迷宮街暗黒秘剣帖

和鳳ハジメ

第1話 悪徳の都に英雄候補は潰える



「――レックス、お前は追放だ。今すぐ去るがいい」

「リーダーっ!?」


 唐突な宣告だった。

 よりにもよって迷宮の中、最下層に行く階段の手前の階層主を倒した直後の事である。


「待ってくれよ! いきなりソレはないだろう? オレが何したって言うんだよ!?」

「何をだと? ……そんな事も分からないのかお前は?」


 リーダー、迷宮に潜る探索者にして騎士身分のアンヘル。

 彼は黒ずくめの赤毛の青年、レックスに冷たい視線を浴びせた。

 それに習う様に、他の四人の仲間達も彼を見る。


「お、おいおいおい、何だよ皆そんな顔してさ。冗談キツいぜ……?」


 この徒党においてレックスの役目は、斥候や罠の有無を調べ、宝箱の開錠、戦闘になれば師に教わった潜伏の魔法で姿気配を消し皆の補佐を。

 倒した魔物の解体作業だってお手の物だ。

 騎士であるアンヘル、重戦士を自称するカタルの様に、前線で体を張って……等と分かりやすい貢献を見せてきた訳ではないが。

 十二分に徒党に尽くしてきた筈だ、それが何故、追放などと言う言葉を向けられるのだ?


「追放? 何でまた今言うんだよ? 次は階層主だろう? そもそも、オレが何をしたって言うんだよっ!?」


 レックスはもう一度仲間の顔を見渡す。

 重戦士カタル、魔法使いキャシー、神官イザベラ、弓手コナー。

 蔑む者、残念そうな者、ため息、そして武器を構えて。

 気の合わない者も居たが、信頼と信用を築けていたと思っていたのに。


「――っ!? いい加減にしろよっ!? 悪ふざけにも程があるだろう!!」

「悪ふざけだと? お前がそれを言うのか。つくづく見下げ果てた奴だな。――薄汚い盗人の癖に」

「盗人?」

「白を切るか、良いだろう。では話そうじゃないか」


 アンヘルは重苦しく語った。

 曰く、レックスが長年に渡り徒党の資金を横領していた事。

 曰く、戦闘面で活躍しない事に不満がある事。

 曰く、一昨日の出発前夜にイザベラに強姦を働いた事。


「馬鹿なっ!? 嘘だそんな事っ!! 信じてくれアンヘル! オレ達幼馴染みだろう? そんな事する訳ないって知ってる筈だ!」

「お前と幼馴染みなのが、私の汚点だよレックス。残念だが証拠は全て上がってるんだ」


 仲間達が次々と証拠と言う名の何かを出す中で、彼は窒息した様に喘ぐしかない。

 ギルドの借金の証文、そんな物に覚えはないし。

 素材換金の見積書、それには紛失した筈の宝殊の文字が、やはり覚えがない。

 ――――だがどれもレックスの署名。筆跡もだ。


「そ、そんな…………何かの間違いだっ!!」


 確かにイザベラとは一昨日の夜に、珍しく二人で飲んでいた。

 でもレックスだけ酔いつぶれて、酒場において行かれた筈だ。


「おいイザベラっ!? お前と何も無かっただろう? そ、そうだあの酒場の店主だっ! 店主ならオレの無実を知ってる! だってアイツに朝起こされたんだからっ!!」

「見苦しい、その店主が殺されたと出発前に耳にしただろう? ――お前が殺したんだな」


 決めつける物言い、そして涙を浮かべるイザベラは恋人であるコナーの胸に顔を埋め。――その口元が歪に笑っているのをレックスは見逃さなかった。


(やられたっ!? あの二人ぃっ!!)


 そういえば耳にした事があった筈だ、イザベラが前の徒党を抜け出した原因が当時の恋人の横領。

 こうも聞いた筈だ、賭博好きのコナーが探索者になった訳は両親の借金であったと。


(逆、だったのか――――)


