロジロと“オリジナル”を見つめている。
「――本当、凄いカードだ……」
そして、その男性が小さく呟くと、聖依の背筋に冷たい感覚が走る。
一瞬だけ鋭い顔つきになったかと思うと、自称コレクターの男性は急に元の笑顔へと戻った。
聖依の本能が、これ以上の関わり合いを避けるべきだと警鐘を鳴らす。冷や汗が、頬を伝う。
だが、聖依がカードを持って遠ざかろうとしたその瞬間――
男は興味を失ったかのように、あっさりと離れた。
「……では、用事も済んだので帰らせてもらおう。今日はいいものを見せてくれて、ありがとう」
そう言い残すと、男性は店を出て行く。
その背中を2人の少年は、不思議なものを見るような目で眺めていた。
――そして聖依は、圧力から解放されたような脱力感に見舞われていた。
「まさか、本当にただ見に来ただけなのかよ……」
「まあ、ああいう人間もいるのだろう。聖依が手放すわけもないし、交渉なんてされたら面倒だった。なあ、聖依?」
「あ、ああ……」
予想外の反応に拍子抜けする二人を他所に、未だ全身が強張っている聖依。
そんな中で聖依は、疑問を募らせていた。
それは、情報の出どころだ。やり取りを見ていれば彼ら二人がコレクターと知り合いでなかったことは分かるが、それでも念のために聖依は確認をとった。
「ところであの人……君らの知り合い?」
「いや、俺は知らないぜ」
「私も知らないな」
聖依の持つオリジナルカードのことを知る人間など、実はこの2人以外に殆どいない。
(――じゃあ一体、どこから聞きつけてきたんだ……!?)
何年も前のジュニア部門の優勝者の名前など、知っている人間はそういないし、よしんば名前と顔を知っていても、住所は公表していない。
カード仲間の2人以外で知っているのは、聖依の兄くらいのものだろう。
(……まあ、いいか。もう考えたくもない)
しかし聖依は、大して気にしなかった。
いや、恐れをなして思考を放棄したと言った方がいいだろう。
どちらにしても聖依は、自ら未来を捨ててしまったのだ。
――ここでの判断によっては、運命が大きく変わったかもしれないというのに。
◇
何戦か対戦すると、聖依は突然に切り出した。
「じゃ、僕はそろそろお暇させていただきますよ」
「毎度のことながら、早えよなぁ」
「一人暮らしはいろいろと大変だと聞く。買い出しとかあるんだろう」
「あ、買い出しと言えば……」
聖依は店のストレージ(あまり貴重でないカードの詰まった箱)から適当に6枚のカードを選ぶと、レジにいた店主に差し出した。
スペースの使用料の代わりである。
強制されている訳ではないが、聖依は感謝の意を込めていつも何枚かのカードを買うようにしていた。
「店長、これください」
「あいよぉ」
購入したカードを、デッキケースと共にウエストポーチに収納し、聖依は店の扉を開く。
入るときと同じ鐘の音が、聖依に名残惜しさと哀愁を感じさせる。
「じゃ、また明日」
「じゃーなー」
「また会おう」
外は既に夕暮れに染まっていた。
いつもよりも朱く見える空は、まるで新鮮な血のような印象を聖依に与えていた。
空には真っ黒なカラスの編隊が飛び、その禍々しさを引き立てている。
(……ん?)
聖依の帰路に、一人の男性が立ちはだかった。
身綺麗なカジュアルスーツに身を包んだ、中年の男――
そう、先ほどカードショップで顔を合わせた、自称コレクターの男性である。
男性は手を背中に隠し、怪し気にゆらゆらと近づいてくる。
明らかに様子がおかしいのだが、一応は顔見知りである聖依は、気兼ねなく話しかけた。
「貴方は――」
――そしてその時、聖依の胸を激痛が襲う。
胸に異物の入り込んだ違和感が、聖依の本能を刺激する。
恐る恐る聖依が自らの胸を見ると、そこには――
「……あ、あ、あああああぁぁぁっ!」
「ありがとう、少年」
突き刺さった“何か”と、溢れ出る血で汚れた服があった。
それを認めると、聖依は言葉を口にする余裕もなくなった。
やがて足からも力が抜け、仰向けに倒れる聖依。
「――君が“オリジナル”を易々と見せてくれたおかげで、わたしは楽に目的を済ませることが出来た」
(目的……!?)
