第217話 おまえはもう死んでいる

「うん? 今日はこちらの寮で夕餉を採るのだろう、と言ったのだが……私の記憶違いかな?」

「いやそれはそうなんすけど、その前っす」


 重要なのはそのひとつ前だ。それに比べると、俺がどこで飯を食うのかなんて些細な問題よ。“あ、道端に小石が落ちてるな”くらいの些事だよ。


「はて……」


 とぼけようというのか、はたまた自然に出た言葉だからなのか、首をかしげる佐藤先輩。


「誰から聞いたって言いましたか、佐藤先輩」

女王クイーンだが?」


 ……。

 Queen?


「笹倉真露のことで間違いないっすか? あの大食いで胸が無駄にデケえ」


 などと現実逃避はしていられないのであった。そんなゆとり、俺には与えられないのだこの学園では。


「ああ、その人物で相違ない。この寮で女王と呼ばれるのは唯一人。笹倉真露、彼女だけだ」

「……なんで?」


 いやほんとなんでだよ。



「なるほど……その胸の大きさ、そして大食いの実力を買われての称号と」


 俺は佐藤先輩から、真露が女王と呼ばれるようになるまでの経緯を聞いた。

 理解はした。でも納得はできない。いや大食い魔人とか乳おばけならわかるんだけど、女王て。

 電波が決闘王デュエルキングで真露が女王クイーンとかどうなっていやがるんだこの寮は。丸ごと狂っているんじゃないのか。

 手芸館もだいぶおかしいメンツが揃ってるというのに、それに匹敵するレベルだぞこいつは。

 いや俺が知らなかっただけで女子校のノリってのはみんなこんなもんなのか? これもうわかんねえな。

 あと決闘王は俺が言い出したことでしたね。


「まさかこの私が年下の、それもあんな小柄な女生徒に負けるとは思わなかったよ」

「ああ……大食い勝負したんすね」


 佐藤先輩タッパもガタイもデケえから量食いそうだもんな。それでも真露には勝てねえと。

 まあ……あいつは本物の大食いだからな。テレビに出ているタレントのように、胃の許容量が一般人のそれとは違う。人が台風や雷など、自然相手には勝てないように、挑むこと自体が間違いなのだ。


「強者を見ると挑まずにはいられないのが決闘者デュエリストのサガというヤツだよ」

決闘デュエル要素ないっすけどね」


 大食いと遊戯王に関係性は1ミリもない。

 漫画やアニメにも、俺が見ていた範囲ではそんなキャラも居なか……いや名前は忘れたけど初代の古代エジプト編に居たな食いしん坊キャラが。


「戦いとは決闘けっとう。つまりはデュエルだよ」


 うん。つっこまないでおこう。決闘者に話は通じないからね。


「今日の夕飯ってなんなんでしょうね」


 なので俺は弾丸すべりで話を逸らした。


「見てのお楽しみというヤツだな。きみの寮は違うのかな?」

「そこらへんは手芸館も同じっすね」


 まあ最近はガパオライス率が高えからお楽しみ要素あんましねえけど。パーセントで言うとどれくらいあるんだろう? 多分脅威の90パーとかいってると思う。


「……そういや佐藤先輩、こっちの寮って名前なんて言うんですか?」


 前々から気になっていることを、いい機会だからと聞いてみた。


「タイシカンだ」

「大使館……? えらく大仰な名前ですね」

「ああ、それはおそらく想像している漢字が違うな。少年よ大志を抱けの大志だ」

「大志館、ですか」


 言葉遊びじゃねえか。

 でも大志館……まあ学生に向けたメッセージを込めているんならいい名前だな。手芸館とか手芸要素なんもないし。それに仮にあったとしても手芸要素が別にいい意味ってわけでもねえ。


「さて、そろそろ食事が運ばれてくる頃合いだ。きみは女王がいつも座っている席に座るといいよ」

「あいつの席って固定されてるんすか?」

「ああ。彼女は量を食べるから、その料理を置くために両隣の席を潰す。だから予め場所が決められているというわけだ」


 なんかその話電波もしていたな……まあ席なんてどこでもいいや。決まってるんなら彷徨わなくて済んだくらいに考えよう。それに、どうせ一年の知り合いとか南雲と桃谷しかいないし。そんで南雲は俺がアウェイだからって近くに座ってくれる優しさなんて持ち合わせちゃいないだろうしな! ……桃谷に期待しよう。



 ―――しばらくして、クソほどデケえハンバーグが運ばれてきた。

 明らかに俺を解剖した時に出てくるであろう俺の胃よりデケえであろうそれ。およそまっとうな人類に食える代物ではない。というかどうやって捏ねどうやって焼いたんだという感想が出てくるようなサイズ感。まるでガッツの持つ大剣のように、大きな塊。


「……もしかして真露用に準備してたヤツっすか」

「うん、そうだよ! ちょっと多いけど……男の子なんだから食べられるよね?」


 ちょっと? これが?

