第18話 巻き込まないでくれ


 銅製の胸当て、動きやすい布で出来た服を纏い、硬い革手袋を手に馴染ませる。最後にくすんだ青の外套で身を包んで、アスカはブーツの踵を鳴らした。


「いよいよ本物の盗賊っぽくなってきやがったな……」


 アスカは部屋を出る。垂れ幕の向こう側で待っていたのは、プリスだった。


「まあ! とても良く似合ってますわ、アスカくん。これから共に活動する仲間ですもの! タテガミ色に染まってもらわなくては……です!」

「……その話だけど、俺まだ決めてねーんだけど」

「……そ、そうなのですか……それは…………とても残念なことですわ」


 プリスは途端にしょんぼりする。アスカは困ったようにごわごわの髪を掻いて、


「それよか風呂に入りてーんだ。身体臭いし、髪もごわごわだよ」

「それなら後でご案内できますわ。今はラロードの元へ」


 プリスと共に、薄暗くひんやりした穴蔵を進んでいく。辺りには、アスカが居たような小部屋がたくさん並んでいた。どうやらこの辺は盗賊団の寝床にあたるらしい。

 上方には、翡翠色に強く輝く籠が吊されている。


「プリス、この光る籠はなんなんだ?」

「光石(ヒカリイシ)……ですけど、ご存じないのです?」


 プリスは道なりに吊された発光していない籠の一つに手をやって、揺すった。すると籠の中に詰まれた小石が音を立て、淡く光った。


「こんな風に、刺激を与えると光ります。驚いた光石が、周囲の明蟲(めいちゅう)という小さな生き物を食べてしまうからだそうです。この現象は、体を発光させる明蟲の最期の灯火とも言われています」

「石が……他の生き物を食うのか?」

「おかしいのですか? 硬い物にぶつければ、半時ほどは発光していられますよ」


 ――これも、あいつが創造したんだろうか。

 小部屋が続く穴蔵を抜けると、固めた泥と布、木材で作られた暖かな生活感が広がっていた。広場の奥で木椅子に腰を下ろしていたラロードが、ゆっくりと瞼を開ける。


「来たな……アスカとか言ったか」

「ああ……その、助けてくれて…………ありがとう」

「礼など不要だ、俺は俺のしたいことをした。お前も……そうだろう?」


 プリスが椅子を薦めてくる。アスカはそれに腰掛けて、真正面からラロードを見据える。命の恩人とはいえ、自らの体内に刃を差し込んだ人物である。


「まずは俺たちのことを語っておこう。盗賊団タテガミは、この貿易都市プロットルのスラム街を統括している。……統括と言っても小さな団体だ。大したことはできていないがな」

「ま、待ってくれ。俺、あの街に着いたばっかりで、どういった街なのかも知らないんだよ」


 ラロードの瞼がぴくりと動く。


「お前はどこの出身なんだ……?」

「あー…………日本?」

「ニホン……か。聞いたことが無いな」

「そりゃそーだろうな。とにかく凄い遠くから来たから、この辺の事情とか知らないんだ」

「プロットルは、実情で二つに別れている。王都と貿易を主に執り行うメイン街と、廃れたスラム街だ。どちらもプロットルという一つの都市だが、デカい顔をするのは常にメイン街だ。奴らは俺たちのようなスラム街に住む連中を同列の人間だとは思っていない。人身売買やら奴隷の強制労働やら、好き勝手にやってくれている」


 アスカの脳裏に、ミルフの顔が思い浮かぶ。


「プリス……そういえば、ミルフは?」

「安心してください。ミルフちゃんならぐっすり眠っていますわ」


 微笑むプリスの表情に、アスカは安堵する。


「で、あの騒動はなんだったの?」

「俺たちは証明石を取り戻す予定だった。だが、王都の騎士団に嗅ぎつけられた」

「証明石……? 何それ」

「一つの村や街として、王都ストーリエが認可した証のことだ」

「じゃあ……このプロットルって街は王都から認可されてないってことか?」

「いや、されている。だが、半分だけだ。スラム街の証明石は、メイン街に手を貸すバカなスラム連中が売ってしまったんだ」

「……じゃあ、今メイン街には証明石が二つあるってことか?」

「察しが良いな。メイン街のおこぼれや、スラム街の奴隷を労働力とすることでここの経済が回っていることも事実だが、そんなものはクソ喰らえだ。……俺たちタテガミは、誰にも束縛されず、自由に生きられる場所を作るのが使命だ。そのためには、メイン街の自警団からの圧力に対抗することもある」


 ラロードたちと対抗していたのが、プロットルのメイン街の自警団ということだろう。


「……知ってたら教えて欲しいんだけど、あの騎士っぽい格好の連中の中に、赤髪の女子がいただろ? あいつのこと、何か知らないか」

「お前が熱心に喋りかけていた赤髪の女騎士か。知らないが、王都の人間だということはわかる。王の側近と一緒に居たからな」

「あのロズウェルとかいう子供か? そういや偉そうに取り仕切ってたよな」

「俺も対面するのは初めてだった。だが、奴は相当強いな」


 ――こいつらとリーナは敵対しているってことなのか?


