第13話
散居の町並みを抜ける。
高校生になった今の私の足でも、散居の間と間……家と家を駆け抜けるのに少々の時間がかかる。
それから、井波の歴史ある町並みに到着する。
八日通り。石畳の地面。木造の家。歴史を感じる町並み。
かつて、井波は瑞泉寺の門前町として栄えた。その瑞泉寺の大門には井波の伝統である彫刻作品が彫られている。
「獅子の子落とし」
それが瑞泉寺に掘られた彫刻。
獅子は子供が生まれたら、崖から落とす。そしてその崖から登ってこられた子供だけを育てる。
つまり、器量を試すために厳しい試練を与える。それが獅子の子落とし。
今の私はそれをされているような気分であった。
この数多くのメニューを明日までに覚えろ。そんなの無理に決まっている。
結局覚えていない。
それところが覚えようともしなかった。
そのせいだ。今日の私の足取りが重いのは。
これを覚えてこなかったら一体どんな仕打ちが待っているのだろうか。クビを言い渡せるのだろうか。
私からしてみればそちら方がありたがい。
どうせ私のことだ。諏訪さんに向かって自らやめますとか言えるわけない。それならそちらからクビにしてもらった方が心が楽というものではないか。
職場に着く。
ドアを開ける。
「昨日のメニュー覚えたけ?」
真っ先にそういう。私は首を振る。
諏訪さんの表情は何も変化していない。読めない。彼女が怒っているのか、どうか。
「まぁ、そうだろうな」
しかし拍子が抜けるぐらいに何もなかった。
「ただ、この喫茶店には沢山のメニューがあると知ってほしかっただけちゃ」
それを言われると、全身の力が一気に抜けた。体がサイダーのように弾けて軽くなる。
今日一日の不安が一気に消えた。無くなった。
先程まで行きたくない。そんな気持ちは嘘のように消えて、頑張ろう。そんなことを思える。
「大丈夫ちゃ。あのダラは何も覚えとらんぜ」
ダラというのは佐野さんのことだろう。
そういえば、その佐野さんはどこにもいない。
既に就業の時間なのに。
更衣室にすらも姿は見当たらない。
どうしたんだろう。
「あのダラ。今日も遅刻。恐らく夜遅くまで小説書いていたに違いないちゃ」
「小説……」
「あれは本当に酷い話ちゃ。小説としての体を成してないちゃ。何で死んキハ40系に転生するのかがよう分からんぜ」
キハ40系。城端線で走っている電車である。
「ま、あのダラは転生ものについてあまり知らない。ああ見えてゲームとかしないから異世界の知識は乏しい。ファンタジー小説も全く読まないからそこら辺の知識もない。それなのに流行りであるという理由で、ファンタジーを書こうとした結果がこれなんやちゃ」
それなら好きなものを書けばいいのにと思う。
「ま、難しいものだぜ。確かにプロになるならある程度の売れ筋のものを書けないといけないちゃ。それはこの喫茶店でもそう。うちだって好きなものを作っているというわけじゃないちゃ。好きなものでもそれが売れ筋じゃなければ何ら意味ないから。売れるものを提供しないと店はやっていけないちゃ」
そんなものなのか。好きなことだけで生きていくことは出来ないのか。
そういえばアパレルを働く姉も似たようなことを言っていた。
「だけど、あのダラはまだアマチュアちゃ。どこかの会社に出版をして利益を得ているわけでもない。その段階で売れ筋とか考える必要が果たしてあるのかは甚だ疑問ちゃ」
と彼女は言う。
「私が最初に珈琲を作ったときは何も考えたことなかった」
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