第147話 俺のライフは0よ!

 ゼクスうるさいのと別れ教室へ向かう。

 ルクルの野郎人を見捨ててさっさと行きやがって。あいつには人の心というものが無いのか? まあ逆の立場だったら俺も見捨ててたかもしんないけどさ。


「お! 未来じゃん、オッハー!」


 そんなわけで仕方なしに一人で歩いていたらテンション高めな舞子さんとエンカウントしてしまった。辺りを探してみても抑止力みつほしさんの姿は無かったのでタイマンだ。

 このシチュエーション、だいたい良く無いことが起こるキングボンビー的前兆である。

 しかし珍しいな、二人は大体セットのイメージが有るんだが。


「はよっす。今日も無、元気ですね」


 無駄にとか本音出かけたわ危ねえ。ヘタな発言すると拾ってきて絶対めんどくせえからなこの人。


「そりゃあおめー、病は気からっつーだろ?」

「…………元気に過ごすために元気にしてるっつーことですかね」

「そうだよ」


 舞子さんの言葉を咀嚼して自分なりの解釈で吐き出してみるとどうやら当たりだったらしい。あてずっぽうだったんだが今の説明でよくわかったな俺と自分を褒めてあげたい。実際凄くない?

 だけどなんだろう、すげえ良いこと言ってんだけど素直に頷きたくないこの気持ちは。これが人徳というヤツか。


「そうは言っても、普通の人はなんも無いのに明るく楽しくなんてのが難しいんすけどね」


 人間生きていれば当然悩みも嫌なことも有る。誰も彼もが舞子さんのように頭パッパラパーでいられるわけではないのだ。


「お? いやいや良いことならあったぜ。……そーいやおまえのお陰でもあるのか。なんまんだぶなんまんだぶ」


 拝まれる。

 ……?

 病は気からだろ? その気でも触れたか? いやいつも通りっちゃいつも通りなんだが。そんで百歩譲ってなんまんだぶは違うだろ。


「そこはかとなく嫌な気がするんですけど、俺絡みでまたなんかあったんすか」

「いやいやいや。なんか有ったつってもこれは良いことだぜ。なんたってこの【未来くん像を待ち受けにするだけで運勢アップ】なんだからな。オレも早速……どうしたよ天なんて仰いでさ。今日は一日晴れだぜ」


 晴れかよ。いっそ硫酸でも降ってくんねえか溶けてしまいたい。

 もう俺の心には、海の底で物言わぬ貝になりてえという思いしか無かった。


 ◇


「……ってことがあったんで、頭痛薬か安定剤貰えないすかね。両方でも良いっす」

「くくく……いや失敬、笑っては失礼か。それは災難だったね、安定剤は無理だけど軽めの頭痛薬と胃薬を出しておくよ。流石に長くは続かないと思うから……三日分くらいでいいかい?」

「三日も続くのが既に地獄なんすけどね」

「なあに、人の噂は七十五日と言うだろう? 年頃の女子は流行り廃りが早いものだ、それより短いのだから我慢して受け入れるしかあるまいさ」

「しゃあないっすね……あ、薬どもっす」

「どういたしまして。それじゃあしばらくはこの場所で会わないことを祈っておくよ」

「っすね。今度はまたあっちの方で」


 と右手首をコネコネ動かす。俺もまさか同好の士が教師陣の中から見つかるとは思わなかったが、バイク乗りの間だけで伝わるであろうアクセルを吹かすジェスチャーだ。

 とにかく俺は薬を受け取って保健室を出た。一時間目の遅刻は確定だが、まあ保健室に寄っていたと事情を説明すればそんなに怒られはしないだろうと高を括って行こう

 せめて出席扱いにさえしてくれれば別に怒られてもいいや、と道すがら頭痛薬と胃薬を一錠ずつ口に放り込む。俺は水無しで錠剤が飲める男なのだ……ちなみに顆粒は喉に引っ掛かるから嫌。

 それにしても静かだ。授業中なんだから当然っちゃ当然だが、廊下では誰ともすれ違わず教室の近くまで来てしまった。

 世界中に自分一人になったようで寂しいぜ……なんてセンチなことを一瞬考えつつ角を曲がると、教室はもうすぐそこに在る。


「遅くなりました。保健室行ってたんで勘弁してください」


 ガラガラと扉を開いて開口一番弁明する。先生は静かに頷いて席に座るように促した。

 しっかし他にもあの写真待ち受けにしてる人居んだろうなーとか考えたら授業に身が入らんわ。これなんの授業だっけレベルで右から左。



「―――ってことが有ったんだよ」


 かくかくしかじかと、その日最初の休み時間、俺は宝条先生に続き電波達にも事情を説明する。


「そう……それはなんて言うか、大変ね。…………後で待ち受け変えとかなきゃ」

「なんか言った?」

「ないです」

「ならいいけど……はあ」

「あんたの場合、ある程度は有名税として諦めるしかないんじゃない?」


 と、他人事ならではの非情なりし七生の意見が飛んでくる。刺さる。


「有名税って、別に芸能人じゃないんだぜ」


 あと道行く人が全員振り返る程のイケメンってわけでも悲しいが無い。

 檻の中の珍獣扱いも限度があると思う。


「まあ、最初に広げた人物も悪意が有ったわけではあるまい。大方冗談で待ち受けにしているのを他人に見られて咄嗟に出た嘘とかそんなところだろう」

「やけに具体的な推理だな……ルクル黒幕説ない?」


 言い出しっぺが犯人みたいな。


「バカを言うな。自慢じゃないが、わざわざ待ち受けにするまでもなくおまえの顔はこの学園で一番見飽きている自信が有るぞ」

「まあ、同じ部屋だもんな」


 でも事実だとして見“飽きてる”は酷いと思うの。せめて慣れてるにしてくんないかな?


「で、あんたは結局どうしたいんさ? 待ち受けにするのをみんなに止めさせたいん? ……正直無理じゃない? 飽きるの待った方が早いと思うわ」

「宝条先生もそんな感じに言ってたし、七生の言う通り無理だろうから胃薬飲んで耐える。胃潰瘍になったら介抱してくれな」

「湿布なら張ったげるわ」


 うっ……なんか首筋に痛みが。

 七生と湿布、このワードの組み合わせがなんかよくわかんないが俺のトラウマになっているようだ。

 大体胃痛に湿布って開腹して直接貼るのかよ。癒着して大変なことになるわ。


「ま、案外早く飽きるんじゃない? 実際効果なんて有るわけないでしょうし」

「だな」


 七生の慰めは真理だと思う。そも俺の写真にそんな美輪さん的効果など有るはずも無いのだから。


「次は倉井くん本人の写真で、だったりして」

「縁起でもないこと言うなよ電波」

「ご、ごめんなさい」


 言霊って言葉もあるんだぞ。


「てかなんでみんな集まってんの? 優しさ?」


 元気ない俺を心配してとか、おまえらそんな友情に厚いキャラだったか?


「あれだけ構って欲しそうにしててよく言うわ」

「授業終わった瞬間、突っ伏してたものね」

「知っているぞ、俗に言うかまってちゃんというヤツだ」

「ごめん、わかったからあんまり責めないで貰える?」

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