美少女を百合の花で囲うには

ふーるフール

椎名小百合は貢ぎたい!

私こと、椎名小百合には、年下の彼女がいます。

ちなみに、私は今年25歳で、年下の彼女は11月で18歳を迎える女子高生で、さらにいえば、私はその娘の担任教師でもあります。

――わかってはいるのです。いろいろな意味で世間様に顔向けできるような関係でないことは。

ですが、一応の言い訳をさせてもらうと、その娘とは清いお付合いをさせてもらっていて、金品の受け渡しな度は一切なく、いたって健全な関係なのです。

とはいえ、公開していいような関係でなく、なにより、縛られることを嫌う娘のため、デートは週に1度、お泊りは月に1度と、お付き合いを始めて3ヶ月、いまだにキスもしていない間柄です。

そんな私たちが、普段どこで会っているかというと、それは放課後の教室のわずかな時間でした。


「静久ちゃぁぁん!」


いつものように、誰もいなくなった放課後の教室の窓際で、今日は小難しそうな哲学書を手に、景色を眺めている小暮静久を抱きしめました。

制服を着崩すこともなく、化粧も小物もない飾り気のない少女。髪も染色をしていない黒で、肩まで伸ばした髪を飾ることなくおろしています。容姿は中性的で、身長も私より頭一つ高いくらいで、年下の女の子から大層人気があるとか


「今日は、どうしたの椎名先生?」


本を机に置いて、私の背中に手をまわし、優しく受け止めてくれる静久ちゃん。貢ぎたい。

多くの同性に嫌われ続けた私に初めて優しくしてくれた人。貢ぎたい。

ホストで身を崩しそうとか言われても貢ぎたい。

静久ちゃんは絶対に受け取ってくれないわけですが……


「わた、私ね、普通に授業して担任として普通に接しているだけなの……!

静久ちゃんっていう彼女もいるのに、色目なんて使うはずないのに、また苦情の電話がきてね……!

先生方からは、またかって、呆れるような目で見られるし、教頭先生からは嫌味を言われるのぉ……!」


他の人より、優れた容姿を持っているという自覚はあれど、それが私に幸を齎してくれたかというと、そんなことは、一度もありませんでした。

小学生のころから、男子に人気があって、そのやっかみで女子からは避けられてきました。

私の両親が検察官と弁護士で、表立った苛めに発展することこそありませんでしたが、同性の友達は一人もできず、近づいてくる異性は、体目当てかお金目当ての人ばかり。

私の家族はとてもできた人で、優しい人達なのですが、末っ子の私を溺愛しすぎて、下手に愚痴を零そうものなら、破滅に追い込むくらい平気で行う人たちなので気軽に相談もできません。

最早、呪いに近い私の人間関係に唯一差す光が、静久ちゃんなのです。

セクハラで苦しんでいた私を、見返りなく助けてくれて、こうやって、日々の愚痴を黙って聞いてくれる優しい私の恋人。貢ぎたい。ペアリングとかすごく貢ぎたい。


「よしよし、話の続きはまた後で聞いてあげるから、残りの仕事頑張っておいで。

今日は、先生の得意なリゾットをご馳走してくれるんでしょ? 楽しみにしてるね」


耳元で囁かれる低い声に、脳が痺れて、快楽成分が大量分泌され、色々なものが麻痺していく危険な感覚。ゾクゾクと産毛が逆立ち、気を抜くと腰が抜けてしまいそうです。静久ちゃんの声には、きっと、麻薬に近い何かがあるに違いありません。いくらでも貢ぐので、毎朝、この声で起こしてほしいです。


「が、がんばりゅ! わらひ、がんばりゅね!」


そう、今日は月に1度のお泊りの日。翌日は、少し遠くまでドライブデート、景色の綺麗な庭園でランチとしゃれ込む予定なんです。雑務なんかに静久ちゃんとの大切な時間を奪われるわけにはいきません。呂律が回らなくなるほどアドレナリンが分泌され、静久ちゃんから離れると、教頭先生の嫌味なんて耳に入らないくらい仕事に没頭し、静久ちゃんをお持ち帰りしました。








私の兄が所有するマンションの一室。一人で住むには明らかに人すぎる間取りなのですが、安心できるセキュリティという意味で、兄がここに住まわせてくれています。

一般的に高級マンションの部類に入るであろうこの部屋は、私の教師の給料ではとても払いきれない家賃なのですが、過去5度もストーカー被害にあった私は、家族全員からの勧めもあって厚意に甘えています。


「――んっ、美味し。先生、ホント料理上手だよね」


表情が薄い静久ちゃんの頬が綻びます。尊い……尊すぎる。入金は何処ですればいいですか?