 イザベラはその清楚な美貌と神官という身分でもって、コナーの木訥とした性格と街のギルド一番の腕で。

 その可能性を見過ごしてきた、彼らが悪党である事を。

 思い起こせば不審な点はあった、男の誘い方が嫌に上手かったり、賭場の住人に顔が広かったり。


「…………オレを、どうする気だ」


 じりじりと近づくアンヘルとカタンに、レックスは唇を噛みしめながら即座に逃げられる様、腰を落として。


「レックス、テメェの様な奴が仲間なんて困るんだぜ。だから優しい俺達が贖罪の慈悲を与えようっていうんだ」

「殺すのかっ!?」

「違うな、これはあくまでお前への罰だ。そして幼馴染みとしての慈悲だよ……乗り切ったらまた仲間として認めてやる事を考えよう」

「やってられるかっ!? お前等なんてこっちから願い下げ――」

「『――――束縛の戒めを与えん』」


 ニ対一でもレックスの方が早い、彼が逃走を試みた瞬間、キャシーの魔法が放たれて。

 身動きの取れない彼を、アンヘル達が引きずって階層主の扉の前へ。


「お、おいっ!? 何をするつもりだっ!! 嘘だろうっ!? お前等、人の血が流れてるのかよっ!?」

「……最後まで罪を認めなかったな。ああ、お前の親には徒党を逃がす為に死んだと伝えよう、英雄であったとな」

「じゃあな、お先真っ暗の英雄さんよぉ!」

「うわああああああああああああああああああっ!?」


 そして、レックスは一人で階層主の前に放り出された。

 無慈悲に扉は閉められて。

 普通ならば助からないであろう、何といっても、この階層主の部屋に通じる扉は主を倒すまで一方通行だ。

 ――――結論から言おう、しかして彼は助かった。


 企てに参加していないであろうキャシーの慈悲か、それとも彼女自身の腕か。

 ただの偶然だったのかもしれない、彼の束縛は扉が閉まった後に直ぐ解放され。


 その後も幸運が続いた。

 彼が素早さに長けていた事、師から教わった隠蔽の魔法(それだけしか使えない)が主にも効いた事。

 最後に、主の攻撃で床が崩落しそれに巻き込まれる形で最下層まで落ちてしまった事。


「た、助かった……、うう、嗚呼――――」


 レックスは慟哭し、涙を流した。

 悔しくて、情けなくて、信じていたのに、気づけたかもしれないのに。

 その想いは憎しみに変わり、怒りに変わり。


「…………此処から絶対に生きて帰る、んでもってアイツ等に思い知らせてやるっ!!」


 彼は歩き出した、今まで培った技術を最大限に活用して。

 敵を無理に倒す必要はない、今のレックスの姿を追う事は英雄と呼ばれる最下層級探索者でも適わないだろう。

 隠れ、歩き、隠れ、歩き、彼が向かったのは上ではなく下、迷宮の最奥。


「ははっ、一人でもやれるじゃないかオレはっ!!」


 この迷宮はまだ攻略段階の場所だ、地図があるのはあの階層主の所まで。

 つまり、今の彼が居る場所は未踏の地であり。


「この魔法の外套も、防御の魔法の指輪も、――はははっ、運が向いてきたぜ! これはクラインの鞄! 無尽蔵に物が入る鞄じゃないかっ!!」


 宝箱は全て未開封、今までなら仲間と相談して配分したり売却していた魔法具が全てレックスの物だ。

 そうして彼は、数々の宝箱を開けて。


「――見つけた、これが“転移門”か」


 ついにやり遂げたのだ。

 今まで数える程の探索者しか達成していない偉業、迷宮の単独踏破、及び転移門の発見。

 転移門とは、迷宮と迷宮を繋ぐ魔法のゲート。

 時には大陸を越えて繋がるのだ。

 その価値は計りきれず、探索者ギルドに報告するだけで三代先まで遊んで暮らせる金が出る。


「けど、正直者は馬鹿を見るってな。なに、ちょっと転移先を確認するぐらいは良いだろう」


 レックスは門に備えられた操作板に触れる。


「ええと、魔王文字だったっけこれ…………」


 朧気な記憶を頼りに、時間をかけて読み解くと。


「何だ、隣の迷宮じゃないか……、ん? もう一つ…………レ、イ、……ドリ、ア? どっかで聞いたような?」


 何時だったか、酒場で隣に座っていた人相の悪い男達の噂話。

 世にも珍しい、迷宮の中に存在する都。

 名を轟かせる無法者が行き着く最後の場所とか何とか。


「…………良し、行ってみるか!!」


 仮にその話が本当であっても、今のレックスとこの華々しい装備なら乗り越えられる。

 嘘だとしても、未発見の迷宮なら報奨金が出るし、宝箱を独占出来る。


「この剣もあるしな、怖いもの無しってね」


 腰の剣は魔法こそ掛かっていないものの、岩すら易々と切り裂く宝剣。

 これを手に入れた時より彼から復讐心が消え、変わりに欲望が芽生えた。

 竜の様に金銀財宝を集め、美食と美女を貪る英雄となる欲望だ。

 ――――人は死ぬ、この剣ならそれが簡単に出来る。


「『月無しの神よ、我が身を隠したまえ』『我が身を守れ』『闇夜の加護よ在れ』」


 隠蔽の魔法、指輪の加護、外套の力で海中呼吸、暗視や聞き耳の力を一時的に得て門を通る。

 これで、どんな環境にたどり着いても対応出来る。

 彼は光の膜に包まれ、そして。


(…………なんだ、此処は?)


