第130話 支払いはまかせろー \バリバリ/

「ごちそうさま。出してもらっておいてなんだが、実に普通だったな」


 店を出たところでルクルが味の評価を下す。可もなく不可もなく、普通というのは一番つまらないヤツだ。

 実際このラーメン悪くはないんだが、正直言って学食のラーメンの方がうまい。普段からそっちを食べ慣れているのならまあ妥当な評価である

 それに加えて俺なんか店自体初見じゃなかったりでマジでなんの面白味も感じられなかった。こういうのはいっそハズレ引いた方が盛り上がんだよ、なんならアタリより良い。だっていつまでもネタに出来るからな。

 そしてそんなルクルの言葉からもわかる通り飯代は俺の奢り、十万は無理でも四人合わせて四千円は出せたというわけだ。

 けど奢られといて文句言うヤツな。いやいいんだけどね、ちゃんと礼は言ってくれてるし、正直は美徳と申しますしおすし。

 うん、店の中で言わないだけマシだったと思おう。


「そう? わたしはおいしかったと思うけど……あっ、ごちそうさまでした!」


 一方電波は奢られる側の礼儀を弁えていた。いつまでもそのままの君で居て欲しい。


「ごちそうさま。まあラーメンなんてこんなもんじゃない? でも炒飯のレベルは高いと思うわ」

「中華好きなくせにラーメンをディスるのか……」


 気持ちはわかるけどさ。メインであるはずのラーメンはそうでもないのに炒飯が異常にうまいラーメン屋ってたまにあるもんな。


「別に悪くは言ってないでしょ。大体中華そばと日本のラーメンは別物だし」

「あー……わかるわかる。なんかそれって中国むこうの人も言うらしいな」


 ラーメンに限らずカレーやパスタなんかもそうだ。日本人の食に対する拘りは変態的で、どんな料理でも自分たちの口に合うよう魔改造するというのは有名な話である。

 その結果“こんなもん○○じゃねえよ”とか本場の人に言われることも珍しくないらしいけど……まあうまけりゃいいよねと思っちゃうあたり俺も日本人なんだなと。


「しかし試み自体は気に入った。次もやろう」

「そうね! やりましょう!」


 ……が二人はそこそこ気に入ったご様子。七生はマジかよこいつらみたいな顔をしているけど、なんだかんだ付き合いの良いヤツなんで多分次もやることになると思う。

 そもそも次があるかどうかだが……そいつはこれからの俺に期待だな、精々三人を退屈させないようにエスコートさせていただこう。

 さてそれよりもまず、次と言えば今、次になにをするかが目下のところである。ゲーセン、映画館、カラオケなどパッと思い付く娯楽施設は大体学園にもあり、アウトドア系もあの校庭より広い公園が存在するとは思えない。……設備も同じく。なんならバッセンなんかも在るんだよな、200kmとか出せる怪物モンスターが住んでる。

 あれ、これ逆に外でしか出来ないことといえば……なに?

 ある?


「電波、なんかやりたいこととか行きたい場所とかあるか?」


 街に遊びに来た意味とは。じゃあえるかと言いそうになった俺の気持ちを誰が責められよう。

 思い止まる程度の理性は残っていたが、なんも思い付かねえんで言い出しっぺの電波に委ねることにした。


「うーん……特にないわね。みんなで遊ぶならなんでもいいわよ」


 予感はしていたけど花丸満点の答えをありがとう、でも今はそんなもの求めちゃいないんだ。

 飯と同じでなんでもいいが一番困る。具体案が欲しい。


「電波、男相手にどこでもいい、なんでもいいは禁句だぞ。ホテ―――」

「言わせないよ?」


 先読めたわ。おまえがなに言いやがんだだよ。

 貴様のその偏った知識はどこから得ているのか。いつか天罰が下るぞ。


「……そうだな。さすがに悪趣味だったか、すまん」

「わかればよろしい。じゃあ罰としてルクル、おまえが次に行く場所決めてくれ」


 よっしゃ、我ながら惚れ惚れする程完璧な流れで丸投げ出来たわ。


「む……それではクラフトモールにでも行くか。あそこなら大抵の娯楽は揃うだろう」


 モール……そうかその手があったか。学園にも買い物ができる場所はいくつか在るが、流石にウィンドウショッピングが出来る程の規模ではない。それに“とりあえずここでいいか”と思える程の規模ならよっぽどデカいはずで、この街に住む上で覚えておいて損はないだろう。

