第11話「夏の終わりに。」

******


「…?」


聞きなれた、カシャ、という機械音でふいに目が覚めた。

重たい瞼を開けると、そこにあるのはあたしに向けられている水野くんのスマホ。


「…何してんの?」


そんな水野くんに、眠たい目を擦りながらあたしがそう聞くと、水野くんがスマホを操作しながら言った。


「いや、すげー幸せそうに寝てるから撮ってた」


水野くんはそう言うと、


「それに、真希に肩に寄り添ってもらえるのは結構貴重だし?」

「っ…!?」


なんて、そう言いながら悪戯顔で笑う。

実はあたしと水野くん。

今日から二泊で、あたしの両親がいる東北に遊びに行くのだ。

あたしは行くつもりはあんまりなかったけど、この前両親から電話があって急遽会いに行くことになった。

で、お母さんに「あんた一人じゃ心配だから、水野くんも連れておいで」と言われ、今は二人で新幹線に乗っている。

その時にいつのまにかあたしは水野くんの肩に頭を預けて寝てしまっていて、その姿を水野くんがスマホにおさめた、というわけだ。


「は、恥ずかしいから消してよね」

「え、何で?可愛いのに」

「!…~っ、」


あたしがそう言うと、水野くんはその画像をしっかり保存してスマホを閉じる。

可愛いとか言われ慣れていないあたしは、その何気ない言葉にすぐ顔を赤くして水野くんの肩から頭を離した。


…そもそもあたしは、幼稚園からつい最近まで公ちゃんだけにずーーーっと片思いをしていた身だ。

だからめちゃめちゃ恋愛初心者だし、今は色んなことにドキドキしまくっていて心臓が辛い。

ただでさえ水野くんは、付き合いだしてから何か変わった…というか、照れまくるくらい優しくなったのに。

しかもそうしている間にも、水野くんが片腕であたしの肩と頭を自身の肩に引き寄せて、言った。


「何で離すの、」

「!わ、ちょっ…」

「このままでいいだろ」


そう言って、手のひらであたしの頭をぽんぽんする。

…嬉しくて顔がニヤけてしまうけれど、その時他の乗客であるおじさんにチラチラとこの姿を見られてしまった。

バカップルとか思われたかな?

恥ずかしい。

(いや、実際バカップルなんだろうけど)


…………


やがて目的の駅に到着すると、次はバスに乗り換えてお父さんやお母さんがいるアパートに向かった。

その前のバス停に向かう途中で、あたしが違うバス停に並びかけて、それを見かねた水野くんが「こっちだよ」ってあたしの手を引いたから…

それから今のバスの中でも二人で並んだまましっかりと手を繋いでいる。

…水野くんが一緒で良かったな。

あたしがそう思っていると、しばし窓の外の景色を眺めていた水野くんが、ふいに呟くように言った。


「…俺も一緒に来て良かったな」

「!…え、」

「真希一人じゃ危なっかしいから、」


そう言うと、クックッとあたしをからかうように笑って見せる。

…悪かったね。

どーせあたしは方向音痴だし、場所もわからないアホですよ。

そう思いながら、


「は、初めて来る場所なんだし仕方ないでしょ」


思わず素直になれずにそう言うと、水野くんが「俺だって来たことないよ」と言ってまた窓の外に目を遣った。


…う、

それを言われると、何も言えない。


そして、そんなことを言って話している間に…

バスに乗って約一時間後、ようやく目的の町に到着した。


バスから降りると、そこは田舎の景色が広がっていた。

辺りを見渡すと一面が緑で、あたしは思わず感動してしまう。

あたしと水野くんが今住んでいる街は都会ではないけれど、かといって田舎でもないしそもそもこういう景色を見る機会が全く無かったのだ。


「ほぇ~…」

「……何その声」

「いや、だって、すんごい緑だなぁと思って!それにほら、空がでっかいから見渡せるよ!」


あたしは隣にいる水野くんにそう言うと、「見て!」と言わんばかりに空を指差す。

そのあたしの指先を辿って、水野くんもつられて上を向く。


「ほんとだ。なんか…空が近い(気がする)な」

「でしょ!?」


すると水野くんは空を見上げながらそう言って、優しく微笑んだ。

なんかやっぱり、違う場所に来ると物珍しくて凄くテンションが上がる。

それに生まれて初めて来る場所だし、尚更。

そう思って今尚感動していると、やがて水野くんが当たり前のように再度あたしの手を優しく握って言った。


「んじゃー行くか」

「!」


その何気ない手のぬくもりに、また心臓がドキッと跳ねる。

当然のことのようにそうしてくれるから、それがドキドキしつつも嬉しくて…。

そう思いながら、「うん!」って頷こうとしたら…


「真希ー!」

「!」


ふいに遠くから、聞き慣れた声があたしを呼んだ。

この声はっ…!

その声に反応して振り向くと、そこには少し離れた場所で、黒い車をバックにあたし達に向かって手を振っているお父さんとお母さんがいて…。

まさか迎えに来てくれてるなんて思ってもみなかったあたしは、思わず水野くんの手を引いて二人の傍に駆け寄った。


「わー久しぶりぃーっ!」


…家族にそう言うのも少し違和感があるけれど、久しぶりに見るその二人の顔に途端に心がほっとする。

傍に行くなり「よく来たな」とか「元気だったか」等聞かれてそれに答えたあと、お母さんが水野くんに目を遣って言った。


「水野くんも、ありがとね。暑かったでしょ。それにこの子、方向音痴なところがあるから…」

「いえ、大丈夫です。何の問題もなく真希さんと凄く楽しみながらここまで来れたので」


そして水野くんは何とまあ爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、「ね?」ってその笑顔のままあたしに同意を求めてきた。

その声に、あたしは思わずちょっと戸惑い気味に「う、うん」と頷く。

水野くんがあたしの両親に会うのは、これが初めなわけじゃない。実は一緒に住む前に一度会っていて、顔はもう既に知っている。


けど………とんだ猫かぶりだ。

そんな爽やかな笑顔、一緒に住んでるあたしですら見たことないぞ。


…………


そして、アパートに向かう車の中。

水野くんと一緒に後部座席に座っていたら、助手席に座っているお母さんが言った。


「あ…そう言えば、今日と明日、町内で夏祭りがあるのよ」

「え、」

「神社でね、屋台も並んで花火も上げるみたいだし…良かったら二人で行って来たら?」


お母さんはそう言うと、後ろに座るあたし達にチラリと目を遣る。


「…うーん、」


その言葉に、あたしはなんとも曖昧な返事をする。

…だって、夏祭りだよ。

この前歩美と夏祭りに行ってから、夏祭りは何だか行く気がしないし。

屋台で何か食べたい気もするけど…また嫌なことを思い出しそうだから。

しかしあたしがそう思ってそっぽを向くと、隣で水野くんが言った。


「じゃあ行きます。真希さんと二人で、」

「えっ!?」


しかもその水野くんの言葉に、お母さんが嬉しそうに水野くんに言う。


「そうよねぇ、やっぱりせっかく来たんだから行かないとねぇ。

じゃあ、真希の浴衣が家にあるから。せっかくだから、それ着せてあげるわ」

「!!」


そう言って、「やっとあの浴衣を使う日が来たわ~」とお母さんが嬉しそうにまた前を向く。

あたしは自分の浴衣を持っていなかったはずだけど、聞けばこの前お母さんがデパートであたしに凄く似合いそうな浴衣を見つけて、しかも半額だったとかで思わず衝動買いをしたらしい。


…浴衣、夏祭り…。

あぁ、どうりで急に「遊びに来なさい」とか呼ばれたわけだ。

その時にやっと、あたしはお母さんに今日ここに呼ばれた意味が理解できた。


でも…


「ちょっと、」

「?」


あたしはお母さんの目を盗んで水野くんに声をかけると、ひそひそと小声で言った。


「なんで夏祭りなんかOKするの?あたし、なるべくなら行きたくないのに」

「だって俺が行ってみたかったし。それに、真希の可愛い浴衣姿もちゃんと見たいし?

ほら、この前は暗がりでよく見えなかったから」


水野くんはそう言うと、悪戯顔で笑って見せる。

その言葉に一瞬ドキッとしてときめいてしまったけど、すぐに首を横に振って言った。


「…でも、あたし夏祭りはこの前のせいで嫌な思い出が…」


浴衣を着たら思い出しそうで嫌なんだけど。

しかしそう言ったら、水野くんがすかさず言った。


「そんなの上書きすりゃあいいだろ」

「!」

「嫌な思い出は、俺が全部楽しい思い出に上書きしてやる」

「!!」


そう言って、得意げに笑った。

…ずるい。

そんなことを言われたら、行きたくないわけがないじゃない。


「……じゃあ、行く」


そして水野くんの言葉にあたしがそう言うと、水野くんは満足そうに窓の外に目を遣った。


…………


そして夕方頃になると、あたしはお母さんに浴衣を着せて貰った。

どんな浴衣だろうって見てみたら、それはなんとあたしが普段着ないようなピンクの可愛らしい浴衣で。


「か、かわ…可愛いね」

「でしょー?真希に絶対似合うと思って買って来たのよ、」

「そ、そう…」


ピンクって、ちょっと苦手な色なのに…でもそれはさすがに言えなくて、引きつった笑顔を浮かべる。

本当に女の子らしい柄。歩美とかが好きそうだ。


それでもしばらくしてようやく着せてもらった後、「よしっ」とお母さんがあたしの肩を軽く叩いて言った。


「はい、出来上がり。やっぱり似合うわ」


そう言うと、鏡の前に立つあたしを見てニッコリ笑う。


「あ、ありがとう…」


そして、「じゃあ行ってくるよ」。

そう言って水野くんがいるリビングに行こうとしたら…そんなあたしをお母さんが引き留めて言った。


「あ、ねぇちょっと真希」

「うん?」


その呼び声に、なんとなく振り向くと…次の瞬間、お母さんが悪戯な笑みを浮かべて言った。


「あんた…水野くんと付き合ってんでしょ」

「!?」


そう言って、ニヤニヤとあたしを見つめる。


「……え!?はっ…えぇ!?」


そしてその言葉に、あたしはワンテンポ遅れて凄くビビってしまって…。

き、気づいてたのっ…!?

そう思って、思わず恥ずかしさと照れ臭さで顔が熱くなっていく。

あたしがびっくりしていたら、お母さんがからかいの目であたしの肩に手を遣りながら言った。


「そんなにびっくりしなくたって~。昼間のバス停で手を繋いでるのを見た時からバレバレよ。

それよりも、水野くんイケメンよね。どうやって落としたのかしら?」


お母さんはそう言うと、興味深そうにあたしの顔を覗き込む。

でも…


「いや、あたしが落としたとかじゃなくて…」

「え、じゃあ水野くんから口説いてきたの?」

「!!く、くどっ…!?」


あたしがそう言うと、また更に興味深そうに質問してきた。

…これ以上は恥ずかしすぎる。

あたしはそう思うと、お母さんの質問攻めをなんとか上手く交わしてやっと水野くんがいるリビングに戻った。


「み、水野くん、」

「!」


少し恥ずかしさを抱えながら水野くんの前に現れると、水野くんはあたしを見るなり目をぱちくりとさせた。

…あれ、やっぱ、なんか変だったかな?

そんな水野くんの反応を見てあたしがそう思っていると、水野くんがふっと笑って言う。


「…なんか、」

「え、」

「別人、みたいだな」

「!」


そう言うと、少しだけ頬を赤く染めて、あたしからフイッと顔を背ける。


「…可愛いって、言ってくれないの?」


そして直接的な言葉が聞きたいあたしはそう聞くと、水野くんに近づいて正面に回った。

すると、そんなあたしを水野くんが少し見つめたあと…呟くように言う。


「…可愛い、っつーか……いや、可愛いんだけど、エロい」

「!?…っ、」

「まず、ピンクの浴衣ってのがエロいな」


水野くんはそう言って、びっくりして固まるあたしに妖しく笑う。

…って、てか…


「っ…なんてこと言うの!?サイテー!」


思わぬ水野くんの言葉に、あたしは一気に顔を赤くして水野くんから少し離れた。

も、もう…純粋に聞いたのにこの男はっ…!


でも…


「!!…ひゃっ、」


離れたかと思えば、水野くんはそんなあたしを半ば強引に抱きしめてきた。

ちょ、親に見られたらどうすんのっ…!