同じ教室の生徒でさえ、お目にかかれない貴重な表情を私一人が独占するために、静久ちゃんをお出迎えするときは、いつも以上に時間と手間をかけて下拵えを済ませ、調理に集中します。

高校生であれば、絶対に必要であろう金品も受け取ってくれない静久ちゃんですが、高額な食材を使っていても手料理であれば、素直に食べてくれます。高級レストランは息苦しいと言って、拒否されてしまうので、私が高級レストランの料理並みに美味しいものを作ってあげればいいと考え、休日は、母の紹介で有名なシェフに指導を受けているのは内緒です。

全ては、この笑顔と、美味しいと褒めてほしいが為です。私が静久ちゃんに唯一貢ぐことができる瞬間なのです。絶対に手は抜けません。今日、作った料理の説明や蘊蓄うんちくを語りながら、楽しく食事を勧めます。知っていますか、色々な料理で活躍して、静久ちゃんが大好きなトマトは、日本でも100品種以上、世界では1000品種を優に超えるそうです。人類の食へのこだわりを感じますよね。


楽しい食事を終え一息を付くと、次はお風呂です。静久ちゃんとは一緒に入ります。恋人ですし当然です。残念ですが静久ちゃんが卒業するまでお触りは厳禁です。自分の生徒を部屋に連れ込んでる時点で、かなりグレーゾーンですが、最後の一線は超えないように気を付けてます。静久ちゃんから迫られた場合?その時の私の理性に頑張ってもらいましょう。望み薄だとは思いますが

さて、静久ちゃんは、脱衣所で一切躊躇うことなく服を脱ぎます。今は辞めてしまったそうですが、長距離の陸上選手として、合宿等で同性と入浴はよくあることらしく、すっかり慣れてしまったそうです。

ちなみに私は、裸を見せることに割と抵抗がある方です。胸が大きいだけで淫売呼ばわりされたトラウマが脳裏に蘇りますが、それも静久ちゃんの背中を見れば消し飛びます。

陸上で鍛えられた、華奢でありながら程よくついた筋肉は、ボディラインを芸術と思わせるほど美しく見せます。陸上をやっているなら小さくなるはずの胸も、程よい大きさで、シャワーの水を弾く若々しい肌に、「先生?」と首だけ後ろを向いたときに色っぽさといったら、無意識にカメラを探していました。いえ、卑猥な意味ではないのです。芸術品を残さないのは人類の損失です。もちろん、誰にも見せませんし、いくらでも貢いでも、あの美しい背中に頬刷りさせて欲しいことは、否定しません。


「静久ちゃんは、欲しいものとかないの?」


静久ちゃんに髪と背中を洗ってもらう至福の時を経て、脚の間に収まるように、静久ちゃんの体に背を預け湯船に浸かりながら、ポツリと呟きます。

何せ華の女子高生です。私の青春は残念なことに友人もおらず、一人寂しいものでしたがそれでも、化粧品や美容用品、お洒落と、お小遣いでは足りなかった記憶があります。そこに友人との交友費、趣味に使うお金などを足せば、バイトをしていても足りないくらいはずです。


「着飾るのはあまり好きじゃないし、美味しいものは先生が食べさせてくれるし、綺麗な景色も先生が見せてくれる。それに――――」


ざばっと、湯船に浸かっていた腕が水面から出てきたかと思うと、その腕は私の体を包み込み、ただでさえ近かった距離が零になり、柔らかい肌が、ががががががががががががっががががが


「―――――先生がいるから」


「は、はひっ! しゅき、わたひも、しずくちゃんがしゅきです!」


「うん。だから、先生との関係が……繋がりがお金になるのは嫌。わかってくれる?」


「しゅき♥……しずくちゃん、しゅきぃ♥」


まともに機能しなくなった思考機能は、想いを隠すなんてことができるはずもなく、会話も成立せずに、想った事をひたすらつぶやき続ける、故障した機械みたいになった私に、とどめの一撃が振り下ろされました。


「うん。私も、たぶん先生が思っている以上に、小百合のことが好きだよ」


感情の処理が追い付かない頭に、刷り込まれるように聞こえてくる台詞と、ほっぺに柔らかい感触。

え、いま、ちゅー、され、まし、た……?







