つめのオト

知世

第1話




最近変な夢ばかり見るとは思っていた。5限の音楽が退屈だからと言って俺は夢を見ているのだろうか。それにしてはあまりに意識も五感もはっきりしている。たしかに一瞬前まで授業を受けていたのにどうして目の前が真っ暗なんだ。俺の未来は無限大のはずじゃなかったか。なーんてふざけてる場合ではない。


俺は今年17になる高校生、佐倉涼、さっきまで5限の音楽に出席していた。剣道部に所属している。よしよし良かった覚えてて。「ここはどこ?私は誰?」 という様式美を素直にできるほど俺は子供でも大人でもなくて。


暗い部屋だ。どういう形をしているのか見当がつかない。どうやら閉じ込められたらしい。

「あー」

反響音がわあんわあんと、とても響く。高さはそこまでないのか?そして、机と椅子とそれから私である。みんなちがって、みんないい。じゃなくて、これが現実ならなかなかの危機的状況だ。みんなはどうしたのだろうか?先生は?手さえ縛られていないのは泣いても喚いても歩いても走っても男子高校生には脱出が不可能だということだろう。



さて、座っている椅子も机も音楽室の俺の席だ。微妙な位置に彫られた相合傘がそれを主張している。が、それになんの意味が?犯人からの温情?身1つで誘拐されるのを哀れんだのだろうか?「せめて身近な道具と一緒に」というわけか。全然嬉しくないしそんな良心発揮しないでほしい。他のところに使え。そもそも誘拐なんてするな。



「やあやあやあ!やっぱり予想を裏切らないひねくれ者だね佐倉涼!!泣いたり喚いたり歩いたり走ったりしないね!!いいね!!」


「わあ!!!!!」


暗闇から突如現れた人影に、思わず椅子から落っこりそうになる。足音が全くしなかったのはなぜ?この場所では響くはずなのに。ニコニコと笑みを浮かべる銀髪の男。白いシャツに白いチノパン、黒いベルトという出で立ち。俺と同じ歳くらいか?顔はまあまあ整っている。俳優の誰それに似てるかもしれない。俺はこういう時に名前を思い出せたことがない。


「誰だよお前!何が目的なんだ?金か?後教室のみんなはどうした!?それともタチの悪いドッキリなのか?」


自分で言ってて野暮ったい質問だなと思った。でもこれでも誘拐初体験なのだ。バージン奪われちゃったんだ。許せよみんな。


「質問1、お前は誰だ。これは…えーとどうしよ「山田」にしとこう。質問2、何が目的だ。これは君にある「オンナノコ」を助ける手伝いをして欲しくてやりました。質問3、みんなの消息。これは大丈夫。としか言えないなあ証明できないからね。ちょっと時間を止めてるだけなので君が誘拐されてることも知らないと思うよ。質問4、ドッキリ?って何?びっくりの類義語でしょ?はい全部答えたよ他に質問は?」



山田と名乗った奴はそう言いながら俺の机に座った。お行儀の悪いやつだ。と現実逃避をしながらツッコミどころ満載の発言をどこから切り分けようか思案する。目の前の現実は甘いものではなさそうだ。みんなは一応無事らしいな、よかった。のか?でも全くもってなんで俺がこんなことに。

ため息をつきたくなる。体験したことのない方法で、こんな非現実的な場所に連れて来られて、時間を止めている、なんて普通なら笑い飛ばすようなこともなんだかそれが真実なのだと思えてきてそんな自分が1番怖い。タチの悪い夢やドッキリならいいのに。俺はまだ後者であることを期待している。相手はそんな言葉なんて知らないと言ってるがな!


「…えーとドッキリっていうのはよくテレビ番組なんかである企画の一種で、仕掛ける当人に趣旨を知らせずに想定外の出来事を体験させて驚いたりするのを見て楽しむという悪ふざけの一種なんだけど」


誘拐犯に向かってドッキリを説明するシュールさはこの際無視である


「ようするに私のしたことはおふざけで周りはタネを知ってて、からかって楽しんでるんだろうっていいたいのね?」


なるほどねと頷く目は真剣だ


「残念だけどおふざけではないんだな。君には2つほど使命があるしね」


机に座ったままウインクを決められても

ふざけているようにしか見えない


「とりあえず降りて下さい」


触れた肩に手応えの無さにびっくりする

まるでそこに何もないみたいに空を切って、やり場のなくなった腕を呆然と見る


「うえっ!?なんなんだよ、もしかしてお前ゆゆゆ幽霊なのかよ…!?」


俺はゾンビものはいけても心霊系は無理なんだってば、違うそうじゃなくて


「幽霊!?面白いこと言うねぇ。あっ、でも足はあるよ?」

「どういうことなの」

「まあ私は概念?みたいなもの?だからね。幽霊っていうのも当たらずとも遠からず、どう?この体?結構いいでしょ。かっこいいでしょ?まあ自分で決めたわけじゃないんだけどねー」


「あああそうですね概念を擬人化ね!今はやややりのね!擬人化プロジェクトってやつだね!!!!俺は別に萌えないけどね!」


「ぎじんかぷろじぇくと?」


また話題がそれてしまった。叩けば叩くほど出てくるイチゴ味の誇り。じゃなくてほこり。頭がおかしくなりそうだ。このままこの男と話しているとなにも終わらない気がするので要点だけ聞くことにする


「ごめん…本題を聞くわ、救ってほしいオンナノコがいるんだっけ?」

「そう、覚えててくれて嬉しい、でもまあ君に拒否権はない上時間はたっぷりあるというか止めてるからね、別にくだらない話をしてもいいんだけどね」

「本題をお願いします」


ふふふと笑いながら机からふわ、と飛び降りる山田


1番不思議なのはこんなのを自然に受け入れていることである


というか


「困ってるオンナノコねぇ」


そんなラノベでもないのに出てくるわけがない。君だけがあの子を救えるんだ!!的な?でも、これまでの「時間を止める」とかいう突飛なものよりは現実味のある単語である。そして、1人の男として「困っているオンナノコ」というのは妙に心動かされる単語でもある。


「その子はどんなことに困ってるの?」


「その前に私の世界の話を聞いてくれるかな?」


ワタシノセカイ?まあ私の国とか故郷とかそういう言い回しの亜種だろう。


「まあ、いいけど。その子はそっちの世界の子なの?」


「あなたたちの世界線の子だよ。私たちの世界でも、性別が2つに分かれてて…丸い爪か四角い爪かっていう違いなんだけど。」


「しょっぱなから全然わかんない」


なるほど「ほーらね」といって見せられた山田の爪は丸くてそれは性別を象徴するものらしい。この人は電波さんなんだなと納得する方法もあるが、真っ暗闇で光源もないのにどうして山田がはっきりと見えるのかとか、肩の手応えのなさとか、時間を止めるとか考えだすと頭が沸騰することに気がついて、ここで考えるのをやめにした。多分自己防衛策だろう


「全然わかんないけど…ソウナンデスネ」


「ソウナンデスヨ。つっこまなくなってきたね」


くすくすと笑う山田。なにがおかしいのだろうか







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