第3話 歪んだ法と少女の剣3
「はい、なんですか?」
全くの恐れなく向き直る。傷ついた左目の眇めた表情がいっそのこと
いたのは強面の男。しかも複数人。悪人面で、それでいてガタイもいい。客観的に見れば大ピンチだった。強面の男共の一人が言う。
「……お前、【開拓使】だな?」
「いえ、少し違います。正確にはこれから【開拓使】になるものです」
合いの手を入れるように素早く返答した。
「そうか。でも、やっぱり【開拓使】に関係はしていたなぁ」
威圧するように言う男。それに少し訝しんだ様子で。
「えぇ。でも、よくお気づきで」
と言い返す。男は条件反射的に僅かに頷きを入れて言う。
「当然だ。その左腰に佩いている黒い小刀。それはただの武器ではないんだろう? 俺達にはわかる、その憎き【エクセラ】がなぁ!」
その強面の顔が、さらに険しく恐ろしく歪む。その視線は確実に、左腰に
「……なるほど、この存在を知っていたのですね。どうも、他の方は知らなかったようで、俺としても気にはなっていたんですよ」
その威圧に一切屈することなく、鉄のハートで平然と言うカムル。その姿に苛立ちをさらに募らせるのが、眼前の男だった。
「……何をヘラヘラと。ふざけるな!」
空気がひりつく。男の背後に控える別の男共も威嚇の様相を呈す。
「……別に何もしていないですが。貴方が俺に憤る理由が一切分からないのですが?」
平然と返答するカムルに。
「わからないのかっ! 【存続法】で、一定の地位と自由を保障されているお前ら【開拓使】と違って、忌々しい【存続法】という檻に縛られている俺達一般の民は自由を剥奪されている。お前達がのうのうと生きているだけで、
激高するように吐き捨てる男。名も知らぬ少年に対して激しい憎悪が燃え
――けれど。
「……あなたの仰っている意味が分からないのですが。それで俺を責め立てる意味が分からない。……貴方は俺に何を求めるんです?」
飄々とした面持ち。一切の恐れを感じていないカムルの態度。それがさらに男の火に油を注いだ。
「それくらい理解しろっ! 俺達の血税でお前らがのうのうと生きているんだから、払ってやったその金を返せって言っているんだ。金がないなら、その分だけ俺達の下で働け。奪った分だけ、体で返すのがけじめってもんだ!」
怒りに身を任せ、言葉を吐き続ける男。しかし、カムルは揺るがない。
「……そのことについては丁重にお断りします」
「はぁ、何だとっ!」
「俺はそもそもそんな大金は持っていないですし、貴方達に尽くす義務はない。もちろん、【開拓使】の義務として貴方達を守ることは必要ですが」
「ふざけるなっ! クソガキがっ! 大人の言葉に従えねぇってのかっ!」
「はい、それが俺の正義なもので」
ついに男の堪忍袋が弾け飛んだ。強烈な威嚇の瞳をその目に宿らせ、声を強く上げる。
「……おめぇら、いいかっ! こいつから、身ぐるみを剥がして嫌でも言うことを聞かせるぞっ!」
「おぉぉっ!」
閑静な住宅街に、男共の野太い低音が響き渡る。憎悪と憤怒に支配されたその声は、妙な圧迫感を抱かせた。
「……カムル、おそらく彼らは襲ってきますが、私を使いますか?」
どこかから声が響く。しかし、カムルは小さな声で。
「いや、これくらいなら大丈夫だ。これは俺とあいつらの問題、お前の出る幕ではないよ――リーリエ」
その名は
農耕用の斧や調理用の刃物を隠し持っていた男共。先頭に立っていた男の号令と共に、隠し持っていたそれら凶器を取り出して構える。
「おらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫しながら、突撃を仕掛ける男共。その数、およそ十数人といったところか。
武器に凶器、人間を容易く死に至らせる道具を手に突撃するのは、なかなかの圧迫感があった。そして何よりも脅威なのがその数。多勢に無勢とは言い得て妙で、一人に対して複数人が相手になるのはあまりにも不利であった。
形勢は
「……残念だが、足りない」
人が多く、逃げるスペースなどない。しかし、カムルはひらりと一人目の突撃を
「……何っ!」
男が驚きの声音を上げたその瞬間、左側面から強烈な拳の叩き落としが炸裂。手に
完全に実践向きの戦闘術。一撃で、闘争心を
目の前で苦痛に歪んだ男の一人に後続の三人が一瞬躊躇する。
「がぁっ!」
「うがぁっ!」
「ぐはぁっ!」
その一瞬の
ただ質量が存在するだけの物体に成り下がった二人の男は、後方にいた別の男に直撃し、意図せず、何人もの戦力を奪い去った。
ナイフに
「…………っ! 貴様……何をしたっ!」
最初に突っかかってきた男は、驚愕を隠せないまま言葉を漏らす。
僅か数秒の戦闘。それだけでこの戦力差を逆転されるなんて、と。しかも敵対していたのは、実力を備えた大柄の男、数十人。この少年とどれほどの実力差があるのか、想定と現実の
「正当防衛ですが」
淡々とカムルは言った。身体の状況から、正当防衛と認められるかはかなり微妙なところだけれど。
「くそ野郎っ! ふざけやがって!」
激しい怒りのまま、戦斧を上段に構え、猪突猛進とばかりに直進。人数の減った敵のその単調過ぎる攻撃は、最早カムルにとって隙でしかなかった。
「……残念です」
急激に体勢落とすカムル。男の視界から瞬間的に消えたカムルは、一歩でその距離を詰めて、右腕を後ろに引く。固く握った右の拳を下腹部から突き上げるように叩きこんだ。
「ぐはぁっ!」
内臓を
「……流石です、カムル」
「あぁ、なんとかなった」
瞬く間に男共をノックアウトに追いやった張本人たるカムルは、倒れて転がる男共を見下しでもするかのように僅かに冷たい視線を送った。
剣は少女で造られた 松風 京 @matsukazekyosiro
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