20-8(55)

〈ピ・ピ・ピ・ピッ!〉〈ピ・ピ・ピ・ピッ!〉


 昨日同様再びアラームで起こされた僕はあくびをしながらトイレで用

をたし、視察旅行で当然疲れてるであろう自身の顔を鏡越しに覗き込んだ。


「うわっ! な、なんだこの顔は~」


 僕は思わず後ずさりしてしまったがそれは紛れもなく僕自身だった。

 虚ろな眼差しはドス黒い隈で縁取られた上に頬はゲッソリとこけ、昨夜

は酔っていたせいで気が付かなかったが体も随分スリムになった印象だ。 

 もしかして何か重い病気にでもかかったのか?

 いずれにせよ早急に真相を究明したくなった僕は朝食も取らずスーツに

身を包み会社を目指した。


――〈ガタン〉〈ゴトン〉

――――〈ガタン〉〈ゴトン〉〈ガタン〉〈ゴトン〉

――――――「はぁ、はぁ、はぁ……」(なんか疲れやすくなったな~)


 いつものようにビル横にある社員専用口に入ると突然顔見知りの守衛の

おじさんに引き留められ、彼が持つ用紙に名前と電話番号の記入を迫られた。


「えっ、どうして書く必要があるの?」

「どうしてって一応決まりだからね」

「柴田だよ、ちょっと痩せちゃったけどボクだよ、ぼ~くっ!」と必死に

アピールするも彼の態度が変わるどころか信じられない言葉が帰って来た。


「だって柴ちゃん、辞めちゃたんだからしょうがないよ」

 

「えっ、や、辞めたの?」

「そうだよ、もう辞めて随分経つよ」

「どうして辞めちゃったの?」

「そんなこと知らないよ、柴ちゃん大丈夫かい?」

「あぁ……」と返すのが精一杯の僕はとりあえずソラちゃんに事態を確認

するため再び在来線を乗り継ぎ少し早いが”ひなのや”へ向かった。



〈チュン!〉〈チュン!〉

     〈パタ〉〈パタ〉〈パタ〉……


「ふぅ~ やっぱりまだ誰もいないな」

 僕はベンチに腰掛け飛び交うスズメを目で追ってるとやはり何処か身体

の調子が悪いのか突然倦怠感と睡魔に襲われ軽く目を閉じた。

 そのままの状態で浅い眠りを数回程繰り返し、再び目を開けると既に

2時間程経過したのか、しばらくすると奥の方からピンクの軽自動車が

入って来るのが見えた。 

 すると停車するなりひなちゃんが買い物カゴを持ち小走りに公園を後に

し、ソラちゃんも食材が詰まった大きな段ボール箱を抱えまるで追われる

かのように準備し始めた。

 僕はそっと車に近づき久しぶりにソラちゃんとの再会を果たしたが、

とてもゆっくり話せる状況ではなく僕は半ば強制的に食材を洗うはめに。


「ゴメンな、せっかく来てくれたのに」

「いいよ、いいよ、そんな。困った時はお互い様だよ!」

「助かるよ、後でランチご馳走するからね」

「あっ、そこ終わったらこの鍋軽く混ぜてくれる? 沸騰しかけたらこの

ツマミを左に捻って火弱めてね!」

「うん、分かった」と僕は野菜を洗った後、コンロの前に移動し大きな

しゃもじをグルグル回し始めた。

 綺麗に磨かれたコンロに映る自身の顔を見るたびに一体もう一人の僕は

この町でどんな生活をしてたのか……、会社まで辞めているこの現実に

僕は我慢出来なくなりそれとなくソラちゃんに聞いてみた。 


「ソラちゃん、実は僕、昨日視察から帰って来たばっかなんだけど昨日

までの僕ってどうだった?」

「あっ、そっか~ どうりで声がいつもと違うなって思ってたんだ!」

「というと?」

「実はショ―ちゃん精神的にやられちゃってね。みんな心配したよ~ 

でももう大丈夫だね!」とソラちゃんは野菜を丁寧に各プレートに

盛り付け始めた。

「何か原因だったの?」

「理想と現実とのギャップかな~」

「えっ、どういうことなの?」とついかき混ぜる手が止まってしまった。

「僕達、延々聞かされたよ、ショ―ちゃんの熱弁を」

「熱弁ってどんな?」

「あ~っ、ショ―ちゃん手が止まってるって!」

「あっ、ゴメン、ゴメン!」

「そうね~ よく言ってたのは今の社会システムについてかな」

「えっ、すっごく気になるんだけど。一体何言ってたの?」

「つまりさ、ココ特区は住人達を一律に並ばせ互に競争せざるを得ない

状況に追い込み、結果競争に負けた者を救済するどころかまるで自己責任

かのようにほったらかしにしてる事にショ―ちゃん我慢ならないみたいで

さ~ 格差社会の根本的原因だってしょっちゅう怒ってたよ。それと

こんな事も言ってたよ。せっかく素晴らしい才能があるのに心が繊細ゆえ

競争に勝ち残れず機会を与えられないケースが実際あるんだから

社会システムに競争を取り入れること自体間違ってるんだってね。

だからシステムで最優先されるべき事は人が持つ才能や個性をいかんなく

発揮させる土壌を組み込みべきで、そうすれば人は自分が社会や他人に

対して役立っているっていう満足感で満たされお金や名誉なんて気に

しなくなるとも言ってたね」

「なんか、僕、まだ特区にちょっとしか住んでないのに知ったような事

言ってたみたいでごめんね」

「いや、確かにショ―ちゃんの言う事もある意味正しいと思ったよ。でも

現実このシステムで社会は機能しているのも事実でそういった自分では

どうにもならないジレンマが最終的に彼を追い詰め、遂には精神の

バランスを崩しちゃったんだろうね」

「そっか~ それで会社辞めちゃったのか……」

「まぁ、あまり思い詰めない方がイイよ」とソラちゃんは僕の肩にそっと

手を置き、ランチボックスを僕に差し出した。

「いいの?」

「もちろんさ。ショ―ちゃんのおかげで一応仕込みのメドも立ったし、

もうすぐひなも戻って来る頃だから」とソラちゃんはコンロ横に椅子と

小さな簡易テーブルを用意してくれた。

 椅子に座り、ボックス内の銀紙を開けると僕が大好きなハムサンド、

サイドにはコロッケが1つオマケのように置かれていた。

 早速大好きなコロッケをほおばってると支度中のソラちゃんが思い出

したように少し距離のある僕に呼びかけた。


「あっ、ところでレイちゃんとは会えたの?」


「いや……、ダメだった」と負のオーラ漂う僕にソラちゃんは「そっか~」

と残念そうな表情を浮かべ、気まずさを感じたのか彼は無言で何やら探す

ような仕草を見せた。

 そんな中、ふと背中に視線を感じた僕は食べるのを中断しゆっくり後ろ

を振り返ると見知らぬ大学生風の若い男性がファイルのような物を小脇に

挟み立っていた。


「……!!」「な、何だよ!」

「やっと見つけました。アナタ、ショ―タさんですね」

「えっ、ま、まぁ、そうだけど……」(童顔スナイパー?)

「ボク、ず~っとアナタを捜してたんですよ」

「どうしてさ?」

「ボクはナオちゃんに頼まれたメッセンジャーなんです」

「ナオちゃん? メッセンジャー?」

「今、アナタの村が大変なんです! 今すぐにでも村に向かって下さい!」

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