第80話 おい、デュエルしろよ。

「これは……?」


 電波による突然の奇行に、森さんは“?”を浮かべていた。

 いや俺を助けようとしてくれているんですよそれ、一応、多分だけど。

 でも電波の握力とか腕力がなさすぎて、森さんにとっては“なんか握られている”程度にしか感じられていないみたいだ。


「……喧嘩はダメよ!」


 武力介入は不可能だと悟った電波が、今度は言葉による懐柔を試みようとドヤ顔で俺たち二人を見上げていた。

 俺が言うのもなんだけど、電波も大概ボキャブラリーに乏しいよな。

 しかし今の台詞、初対面の俺を足止めするためにかそうとなんか投げてきたヤツのものとはとても思えない。

 あれは下手すりゃ、いや俺がうまく跳ばなかったらいじめなんて比じゃない大けがを負っていたと思うんだが、そこんところわかっているんだろうか。

 自画自賛になるけど普通は咄嗟にあんな動きなんてできねえぞ。殺人犯にならずに済んだんだから俺の機転と運動神経に感謝して欲しい。

 得意げな電波に水を刺すのもかわいそうだから言わないけどさ。


「いえ、喧嘩というわけでは」

「そうだよ、俺が一方的にいじめられてるだけだぞ」


 まあ実際喧嘩もいじめも大げさだが、俺は扉を開けようとしただけでこっちから森さんになにをしたわけでもない。

 今も互いの両手を組み合わせてはいるがそれにしたって向こうからの一方的なもので、囚人が掴む鉄格子かジョイスティックを握る時みたいな恰好だ。


「もっとダメじゃない!」

「いいぞもっと言ってやってくれ」

「えっ、なんですかこれは」


 その時初めて森さんの表情から笑みが消え、代わりに困惑したようなものが浮かべられた。

 一矢を報いたと言えばちょっと大袈裟だが、初めて会話の主導権を握れた気がする。


「もっと……!? え、もっと!?」


 ―――俺には最近、ひとつ学んだことがある。

 思い返せばこの学園に来てから知り合った人達はどいつもこいつもアレな連中で、会話の主導権だったり場の支配権だったりを握られてばかり。

 その中でも特に、けむに巻くというほどでもないがゼクスなんかは話を脱線させていつの間にか自分のペースに持ち込んでいくタイプだ。

 しかも計算とかじゃなくて素でそうっぽいからな。あいつは“どうせ会話が通じないなら真面目に取り合うだけ無駄ですわ……”と相手に諦めさせる天才だと思う。

 他の皆も皆も大なり小なり独特なペースを持っているので、程度の差はあれ振り回されてばかり。

 そんな環境に放り込まれた俺が学んだこと、それは―――“どうせめちゃくちゃにされるならこっちから先にかき乱しちまえばいいんじゃねえの?”ということ。

 変人の扱い方についてひとつ賢くなった春。

 ちなみに、あまり嬉しくはない。


「んんんっ……ダメよ、ダメダメ!」


 そして俺が欲しがった結果、電波のダメが二回増えた。

 こんな芸人居たよな、顔面白塗りの。

 森さんもヤツを知っているんだろう、電波からは咄嗟に顔を逸らしていたが、それまでと違う毛色の笑いがぷっと口元から漏れたのが俺にははっきりと見えた。


「あなた、自分でやらせておいて笑うのはひどくないかしら……」


 そしてどうやら俺自身も笑っていたらしく、電波がいつもの怒っているんだかなんだかよくわからない顔でこっちを見上げていた。


「いやっ、でもな電波そりゃ笑うって。不可抗力だっ、ああ、俺が悪かったから、な?」


 でも謝ったらすぐに許してくれたので、これもいつも通りにチョロい。

 自分で怒らせといてそんな風に感じるのも悪いと思うけど、今のは電波のせいも八割くらいあると思うんだ。


「ふぅー……。とりあえず一旦放してくれませんか?」

「あっはい」


 そんな電波の様子に森さんも毒気を抜かれたのか、俺にこれ以上逃げる気がないというのを察したのか、言うと素直に手を放してくれた。

 ……実際、逃げられないことは最初からわかっていたんだ。

 いくら学園が広いっつったって授業もあるし現実的な行動範囲は限られている。それに教室まで来るどころかドアを蹴破るような狂人だぜ? 今逃げたってそのうち絶対捕まるし、 俺に逃亡の意志ありと見なされれば次はどんな手段に出て来るかもわからない。