そう思ってあたしが慌てていると、水野くんはその体を少し離して…


「っ…!!」


あたしに、触れるだけのキスをしてきた。

そしてそれをすぐに離すと、優しく笑ってまた正面からあたしを抱きしめる。


「…っ、」


その行動に、心臓がドクドクと大きな音を立てる。

この状況を見られたらって考えると、恥ずかしくていてもたってもいられないはずなのに…

水野くんの腕の中が心地よすぎて、時間の許す限りこのままでいたいと思ってしまう。


そう思っていると…


「……ねぇ」

「うん?」


少しの沈黙のあと、それを破るようにふと水野くんが言った。


「ずっと疑問に思ってたんだけど…」

「なに?」

「浴衣の時はノーブラって、あれホント?」

「…は、」


水野くんはそう問いかけると、抱きしめていた体をまた少し離してあたしを見遣る。

でもその視線は、あたしの胸の方に下りていって…


「!?ちょっ…見るな変態!」

「え、何で?純粋な男子高校生の疑問なのに」

「どこが純粋だよ!」


水野くんは不満そうにそう言うと、渋々とあたしのそれから目を逸らしてその場から立ち上がった。


「…仕方ないな。じゃー行くか」

「う、うんっ」


そしてそう言うと、あたしより先にリビングを出て玄関に向かう。

…しばらくは無かったから思わず忘れかけていたけど…思い出した。

そう言えば水野くん、結構危険なんだった。

一緒に住む時とかは、無理矢理チューされたりもしたっけ…。で、あたし結構警戒してたなぁ。

それを忘れかけ始めたのはいったいいつからなんだろう。…前のキスのことを思い出すと、かなり恥ずかしい。

そしてあたしが玄関で下駄を履いて外に出ると、そこで待ってくれていたらしい水野くんが言った。


「歩き方ぎこちないな」

「だ、だって下駄だしっ…」

「じゃなくて、ほら」

「!」


そう言うと、あたしに向かって優しく手を差し出す。

…やっぱり、水野くんはずるい。

そんなふうにされたら、さっきのことも全部…まぁいいかって思っちゃうじゃん。

あたしはそう思いながらも、少し赤い顔でその手に自分の手を乗せた。


…水野くんの浴衣姿も見てみたいなぁ。

そう思ってこっそり想像してみるけど…


「…っ、」


想像だけでもうカッコ良すぎて…ヤバイ。

こんなあたしには勿体ないくらい、

水野くんは…どうしてあたしがいいんだろう。

誰がどう見ても、凄くカッコイイのに…。

そう思いながら何気なく水野くんに目を遣ると…その時ふいに目が合って何も言わずにクシャクシャと頭を撫でられた。


カッコイイ。

カッコイイ。

カッコ良すぎる、

だから…


「…ずるい」

「何が?」


思わずあたしがそう呟いたら、水野くんはわざとらしくとぼけて見せた。

…最初は水野くんのこと、何とも思ってなかったのに。

むしろ、地味で無愛想で無口…とか好き勝手なことを思っていたのに。

人の感情ってわからない。

すぐに、いとも簡単に変わってしまうんだ。

そう思っていたら、神社の屋台に着いた時水野くんが言った。


「真希、」

「?」

「射的やるぞ。負けたら奢れよ、」

「えぇっ!?」


水野くんはそう言うと、屋台のおじさんにお金を渡して早速銃にコルクを押し込む。

え、いや!あたし射的とかやったこと無いんだけど!


「ふ、2人とも当たらなかったらどうすんの、」

「三回やるからさすがにどれかはあたるだろ」


そう言うと、その銃を構える。

…わ、その横顔…カッコイイ。

じゃなくて!


「~っ、…おじさん、あたしもやる!」

「ん、一回300円ね」


た、高っ…

しかし、あたしがそう思いながらお金を出していると、早速水野くんが何かを倒した。


「イエ~当たり~」

「!!」


そう言うと、一発で当てたらしいキャラクターのマスコットをおじさんから受け取る。

「上手いね」と言われて上機嫌な水野くんを横目に、あたしも負けまい、と銃を構えるけれど…


「下手くそ~」

「…~っ、」


結局、勝利は水野くんに譲ってしまう羽目になってしまった…。


…………


「美味しい?」

「ん、美味い」

「……」


その後は射的屋を後にすると、負けたあたしに水野くんが「かき氷が食べたい」と言うからそこでかき氷を買った。

水野くんはイチゴを選んでいて、あたしも自分の分も買ってレモンのシロップをかけた。

…ってか、水野くん家はお金持ちでその面の苦労は全く無いだろうに。

なんで貧乏なあたしが負けて奢らされるかなぁ。

くそぅ、あの時もっと上を狙っていれば今頃は引き分けだったのに…!