 奇妙な光景だった。

 見渡す限りの広野、――そういう所もあると偶に聞く話だ。

 門の魔力光以外に光の無い空間、――これも体験した事がある。

 だがしかし。


(門の側に建物? オレのには劣るが結構良い装備の奴らが一人二人…………結構居るな)


 慎重に観察すると、その集団は門番であった。

 聞き耳を立てると、どうやら定期的に門から大量の物資が運ばれて。


(迷宮の中の街――、噂は本当だったのかっ!?)


 誰にも気づかれないのを良いことに、門を調べるとそこには。


(――――っ!? 馬鹿なっ!? “全ての迷宮”に繋がっているだとっ!?)


 そんな転移門など聞いた事がない。

 驚愕と困惑に染まる彼は、同時に奮い立っていた。

 これは好奇であると。

 この階層に街があるならば、そこで一旗揚げようではないかと。


(この門を使えば、どんな迷宮にだって行ける! そして悪党の街ならばどんな物だって売れる!)


 例え悪人に絡まれても、逆に叩きのめせる自信があった。

 悪辣な商人にふっかけられたら、財産全てを奪ってやろう。

 今この瞬間、レックスの春が始まったのだ。


「はっ、何がこの街で一番の盗賊だ。一発で死んだじゃねぇか」


「もっと酒もって来いっ! 金に糸目はつけねぇぜ!」


「ははぁ、お前、オレに逆らうってか?」


 悪党を叩きのめし、商人相手に大儲け、娼館では高価な酒と美女を。

 金が少なくなれば、また転移門を使って迷宮へ。


(いやぁ、こないだは良い所を見つけたぜ。転移先の隣の部屋が宝物庫とはな!)


 そして、個人的にも春が来た。

 酒の席で仲良くなった商人から、奴隷の購入を進められたのだ。

 借金で売られた元貴族の姫君、長い金髪で胸は大きく腰は細くそして臀部は大きく。


 か弱く美しい彼女は、彼だけを頼りに、まるで最愛の夫の様に尽くして。

 そんな彼女を見せびらかす様に、彼は街を我が物顔で練り歩き。


「…………レックス様、次は何をするのです?」

「そうだなぁ、ああ、前に言ったオレを裏切った馬鹿どもに復讐でもするかな? となれば――。自由に出来る手足が必要だな。さし当たっては、ゴルデス商会でも乗っ取るかな」

「まぁ! 地上でも有数な大商会を乗っ取るのですか!?」

「ははっ、まぁ驚くなよ。この街のゴルデス商会の頭はまだガキなんだろ? ちょいと忍び込んで脅せばイチコロってな」


 ほろ酔いで気分良く歩くレックスは気づかなかった。

 隣に居る可哀想な姫君によって、人気の無い路地裏に誘導されて行っているのを。


「んー? 宿はこっちだったか?」

「はいレックス様、先程聞いたのですが此方が近道だそうですよ」

「ほう、情報収集ご苦労様だ。うんうん、探索者にとって情報は命だからなぁ……、オレもそれで何度苦労したことか。復讐が終わったら、お前も一緒に迷宮に潜るか? 金も装備も幾らでも用意してやるからな!」


 姫君の愛を疑わず、将来は彼女に身分を取り戻し、自分は夫となり貴族に。

 などと夢見心地な彼は、前方から男女が腕を組んで歩いてくるのを見た。


(この街に来て一ヶ月は経つが見ない顔だな。あの黒髪と黄色の肌、東の人間か?)


 どちらも、レックスには奇妙に思えるキモノとか言う服を来ている。

 男の方は彼より五つは年上に、鋭い眼光と無精髭が特徴的だ。――武装している気配は無い。

 女の方は隣の姫君が霞む程の妖艶な美人、首の傷跡が痛々しいが、それを差し引いても魅力的だ。


「んもう、余所見はダメですよレックス様」

「嫉妬か? 可愛い奴だな」


 ともあれ、敵では無いと擦れ違う事を決めたその時だった。

 男の方がニンマリ笑い話しかけてくる。


「よぉ、お前さんは巷で噂のお大臣。レックス様じゃねぇのかい? 調子はどうよ?」

「オレも有名になったもんだな、残念だが恵む金は無いぞ」

「カカッ、そんなんじゃねぇさ。金と暴力が物を言うこんな街だ、俺みたいな遠くから来たモンにとっては有名人と顔を繋ぎたくてね」


 屈託無く笑うその顔に、レックスはこの街のギルドで聞いた話を思い出した。

 お人好しの平九郎、そんな事を受付嬢が言っていた気がする。


「お前は、平九郎って言うんじゃないか? お人好しの平九郎。ギルドの姉ちゃんから聞いたぜ? この街でも珍しく人助けが趣味だってな」

「ま、結果的にそうなる事もあるって話だ。――ところでよぉ、お前さんに会ったら言いたい事があったんだ。ちょいと耳を貸せよ」


 心配そうな声色に、レックスも心を許して耳を近づける。


「聞こえちまったんだがな、ゴルデスに喧嘩売るって本気かい? 悪いこと言わねぇ、今すぐ全部捨てて逃げな」

「ははっ、お前もゴルデスにブルってる口か? それも直ぐ終わるさ、何せオレが動くんだからな」


 軽口を叩くレックスに、平九郎は困った顔をして姫君に視線を送る。

 彼女は頷いて、――彼には何故か、お人好しの隣の美女の微笑みに怖気が走って。


(気のせいか?)


 そんな事はあるまい、きっと飲み過ぎたのだろうと頷く。


「なぁレックスよぉ、お前さんはこの街で遣りすぎだぜ? 知ってるか? 高額な懸賞金まで掛かってる」

「お人良しの平九郎、忠告はありがたいが。生憎とオレは強い、今までだって刺客は来たが返り討ちさ」


 腰の剣を自慢げに叩くレックスに、平九郎は苦笑い。


「まぁ俺もお人好しと呼ばれるだけの阿呆だ、なぁレックスよぉ、お前さんの剣の腕を一つ見せてはくれないか?」

「まぁ、良い考えですわレックス様、私も全力のレックス様が見たいですっ」

「くくく、そうかぁ……、そうまで言うなら見せてやろうじゃないかっ! 『月無しの神よ我を隠し給え』『我を守れ』」


 彼は瞬く間に姿を消すと、剣を抜き足音ひとつ無しに平九郎の後ろに回る。

 お人好しは呆気に取られた様に目を丸くして、――――そして、ため息。


「…………この“程度”なのか? 本気で? ゴルデスに喧嘩売ろうって奴が? 高額賞金首がっ!?」

「ふふっ、旦那様。幾ら剣を使うと言っても自分と比べては駄目よ。可哀想ってモノだわ」

「そうですよ平九郎さん、これでも彼は全力なんですから」


 姫君と彼の隣の女の言葉に非常に引っかかるモノを覚えたが、それは酔いの前に泡沫と消えて。

 引き替えに薄皮を斬って脅して遣ろうと、悪戯心が浮かぶ。


「レックスよぉ、それがお前の全力なら。俺も一つ手品を見せてやろうじゃねぇの。――あ、お前この事は黙ってろよ」

「ええ、勿論。商売だもの」


 姫君と平九郎は何を言っているのだろうか。

 今に至って、漸く首筋にチリつく何かを感じ取るレックスであったが、平九郎が起こした光景に思考と止めた。

 彼の隣の美女が、あっという間に一振りの刀に変わったからだ。

 そして。


「それで隠れてる心算なのか?」

「え、あ――――?」


 何をされたのか理解出来なかった。

 突如として地面に頭をぶつけたかと思えば、首が灼熱の熱さで。


「お見事ですわ平九郎さん」


 姫君は目撃した、目にも留まらぬ早さでお人好しが。

 否、この街最強と名高い“人斬り”が、振り向きざまに一太刀。

 姿も気配も分からぬレックスの首を落とした瞬間を。


(そんな、馬鹿な…………)


 あり得ない筈だった、酔っていたとはいえレックスの姿隠しは完璧。

 最下層の主にも通用した、英雄の所行だ。

 それをいとも簡単に、剣筋すら見切れずに、首を落とされたというのか。

 今際の際で、彼は平九郎と己の実力差すら計りきれずに意識を永遠の闇へ落とし。


 ――そうして、姫君を助ける英雄に成り損なった男は死んだ。

 後に残るは、姿を表した物言わぬ骸。

 次の瞬間、平九郎は刀を女に戻し頭を抱える。


「ああっ、しまった!? 剣まで一緒に斬っちまったっ! くぅ~~、良い戦利品だと思ったのになぁ」

「ふふっ、お金の為とはいえ。好きでもない男に身請けされて大変だったでしょう。確かこれで貴女を買い戻せるのではなくて?」

「はい奥方様、ご配慮ありがとうございます。買い戻りて有り余るので、これで大手を振って――――独立出来ますわっ! 目指せレイドリア一番の娼館!」


 平九郎はレックスの剣を名残惜しそうに、刀になる美女は彼に寄り添って。

 姫のふりをしていた娼婦は、哀れな男の首を持ちその場から立ち去る。


 ここは悪徳の街レイドリア、どんな力を持っていても油断すれば即座に喰われる弱肉強食の都。

 その、ありふれた光景のひとつであった。

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