 寮の部屋だって調べりゃすぐにバレるし、ハイエースされるのも流石に御免だ。

 ……まあ、だからといって簡単に納得できるかどうかは話が別なので、今のはダメ元でちょっと悪あがきをしてみただけ。

 俺にだって人権はあるんだから、それくらいの抵抗は許されると思う。


「はぁ~………………」


 そうは言っても嫌なものは嫌なので、自分でも驚くほど大きなため息が出た。

 人生一は言い過ぎかもしれないが、今年一なのは間違いないと思う。


「……申し訳ありません」


 そんな俺の心底嫌だという雰囲気を察してくれたのか、森さんは凄く申し訳なさそうになっていた。

 怪獣の蹴りに見事ですとか屍がどうのこうのと言っていたからやっぱりアレな人なのかしらと思っていたけど、悪い人ではないんだろうか。

 どうなんだろう、俺にはこの人がどっち寄りなのかを計り兼ねていた。

 んーむ……正装なのかもしれないけど服装が奇抜なことに変わりはないし、暫定変人ってところか?

 つーかこの燕尾服も、これまでの態度からしてまさかコスプレってことはないだろうから、マジであのお嬢様の執事なんだよな。


「な、なんでしょうかその眼は」

「いや……森さんも苦労してんだろうだなって」


 女子しか居ない空間に放り込まれる辛さは俺にもよくわかる。それに執事ってことは、俺みたいな只の学生と違って学園の外でもあのお嬢様と四六時中一緒ってことだろ? それは死ぬほど疲れそうだし、俺なら一月もすれば胃に穴が開きそうだ。


「……」


 森さんは無言で眼を逸らす。

 仮に俺がこの学園で誰かに仕えるとしたら……そうだな、三星さんか桃谷がいい。他が相手だと速攻でハゲそう。ケツの毛までイかれちゃうかもしれない。


「いえ、ははっ―――そんなことはありませんよ」


 しばらく置いたあとの答えは空虚な笑みを湛えて。

 そうか――この瞬間、俺は一つの可能性に思い至った。

 この人は諦めているんだ。

 俺が相手に呑まれないように先手を、と考えたのと違って、森さんが心の平穏を保つために導き出した答えは“抵抗しても無駄だから全肯定して流されよう”とか、おそらくそんなところだろう。

 なるほどそれも一つの正しい答えだ。

 抗うか流されるか、どちらかが普遍的に正しいというわけではない。国民的父ちゃんが言っていた正義の反対はまた別の正義という言葉の通り、各々が出した答えこそがその人にとっての正解なのだ。

 特に森さんは、俺みたいに男女比率だけではなく雇用関係というしがらみも抱えている。抗うという選択肢がそもそも用意されていない可能性も大だ。

 一度そう思えてしまうと一気に親近感が湧いてくるな。学園に年の近い男子とか他に居なさそうだし、なんか仲良くなれそうな気がしてきたぞ。


「なんでしょう、あの顔は。とても失礼なことを思われているような」

「あれはね、とっっってもくだらないことを考えている時の顔だって笹倉さんが言っていたわ」

「笹倉さん?」

「倉井くんの幼馴染で、同じ一年の生徒よ。クラスは違うけど」

「なるほど、教えてくださってありがとうございます」


 しかし仲良く、か……そうするとあのお嬢様もハッピーセットなんだよな。

 いや他の皆も誘って遊べばアレの相手は任せられるか?

