第47話 俺を褒めてくれるのはおまえだけかよ。

「最後の一球だけだったけど、あんなに速い球よく当てられたわね! すごかったわ!」


 なんていいやつなんだ……ったく、それに比べて他の奴等はよ。

 まあいい、あんな薄情な連中はもう知らん。豆腐の角に頭をぶつけて出塁してしまえ。

 俺のカス当たりを大袈裟に喜んでくれた電波の頭を今度ピルクルでも奢ってやろうと思いながら撫でると、それを受けた電波は口を尖らせながら俺を見上げ、不満を漏らした。


「あの、いまさらなんだけど、もしかしてあなたってわたしを子ども扱いしてないかしら……?」


本当に今更だと思うが、俺の撫でやすい高さに頭があるこいつにも五割くらい責任があると思う。


「あー、嫌だったか?」

「いえ、もう慣れたしいいんだけど」


 慣れって怖いよな。

 俺もこの学園の感覚と頭のおかしい生徒に慣れてきてる自分が怖えもん。

 ん……待てよ? 忘れかけていたけど、こいつにも初対面で足を取られて殺されそうになった恨みがあるよな? ヤンキーが良い事をしたらギャップですげえ良いやつに見える理論で電波が輝いて見えるだけでは……?


「ちょっと、撫でるならもうすこし優しくしてくれないかしら?」

「お、おお、すまんこれ以上縮むとまずいよな」

「……」


 手のひらから殺意が漏れていたようだ。


「あいつらはわかったけど、電波はもう打たないのか?」

「わたしはもういいわ。それにそろそろ移動するみたいだし」

「移動? これ以上なにがあるってんだよ」


 バッセンがあるだけで充分なんだが、次はストラックアウトでもやらせてくれんのか? 景品はちゃんとくれよ。


「先生は守備の練習するって言ってたけど」

「守備練……普通だなあ」



 はい普通だとか思っていた数分前の俺、この学園の感覚に慣れてきたとかほざいた愚か者よ。この状況も想定内か?

 なんでグラウンド運動場と別で野球場グラウンドがあるんだよ。ついでに言うと向こうにサッカー場も見えているんだが、この学園はどんだけ広いんだ?

 まあいいや一々つっこむのにも疲れた。

 んで次は守備練だったっけ? 普通に考えりゃノックだろうけど、この学園の普通は俺にとっての異常だからな。次はどんなエキセントリックな一手を見せてくれるのか。

 いや……でも守備練にそんなぶっ飛んだ方法ってないよな? 飛んでくるボールを捕る以外の練習法なんざ有ったとしても人類にゃ早すぎんだろ。

 ダメだ、つっこむのに疲れたとか思っていたはずなのに、完全に疑心暗鬼になっちまってる。

 んー……先生一人で全員を相手すると順番待ちが長くて効率が悪いし、最初に経験者の有無を確認していたのは何組かに分けて生徒にも打たせるためかな。

 俺があれこれ考えていると、先生が布の掛けられた大きなハンドリフトを押して来た。それが捲られて現れたのは持ち運び式のバッティングマシーンと発電機だ。

 流れ読めたわ。


「ノックの代わりにこいつでボールを出す。三台あるからだいたい一組十数人につき一台だな。経験者はなるべく分かれて班を作ってくれ」


 やっぱりな。でもこいつでフライの練習とかしたら見た目完全に迫撃砲だよな。


「返球はこのネットに向かってするように。その際は赤くなってる部分がグローブだと想定しろ」


 そう言いつつ先生がマシンをセッティングしていく。どうやらあのネットの中に入ったボールが自動的に装填される仕組みのようだ。凄え。

 凄えけど、一台の発電機に三台の砲塔が接続された姿はどう見てもキングギドラである。

 三組と決まっているのならあぶれることもあるまいが、キャッチボールの時は知り合いが全滅するという憂き目に合ったからな。

 既に情報戦は始まっている。俺の予想ではE組と真露達のクラスで一台ずつ、余り者部隊で一台となるはずだから、今の内にさりげなく知り合いが固まっているマシンの近くに移動しておこう。

 ……お、ルクルと七生が一緒に居るな。あいつにゃ恨み言の一つでも言ってやんないとだし、あそこに紛れ込もう。


「みらいちゃんっ」


 と踏み出したところで、背後から真露にぐいっと腕を引っ張られ出鼻を挫かれた。

 何度目だよこれ。俺をどこかに連れて行こうとしているみたいだが、こいつに構ってやってる時間はねえ。早くしないとルクル達のパーティーが埋まってしまう。


「服が伸びるじゃねえか、オーバーキルだぞ」

「せっかく一緒に受けられる授業なんだから、一緒にやろーよ!」


 返事もしてないのにずるずると引き摺られ、ルクル達との距離は離されてゆく。

 真露と組むのは別にいい。多分桃谷も一緒なんだろうがそれもいい。せっかく知り合ったんだしな。しかしそうなると多分、他のメンバーは全員こいつのクラスメイトになるだろ? それだと結局アウェーなんだよ。いや集団だから余計にそうだよ。“なんであいつ居んの? やっぱE組でハブられてんの? ウケる”みたいな目で見られるのは勘弁して欲しい。

 だが真露に一度捕まってしまった以上、逃げることは不可能だろう。

 しからば残された手は一つ。


「電波ァ!」

「呼んだかしら?」


 呼べばすぐ来る姿は正に黄ピクミンの鑑よ。

 せめておまえも道連れとなれ!


「生贄となるのだ」


 やっべ思ってたのがそのまま口に出た。


「!? 生贄……!?」


 近付いて来た電波を持ち上げ、真露の前に差し出す。

 煮るなり焼くなり卵で綴じるなり好きにしてください。


「電波ちゃんも一緒にやろ?」

「あ……守備練習のことね。こちらこそよろしくおねがいします。あとそろそろ下ろして?

「おう」



「順番はどうしますの?」


 予想通り真露のチームに居た桃谷の問いに、俺達は顔を見合わせる。


「桃谷から近い順でいいんじゃないか? 経験者なんだろ?」


 俺の記憶では、この面子の中で授業開始時の経験者は? との問いに手を挙げたのは桃谷だけだったので、順当に考えれば桃谷からでいいと思うんだが。


「経験者と言っても習い事の一環で一年ほどやっていただけですのよ。それに胸を張れるほど本気で打ち込んでいたわけではありませんわ」


 よくわかんないけど、“習い事の一環”とかそういうのは普通水泳やピアノみたいなのを指すんじゃないか? それに一年やっていたならそれなりに身についていると思うんだが、本人が言うのならこれ以上推すのもいやらしいか。


「じゃあ経験者ってわけじゃないけど、俺からやるわ」


 一応男子だし。

 手本を見せるなんて言うとおこがましいが、まったくやったことのないお嬢様連中の参考になるくらいの動きはできるはずだ。

 悪魔ルクルの手が入らないなら飛んでくる球もまともなはずだしな。240kmのライナーとか弾丸なんてレベルじゃねえし、200kmでシュート回転するゴロとかカミソリなんてレベルじゃねえ。流石にそんな野球漫画の特訓みたいなボールは飛んで来ないはずだ。


「準備はいいな? それじゃあ行くぞ。まずはゴロからだ」


 先生がスターターの紐を力強く引き発電機が機動すると、原付のような排気音に続いて電力を供給されたキングギドラは唸りをあげる。

 俺はスポーン! とその口から吐き出され転がったボールに向かって駆け、跳ね際を捕球し素早くスローイングに入った。

 よし良い感じにやれた。ミスったらダサすぎるからな。

 そして列の最後尾に並んだ俺は、順番を待つ間皆の守備を眺める。

 桃谷のやつあんなこと言っておきながらめちゃくちゃ上手いじゃねえか。それに真露もあんな走れるだけあってやっぱ運動神経いいな。

 ……電波以下名前を知らぬ十数名はお察しレベルだったが、俺や桃谷と、たまに先生が飛ばしてくるアドバイスの甲斐もあって少しずつ良くなっている気がする。


「倉井くん上手だよね~、さすが男子!」


 六巡目が終わった頃、俺の後ろに並んだお察し組の女子に声をかけられた。この子は……誰だっけ。俺は初対面の相手に名前を知られているのにもう慣れて麻痺していたけど、自己紹介とかなかったよな?

 でも本人に向かって名前なんですっけ? ってのは微妙に聞きづらい。

 よし。知らなくてもなんとかなる感じで会話を組み立てていこう。名前を言わなくて済む流れに持っていくのだ。

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