そう思いながらあたしがシャクシャクとかき氷を食べ進めていたら、隣でふと水野くんが言った。


「…あ、そろそろ花火始まる」

「え、もうそんな時間?(まだ食べ足りないのに)」

「急がないと、見る場所無くなるかも」


そう言うと、かき氷を手に持ったままおもむろに立ち上がる。


「え、ちょっと待っ…あたし下駄だし歩きにくいっ…」

「早くー」

「待ってよーっ」


あたしがそう言って必死について行くと、やがて水野くんにやっとの思いで追い付いた。

すると…


「…!!」


次の瞬間、夜空から大きな花火の音がした。


「あ、は、始まっちゃった」


そんな綺麗な夜空を見ながらあたしがそう言うと、水野くんが「だから言ったろ」と先を急ぐ。

ってか……うー、歩きにくい…。

そう思いながら必死に水野くんについて行くと、やがて水野くんがふいにあたしの方を振り返って突然手を差し出した。


「ん、」

「…?」


でも、一方のあたしはその手が何の意味を示しているのかがよくわからなくて。


「?…あ、はい」


かき氷をよこせって、ことなのかな?

そう思って自分のかき氷を渡すと、水野くんは一瞬目をぱちくりさせたあと突如吹き出して、言う。


「んははっ、

ちげーよ。はぐれそうだから、手繋ごうと思って」

「えぇっ!?あ…!」


その言葉に物凄く恥ずかしさを覚えていると、水野くんは「行くぞ」とあたしの手を優しく握った。

…は、恥ずかしいっ…!!


思わぬ自分の失態に顔を赤らめながら、あまりの恥ずかしさに思わず消えてしまいたくなる。

あぁ…穴があったら入りたいって、こういう時のことを言うのか。

そう思って下を向いて水野くんの後ろを歩いていると、しばらくしてようやく水野くんが言った。


「ん、この辺なら見れるだろ」

「!」


そう言って水野くんが連れてきてくれた場所は、花火がよく見える海沿いの広い公園。

もともと田舎だからかあまり酷い人混みではなく、その公園もわりと空いていて、あたしと水野くんは近くにあるベンチに座った。

…って、あぁ…せっかくのかき氷が、ジュースみたいになってる…。

だけど、上を見上げればやっぱり花火は綺麗だし、今の季節しか楽しめないそれを、思わずかき氷そっちのけで見入ってしまう。


「…きれー」


…何だかありきたりなことしか言えないけれど、心から本当に綺麗だと思った。

この前歩美と見た花火も綺麗だったけど、こっちの花火も見ていて凄く楽しい。

だって…

そう思いながら、あたしがチラリと水野くんを盗み見ると……なんとその前から水野くんもあたしを見ていたようで、その時物凄い至近距離で目が合った。

まさか目が合うなんて思わなくて、いつものあたしだったら照れてすぐに逸らすけれど…何故か不思議なくらいそれが出来ない。

それどころか、ふいにあたしの手に水野くんの手がそっと重なってきて…


あたし達は花火の前で、キスをした。


………

………


その後、夏祭りから帰って来たのは、21時を過ぎた頃だった。

ただいまーって帰って来ると、お母さんが6畳くらいの部屋に敷き布団を敷いてくれてあって…


……ん!? 

あたしはその部屋を見て、思わず二度見をした。

…狭い部屋に、敷き布団が二つ並んで…。

ちょ、ちょっと、おかーさまっ!?

その光景にあたしが一瞬言葉を失っていると、水野くんも後ろからやって来てそれを見るなり目をぱちくりさせて言う。


「…二人で一緒に寝るのか」


……まぁいいけど。

そう言って、今度はわざとらしく不敵に笑って見せる。

よ、よくない!

いや、確かにあたし達、付き合ってはいるけど。

まだ全っ然そこまでいってないし、そもそも一緒に寝たことすらないし…!

そう思いながら顔を真っ赤にしていたらそこへお母さんがとことことやって来て言った。


「ごめんね~。うち、アパートだから寝れる部屋が二つしかなくて。二人で寝て貰わなきゃいけないけど、別にいいわよね?付き合ってるんだし」


そう言って、さりげなくあたしに目をやってからかいの笑みを向ける。

冗談じゃない!