 にしてもクラフトモール……名前からしてそうなんでしょうねって感じのモールだ。

 俺は言われても場所がわかんないんで、先頭をルクルに任せて一番後ろに。俺達は一路クラフトモールとやらに向かう。


「おまえそんな名前だったのか……」


 じゃあそれでと案内されたのはメットとカレーの材料を買い求めし複合施設。あの時もかなり広いと思っていたけど、こうして違う方向から来てみると俺が気付かなかった施設もまだまだあり、想像していた三倍は広い。

 初対面でめっちゃ気の合ったヤツが実は敵だった時のように複雑な気分だ。飯屋が立ち並ぶエリアも当然あったので、飯もここでよかったんじゃね感がある。

 バイオハザードが起きた時は学園かここに立て篭もろう。

 ……それはそうとして。


「あとバスもここで良かっただろ」

「ひとり言が多いぞ未来」

「サーセン」


 だって……ねえ?

 だってだってなんだもん。


「……あ、悪い俺ちょっとATM寄ってくるわ」


 もう財布の中鉄と銅の塊しか入ってねえ。ウィンドウと言えどもショッピング、特に散財する予定は無いが、万が一欲しいものが見つかった時にこれではなにも買えやしない。

 前回は道中で下ろしたからあえて探しはしなかったが、この規模の商業施設なら大体銀行と提携してATMを置いているはず……お、早速ぽいの発見。


「場所はわかるのか?」

「あっちにそれっぽい案内が見えるから、まあ違ったら店の人に聞くよ。すぐ戻って来るつもりだけど、離れる場合は誰でもいいからメールかなんか入れといてくれ。じゃ」



 手持ちが無くて困ることはあっても有って困ることはないはず。諭吉を二人、野口を十人と多めに召喚しておく。

 実際飯も食った後だし、まあ使うとしてもデザートとか飲み物程度だろう。

 ちなみにええかっこしいの自覚はある。だってラーメン屋の支払いも俺から言い出したからな!

 そんじゃ戻る……前に、ATMのすぐ側にコンビニもあるからさっそく飲み物でも買って行ってやろう。


「おかえりなさい!」

「おうただいま。なにが良いかわかんなかったからとりあえず全員同じの買ってきたわ」

「ありが……おまえは日清の回し者か?」

「小さいの十本入りを人数分買う馬鹿とか初めて見たわ」

「よせやい照れんだろ」

「あたしら今褒めたか……?」


 だって普通サイズは紙パックで蓋無えから、いくらキッチリ締めても持ったまま店の中に入るわけにもいかん。その点こいつなら一口飲み切りサイズで問題を回避出来るし、誰かに分ける時もペットボトルと違って口を付けたとか気にしないで済むっつー寸法よ。

 この完璧な計算、これぞ正にデキる男の選択肢。


「んで最初はどこから行くんだ? やっぱ服屋とか?」

「ま、ベタだけどそれでいいんじゃない?」


 ……あ、服と言えば。


「三人とも似合ってるよ。いつも制服だけど、私服だと新鮮でいいな」


 ずっと言うの忘れてたわ。すげえ今更感あるけど褒めなきゃいけねえんだよ。

 そう真露に調教されている。だって新しい服着て来た時や髪切った時なんか俺が言うまでずっとアピールしてくるからなあいつ。本人居ないからって油断してたわ。

 学園だとやっぱ制服着てることが多いし、私服も放課後とかに見ないわけじゃないけど、外行きの服というのはこれが初めてだ。

 七生の服装は派手だけどスタイル良いのもあってすげえ似合ってて、このまま雑誌の表紙とかに居てもおかしくない。共学ならカーストトップ、リア充グループで超モテそう。

 電波は……まあ小学校低学年くらいの女の子だな。悲しいことに似合ってます。このままランドセルとか背負っても違和感ないのが発育という言葉の残酷さを語っていた。

 最後にルクル……やっぱ喋らなかったら人形に見えるなこいつ。電波が前に中等部で噂になってたとか言ってたけど無理ねえわ。女子校で良かったと思う、だって下界の学校だったらもっと大騒ぎになってただろうから。


「あんたも、まあ悪くないんじゃない?」

「ふっ……だろ?」


 意外にも七生が最初に褒めてくれた。

 電波なら実際がどうでも世辞で言ってくれそうだけど、七生はそういうの無さそうだから額面通りに受け取ってもよさそうだ。真露以外に言われるの久しぶりだから結構嬉しい。


「こいつの服は全て真露が選んでいるらしいぞ」

「なんで知ってんの?」


 さてはあいつ話したな……。


「それでよくドヤ顔出来たもんね」

「待ってくれ。確かに真露が選んでるけどよ、別に俺が頼んだわけじゃないぞ。あいつががコレにしろアレにしろ煩いんだよ」


 大体俺に似合ってるなら百歩譲って真露と半々の功績じゃない? 交通事故だってエンジン掛かってたら10:0は無いんだぜ?


