色鉛筆
時々、仕事で失敗することもある。
今日もまあそういう日で、それなりに気落ちしての帰宅だったのだが……。
「大家殿、これを使いたい」
ドアを開けるなり、この手の空気を一切読まない武士がそうのたまったのだ。右手には、自分が小学生の時に使っていた十二色の色鉛筆が握られている。
絵、描けんの?
「寺子屋でな、周りの者に褒められることもあったのだぞ」
得意げに言われると、見てみたくもなる。早速武士に紙を用意してやった。
まずは赤色の色鉛筆を走らせ、彼は大きな丸を描く。
「とまと」
トマトらしい。
その隣に赤い楕円が描かれた。
「なんといったかな。けちやぶ」
ケチャップか。落書きとしては珍しい題材だ。
となるとお次は……。
武士は黄色の楕円の中に、小さな丸をいくつか付け足す。
「“ りらあくま ” 。どうだ、愛らしかろう」
リラックマかよ。そこはオムライスじゃないのかよ。
そしてそれほど上手くもないな!?
「ああ、折れてしもうた」
力を入れ過ぎてしまったのだろう。黄色い色鉛筆の芯がポキリと折れてしまっていた。
武士から預かり、小さな鉛筆削りで削ってやる。
が、折れた。
もう一度仕切り直し、削る。
が、また折れた。
「……大家殿」
四度目に芯先が折れてしまった時には、色鉛筆はだいぶ小さくなってしまっていた。
柄にも無く肩を落としていたら、武士が明るい声と共に色鉛筆を受け取る。
「これなら、某の方が
そう言うと、武士は手にした小さなナイフで丁寧に色鉛筆を削り始めた。上手というのは確かに武士の言う通りで、今度は少しずつ綺麗な芯が顔を出した。
「
武士は講釈を垂れた。
遠回しに、自分の悩みを慰められた気もする。
そうなのかな。そういうものかもしれない。
しかし、だからといって武士の言葉に素直に頷くわけにはいかなかった。
武士の持ってきたナイフが、果物ナイフだったからである。
すっかり色鉛筆としての体裁が整ったそれを握りしめた武士を正座させ、食品に使うものを文具に使うなと説教したのであった。
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