カヤノソト行進曲

楠木黒猫きな粉

自身信愛

薄い。暗い。それだけの日常を繰り返す。止まっているように見える。けれど交差点を進む彼らは進んでいるように思っている。私は知っている。彼らも止まることを恐れている。信号機の指揮に促され、今日も今日とて意味のない日常を謳歌する。

下を向き進む彼らにはきっと誰の声も届かない。気にもされない。気にしてしまった途端に溢れる違和感から目を逸らす。そうしなければまた恐ろしくなってしまう。

今日と昨日が経験を語った。私が歩いてきた道全てがこの街を作る全てだと錯覚してしまうほどに。昨日の私が誰かに言った。明日はきっと美しいと。今日の私は明日に言った。お前は誰よりも醜いと。今はもう諦めることにも慣れてしまった。成長。そういえば聞こえは良いのだろうがそれは大きな間違いだ。こんなものは成長じゃない。何故かは分からないけれど断言できる。

誰もが私のこの言葉を聞いている、フリをする。大人になれよと一言加えて去っていく。満員の電車を眺めて思う。きっとあれに価値はない。

高いだけのビルを見て思う。あんなもの邪魔なだけだ。

何も見ない人を感じて思う。何故誰も空の青さに気づかない。

灰色が似合う檻の中で私は伸ばし続けた手を下ろす。もうヒカリは無い。ずっと願っていたヒカリを私は諦めた。ワタシを救える誰かを諦めたんだ。

これで私もワタシになれる。何千人もの他人の薄っぺらい顔色を読んで、笑うだけの機械に進化した。ツマラナイ日常がこんなにも鮮やかに見えてしまう。

そんな時だった。視界に何かが映った。ついに幻覚を見てしまうまでに腐ってしまったのだろうか。その幻覚はワタシに言った。

夜は空いてるかい、と。


高度二千メートルの世界に立ったら何が見えるのだろう。少しだけ月に近づいた気分になるだけならそれはそれでいいのかも知れない。まぁ、私には皆目見当もつかないのだけど。

そしてイマの状況にもだ。

あの幻覚はどうやらホンモノのようでサンタクロースのように空を飛んで来た。

光る彼の手は私の手を握る。幻覚は「馬鹿みたいだろう?」と笑う。「最高」だと私は言う。

幻覚は旗を掲げて歩き出す。私は手を引かれて行進を始める。バカみたいに赤い旗を振り回しても道ゆく人々は気づきもしない。彼らは手の中にある四角い世界に囚われてしまっているんだ。簡単に略された言葉を使い、心情を理解したかのような言動を吐く人たちもきっと囚われている事実に気づけはしない。

私は彼に問う「なぜ私を誘ったのか」。彼は旗を掲げてこう答える「アナタだけは前を見ようとしていたから」。たったそれだけの事。気のせいとも言える直感を彼は信じたのだ。

元よりこの行進に理由なんてないと語る。自分が信じる自分が正しいと笑ったから進んでいるだけだと。

「誰も気づかないのにどうして諦めないの」

「僕が諦めたら誰が今日の行進をするんだい」

その言葉は希望だった。私が望んだヒカリ。諦めて消し去っていった望み。それが今、私の目の前で行進をする。

昨日より悪い今日を明日より良くする為に彼は進む。ひたすらに前に前に進み続ける。

彼はこの行進をカヤノソト行進と呼んだ。全ての人に届かない行進をたった一人の人間に届けるための行進だと。

世界に置いてけぼりにされた蚊帳の外の誰かを救うための旗を振る。囚われを嫌い、鎖を疑った君達は正しいと伝える為に。

「さぁ、ここが終着点だ」

彼は旗を突き刺し空を見上げる。浮かぶ月は相変わらず嫌味な笑顔を浮かべている。そして私に手を差し伸べて彼は月とは真反対の笑顔を浮かべてみせる。差し伸べられた手を握ると行進を締めくくる。

「今日も明日も変わらず月は嫌味を言うだろう。その度に僕たちはこう言ってやることができる」

突き立てた旗が不敵に揺れる。暗い暗いこの街を照らす月。それを睨んで私達は誓いを謳う。

「僕らの旗はきっと折れない」



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カヤノソト行進曲 楠木黒猫きな粉 @sepuroeleven

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