「お、お母さん、あたしリビングで寝っ…!」

「あ、二人ともお風呂沸いてるから順番に入っちゃってね~」

「…」


って、聞けよコラ!!

だけどあたしの言葉には一切聞く耳を持たず、お母さんはそう言うとその場を後にしてしまった。

…ど、どうしようっ…。


「風呂だって。どっち先入る?」

「え…えっ!?」

「あ。一緒に入りたいなら二人で入…」

「あっあたし先入る!」

「…」


そしてあたしは慌ててそう言うと、先に準備をしてすぐにお風呂場に向かう。

脱衣場に入ると、その直後にヘナヘナと床にしゃがみこんだ。

…今夜は、ゆっくり眠れる気がしないよ…。


…………


それから時間が経って、気がつけば時刻はもう23時を過ぎていた。

お父さんやお母さんも、自分達の寝室に入っていって…


「…俺らも寝るか」

「!」


ふいに時計を見た水野くんが、自然にそう言った。


その声にあたしも時計を見ると、水野くんのその言葉通りのそれが目に飛び込んでくる。

“寝るか”のたった一言に、あたしは異常なくらいに心臓が跳びはねてしまって…。


「…真希?」

「え、」

「寝ないの?」

「!」


独りであれこれ考えていたら、そのうちにもう先にリビングの入口に立った水野くんが、あたしを見てそう言った。


「…ね、寝るよ」


その問いかけに、あたしはなるべく不自然にならないようにそう言って立ち上がり、水野くんに続いて寝室に向かう。

そしてそこに入ると、やっぱり当たり前のように並べられてある二枚の布団が視界に入って…。

……別に、期待とか心配をしてるわけじゃないけど、どうしても変に意識してしまう。

あたしは目の前の布団を見ると、「じゃあ、おやすみ」と言ってすぐに向かって左側の布団に入った。


「…おやすみ」


そんなあたしに水野くんがそう言うと、部屋の電気を常夜灯まで落とした――…。


…………

…………


それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

薄暗い静かな部屋で、やっとウトウトしかけていたら、その時水野くんの方から微かに布団を動かすような音が聞こえた。


……?


あたしは今水野くんに背を向けて寝ている状態だから、水野くんが何をしているのかはわからない。

でも…あたしがそのまま構わずに目を瞑っていたら、その時水野くんが何故かそっとあたしの布団に入ってきた。


「――っ!!」


み、水野くんっ――!?

その瞬間、まさかの出来事に心臓がバクン、と大きな音を立てる。

水野くんが同じ布団に入ってくるなんて思わなくて、思わず体中が硬直してしまう。

な、んで――…?

突然のことにあたしがびっくりして動けないでいたら、次の瞬間、水野くんは何も言わずにあたしを背後から抱き寄せてきた。


その行動に、更にあたしの心臓がうるさくなって、体中が熱くなる。

もしかして……もしかして……。

そう思いながら背中に全神経を集中させていたけど、やがてあたしは震える口を開いて言った。


「…み、水野くん…」

「うん?」

「どうした、の?」


そう問いかけて、前に回されている水野くんの腕に手を添える。

あたしがそう言ったら、水野くんは少し黙ったあと真後ろで呟くように言った。


「…別に?なんとなく」

「!」

「イヤだった?」


どこか寂しそうにそう言って、あたしを抱き締める腕の力を少しだけ緩める。

でも、イヤなわけなくて。

確かにちょっとびっくりしてるけど、不思議と心地いい。

だから…


「…んーん」

「…、」

「そのままでいて」


あたしは背中越しにそう言うと、そっと目を瞑った。


…………ねぇ、水野くん。

あの時、あたしは君と一緒にいて、確かに幸せしか感じていなかったよ。

凄く凄く、怖いくらいに全部が嬉しかった。


ありがとう。

でもね、あたしは………


…………


翌日。

東北に遊びに来て、二日目。

今日も外に遊びに行くはずが、真希の宿題のせいでお預けになってしまった。


「…終わんないよ」


そして、山のようにある宿題を前にして、深いため息を吐く真希。

…っつか、何で今日までこんなに溜め込んでんだろうねー。

ほんと、あり得ねぇー。(因みに俺は全て終わらせた)


「終わらせてよ、今日中に」

「無理」

「俺手伝うから」

「いや、いっそ宿題しなくていいって言ってー」


真希はそう言うと、また盛大なため息とともにテーブルの上に突っ伏してしまう。

ね、明後日から新学期だよ。

俺こう見えて、「今日はここに行きたい」とか予定を立てまくっていたのに。

それなのに、いま目の前にあるのは…


“瀬川真希”


って見慣れた名前が書かれた、数学や国語等のたくさんの問題集。

…何だ?