「あのカードは確かに危険だった。その“召喚者”である君には、死んでもらう他ない」
(“死ぬ”!? 僕が、死ぬのか……?)
聖依の脳裏に、棺の中の妹の死に顔がフラッシュバックする。
息を引き取ったペットのような、道端で息絶えた虫けらのような……そんな物言わぬ“肉の塊”に成り下がる恐ろしさが、聖依の心を支配する。
「じゃあね。来世ではもっといい人生を送れるよう、祈っているよ」
男性は立ち去る。
聖依にできることは、もう無い。
せいぜいが薄れゆく意識の中で、霞む視界の中で、自信を殺害した男の背を恨めしそうに見つめるのみである。
(嫌だ……死にたくない! 逝きたくない!)
荒い息で、空を見上げる聖依。だが助けなど、救いなどない。
つい先ほどまで、生きる意味に悩んでいた聖依だが、ここに至っては事情が違う。
確かに、彼には生きる上での夢も希望も何もない。だが妹と同じように、何も為さずに死ぬのだけは御免だった。
そんな“死”など哀れまれるばかりで、とても気持ちのいい死に方ではないからだ。
(助けて、誰か……助けてよ、兄さん……助けてくれ……)
苦しみの中で、聖依は助けを求める。
だが、誰も答えてはくれない。
(誰でもいいんだ……何でもいいんだ……僕を救ってくれ……頼む……父さん……母さん……)
死んだはずの両親にすら、救いを求める聖依。
そして彼は遂に、その名を出した。
(――リンネ……!)
聖依が心で叫ぶと、彼のウエストポーチから激しい光が漏れる。
そして、聞こえるはずのない声が、彼の頭の中に響いた。
《……セイ……聞こえますか、セイ……》
(何だ、この声?)
その声は、不思議な安らぎを聖依にもたらした。
死にゆく意識の中でも安心して聞き取れる、優しい声であった。
聖依は声にどこか聞き覚えがあったが、その声の主を思い出すことは出来なかった。
《私では、貴方を救うことは出来ません。貴方は死にゆく運命――もう、それを止める術はありません》
(なら、何故話しかけてくる! どうにもできないのなら、せめて静かに死なせてくれ……!)
聖依の意識が消える。
微かに残っていた視界も、恐怖に塗れた意思も、身勝手な想いさえも、何もかもが消えるはずだった。
――だというのに、未だに謎の声は止まない。それどころか、よりはっきりと聖依の心に響く。
《……貴方は、生まれ変わるのです。この世界にではありません。遥か彼方の、こことは異なる世界へと……》
(“転生”!? 駄目だ、僕が死ねば兄さんは独りになる!)
《兄ならば大丈夫です。貴方がいなくとも、どうにでもするでしょう》
(そんな問題じゃ――って、お前は!?)
死んだはずの聖依の前に、ビジョンが現れた。
その姿は、聖依のよく知る女神。幼き少女の姿をした、輪廻転生を司る神。
――そう、彼女こそが“転生神”であった。
《貴方の行きつく先は、精霊達の暮らす世界。そして、貴方にはその世界で成さねばならない、“使命”があります》
(何を勝手なことを!)
《これしか、貴方の魂を救う方法がないのです……!》
“転生神”は、聖依の意思など無視して話を進める。
聖依は最早どうしていいのかもわからず、流れに身を任せるのみであった。
《頼みましたよ、セイ。“アース”と“ジェイド”の未来は、貴方に懸かっています……》
その声を聞き届けると、聖依の意識は今度こそ完全にシャットダウンした。
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