20-5(52)

 滞在最終日、僕は再びバスに乗り込み昨日チェックした駅近くの

学校を目指すことにした。

 到着初日と同様窓の外に目を向けると初日には見なかった車とバイク

数台を目撃したがやはり移動手段の大部分は大小さまざまなタイプの

自動運転バスが主流のようだ。

 そのせいか無理な割込みや信号無視など当然見受けられず、交通の

流れがやけにスムーズで見ていて本当にストレスを感じさせない。 

 僕は町の香りを確かめたく開閉ツマミを持ちゆっくり窓を開けてみた。

 すると町に緑が多いせいかまるで7番村を彷彿とさせる風が一気に

吹き込み、不思議と僕にとって単なるバス移動のはずが心安らかな気分に

包まれてしまった。

 あれ? どうして……。

 きっと、街の静けさのせいかな。

 動力の多くがガソリンではなく電気だという事に加え自動運転の

おかげでクラクションを鳴らす必要性がないというのも大きいかも。

 それと当初地味に感じた街並みもよく見ると派手な企業広告が特区に

比べ圧倒的に少なく、色による刺激が少ないということが多少なりとも

影響しているのかもしれない。

 更に歩道を注視していると一組の小さな子供を連れた親子の姿に目が

留まり、ふと昔母さんと手を繋いで村のあぜ道を歩いていた自身の幼少期

を思い出してしまった。

 母さんに手を引かれ、僕は枯れ葉や道端の雑草を大切そうに1本握り

締め、トコトコ歩いていたあの頃。

 今思えばおぼつかない足取りで興味があるたびに立ち止まりじーっと

見つめたかと思いきやまた次へと心赴くまま行動していたあの日。 

 日々感じる僅かな景色の変化や他愛もないちょっとした出来事……、

でも僕はとにかく楽しかったんだ。

 今、僕の目に映るあの子もきっとそうに違いないと再び子供に目を

向けると何故か急に涙が溢れ出し止まらなくなってしまった。

 懐かしさの涙なのか、忘れかけていた何か大切なモノを再び体感し、

心揺さぶられたのかは分からないが清々しさを感じる涙だということ

は間違いないようだ。

 そんな感動を覚えながらもバスは見覚えのある初日のバス亭に無事

到着した。

 僕はそっと涙を拭い、早速地図を確認し駅から一番近い学校に向かう

ため少し入り組んだ路地を抜けるとすぐさま目に飛び込んで来たのは

透明ガラスのような塀とそこから透けて見える子供たちの姿だった。


「えっ、な、何で透明なん?」とついソラちゃん仕込みの関西弁で

呟いてしまった。

 

 僕はとにかく塀伝いに中の様子を確認しながら正門に向かうと後

から突然声を掛けられた。

 

「何してるんですか?」

「あっ、いや、あの~ 学校の先生からお話聞きたいな~ってねっ!」

と焦る様子に加え、帽子にマスク姿の僕はまさに不審者そのもので

相手の女性はさらに高圧的に質問をぶつけて来た。

「一体何を聞きたいの?」と懐疑的なその女性は僕の胸辺りをじっと

見つめると急に安心したのか少し声のトーンを下げ再び僕に尋ねた。

「もしかしてアナタ、観光客?」

「うん、そうなんだ」と疑いが晴れた僕は自身の出身村と訪問目的を

正直に話した。

 すると彼女はまるで子供に対するような優しい表情に一変し、彼女の

計らいで校長先生を紹介してくれる運びとなった僕たちは重厚感溢れる

正門を抜け、学校内へと向かう事となった。

 

――

―――

 

 校内に入ってまず驚かされたのは先ほどの塀同様教室の間仕切り部分が

全て透明仕様で教室内に死角が一切見当たらない点だ。

 この点について彼女に尋ねると生徒たちの行動を把握する目的の他、

体調不良やケガした生徒の早期発見などを考慮し強化プラスチック製

の透明な素材に変更したらしい。

 ちなみに彼女はこの学校の先生らしく、たまたま彼女が担任にている

3年生の教室に差し掛かった頃、透けて見える教室内で明らかに一人の

男子生徒が他の生徒から仲間外れにされてる様子が見て取れた。

 僕はその事をそっと彼女に耳打ちすると意外な答えが返って来た。


「あっ、いいの、いいの、気にしないで」

「えっ……?」と僕は言葉を失った。

「あれは体験学習なの」

「体験学習?」

「そう、いじめられた人間の気持ちを理解するためのね」

「そうなんだ」と僕はホッと肩をなで下ろした。

「いくら口でいじめはダメよって言っても子供はそう簡単に止めるもの

じゃないわ。だから厳しいようだけど実際体験させる事で身をもって

理解させることが大切なのよ」と彼女は手帳のような物を取り出し、

ページをめくり始めた。

「例えば高学年になるとVRを使用したり、実際に何も食べずに寒空の

元屋外で一晩過ごさせたりと子供の成長に合わせてさまざまな体験学習が

用意されてるのよ」

「へぇ~ 僕の想像と違って結構厳しいんだね」

「そうね、確かに厳しく映るかもしれないけどやっぱり最初が肝心なのよ」

と彼女は軽く微笑んだ。


「さぁ、着いたわよ! この突き当りの部屋が校長室。続きは校長先生に

聞いてね」

「なんか色々お世話になっちゃって、どうもありがとね!」と笑顔の

彼女にお礼を言い僕は少し緊張した面持ちでドアをノックした。

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