 食えるわきゃねえだろと吠えたいところだが、出されてしまったモノはしょうがない。

 食うか。食えるのか? いや食うんだよ。どんだけ時間がかかってもいいからさ。それが男ってもんだろうが倉井未来。


「せめて半分にならんすか?」


 芋った。だって無理だもんこの量はどう考えたって。半分でも多いくらいだぞ。

 まさか真露と入れ替わるからって内容まで真露仕様で出されるとは思わなかった。地獄かここは。何丁目だよ。


「ほらやっぱり。多いんだって男の子からしたって」

「うーん悲しい誤算。しゃーない、みんなで少しずつわけて食べますか」


 おお……優しさに満ち溢れている。ダメ元だったけど言ってみるもんだな。


「すんません。せっかく作ってもらったのに食えなくて」

「いいのいいの。無理に詰め込むのは食事っていうより拷問だからね。何事も適量だよ。……作ったあたしらが言うのもなんだけどね」


 そんな感じで俺の前に置かれたハンバーグは切り分けられ、当初のサイズの三分の一程度にまで収縮した。

 それでも1キロ以上ありそうだが……これくらいなら俺にだって食える。幸いライスは並盛だし、付け合わせの量や種類も人類の標準に収まる範囲内だ。こっちまで真露仕様だったら確実に死んでいた。北斗百裂拳だよ。

 そんじゃま……いただきますか。


「うめ うめ うめ」


 おかわりはいらないがうめえ。食堂街の洋食屋で出されるハンバーグとそん色ない。野上先輩が居ないのにこのレベル……すばらしいの一言だ。


「ね、ね、倉井くん。倉井くんは鈴木さんのどこを好きになったの?」


 ハンバーグを頬張っていると、正面に座った名も知らぬ誰かに問われた。


「どこっつわれると答えに困りますね」


 見た目とか言うたらまたロリコンの烙印を押されるだろうし。いやもうそれは半分くらい認めている事実なんだけれども。あとこれは何回か思っていたことなんだが、どっちかと言うと俺の外見の好みは電波から外れている。

 じゃあ中身が……と問われると、こっちも別にタイプってわけじゃねえんだよな。

 やっぱり前に思った、“放っておけない感じ”が一番か。ルクルには歪んだ庇護欲だとかなんとか言われたけど。


「まあ……どこが特にってわけじゃないんすけど、気付いたら好きになってた、みたいな。恋愛ってそんなモンじゃないスか?」

「うーん深い。深いねえ。あたしらここに幽閉されてっから恋愛経験とかないもんねえ」

「女子校だかんねー。まあ女同士、っていう子もいるケド……」


 女子校の百合。実在するのか……。


「あれ? でその鈴木さんは?」

「体調崩して寝てるんだって」

「悪阻?」

「妊娠早すぎ爬虫類かよ」

「学生の身空で妊娠は大変なのよね」


 うーむ悪阻とか妊娠とか好き勝手に言われておる。そりゃあ電波との子供はゆくゆく欲しいと思うが、それは今じゃない。俺たちが学園を卒業して、社会人になって、ちゃんと電波とその子供を養えるだけの甲斐性を得てからの話だ。


「風邪っすよ風邪。マジでただの体調不良なんで」

「そっかあ。早くよくなるといいねえ」

「あざす」


 彼女たちは一言で納得してくれた。妊娠とか悪阻とか好き勝手言う人たちだが、人の心は残っているらしい。



「おい倉井」

「ん……なんだ? 南雲。おまえの方から話しかけてくるとか珍しいな。というか初じゃない?」


 飯を食い終わって、さあ帰るかと思ったところで南雲から声をかけられた。そう、初だ。いつもは俺からだからな。


「んなこたどーでもいいからよ、鈴木の分の夕飯、おまえが持って行ってやれよ」

「また部屋行ってもいいのか?」

「構わねーよ。一度も二度も変わんねーだろ。それに、その方があいつも元気出るだろ」

「そうか……わかった。じゃあ行かせてもらうよ。ありがとな」


 なんだかんだで南雲のヤツ、電波のことを気にかけてくれているんだな。いいことだ。


「あ……未来くん、どうしたの? 忘れ物でもした?」


 俺の姿を認めた電波が、ベッドから上半身だけを起こして対応する。


「いや、電波の夕飯運びに来た。食うモン食わねえと元気出ねえぜ」

「そうなの……別の寮なのに、わざわざありがとうね」

「いいってことよ。長居すんのもアレだし俺はもう行くけど……お大事にな」

「うん。明後日くらいには登校出来ると思うから、また教室で会いましょう?」

「おう。またな。……南雲もありがとな」

「ん」



「……ん」


 電波の食事を運び終え、今度こそ帰えるかと大志館を出たあたりで着信かメッセージが届いたのか、ポケットの中でスマホが震えた。

 取り出して確認、メッセージだ。差出人を見ると……宝条先生。


『今から駐車場に来られるかい?』


 内容は、簡潔に一文。

 宝条先生は以前、宝条先生=アキラさんの件で覚悟が決まればあちらから連絡すると言っていた。これは……その覚悟ができたということでいいんだろうか?