真希って名前の奴は、宿題をため込むのが好きなのか?

(幼なじみの真希も同じようにいつも溜め込んでた)


だけど俺はそんな真希を見兼ねて、黙々と数学の問題集を手にとってそれを開く。

ページは見事に超シンプル。

お前、あほだろ。


「…水野くん、数学やってくれるの?」


でも、大好きな彼女が涙目でそう聞いてくるから、怒るに怒れなくて。

「…うん」って頷いてシャーペンを握ってしまう俺も、正直「あほ」だと思う。

だって、そんなに困ってる顔見たら、助けないわけにいかないでしょ。

何だかんだ俺って優しい。ね?


「だったらさ、あたしらしく適度に間違えてよね。水野くんの感覚で解いちゃうと、先生に怪しまれるから」

「ん、わかってる」


そして真希は少し心配そうにそう言うと、目の前の国語の問題集を開いた。

真希って、勉強は苦手なわけじゃないからね。

それなりには出来る方らしいし、その調節が難しい。

しかし、そう思いながら宿題を手伝い始めた、その直後──…


「二人とも、ケーキ食べるー?」

「食べるーっ!!」


タイミング悪く、真希の母親がケーキを持って俺達が居るリビングに入ってきた。

…ちょ、まだ宿題始めて1分も経ってないのに。


「宿題は進んでるー?」


そしてそんな母親の問いかけに、真希は全然進んでないのにニッコリと笑みを浮かべて頷く。


「もうバッチリ!」


いやいや、ふざけんなコノヤロー。

でも…


「水野くん、チョコケーキとイチゴショートどっちがいい?」

「…どっちでも」

「えぇーそれ困るー」


目の前にいる真希はそんなに切羽詰まった感じでもなくて、何故か凄く嬉しそう。

ケーキのおかげか?

ついさっきまではあんなに暗かったのに。


「ねぇお母さん、あたしどっちのケーキ食べたらいいかな?」

「好きな方でいいでしょ、」

「どっちも好きなんだもん、」

「欲張りねー」


そして母親とそう会話をしながら、真剣な表情で目の前のケーキを見つめる真希。

…その表情は、きっと宿題よりも真剣だ。

真希の母親は、そんな真希を見て「仲良くわけて食べなさいよ」とリビングを後にした。

俺はそんな真希を気にしつつ、数学の宿題をしながら真希に言う。


「…仲良いんだな、真希」

「え?」

「母親と」


そう言って、目の前の問題を適度に間違えながら解いていく。

俺がそう言うと、真希は突如にへらっと笑って言った。


「うん、それはよく言われる」

「!」

「あたし、一人っ子だからかなー?お母さんとだけじゃなくて、お父さんとも仲良しだよ」


そう言って、ようやく「あたし、イチゴショートね」と言ってそれを食べ出した。


「…そっか」


……正直俺は、真希が羨ましい。

俺はそんな幸せ、味わったことがないから。


………


そのあと、真希は結局イチゴショートを選んで、俺はチョコケーキを選んだ。

そして…ちょくちょく休憩をはさみながら宿題をして、それがようやく全て終わったのは、夜の21時過ぎだった。


「終わったーっ!」


真希は嬉しそうにそう言うと、目の前にあるたくさんの問題集をまとめて鞄の中に突っ込む。

ずっとシャーペンを握っていたせいで、手が痛い…っつかオカシイ。

でも本当に嬉しそうで、安心した顔をして見せるから…まぁいいかって、思ったりもして。

俺が筆記具を片付けていると、真希が俺に言った。


「水野くん、」

「?」

「ありがとね」

「!」

「宿題手伝ってくれて、ありがとう」


水野くんがいてくれて助かったよ。

真希はそう言うと、少し照れくさそうにして笑った。


「…本当にな。今度何か奢れよ」


そして俺はそんな真希から素っ気なく目を逸らすと、素直になれずにそう言う。

バカ真希。

そういうふうに言われると、全部許ちまうじゃんか。

真希の残った宿題を目の当たりにした今朝は、ショックでたまらなかったのに。

でも真希は俺のそんな態度を特に気にする様子もなく、未だ嬉しそうに言った。


「超~奢る!何でも奢るよ、」


何がいい?

