警察官

 武士は、よく体を鍛えている。


 まあ武士だし、それも然りだろう。家の中でも棒をブンブン振ってたり腕立て伏せをしているので、それぐらいは把握していたのだが……。


 だが、まさか外でもバリバリにやっていたとでは思わないではないか。


「最近この辺にですね、不審者が出るという情報がありまして」


 今日珍しく早めに帰ってきた所、巡回の警察官がうちを訪ねてきた。

 不審者か。怖いですね。どんなヤツですか。


 尋ねると、コワモテの警察官は鋭い目を細めて言った。


「……神社の石段を全速力で何往復もし、この辺りをウサギ跳びで周回し、道行く人に元気いっぱいに挨拶をする、ちょんまげ頭の男です」


 警察官の目は、私の後ろでジャイアントコーンをかじる武士に向けられていた。


 ……。


 ……。



 ……心当たり、ありませんねぇ……。



「嘘つけ! めちゃくちゃ平然とそこにいるじゃないですか!」


 これあれだから! 親戚から預かった時代劇俳優志望の小学生男子だから!


「こんなユニークな小学生がいるか! 絶対例の不審者でしょう!」


 違う違う違うから! もう帰ってください! 警察呼びますよ!


「警察俺だから! 今ここにいるから!」


 あああああああ!!



 こんな時間に大パニックである。

 ぶっちゃけ武士がしょっぴかれようが何されようが全然構わないのだが、何せ戸籍も無い男である。何故私がコイツを家に住まわせていたかなど問われたら、大変面倒くさいことになりそうではないか。


 なんとか警察官を防ぎたい私と、武士を観察したい警察官とでカバディみたいになる中、肝心の張本人はのんびりジャイアントコーンを味わっていた。


「ぱりぱりで美味い」


 今それどころじゃねぇっつってんだろ!


 そうツッコんだ所、武士はおもむろに冷蔵庫を開けゴソゴソし始めた。


「まぁ二人とも、そうピリピリするでない。実は某な、今日は特別な甘味を買ってきたのだ」


 甘味。

 その一言に、警察官の動きが止まった。


「それ……もしかして、松下堂の……?」


 知っているらしい。

 警察官は、武士が手に持ったプリンをジッと見つめていた。


 ……。


 ……良かったら、どうぞ。


「え、いいんですか?」


 はい。

 いや、まあ口止めとかじゃないんですが。

 でもコイツ、元気いっぱいのちょんまげなだけで悪いことするヤツじゃないんですよ。

 ちょっとプリンでも食べながら武士と話して、それだけでも分かってもらえればな、と。


「実はずっと食べたかったんですが、生憎いつ行っても売り切れで! え、本当にいただいていいんですか? ありがとうございます!」


 聞いてます?


 半ば呆れながら尋ねると、警察官は思いの外子供っぽく笑って言った。


「警察としては、そちらの武士が何者なのか知りたかっただけなんですよ。不審者とは、結局何者か分からないから皆さん怖いんです。だから、彼の住まいと人柄を大体把握できたならそれで十分です。あとは巡回を増やし、積極的に声をかけさせてもらえれば住民の皆さんにも安心してもらえるかなと」


 あー、そういうことなんですね。

 ……なんか、迷惑かけてすいません。


「いえいえ、気にしないでください。うちはそれが仕事ですし、やはり警察官が突然訪ねてくるとあれば身構えるのも当然ですから」


 男前な警察官である。


 ……何はともあれ、危機は去ったようだ。私は、ふぅと安堵のため息を吐いた。


 その後、警察官は武士とプリンを食べながら、筋トレと好きなお菓子の話でひとしきり盛り上がり帰っていった。武士にも友人ができたようで何よりである。


 が、しかし。

 一点だけ、新たな問題が浮上した。


「大家殿。あの者が言っていた“じむ”とはなんだ? そこに行けば怪しまれずに体を鍛えられるそうなんだがな、警官殿も行っておられるそうで、今なら“ショーカイワリビキ”で“ニューカイヒ”がなんと……」


 うちにそんな金はねぇぞ。


 例の警察官には申し訳ないが、武士にはもうしばらく石段ダッシュをしてもらうことにした。住民の皆さんが怖がらぬよう、巡回を強化してもらいたいと思う所存である。

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