豆苗

「大家殿! どうか、どうかそれだけは勘弁を……!」


 涙目の武士を冷たく見下ろし、私はその肩を掴んだ。


 うるせぇ。これまではお前が言うから見逃していたが、もう限界なんだ。

 そもそもそういう約束だったろ。

 っていうかお前だってあの時好きだっつってたじゃん。


「あ、あの時とは事情が異なる故……!」


 一緒だよ一緒。

 ほら、抵抗すんな。


「うわぁぁっ!」


 立ち上がり、逃げ出そうとする武士。

 引き止めたいが、武士の馬鹿力に真っ向から挑んだ所で敵うわけないので、足払いでまず体勢を崩す。その隙に、私は武士が背中に隠していたソレを掠め取った。


「豆苗ぉぉーーーーっ!!」


 武士の雄叫びが部屋中に響く。


 そう、豆苗である。


 一週間半前、一度使った豆苗をまた育てようとタッパーに水を張っていた時に、武士がやってきて言ったのだ。


「大家殿、其がそれを育ててみてもいいか?」


 全然いいし、むしろ頼みたい。朝晩二回、水を替えるんだぞ。


「うむ、心得た」


 一週間ぐらいで食べられるようになるからな。そうしたら焼肉のタレで卵絡ませて、また野菜炒めしようなー。


 そんな事を話していた気がする。

 武士は宣言通り甲斐甲斐しく世話をし、水を替え続け、そして気づいた時には情が移ってしまっていたのだ。


 ここ三日ぐらい説得していたが、一向に収穫させてくれないので、こうして実力行使に至った次第なのである。


「さらばだ……豆苗……。美味しくなるのだぞ……」


 私が料理する横で、今にも泣きそうな声がする。そんな心配するんじゃない。焼肉のタレは絶対だから。



 茶番も料理を終えた私達は、豆苗の野菜炒めに舌鼓を打った。武士は多分、私よりちょっと多く食べた気がする。


「野菜を育てるというのは楽しいな! 大家殿、また任せるがいいぞ」


 ……。


 どうしようかなぁ。またあのやりとりするの、面倒くせぇんだけどなぁ。


 にこやかに断言する武士を横目で見つつ、私はあと一回は収穫できるだろう豆苗の苗について思いを馳せていた。

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