真希はそう問いかけると、俺の顔を覗き込む。

でも、


「…考えとくよ」


すぐには浮かばなくて、俺はまた真希から顔を背けてそう言った。


「明日までには考えといてよね」


するとそんな俺に真希がそう言って、リビングを後にする。

……明日までに、か。


真希がその言葉を残した瞬間、

ここから出て行った瞬間、

俺はふいに蘇りそうな地獄を思い出した。

明後日から、新学期がスタートしてしまうのだ。


そう言えば今アイツは、どんな気持ちでいるんだろうか。

見た目は宿題が無事に終わって嬉しそうだけど、俺が気付いてないだけかな?


………リビングを後にした直後、

真希が薄暗い廊下で独り泣きだしたのを、俺は知る由もない。


******


翌日。

夏休み、最終日。

午前中に帰る準備をしたり、近くの海に行って遊んだりした後、昼過ぎになって俺と真希は来た時と同じバス停に向かった。

最終日でも真希は特に寂しがったりしている様子もなく、終始ずっと笑顔だった。


「じゃあね、真希。また水野くんと一緒に遊びにおいで」


そして、バス停まで車で送ってくれた真希の母親はそう言うと、真希の頭をぽんぽん、と撫でる。

その言葉に、真希は「…うん」って頷いたあと…

少し、ほんの少し、表情が曇ったのが初めて見えて…。

でも、そのあとすぐに、それを隠すようにいつもの笑顔にすり替えた。


…気のせいか?

俺の考えすぎ、かな…。


だけどその後、バスに乗って駅に向かう間も、真希はいつも通りに楽しそうにしていた。

都会じゃ見れない景色を見入ったり、スマホゲームをして「クリアした!」とか凄く嬉しそうに笑ったり。


その笑顔を見ると、

……なんだ、やっぱ気のせいじゃんか。

そう思った。

思ってしまった。

……けど。


バスから降りて、二人で駅に入って。

お土産を見て、時間を潰しているうちに…

だんだん、真希の表情は、目に見えて変わっていって…


「…あ、そろそろ時間じゃね?」

「…、」


俺が、自身の腕時計を見てそう言うと、隣にいる真希が固まった。


「……真希?」

「……」


…顔を俯かせている真希の顔が、見えない。

呼んでも、真希は何も言葉を発しなくて。

嫌な予感が、した。

でも、俺は考えたくなくて気付かないフリをする。

臆病だった。

幸せすぎたぶん、まだそれを見ていたくて…。

だけど真希は、やがてゆっくり顔を上げると、俺に言った。


「…あたし、」

「…」

「帰りたく、ない」

「!」

「ずっと、ここにいたい」


真希はそう言うと、目にいっぱいの涙を浮かべた。

その言葉はまさに予想通りで、俺の心に容赦なく突き刺さってくる。

本当は、そう言われた俺も、真希がどうしてそんなことを言うのか、理由もちゃんとわかっていて…


きっと、真希は怖いんだ。

明日からスタートしてしまう新学期が。

俺の地獄のような過去を聞いてしまったから、尚更。

だから、お前には話したくなかったのに。


俺が何も言えずにいると、真希が言葉を続けて言った。


「いきなり、こんなこと言ってごめん。

でもあたし、明日からの学校が怖い。歩美が怖い。

それに、あたしから離れていった、公ちゃんも…怖い」

「!!」

「水野くんの、幼なじみの…真希さんみたいになっちゃう気がして…怖いの、」


真希はそう言うと、ぼろぼろと涙を零した。

…俺は真希のその言葉に、「大丈夫だよ」とか、そんな軽い言葉は言えない。

俺が何も言えずにいたら、真希がまた言葉を続けて言った。


「あたし、水野くんのことは好きだけど、一緒にいて歩美に何かをされるくらいなら、水野くんから離れてここに残りたい」

「!」

「…明日から学校になんて、行きたくないよ…」


そう言って、その場にしゃがみ込んで不安そうに泣いて見せる。

離れたくない。

俺はそう思っているし、そう言いたいけど、でも言えなくて。

できるなら無理矢理にでも連れて帰りたいけど、そんな勇気もなかった。


真希は、俺と別れることを選んでしまった。







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