「……まあ、なんとなくわかったわ」と適当な返しをしながら、アスカは無関係を装う。

「……それでは困る」

「……俺が、この盗賊団の団員だから?」

「そうだ」


 ラロードが即答する。


「あのさ、プリスには言ったけど、俺まだこの盗賊団に入るなんて言ってねーんだけど」


 表情を変えないラロードが、プリスに目をやる。彼女は俯いてぎゅっと手を握った。


「……そうか。去る者も来る者も拒まないのがタテガミだ。それは別に構わない。団員であるお前に選ぶ権利がある。だが、俺たちはこれから大きな作戦に出ようと思っている。この世界を根本からひっくり返すほどに大きな仕事をな。アスカ、可能ならば力になってくれ。それが本音だ。ウチは常に戦力不足だからな」

「……世界をひっくり返すって……一体どんな仕事だよ」

「王都ストーリエに潜入し、グリモアを盗む」


 彼の言葉に、アスカの表情が豹変する。


「グリモアだって……?」

「ああ。俺は……この世界がグリモアによって創られたものだと考えている」


 表情を変えること無く、ラロードが続きを言った。


「この世界は、何者かによる創造世界だ。俺や……プリスのような人間も含めてな」


 背筋に寒気が走る。目の前の男の素性が知れない。勘で言っているのか、それとも真実を知っている? 何故? どこで知った?


「またラロードはそんなことをおっしゃるのですね!」とプリスが笑いながら言う。

「変なことは言ってない。考えた結果だ」

「あらまあ、一回見てみたいものですわ。あなたの頭の中を」

「やめろ、俺の頭で遊ぶな」


 プリスが、ラロードの頭を指でつんつんと突いてから言った。


「ラロードの言うことは信じがたいですけれど、ストーリエがそれくらい大きな力を隠し持っていてもおかしくありません。それに、不思議な力を持った本が実在するのも事実ですわ」

「つまり……その本を奪ってしまえば、この世界は創り変えることができるということだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……なんでプリスまでグリモアの存在を知ってるんだよ!?」

「それは……私が、実物を見たことがあるからですわ」

「……なんだって?」

「プリスは、かつて一国の王女だった。ストーリエ王の婚約者として、城内で過ごしていた」

「…………王女」


 ぼやきながら、アスカは妙に納得してしまった。自然に纏う高貴な雰囲気と、少し癖はあるが丁寧な口調。それらはこの鬣猫盗賊団と全く結びつかない。


「ええ、事実です。でも……壊されたのですわ。私の王国を……民を、国を……お父様も、お母様も……最愛の兄と弟でさえ。そのすべてを……私の目の前で…………ヒカゲ王にっ!」


 アスカの脳髄に、戦慄が走る。


「…………ヒカゲ」

「はい。このグリモワールという世界で、たった一人だけの王様です。ヒカゲ王の気分次第でこの世界はすべての成り行きが決まってしまいます。残忍で幼稚で……わがままな独裁者ですわ。そして……『唯一無二国制度』という法を制定した張本人でもあります。王都ストーリエ以外の国は、この世界にその存在を許されないというものです」

「な、なんだよそりゃ……それで、プリスの王国が潰されたっていうのか?」

「……はいっ」


 プリスは苦虫を噛み潰したように瞳を閉じた。華奢な白い拳に力が入る。

 ――ヒカゲが国を潰すだって? 本当にあいつにそんなことができるのか? グリモアがあれば実現することも可能だろうけど……虫も殺さなそうな性格のあのヒカゲが……?

 アスカの脳裏に“あのとき”が過ぎる。この世界を天変地異に追い込んだときのヒカゲが。


「ふざけた王政の転覆を図る俺たちは、亡国の姫君と利害が一致したというわけだ」

「私なら、ストーリエ城内の地形や兵士の巡回ルート、グリモアの在処までわかります。……私たちタテガミは、この世界のためにグリモアを手にしなくてはならないのです。これ以上多くの難民を出さないために。私は…………お父様とそう約束しました」


 胸にぎゅっと腕を押しつけて、プリスが告白する。


「……というわけだ。俺たちは王都への侵入を果たし、グリモアを必ず手に入れる。……アスカ、お前にはこれからタテガミの一員として助力してもらいたい」

「……急に、そう言われても……」


 頭の整理が付かない。王様であるヒカゲと、王都の騎士であるリーナ。二人は組んでいるのか? リーナはどうしてヒカゲを止めてくれないんだ?

 戸惑う表情のアスカを見据え、ラロードが言う。


「俺は、お前には何かしらの不思議な力があると踏んでる。そして、それがタテガミにとって有益なものであると、期待している。……俺の勘は良く当たるんだ」

「期待って……そんな、俺は……」


 ――頼むから、俺を余計なことに巻き込まないでくれ。命を助けてくれたことは感謝してる。でも、だからってなんで俺が王国に反逆するような連中に手を貸さなくちゃいけないんだ。

 世界に国が一つだけだって? それ以外は壊される? 一国すべてを滅ぼしたというなら、ヒカゲはとんでもない数の国民を亡き者にしたってことだ。にわかには信じられない。

 こいつらは、それに抗っている。でも、それって……命を賭けろってことなんじゃないのか。


「…………もう少し、待って欲しい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る