 まあ、とりあえず返信しよう。


『すぐ向かいます』


 駐車場までの道すがら、俺はアキラさんと出会った頃のことを思い返す。

 俺とアキラさんは、だいたい三、四年くらい前にAutoCode:Skyという名のネトゲで知り合った仲だ。

 当時のアキラさんは全方位に尖っていて、ゲーム内の掲示板は荒らすわRMTはするわで晒しスレの晒される方常連だった。そんなアキラさんと俺はなぜだか波長が合い仲良くなったんだが……まあ、それでも客観的に見るとクソみたいな人だったと思う。

 そんなアキラさんがまさか……ねえ。クールビューティーを体現したかのような宝条先生だったなんて意外過ぎるわ。



 月夜に浮かぶシルエット。ライダースーツに身を包んだ宝条先生が隼のタンクを撫でていた。


「……来たかい」

「ええ、来ましたよ。俺を呼び出したってことは心の準備ができたってことですよね」

「ああ。……けれどもここじゃあなんだ、少し走らないかい」

「そう言われると思って、鍵、持ってきてます」


 呼び出し場所が駐車場だった時点で、そうなる予感はしていたからな。

 俺と宝条先生は口数少なく、バイクに跨り学園を出た。



「ここらへんでいいんじゃないですか?」


 しばらく走って、広めの駐車場があるコンビニが見えてきたあたりで俺はインカム越しに声をかけた。


「ああ、そうしようか」


 宝条先生の同意を得られたので、俺たちはコンビニの駐車場にバイクを止め、改めて対峙した。


「さて……なにから話したものかな」

「俺、アキラさんのこと男の人だと思ってたんすけど、なんでネナベなんてしてたんスか?」


 ネナベ。男が女と偽るネカマの対極に位置すると言ってもいい存在だ。


「女性だとバレると面倒なことが多くてね。一度それで大モメしたあとは男性を装うようになったんだ」

「ああ……そういうのあるって聞きますね」


 俺は体験したことがないが、サークルクラッシャーみたいな感じで、ギルドが女性問題で空中分解するとかちょいちょい聞く話だ。


「まあ、その大モメも私が姫プレイをしていた自業自得なんだが」


 ……姫プレイ。女性であることを活かし、他のプレイヤーからゲーム内マネーや装備をおねだりする極悪非道な行為である。

 なんて野郎だこの人は……そんなことまでしていたのか……。


「まあ、ともかくそんなことがあり、学習した私は男性を装うようになったわけだよ」

「わかりました」

「長い間、騙していて悪かったね」

「いや、いいっすよそんなん。それに考えてみれば、アキラさん一度も自分のことを男だって言ってなかったじゃないですか」


 そうだ。アキラさんは自分のことを女と言っていなかったが、男だとも言っていなかった。

 つまり、言動による先入観で俺が勝手に男だと思っていただけなのである。宝条先生の言う“装う”は効果抜群だったというわけだ。


「そうか……そう言ってもらえると、私も楽になるよ」

「でもさんざんおっぱいとかちんことか言いまくってましたけど、どっちが先生の素なんですか?」


 かなり品性下劣だったんだよな、アキラさんとして接していた時の宝条先生は。

 それが俺がアキラさんが男だと判断していた要素の一因でもあるし。だってまさか女の人がちんこうんこおっぱいでキャッキャするとは思わんでしょう。


「……医者という職業は、ストレスが溜まりやすくてね」

「ああ……」


 それはよく聞くな。人の命を預かるから責任も大きい仕事だし、いろいろ溜まるのは仕方ないだろう。

 だからといって掲示板を荒らしたりRMTをすることを正当化できるかと問われればノーだが……まあ、気持ちはわかる。


「クラフトに来てからはそうでもないが、その前に研修医として病院勤めをしていた時だ。きみと出会ったのは」

「三、四年前くらいっすね」

「ああ、もうそんなになるのか……」


 宝条先生は遠い目をし、彼方を見る。


「あの頃の私は、ネットゲームとバイクくらいしか生き甲斐がない寂しい女でね」


 まあ確かに、二十代の女性としては少し寂しい趣味だな。


「いや……それは今もか。ふふっ」


 宝条先生……アキラさんはそう言って自嘲気味に笑った。


「……いいじゃないっすか。ネトゲが趣味でも」

「……うん?」

「所詮ゲームだって言う人もいるでしょうけど、その中で芽生えた俺たちの関係は本物ですよ。だから、得るモノはあったはずです」


 男女の性差も年の差もねえ。俺たちは同じゲームで同じ時間を過ごした仲なのだ。うんこちんこおっぱいを重ねた上にあるその友情に、偽りはない。


「! ああ……ああ、うん。そうだとも」


 キレイに纏まったんじゃないか? いいこと言ったぞ俺。

 その後俺たちは、ネトゲ時代の思い出を語り合いながら夜通しバイクをかっ飛ばした。

 そしてそれは、人生で1、2を争うくらいに楽しいツーリングだった。

 ―――で終わればいい話だったんだけれども、俺はひとつ忘れごとをしていた。そう、全寮制であるクラフトは、外泊などをする時に申請が必要だという話だ。

 楽しさのあまり三星さんから説明されたそれが、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 というわけで、俺はコンビニ部とかのあれやこれやの時と同じように、再び降井先生に呼び出されることになったのであった。

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