第103話 茶番と友情パワー

 舞子さんとくだらないを通り越して虚無感すら覚える会話をしばらく交わし、おかげでだいぶ気も紛れてしんどさもほとんど感じなくなってきた頃。

 その代償に話のタネが尽きた俺達は、各々のベットに身体を投げ出して天井をぼーっと眺める作業に没頭していた。

 普段の舞子さんからは考えられないくらいの静かさで、こんなことを考えているのが知られてしまえばまた面倒なことになりそうだけど、嵐の前の静けさというか、喋ってたら喋ってたらでメチャクチャなクセに黙られるとそれはそれで不気味な人だと思う。

 ほんと寝てしまいそうくらい静かで


「見舞いに来てやったぞ」


 ……。


「おおう……?」


 ……どうもマジで眠っていたらしい。

 誰かの声に起こされて、続いて聴こえた数人分の足音は俺の枕元で途絶えた。


「おおー……みんなか……わざわざ悪いなー……」


 こんな恩着せがましい言い方をするのは学園広しといえども一人しか居ない。確認するまでもねえやと思いつつ寝転んだまま身体を横に向けると、電波と七生を引き連れたいつもの三銃士の姿があった。

 三人とも鞄を持ったままということは放課後直で来てくれたんだろう。それなら多分三十分も寝てないか……中途半端な時間横になっていたせいか余計に眠く感じるな。

 だけどせっかく来てくれた皆の前でいつまでも眠そうにしているのはよくない、と欠伸を噛み殺して眼を擦り頭に活を入れる。すると少しずつ意識は冴えてきたけど、次は別の問題が浮上してきた。

 二人はともかくルクルは今朝あんなことがあったばかりだからちょっと気まずいんだよな……ってかこれ俺だけが気にしてるのってなんか不公平じゃない? まあ、あんなのを意識して恥ずかしがってるルクルとかそれこそ熱でもあるんですかって反応だけどさ。


「ポカリの方がいいとも思ったんだけど……倉井くんこれが好きみたいだから」


 俺が返事を返すと電波は一歩前に出て、見舞いの品かポリ袋を差し出してきた。あざーすと受け取って中身を改め……ピルクル!? ピルクル様じゃないか!!

 素晴らしい。一発で目が覚めた。

 白雪姫だって飛び起きる起爆剤だぜ。こいつは“わかっている側”の人間ですわ。

 そして一日ぶりのピルクル様とのご対面に眼を輝かせている俺とは対照的に、なぜか怪訝な顔になる電波。なんだその反応は、愛した相手を前にして目を輝かせるのは男なら当然だろうが。おまえも特撮好きなんて少年ハート持ってんならそれくらいわかれよ。


「どうした電波、俺の顔になんか付いてるか?」


 人体の基本装備である目鼻口以外特に心当たりはない。あ、いや解熱シートは貼ってあるっぽいけど、これは熱っぽいならなにもおかしくないはずっぽい。

 それともまた寝汗でもかいてんのか? わかんねー……


「どうしたって、そ」

「待て電波」


 やはり俺の顔を指して、なにか言い掛けた電波をルクルが言葉と手で制する。

 そ? うーむさっぱりわからん。まさかソーラン節じゃねえもんな。

 顔面を触って確かめてみたが、やはりおかしな物は特に付いていなければ汗も同上。

 いたって正常、普段通りの俺の顔、だと思われる。

 普段通りの俺の顔こそが面白いという話なら泣くしかねえけど。実家けえって引き籠るまであるわ。

 でもこのタイミングで指摘するとか死体に鞭打つような真似を電波がするはずないので、特別イケメンじゃないとしてクリーチャーでもないと思われる。


「ところで舞子はどうした? 星座からあいつも居ると聞いていたが」

「舞子さん? 舞子さんなら横のベットに居―――」


 ―――ねえ。

 俺が眠っている間に帰ってしまったのか。

 なんだよ、一言かけてくれりゃよかったのに。

 俺が寝ていたから起こすのが悪いとかそんな気遣いでもしてくれたんだろうか? 最後にもう一度礼くらい言わせて欲しかったぜ。

 でもまあ……気が付けば消えている唐突さもあの人らしいっちゃらしいと思う。


「いや、いい。謎は全て解けた」

「そうか?」


 自己完結したらしいがルクルの野郎名探偵の孫みたいなこと言いやがるな。

 なにが謎でなにが解けたのか俺にはてんでわからないけど、聞いてきた本人がいいって言うなら気にしないことにしよう。


「熱ってやっぱり昨日の雨が原因なの?」

「まあ、それしか無いだろうな。あんま覚えてないけど濡れたまま寝ちまったみたいだし」


 ビンタとか抜き手とか風呂上がりの七生とか、覚えていることも勿論あるけれど、どれも熱とは関係ないしわざわざ言うようなことじゃない。


「ダメじゃない……そんなの風邪ひいて当然よ」


 というかあまり言いたくないので大人しくお叱りを受けよう。

 その後俺はサンドバッグに徹し、腹は冷やすなとか寝る前には歯を磨きましょうとか小学生レベルのお説教を電波から受けていた。


「なるほどな。それで朝っぱらから浴びていたのか……で何度くらいあるんだ?」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ……朝以降測ってないけど、そん時は確か38.4°Cだったかな……どうした?」


