第144話 チン百景

 ヌードル。それはラーメンの英語表記。

 ラーメン。それを嫌いな日本人は小麦粉アレルギーとかでもない限りほとんど居ないであろうカレーと並ぶ日本人の国民食ソウルフード

偉大なる始祖中華そばを生み出した彼の国ちゅうごくの方々も日本のそれは別物だと言うほど魔改造された特に悲しくはない怪物である。

 いや麺類全般をヌードル扱いするのが正しかった気もするけど文句は全部カップヌードル作った会社に言ってくれ。日本人に間違った認識を植え付けたのは彼等の責任であって俺の知ったことでは無い。


「聞き間違いですよね?」


 美術部でオリジナルヌードルをデザインするからその手伝いとかだろ? ほらそんなツアーあったじゃん、と有りもしない希望に縋るようにワンチャン聞き直す。しかし垂らされた蜘蛛の糸は極細麺よりなお細く、茹で過ぎのだるんだるんで蟻の子一匹吊り上げる張力すら無いのは明らかだった。

 同世代の女子の前で脱ぐなんてのはとんでもない辱めだ。男女逆にしたら大炎上じゃ済まない、口に出しただけで極刑に処されてもおかしくないセクハラである。HENTAIにおいてはその限りで無いが生憎と俺はノーマル、見られて喜ぶ趣味は無い。

 てかいくら男が俺しか居ないマイノリティだからってそこまで人権を無視されて良いわけがねえよ。同じ学費を納めているんだから学園内での俺達はみんな等しくイーブン……だよな? お嬢様連中の寄付金とか凄い額だったりしない?

 あやっぱダメだわ庶民に人権ねえ脱ごう。せめてカッコよく描いてくれよ腹筋の陰とか二割増しに塗ってくれていいからさ。


「わかりました、脱ぎます」


 ―――わたし、脱ぎます。

 セミヌードを強要されたアイドルのようなこの台詞、決断に至るまで実際数秒程度だが決して俺が脱ぎたいわけでは無い。信じてくれと俺は心の中で世界に訴えた。


「こちらはまだなにも答えていないのですが……どういった心境の変化でしょうか?」

「男は度胸かなって。ところでお金とか取られないっすよね」

「……? まあいいでしょう。それでは美術部に連絡しますので、少し待っていてください」

「うす」


 ……さて。

 待機命令が出たけど、どうしようか。

 今気付いたんだがこの部屋生徒指導室とか言いつつ私物っぽい物結構置いてあるし、あんまりじろじろ眺めるのも不躾だよな。

 かと言って先生の前でスマホ弄るのはそれはそれで心証悪い。となれば選択肢はこれしか有るまい。


「ゼクス今度はなにやったんだ?」


 こいつを弄ろう。現状この部屋で一番愉快なオブジェに触れないのも不自然だ。

 俺の問いに顔の前で指をスッと横に動かして応えるゼクス。くたばれのジェスチャーじゃねえか喧嘩売ってんのかよこいつ。

 ……あ、違えお口チャックマンか。

 なんだろう。この先生恐いらしいし、なんか余計なこと言って黙ってろとでも言われて律儀に守ってんのかな。

 意識向いてないし通話の邪魔にならないボリュームでなら喋っても問題無いと思うが……そこまで恐れているのか。


「ま、なんにせよ自業自得ってヤツだな。これに懲りたら今度こそ俺の記事書くの止めろよ」


 ならば反論出来ないうちに言っておいてやろう。今更だけど俺の肖像権とかどうなってんのかしら、訴えたら勝てないかな。

 うーむ。このままこいつをサンドバッグにすることも出来るが―――うん、他に言いたいことは特にゃなねえな。

 抱いた恨み辛み以上をぶつけるのはただの理不尽だ。今まで散々理不尽な目に合わされてきたんだから少しくらい意趣返ししても良いような気もするが勘弁しておいてやろう。なんせ哀れだからなこの姿、相当絞られた後みたいだし多少は溜飲も下がるってもんよ。


