【4/23 16:34:12 西乃沙羅 残刻 21:30:24】

 ルールや規範に縛られないという点において、西乃沙羅にしのさらはまさしくそれを幼年ようねんの頃から体現してきたといえよう。



 手のつけられない暴れん坊とまでは行かないまでも、自らの我を通す為には労力を惜しまずに何だっていとわない。力が無ければ何も出来ない。ましてや単純な腕力や体格では女である自分は男に負けてしまう。



 齢4歳、公園デビュー2日目にして同い年のやんちゃ坊主に敗北をきっしたのを皮切りに、しくも彼女はこの世の理がなんとはなしに、おぼろげながらに理解出来てしまったのである。



 理解わかれば、あとは動くだけである。沙羅は良く食べ良く学び良く鍛えた。義務教育という名のまな以外の習い事といえば、親に内緒で通いつめてた近所の敗残の老兵の寝床ねどこ唯一無二ゆいいつむにれであった。昨今のジムなりじゅくでは何があっても教えてくれない技術や普通に生きて行く中では絶対に知るはずの無い経験を身につけた。



 ともすればかたよった思想に傾倒する可能性も孕んでいたが、ブレることなく真っ直ぐに、すくすく育っていった。そして沙羅には叶えたい明確な夢があった。



 心から愛する異性とめぐり合い、そして死ぬまで一緒に過ごしたい。



 なるほど年端の行かぬ女子らしい真っ当なものに見えよう。が、生物としての本能に抗がえず常人なら折り合いをつけて「まぁぶっちゃけそんなに好きじゃないけど寂しいから付き合っちゃえ」的な妥協は一切持ち合わせていなかった。



 交際を宣言した後に僅かでも気に入らないと感じた奴は音速が如く切り離し、関係をすがるものや復縁を迫るものは容赦なく突き放し、なんならその半数以上は己が持ち得る実力で心底全力完膚なきにまで打ちのめしてきた。



 彼女自身、どうしようもなく男を見る目が無かった。それも病的なまでに。



 捉え方を変えるならば才能とさえ言える。悉く見る目が無かった。すべからくしかるべくして、徹頭徹尾てっとうてつび男を見る目が無かった。



 一方的に別れた後の数日間は「もう恋なんてしない」などと失意に項垂うなだれるも、気が付けばまた別の男性と付き合っている。懲りていないし、根っこの部分ではめげてもいない。



 98回もの失敗をしようが、それでも彼女は諦めない。



 なので己が夢を実現する為に、死んでる暇などはなかったのだ。



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 丸二日以上熟睡した彼女は、予備動作を伴わずがばりと勢いよく起床する。



 時計を見、日にちと時間を確認。制限時間を差し引いてもまだ20時間以上あるのでもう少し眠ろうかとも思ったが、愛犬パスカルのフードボックスが空になっていたし、何より当の本人も空腹であった。



「ぶっとばせーはったおせーようしゃはーしなぁ~い~♪」



 膝まで伸びる髪を縛り上げ、鼻唄交じりに食事の準備に取り掛かる。



 寝室より出てダイニング兼キッチンに這入ると、件の自爆霊とやらが宙に浮かんでいた。



『おーーーーーはーーーーーーよーーーーーー! おねえちゃんいくらなんでも寝すぎだよ! ワタシ暇すぎて孤独死しちゃうとこだったじゃん。つーかワタシってばもうくたばってたわギャハハハ!!』



「寝起きから大きな声を出さないでってば、只でさえあんたの声は脳に直接響く」



 適当にあしらいつつ冷蔵庫内に残っていたあり物で食事の支度をする。



 その間ボムみはというと、沙羅の真横や真上や真後ろから中身の無い軽口を叩きつつも漂っていた。



『なんだよなんだよつれないなぁ。にしても本当に大丈夫なの? タイムリミットもう1日切っちゃってるんだよ? 焦らないの? 死ぬのが恐くないの?』



「実感が湧かないってのが率直な感想かね。とはいえ未来の旦那様と添い遂げる為には死んでる暇なんて、あたしにはないからな。ぶっちゃけ弩級に面倒だけど、やるだけやってみるさ」



 タコをかたどったウインナーをもごもごと頬張りながら彼女は気だるげに答える。



 事情を知らない第三者目線であれば、今の沙羅は連休明けの出社に憂鬱さを漂わせるOLに見えなくもない。



 だがそもそも沙羅はオフィスレディーなどではないし、漂っているのは雰囲気ではなく自爆霊であった。



『その謎の自信はなんなのさ? どこからどうみても負ける気ゼロじゃん! りんご食ってるのかってぐらいに、よゆうしゃりしゃりじゃん!』



綽綽しゃくしゃくな。さて。よっこいせっ、と。んじゃま、ぼちぼち出掛けますか」



 そう言うと彼女は手早く身支度を済ませ、半外套ハーフコートを羽織る前に誰かへ電話を一本かけた後、少し遅めのショッピングに出掛けるが如く、玄関へ向かう。



「数時間以内には帰るし、留守番頼んだぜ相棒」



 パスカルちゃんばいば~いと、ボムみが両袖を振る。



 ワンワンという二度の鳴き声を後に、沙羅とボムみは家を後にした。

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