 聞かれたことに答えただけなんだが、数字を伝えると一転してバツの悪そうな顔になるルクル。


「いや……思っていたより高熱だったからな。悪かった。なにか必要な物はあるか?」

「じゃあ先生の机に置いてある体温計取ってくれよ。夕方にもう一回測るように言われてんだ」


 それと、今回は原因がわかり切っているので微熱まで下がっていたら帰っていいとも言われている。


「わかった。他には?」

「あー……こいつの替えとか頼める?」


 額に鎮座する冷えピタ的シートは既に効力を失いカピカピになってしまっている。測っていないから正確なことは言えないが、体感的には朝ここに来た時よりもだいぶ楽になっているので効果は有ったんだと思う。

 もちろんそれだけのお陰というわけじゃないが……少なくともないよりマシならそいつを使わない手はない。

 ぶっちゃけもう普通に動けるから自分で取りに行ってもいいんだけど、ルクルが優しいとかこんな時くらいしかなさそうなので目一杯甘えてやろうと思う。


「オムツか」

「誰がおまえにオムツ交換なんて頼むか。おつむだよ指差してんだからわかるだろ」


 勝手に並べ替えてんじゃねえよ。いくら甘えるつったって同学年の女子にシモの世話とかレベル高すぎるわ。

 ルクルも冗談で言っているんだろうけど、その手の返しにくいボケは勘弁して欲しい。どの程度で打ち返していいのかわからないからデッドボール食らい放題なんだよ。


「わかった。電波は体温計を頼む」

「任せて!」


 力強く返事をした電波は机に、ルクルは冷蔵庫に……なら七生は残って俺の相手をしてくれるのかしらなんて勝手に思っていたら、目を逸らしてルクルに着いて行ってしまった。

 そういや七生のヤツさっきから一言も喋ってないけど……どうしたんだ? 避けられてるみたいで普通に悲しいんだが。


「ありがとう電波。でも自分で測れるから、そういうのは女同士かつ俺の居ないところでやってくれ」


 なんて一抹の寂しさを覚えつつ、体温計片手に俺を剥こうとする電波を説得して自分で熱を測り終えた頃に二人も戻って来た。


「待たせたな。そっちはどうだった?」

「37.0°C。ほぼほぼ平熱みたいなもんかな」

「そうか。順調に下がっているようでなによりだ。こちらもちゃんと持ってきたぞ」


 ほら、と指間に挟んだシートを見せ付けるよう胸の前でフラフラさせるルクル。そしてそのまま貼ってくれるのかと思いきや、ルクルはシートを電波に渡した。

 ダメだ熱出してたせいかネガティブな方にばっか考えちまう。俺に触りたくないとかいう理由じゃなけりゃいいんだけど、わざわざ自分達から来てくれるくらいの関係は築けているんだからそんなエグい理由なわけねえよな……。


「そしてこれを貼る栄誉は電波、おまえのものだ。おまえの力でこいつを元気にしてやれ」

「えっ?」


 謎過ぎる不意打ちを食らった電波は鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。

 多分俺も同じ顔してる。


「料理は愛情と言うだろう? それと同じだ。おまえのこいつを思う気持ちがこいつの熱を下げるんだ」


 とても正気とは思えない茶番じみたルクルの言葉。来てもらっといてなんだけど頭大丈夫か? 38°C台の俺であれなんだから今の発言45°Cはあるだろ。

 どんな裏があるにせよ、いくら電波だってそんな意味不明な理屈で簡単に乗せられ……


「任せて!」


 はえ〜乗ったよ……。

 うーん将来が心配だ。進学しても共学とか絶対通っちゃダメだしオレオレ詐欺とかも簡単に引っかかりそう。

 電波は掛け声と共に冷えピタを張って、その上から気合を注入するかのように俺の額を痛くない程度の力でペチンと叩いた。


「ど、どうかしら?」

「ああ、冷えすぎて寒気すらしてきたよ」


 信じらんねえけどマジで効いてるのか目までスースーしてるもん。キン肉マンの中にしか存在しないと思ってたけど案外バカに出来ねえな友情パワー。


「よし。これで共犯だな」


 そしてルクルは満足そうに意味不明なことを言っていた。

 あと七生はまだ目を合わせてくれなかった。



「有った?」


 七生が追いつくと、ちょうどルクルが冷蔵庫から冷えピタの箱を取り出した瞬間だった。


「今ちょうど……む、空じゃないか」


 空箱を振るルクルを見た七生は酷い既視感に苛まれ、眩暈すら感じていた。

 まさかこれ以上同じ展開が続くことはないだろう、と再び冷蔵庫を漁るルクルの背中を眺めていると、


「いや湿布があるな。……うん、似たような物だからこれで良いだろう。なに、言わねばあいつも気付くまいよ。プラシーボ効果という言葉もあることだしな」


 ……いると、悪い予感というのは得てして当たるもので。


「いや……うん、まあ、うん、そうね」


 七生は曖昧に返事をして、心の中で頭を抱えた。

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