「お待たせしました。……しかし君が居たから良いものの、彼女達はなぜヌードモデルなんて無茶を……いえ、むしろこうなることを見越して言い出したのでは……?」


 我ながら甘いぜ……と思っていると、先生の電話もちょうど終わったようだ。


「え?」

「こちらの話ですのでお気になさらずに」

「それこそ無茶じゃないっすかね」


 自分の貞操が狙われてたって話だぞ。


「美術部の場所は部室棟です。建物まではナビで行って、後はロビーの案内判を見てください。ナビの使い方はわかりますか?」


 スルーしやがったぜこの人。

 まあいいや行こう。どうせこの手の話は覆らん。俺もそろそろこの世界の不条理というものを理解してきた、悲しいことだが大人になっていくというのはそういうことなのだ。


「大丈夫です。そんじゃ失礼します。じゃあなゼクス、後は一人で頑張ってくれ。骨は拾ってやんねえけどな」


 さて部室棟……新聞部と遊戯お、M&W部にお邪魔した以来か。

 こう考えると俺部活見学全然行ってねえな。自分で言うのもなんだが、俺はおよそ芸術と無関係な人間で美術部にもまったくもって興味無いが、時間が有ればついでに他の部活を覗いてみるのはありかもな。

 そうなると運動系以外はそれ専用の建物に密集しているから見て回るのも楽で良い。


「あら倉井さんこんにちは。本日も私に会いに?」

「一発目からぶっこんで来ますね」

「?」


 部室棟に向かう道中にお嬢様襲来、つくづく縁がある。良縁とは言え無さそうなのが悲しいところだが……いやMTG部だからこの時間部室棟に向かっていて不自然は無いのか。むしろ俺の方こそがアウェイで、ちなみに森くんも居た。

 あとそこで“え?”みたいな顔出来る図太さはもはや才能と言っても過言では無いと思う。


「そうだったら良かったんですけどね。生憎今日は降井先生に言われて美術部に行くところっす」

「そ、そそそうですか。では引き留めては悪いですわね。失礼します。逝きますわよ森」


 突然現れてはぴゃーっと去って行く二人。波かよ。

 うーむこの反応、やはり生徒指導の先生だけあって問題児には恐れられている様子。今度からお嬢様の相手すんのめんどくさい時は全部降井先生を引き合いに出そうかな、それで逃げられることが判明したから。


「うーっす! おまえ聞いたぜ未来、美術部のヌードモデルに志願したんだってな!」


 そして次、あっ舞子さんと三星さんだ、と俺が認識したとほぼ同時に向こうも俺を認識したらしく、まず舞子さんが走ってきた。遅れて三星さんも歩いて来る。

 やるなーこのこのー! と脇腹を突いて来る舞子さんの脳天に肘を落としそうになる衝動と必死に戦いながら俺は努めて冷静に口を開いた。


「舞子さんってマジで悪魔かうんこみたいな人ですよね」


 ついに言ってしまったぜ……でも我慢出来なかったんだ仕方ない。むしろ食事時じゃなかったことを褒めて欲しいくらいだ。


「おおう!? 開口一番人を悪魔扱いとは言ってくれるじゃねえか!」

「舞子……あなたそっちだけで良いの?」

「ロシュツキョーってヤツだろ! な! な!」

「そうっすね。今のはアシュラマンとサンシャイン達に悪かったっす」


 悪魔超人の格が下がってしまう。


「おうわかりゃ良いんだよ。……おう?」

「つーか勢いでうんことか言いましたけど、案外怒らないですね三星さん」


 目の前でウンコマン扱いは言葉遣い、いや言葉が汚いって怒られるかと思ったんだが。


「そうですね。写真で見せられましたし、一言言いたくなる未来さんの気持ちもわかりますから……あっ」

「スマホ叩き割られるか画像消すか選んで良いっすよ舞子さん」


 この野郎写真まで撮ってやがったのか。いやそりゃ撮るよなこの人の性格からして。むしろ今までその考えに至らなかった俺の不明だわ。


「オレを倒しても第二第三のオレが……」

「ノリでわけわかんないこと言ってないで早く消してくださいよ」

「ちぇ……」

「念のため聞きますけど、送ったのって三星さんだけですよね」

「あ、当たり前じゃないかねチミィ」

「三星さんヤっちゃってください」

「七生にも送りました!」


 七生……七生か。

 うーん……セーフ?