「一人で買いに行かせると下はジーパン、上は革ジャンと防弾チョッキ。後は上下揃いのジャージしか買って来ないと愚痴を言っていたが、それについてコメントは?」


 ジーパンと革ジャンは丈夫だから普段使いは当然としてバイクに乗る時の防護服にもなる最強装備だし、ジャージは近場に行く時パッと着れる楽で最高の服なんだが?

 でも答えらんない。だってそいつは散々真露に指摘されて反論して、ねじ伏せられて、でもだ納得できてねえもん。


「それと手袋はフィンガーレスしか使わないらしいな。おぞましい程のセンスの無さだ」

「いやアレは流石に普段使いしてねえよ」


 穴開き手袋はバイク乗る時にしか使わないアイテムだ。普段からあんなもんハメて許されるのはDAIGOくらいなもんよ、それくらいの分別は俺にだってある。

 つーかルクルさん今おぞましいって言いました? そんな言葉 “おぞましい事件”とかでしか使ってるの聞いたことないんだけど、それと同列とかヤバ過ぎんだろ。


「それ、もし外で会っても絶対近付かないでね」

「酷くない?」


 さっきは褒めてくれたのに笑顔で言うことが酷い。知り合いと思われるのも嫌なレベルっすか。


「そ、そうかしら。わたしは個性的でいいと思うわよ!」


 慰めが辛え。電波無理して言った感が凄い。

 わかったわかりました認めます。俺はセンス×のカス、サクセスなら即リセットされるゴミですよ。


「いっそ裸で過ごすというのはどうだ?ネクタイは締めていいぞ」


 特殊刑事課じゃねえか捕まるわ。


「部屋の中でずっとポーズとってやるからな」


 網膜に焼き付くまで見せ付けてやる。夢に見ろ。


「レベルの高い変態ね」

「おいまだやってないぞ」

「まだ? あんた……」

「言葉の綾だからいちいち揚げ足取らんでくれますかねえ……」


 ダメだ七生までボケに回ると俺一人じゃ手に負えない。

 助けて、誰か助けて。

 マジで誰でもいい。贅沢は言わないからゼクスかMTG部のお嬢様か舞子さん以外なら誰でもいいから助けに来て。やっぱ上月先輩も嫌だせめて人間が来て欲しい。


「そう拗ねるな。冗談だ」

「本当かよ。まあそれならいいけど、逆ならセクハラだからな?」

「なにを言っている。もう見たじゃないか」

「今こっち見たら潰すから」


 どっちも事故だけど二人の裸見たんだよなー……とか映像付きで思い出しているのがバレたのか、七生に釘を刺されてしまった。

 しかし、潰す。それは玉なのか眼球なのか。どっちもタマだけど恐しくて内股になっちゃう。女の子にはなりたくない。


「存外、堂々としているな」


 服屋に入ったあたりで、服ではなく俺を見たルクルがそんなことを言う。

 普段から唐突な野郎だが、今回は特に真意を測りかねた俺は頭に疑問符を浮かべながらルクルの顔を見つめ返した。


「レディース専門の店でずいぶん堂々としていると思ってな。普通、男はこういった店に入るのを躊躇するモノなんだろう?」

「あー……真露が俺の服選ぶ時とかさ、大体あいつの服選びも付き合わされるから慣れてんだよ」


 そんでその前後に飯屋というのが鉄板な流れ。

 そりゃ真露以外と一対一ならちょっとは照れたりするかもしんないけど、三対一だとそういう感情も吹き飛ぶ。


「あんた達ってマジで付き合ってないの?」

「ないない。前も言ったけど、俺と真露はそういうんじゃないから」

「ふーん……じゃあ付き合いたいとかは思わないの? 真露って可愛いし愛嬌もあるじゃん」


 そりゃ今までの人生、まったく意識しなかったと言えばウソになるが。

 でも今は、長く一緒に居過ぎて兄弟とか家族みたいなカテゴリー。

 多分、向こうもそう思っている。


「まあ、可愛いとは思うよ」

「そうよね。おっぱいも大きいし……」

「そうだな」

「サイッテー……」

「今の俺悪いか?」


 電波のせいだろ。貰い事故じゃありません?

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