 ゼクスとか舞子さんあたりをぶつければ共倒れしてくれないかな、ぷよぷよみたいにさ。けどもしダメだった時のリスクが計り知れない。意気投合でもされれば地球は終わってしまう。

 なんか凄え失礼なことを考えている気がしてきたけど、まあいいや。

 そうと決まれば、男にさん付けするのは違和感が凄いので呼び方から変えて距離を詰めていこう。


「あの、森くんって呼んでもいいっすか?」

「……? 構いませんが」


 よし。

 森さん、いや森くんの下の名前、りんっていうのは文字はともかく読みが女の人っぽくて呼び辛いからな。

 女子を下の名前で呼ぶのと女子っぽい名前で男を呼ぶのは感覚がちょっと違うんだ。本人が美形で女顔なのもあって余計にそう感じてしまう。

 仲良くなれば別だけど、今はこんなもんだろう。


「森、足止めご苦労」


 そんな風に自己完結していると、ラガーマンのように他の生徒を引き摺ってお嬢様が近づいてきた。

 一番力のありそうな佐藤先輩は―――後方で片膝を着いていた。

 ウッソだろおい。ちくしょうまた面白そうなシーンを見逃してるじゃねえか俺は。


「……はっ」


 森さんが恭しく一礼し退く。

 電波もいつの間にか離れていた。

 取り残された俺は一人、大ボスと対峙する。


「初めまして、倉井未来さん。単刀直入にお聞きしますが、貴方MTG部に入るつもりはありませんか?」


 マジかよカードゲーム部武闘派多すぎんだろ。

 あとそれまでも行動と違って話し方が丁寧なのがインテリヤクザみたいで逆に怖い。


「MTGこそ全ての始まり。原点にして頂点―――」

「あれ、でもこの前ネットで売上は遊戯王の方が多ぉん!」

「あ゙ぁ゙ん゙?」

「――――――」


 恐えよ。なんつードスの効いた声を出しやがるんだこのお嬢様は。他の底か洞穴からでも響いたようなおどろおどろしさだったぞ。

 被せ気味だったし、アレはマジでキレている。そして余計なことを言ってしまった当の電波はバッサリと斬り伏せられて、いつもの“ひえっ”という悲鳴をあげる余裕すらなく、チーンとオノマトペが聴こえてきそうなほど轟沈していた。あとちょっと泣きそうにもなっている。

 でも今のは電波も悪りいや。猛獣の口に手え突っ込みゃそりゃ噛まれるって。むしろそのまま食い殺されなかっただけ儲けもんだと思わなくちゃ。

 かわいそうだけど自業自得なので心の中で合掌しておこう。

 あと俺にMTG部に入る気は皆無だが、それを正直に伝えて無事に済むだろうか。五体満足で帰れるといいんだけど。


「それにしても、危うくM&W部の抜け駆けを許す所でしたわ」

「っ……いや、私達は」

「言い訳は見苦しいですわよ、佐藤さん」


 突然話を振られた佐藤先輩は息も絶え絶えといった様子で返事をする。苦しそうに胸を押さえ、その膝は笑っていた。

 はえ〜……なーにこれ……。

 やべえな。こっちから先に無茶苦茶やるとかいってたけど、この人から先手を取ろうとしたら脱ぐか漏らすかくらいしかないんじゃないか?

 でもそれをやっちゃうと、確かにこの人の相手はしないで済むけど他の皆とも一生会えなくなっちゃう。


「しかし、貴方達としてもそう簡単には諦められないという気持ちも理解致します」


 肩越しにM&W部の面々を一瞥し、尊大とも取れる態度で言ってのける。

 執事なんて連れているんだし実際いいとこのお嬢様なんだろうけどさ、嫌味を感じるよりも先に、様になっていると思わせられた。

 つーか思考が彼方へと旅立ってる間になんかおかしなことになってるんだが、なんだこれ。


「今は袂を分かったとはいえ、わたくし達は元々一つのカード。であれば―――」


 いやこの流れはまさか。

 現実にそんなことあるわけねえという思いと、それでもこの学園なら……! という期待が俺の胸の中で融合召喚していた。


「ここは一つ、デュエルで決めましょう」

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