20-6(53)

〈コン!〉〈コン!〉…… ……


 しばらくするとドアがゆっくり開き、予想していた校長先生の

イメージとは全く違う若くて好青年風の男性に笑顔で迎えられ中に

通された。


「聞いたよ、キミ、7番村の村長さんで視察に来たんだって!」

「うん、でもどうして僕のこと知ってるの?」

「さっき、イミグレで聞いたんだよ」

「イミグレ?」

「キミがクーポン貰ったとこだよ」

「あぁ~ そうなの」と僕は改めてこの町で悪さは出来ないなと痛感

した。

「ところでどこから話そうか?」

「さっき女の先生から体験学習について聞いたんだけど他にはどんなの

があるの?」

「そうね~ キミも知っての通りループライン上には色んな町や村が

あるだろ。だから子供たちには出来るだけ外の世界を体験させるように

してるんだ」「キミも実際に体験してきてるから子供たちにとって将来

プラスになるって分かるだろ」

「うん、そうかもね」と僕はちょっと嬉しい気分になった。

「それとね、ウチの学校では子供たちに個々の役割分担についての概念

を低学年からみっちり教え込むようにしてるんだ」

「役割分担? 概念?」

「つまりこの社会は各住人それぞれの特技が最大限活用されて成り立って

いるっていう事実だよ」

「でもそんな難しい事、低学年の子供が本当に理解出来るの?」と少々

懐疑的な表情の僕に先生は続けた。

「もちろん子供たちに理解しやすように言葉だけじゃなく実際各学級で

各自好きなお店を作るいわゆるごっこ遊びを頻繁に行ってるんだ。

するとね、そんな遊びの小さな社会でも感覚的に商売の喜びや、仕事に対

するこだわり、向き不向きなんかも自然と分かるようになるもんなんだよ」

「へぇ~ なんか面白そうだね!」感心を示す僕に先生は徐々に

ヒートアップし始め僕は先生の熱弁に圧倒され続けることに……。


 先生曰く、大切なのは業種に上下関係がないことを教え、実際に気付か

せることが重要らしく僕はにわかにその件について賛同出来ないでいた。

 それは事実職種により明らかな収入格差が存在し、そんなウソを教える

ことで後々子供たちが社会に出た時混乱すると感じたからだ。

 そんな僕の表情を察してか先生は奥の引き出しからファイルのような物

を取り出し僕の目の前で広げ始めた。

 そこには各業種別の平均給与と平均労働時間が記されていたが特区ほど

大きな金額差はなく、更に労働時間の圧倒的少なさにも驚かされた。

 特区のように本来高収入の業種から金銭的不満が出ないのは自身の能力、

才能が社会から必要とされてるならという強い使命感により成立している

らしく、学校では高学年の頃から自身の適性についてしっかり考える時間

が与えられるという。 

 そして子供たちが自分は何のために生まれて来たのかという命題に対し

答えを模索する中で、自身の能力は役割を遂行する為にたまたま与えられた

と感じるようになるらしく、当然ながら有能だからと他人を見下すような

ことはなくなるらしい。

 過度な資本主義的競争社会で人はついつい金銭に心を奪われ、そして

最後はお金に支配されてしまう傾向にあり、子供たちが持つ個性や才能を

素直に発揮させる環境としてはあまりふさわしくないというのがこの町の

考え方のようだ。

 労働時間についても多くの住人は24時間営業などの過度な利便性より、

働き手のストレスや負担軽減により気を配る傾向にある彼らはある意味

社会に対しシビアであり、本質を見抜いているのかもしれない。

 最後に先生は初期教育があってこそ現在の社会システムが機能するので

あって結局社会は個人の中に存在するとも言えるらしく、妙に哲学的な発言

に少々疲れてきた僕に先生は大きく手を広げ唾を飛ばしながら話を締め

くくるように言い放った。


『社会ってのは色んな役者が自身の役どころを精一杯演じ切る舞台演劇 

そのものなんだよ。ハ――ッ! ハッハッ!』


「……そっ、そうなの」(先生、思いっきりスベってるよ)


〈ファ――ン!〉〈ガタン!〉〈ゴトン!〉…… ……


 観光最終日、学校を最後に時間切れとなった僕は特区に向かう列車

に乗り込み真っ暗な景色を窓越しにぼんやり見つめていた。


「ふぅ~ 疲れたな~ 先生、話長いんだもん」

 

 でも先生の話は僕の思い描く理想と共感する部分が多かったのも事実で、

いきなりあの町のような進歩は望めないが、将来のため村の教育という部分

で取り入れるのもアリだな。


 あれ? どうもさっきからちょっとした視線を感じるんだけど……。

 

 ふと斜め右側に目を向けると今まで誰も座ってなかった長椅子の一番端

に杖を身体の真ん中で抱えるように持つおばあちゃんがこちらを見てニヤ

っと笑っているのが見えた。

 僕はその瞬間妙な胸騒ぎを覚え、次第にそれは恐怖心へと変わっていった。

 もしかするとあのおばあちゃんス、スナイパーかもしれない! だって僕

はまだ国際指名手配犯なんだから。あの杖の中に銃弾が仕込まれているのか、

いやもしかすると殺人ガスかもしれない。

 極度の緊張から背中の汗がとめどなく流れる中、おばあちゃんが武器かも

しれない杖を突きゆっくりこちらに向かって歩いて来るが逃げることすら

出来ず恐怖で固まってしまった僕におばあちゃんが一言。


「ショ―ちゃん、観光、どうじゃった?」

「えっ、ショ、ショ―ちゃん?」

「モエじゃよ、モ~エッ!」


「……えっ、こ、これってもしやデジャヴ?」

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