目を覚ますと、あぁ、私は死んだのかと一瞬勘違いする光景が広がっていました。

ネグリジェ一枚で、私の手を握り、安らかな寝息を立てている静久ちゃんの顔が目の前にあったからです。

やや、現実に思考が追い付かず、薄着から見える普段は見えない場所の肌色を目に焼き付けていると、ようやく、思考が現実に追いつき、なぜ、私がベッドに寝かされているのかを思い出しました。

浴場で、壊れた機械みたいになった私は、最後のちゅーで、電源まで落ちてしまったようで、ブラックアウト。おそらく、静久ちゃんが着替えさせて、寝かせてくれたのでしょう。

思い出すと、また、異常な心拍数に体が熱くなり、繋がれた手から心音が伝わらないか心配になります。


「ちゅー、静久ちゃんに、ちゅー、してもらちゃった……うへへへ……」


他人様には、絶対にお見せできないだらしない笑み。でも仕方ないのです。感情も表情も薄く、言葉も少ない、静久ちゃんがあそこまでサービスをしてくれたのです。もう、私の全財産を貢いでも足りないくらいです。好き。大好き。愛してる。結婚したい。というか、もう結婚するしかありません。ほっぺにちゅーですよ? こんなの結婚以外ありえません。

繋いだ手に、後ろ髪をひかれつつも、手を離すと、静久ちゃんに見つからないように隠しておいた小箱を開きます。その中には、ピンクダイヤが台座で煌めく結婚指輪。お付合いが始まったその日に、指のサイズも知らないのに、衝動的に買ってしまったものです。静久ちゃんが卒業した、その日に必ず


「先生、初のプレゼントが指輪って……重いって言われない?」


「わひゃぁっ!?」


いつの間にか後ろに立っていた、静久ちゃんに小箱を取り上げられました。

ちなみに、重いなんて言われたことありません。なぜなら、そんなこと言ってくれる人がいなかったからです。ビッチやら淫売なんて誹謗中傷なら、たくさんありますけど。


「指のサイズもぴったり。いつ測ったの?」


迷わず左手の薬指にはめる静久ちゃん。結婚です、もう結婚以外考えられません。

大丈夫です。最近は世間もLGBTには寛容ですし、技術の進歩で女性同士でも子供が産めるかもしれません。

幸せな家族計画は、今のうちからしっかり立てておかねばなりません。

はっ、そ、そうじゃありませんでした!


「ぐ、偶然! 女性の体重や身長からおおよそのサイズがだせるから、それが偶然ぴったりだっただけで……!」


「そうなんだ。今の技術って本当に凄いね」


あっさりと私の言い分を聞き入れると、指輪を外し小箱に戻すと、私の手のひらに置かれました。

一人で盛り上がっていた気分が、しゅんっと、下がって平常心が戻ってきます。

そうでした。静久ちゃんは、装飾品は受け取ってはくれないんでしたね。それどころか、結婚だって、私が一人で盛り上がっているだけで……


「そういうのは、卒業してから。私も頑張るけど、先生も両親の説得よろしくね」


「え、あ、うん。 はい、がんばります……」


なんでもないように、すたすたと、洗面台に向かっていく静久ちゃん。

えっ? 卒業してから? 両親? 説得? 

寝起きと、気分の乱高下に、静久ちゃんの言葉を理解するのに時間がかかり、理解した瞬間、心臓が破裂するんじゃないかというくらい高鳴り、顔は見た来ないくらい真っ赤で、気持ち悪いくらい口元がゆるんでいました。


「―――好き♥ 静久ちゃん、大好きぃ♥」


飾り気がなくて、表情と感情が薄くて、無口で美人な私の恋人は、正直何を考えているか、分からないことがよくありますが、私が思っているよりも私のことを愛してくれているようで


「先生、今日はドライブに行くんでしょ?」


「そうだった! 準備しなくちゃ!」


静久ちゃんに貢ぐ、絶好のチャンスを逃すわけにはいかず、この日のために取り寄せたとっておきの食材に手をかけるのでした。

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