「……まあ、七生だけなら良いっすよ」

 

 あいつなら目の前のゲスやルクルと違ってみだりに拡散したりしないはずだ。


「ほらよ消したぜ。これで良いだろ?」


 とカメラロールを見せられる。

 スクロールしてみると確かに俺の画像は無い。無いが……


「三星さんの寝顔撮られてますけど、これはいいんすか?」


「えっ!? 舞子また!?」

「あっやべ」

「もうっ……待ちなさい! 舞子っ! ……っと、未来さん失礼しますねっ」


 逃げろーい! と叫びながら脱兎の如く走り去る舞子さんとそれを追い掛ける三星さん。舞子さん足速えな、いやそれを追い掛けられる三星さんも中々の健脚。やっぱ逃げ慣れてるからかしら。

 うーむ……しかし本命の美術部に辿り着くまででこんなドタバタなら美術部では一体何が起こるのか。今から嫌な予感しかしないぜ。

 えっと美術部は……一階か。


「すっげー……」


 案内版を頼りに美術部の部室に行くと、そこは入り口からして美術部って感じだった。

 思わず感嘆の声が漏れる。具体的に言うと扉の材質は建物共通で他の物と同じはずなのにデザインが違う。扉をキャンパスに見立て、一枚のアートとして仕上げられているのだ。

 ただ問題は、その意匠が俺でも知っている“この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”の一節で有名な地獄の門なのである。

 力作だし実際凄いと思うよ。でもね俺からすると己が行く末を示している気がしてならないの。誰が好き好んで地獄行きするんだよと。


「……帰ろ」


 降井先生になにを言われるかわからないが、この先に進むよりはきっとマシだ。

 しかし呟いて踵を返した正にその瞬間、地獄の門は開かれた。


「お待ちしておりました、倉井くん」

「待たれてたかー……」

「ささ、どうぞこちらへ。そしてお召し物はあちらのカゴに」

「……お邪魔しまーす」

「一人で脱げますか?」


 当たり前だろうが。

 うーむ……被写体だから仕方ないけど、地獄の門を潜っただけでこのねめつけるような視線、マジで刺さりそうなくらい痛い。服の上からでこれなら脱がされた後俺はどうなってしまうんだろう、生きて帰れるのかしら。


「パンツは履いてても良いですよね」


 上着を脱ぎつつ一応聞いておく。


「脱ぎたければ、どうぞ」

「ないです」


 文字通りこいつは最後の防波堤だ。

 フルチン・イズ・デッド。まだ死にたくはない。

 美術部というだけあって部屋の中には画材や作りかけの彫刻などが色々置いてあって、部屋の中心には今回のためかイーゼルが輪のように設置されていた。そしてその中心には椅子がぽつんと一つ置いてある。

 あそこに座れということだろう。俺は大人しくそこへ向かった。


「今回協力してくれる倉井未来くんです。皆さん挨拶を」

「「「よろしくお願いします」」」

「よ、よろしくお願いします」


 十人ほどの部員がいっせいに頭を下げる。統率された軍隊のような動きに気圧されながら俺も同じようにして返した。


「では挨拶が済んだところで、そうですね……まずは考える人のポーズからお願いします。それが終わったら次はまた指定しますので、なるべく動かないようにだけお願いします」

