ネコ歩き
武士には尊敬する人がいる。
写真家の岩合光昭さんである。
「岩合光昭の世界ネコ歩き」という番組を友人の警察官に教えてもらい、そこから大好きになった。
なんでも、猫の生活を壊す事なく寄り添い、その上で自然な表情を撮影することに長けた人らしい。
「『ネコ歩き』はな……こう、心が暖かくなるのだ……。まるで某もその場所にいて、猫と戯れているかのような……」
ほー。
「世界あちこちの風景を見られるのも良いな! 某は江戸から出たことが無い。だから、いつかああいった世界を見て回ってみたいのだ」
そうかー。
なら旅費も必要だよな。私は金出さないから、お前頑張って働いてちゃんと工面するんだぞ。
「ぬぅ!」
ぬぅ! じゃねぇよ。
私をアテにすんな。
「……このアパートに、あまり姿を見せぬ爺殿がおられる」
お、何の話だ?
「下の階の前山さんだ」
知らねぇな……。
つかお前また新しい友達ができたのかよ……。
「御歳七十二歳の御老体であるが、実にぱわふるな者でな。精力的に働いてまとまった銭を稼いでは、パタリといなくなる」
へぇ。
「聞けば、その間は世界を一周する船に乗っているそうだ」
あー、よくポスターとかで見るアレね。
「働き金を貯めて、世界を旅する船に乗る。それが終わればまた戻ってきて、働き金を貯める。そういうことを繰り返しているのだそうだ」
ふーん。
なんだか、夢のある話だな。
「世界というものは面白いものだ。肌の色が違う者、目の色が違う者、言葉が違う者。それはそうだ。某なぞ、同じ日本にいるはずなのに、時代が違うだけでこれほどまでに異なものになっておる」
武士のちょんまげが揺れる。
「富士山より大きな山を見てみたい。空飛ぶ鉄の塊に乗ってみたい。海を走る巨大な屋敷に住んでみたい」
屋敷ってのは豪華客船のことかな。
「ぱんだに会いたい……ころころふわふわの塊を愛でたい……。山のようにやってくる鹿に余すことなく煎餅をやりたい……」
おい待て最後の奈良でもできるぞ。
「なんと」
うん。
お前アレ海外だと思ってたの。
むしろ日本でしか体験できないよ。
「行こう」
行こうじゃねぇよ。
気軽に行ける場所でもねぇんだよ。
「ぬぅ。大家殿は常々、世間は狭いと言っておるのに……」
そりゃお前、お前の友達の警察官と、この間言ってた真っ黒オバケさんが兄弟って聞いたらそんな言葉も出るだろうがよ。
「むーん」
武士はタコ助とペンギンのぬいぐるみを抱え、テレビの電源を入れた。
柔らかな声のナレーターと、画面いっぱいの猫。
「ならば某は、今日もこれを見て心を満たすことにする」
ネコ歩きが始まったらしい。
今日は私も見てみた。猫が人に懐いているのか岩合さんが猫なのか、それだけが最後まで分からなかったが、優しいいい番組だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます