霊界や神界とはどんなところか

 霊界は聞いたことがあると思う。この世界で一生を終え、逝く場所である。いわゆる、あの世。常世とこよなどとも呼ばれる。


 神界しんかいとは、読んで字のごとく、神が暮らす世である。神世かみよと言うこともある。


 ちなみにこの世は、現世うつしよ(げんせ、とも読む)、物質界と言われる。


 世界はこの順番で下から重なって存在している。物質界、霊界、神界。


 私たちが生きている世界は、肉体という入れ物に、魂が宿っている状態で、重きが置かれているのは、肉体を中心とした物質である。


 しかし、霊界と神界はずばり心の世界である――


 この違いを理解しなければ、実際に見えていたとしても、見えているとは判断しづらいものである。


 例えば、こんな話があったとしよう。


 会ったこともないが、好みのタイプの人間がそばへやって来て、こう言うのだ。


「あなたのことを前からずっと好きでした」


 こんな出来事が目の前で起きた時、大きくふたつの反応に分かれるだろう。


 その一。

 何か裏があるのでは? と疑う。


 その二。

 こんなことが世の中起こるんだ。奇跡って本当にあるんだ。と素直に受け取る。


 前者の疑いをかけてしまうと、起きていることが事実として受け取ることができず、見えていたとしても、見えていないと心は否定し、いつしかそれは、心の世界では真実となってしまう。すなわち、見えなくなるのだ。


 小さい頃は見えていたのに、成長するにつれて見えなくなったという理由の大半はこれであろう


 別の章で詳しく説明するが、霊界と神界は、私たちが存在する物質界とは、様々な法則が違っている。この世での既成概念を外せるだけの、心の柔軟さが必要となる。


 つまり、見えたものを決めつけないということだ。それでは、私が実際に体験した例を挙げよう。


 同じ容姿をした神が三人現れた――。


 どんな可能性がここに隠れているかである。

 色々あると思うが、


 その一。

 見間違い。


 初っ端、前の話と逆説になっているが、これはかなり大切なことである。

 のちの章で詳しく説明するが、心の世界はいきなり過去へ飛んでしまったりする現象が起きる。正しいかどうかを確認するためには、審神者さにわを行わなければいけない。そのため、自身の心の隅では常に、間違っている可能性が0.01%でもあると思っておいたほうが、より正確な霊視できるようになる。


 その二。

 三つ子。


 神様の系図を知っている人なら、神世でも家族が存在していることは容易に理解できるだろう。さらに、この世に名前の知られていない神はまだまだ大勢いる。私が今まで話したことがある神の中でも、三つ子は珍しくない。


 その三。

 動きが早くて、残像が見える。


 アニメの早い動きを表しているような感じだ。心の世界では、想像力でありえないことを実現させることは、ある程度可能である。肉体を持っている自分が追いつけないほど、動きの速い神もいるかもしれない。


 その四。

 分身している。


 人はできないが、神ともなれば、分身はたやすい。


 他にも色々可能性はあると思うが、私が体験したのは、二の三つ子だった。しかも、おじいさんの三つ子。


 実体がないからこそ、触れることができないからこそ、見えたままを素直に受け取れる心の準備が必要である。次回は、この世界――物質界の存在している意味をきちんと理解しよう。

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