「うっす」


 考える人とかマジで地獄の門じゃねえかと思いつつ椅子に座る。……このポーズ結構しんどいな。それと、ほとんど視界が地面だから変な感じだ。

 そこからは“まずは”考える人との言葉通り、ダビデ像とか聞いたことも無えようなボディビルのポーズを色々取らされたりででたっぷり二時間、みなさん俺をモデルに絵を描いたり粘土みたいなのを捏ねたりさまざまに。

 拍子抜けするぐらい平和に、時たまポーズの指導で身体をベタベタ触られてビクンビクンするくらいでなにもおこらず時間は過ぎ―――油断していた翌日の登校時。

 おや、あの人だかりは? と近づいて行くと、俺の気配に気付いた皆々様の視線の内一つがこちらを向き、あっ! と見てはいけないものを見た時みたいな反応をして連鎖するように注目が集まる。

 そしてそこにある“なにか”と俺とを見比べた彼女達は、俺が近付くと顔を赤くして逃げていく。

 はて……? と思いつつそのスペースを確認してみると―――どうやらそこは美術部の活動発表コーナーらしく、絵や彫刻などが飾られており昨日造られた俺モデルのダビデ像も置いてあった。


「おー昨日のヤツもう完成したのか。見ろよルクル、やっぱすげえ上手えよな……流石本職」


 まあ美術部なんだから発表の場は当然あるわな。モデルをするとなった時から覚悟はしていたし、それがこんな全校生徒に発表するように置かれるのは少々気恥ずかしいが、俺本人が見られているわけではないからまだ耐えられる。

 

「やはり俺の裸体はうら若き乙女たちには刺激が強かった、か―――」


 ……。

 …………?


「なあ、なんでこの像マッパなんだ?」

「おまえが言っていたじゃないか、昨日ヌードモデルをしたんだろう」

「いやヌードつってもパンツは脱いでなかったんだが、なんでこの像の俺はフルチンなんだ?」

「知らん」

「教えてくれよルクル」

「だから知らんと」

「教えてくれよ……」

「おまえは私になにを期待しているんだ……?」


 なんでも知ってる知的キャラ的なのを……いやでも噂の時この探偵ポンコツだったもんな。北嶋先輩の方がよっぽどそれっぽかったわ。


「あ! 倉井くん、鹿倉衣さん、おはよ!」

「おはよう電波、と……ルームメイトの、確か南雲だったか?」


 とそこへ電波と南雲も登校して来たが、俺には挨拶を返す余裕が無かった。


「うん。同じ部屋の南雲さんよ。クラスは違うけど」

「そうか。おはよう」

「どーも。んだよなに見てん……朝っぱらから汚えもん見せてんじゃねーよ」

「え? なになに? どうし、た……なにこれ!?」


 なんだろうね。

 多分俺が一番聞きたい。


「おはよ~。みんななに見てるの~? ……わっ、みらいちゃんそっくり! よく出来てる~!」

「あら、これは……」


 真露と桃谷も来た。


「でもみらいちゃん、パンツくらいちゃんと履かないとダメだよ」


 俺本体がフルチンかのような言い方は止めていただきたい。


「撤去される前に写真を撮っておこう。後で七生にも送るか」


 そしてルクルはいつも通りだった。



 その前夜、美術部。


「発表までに間に合って良かったね」

「うん。でもまさかこんな時間までかかるとはね……」


 モデルを終えた未来が帰り、更には夕食の時間も過ぎ……ひっそりと居残りをしていた部員達。

 一人が壁掛け時計を見ると、既に時刻は日付を跨ごうとしていた。

 ちなみにその時計も美術部らしく、卒業した先輩部員が作った物だ。


「でもこの銅像、なにかが足りない気がするの。あと一つ……いや一本……」

「!! そうだわ! 一本よ! ダビデ像は服なんて着ていないわ!」

「っ、盲点……! そうと決まったら修正! 朝までには終わらせよう!」


 といった彼女達の真実を求める芸術性と、深夜のハイテンションの化合物としてフルチン倉井未来像は飾られることになったのだ。

 ちなみに即日撤去が決まったらしい。

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