第9話「優大の過去」

******


それは、今からだいたい4年前に遡る。

俺の、真っ暗でどす黒い過去の始まり。

当時、まだ中学三年だった俺は、勉強と見た目が取り柄の女にだらしない学生だった。


毎朝遅刻は当たり前。

授業さぼるのも当たり前。

だから宿題もしないし、放課後は毎日違う女のコとデートするのを繰り返していた。


その理由は、簡単。

その頃の俺は密かに幼なじみの真希のことが大好きで、それをずっと伝えられずにいたから。

お互いの距離が近すぎて、「どーせ叶わないから」と他の女のコと遊ぶことで自分の気持ちを紛らわしていた。


…そんなある日。

俺が、いつものように屋上で独り授業をさぼっていた時。

晴天の空の下で仰向けになって目を瞑っていると、聞きなれた声と共に頭に小さな痛みが走った。


「こーら、このサボり魔!」

「!!」


その声と小さな衝撃にビックリして目を開けると、そこにいたのは俺の顔を上から覗き込んでいる“真希”の姿。


「…なんだよ」


その姿に、俺がどこかもどかしい気持ちを抱えながらめんどくさそうな声を出すと、真希が両腕を組みながら言った。


「今は数学の授業中です今すぐ教室に戻りなさい」


そう言って、怒ったように口を膨らませる。

…またか。

俺はそう思うと、真希から顔を背けて言った。


「やーだね」

「!」

「真希が代わりに受けといてよ」


そう言って、悪戯に少しだけ笑って見せる。

そんな俺に、真希は更に口を膨らませて。

俺の隣に来ると、目を細めて言った。


「…授業受けてくんなきゃもう優ちゃんと一緒に遊んであげないよ」

「…」

「夏に二人で夏祭りに行ったり、冬に雪だるま作ったりもしてあげないからね!」


そう言うと、ふいっと俺から視線を外す。

…かわいーなぁ。

俺はそんな真希に内心笑いを堪えながら、冷静な態度で言った。


「いーよ、別に」

「!!え、」

「その代わり、夏休みに出される宿題も真希のは手伝わないし、テスト前も勉強教えてやらないからな」

「…~っ、」


俺がそう言ったあと、隣にいるはずの真希の声が聞こえなくなる。

この頃は、真希とのこんな会話が日常茶飯事だった。

真希が俺の傍に来れば俺は意地悪を言って、真希を困らせる。

…真希には申し訳ないけど、俺はその空間が好きだった。


それに、真希が俺と一緒に遊ばないって言うのも本心じゃないってわかっていた俺は、真希の反応を見て毎回楽しんでいた。

そして、今日もまた聞こえなくなったその声に、真希の方に目を遣ると…


「っ、優ちゃんのバカ!!」


案の定、真希は今にも泣きそうな顔をしてそう言った。


「それとこれとは関係ないでしょ!優ちゃんはあたしの勉強を手伝う運命なの!」

「何だソレ、」

「だからさっさと教室来い~っ」


真希はそう言うと、今度は力付くで俺を教室に戻らせようとする。

その根気に負けて、やがて俺は毎回仕方なく教室に戻っていた。


…確かにあの頃は、少し手を伸ばせば届く距離に真希は居た。

けど、俺じゃどうしてもダメだった。

だってその頃真希には…他に、好きな男がいたから。


真希からそれを直接聞いたことは無かったけど、真希を見ていたら自然とわかった。

真希が恋をしていたのは、同じクラスの高田直哉。

特に勉強が出来るわけじゃないし、スポーツが出来るわけでもなかったけど、高田は顔が良くて普段からクラスを明るく盛り上げるような人気者だった。

何より俺とは違って遊び人じゃないし、遅刻をしなければ授業をさぼったこともない。


そいつは完全に、俺とは真逆の奴だった。


その後俺は真希に連れられて教室に戻ると、やっぱり真希は目で高田を探していて。

…それを、見たくなかったんだよ。

そう思いながら少し苛立ちを覚えていたら、後ろからそいつの声が聞こえて来た。


「おーい、やっとご登場かよー」

「!」

「水野、先生カンカンだったぞ」


そいつ…高田は俺にそう言うと、悪戯に笑って見せる。

…どうやら既に授業は終わったらしく、その言葉に俺が「…屋上に戻るか」と方向転換しようとしたら、その時視界に真希の横顔が映った。


「…!」


高田を見つめる、少し切ない表情。

その頬は、どこか赤くなっていて…


「…っ…」


俺はその横顔を見ると、思わず即座に目を逸らした。

…だから、教室はキライなんだ。

いつも、見たくないものを見てしまうから。

俺はそんな真希に背を向けると、ちょうど近くにいた女の子に声をかけた。


「あかり、」

「!おー優大、どした?」

「…今日の放課後、空いてる?門の前で待ってるよ」


…そう。俺はこれでいいんだ。

また女のコと遊んで、全部を忘れよう。

俺が誘うと、あかりは嬉しそうに頷いた。

……その会話は、真希には虚しいくらい聞こえてない。


…………


そして、それから時間が経って、放課後になった。

中学の頃は全く部活なんてしていなかった俺は、あかりとの待ち合わせ場所に行こうと早速教室の椅子から立ち上がる。


…しかし。


「あのっ…高田くん!」

「…?」


その時、近くで真希が高田を呼ぶ声がした。

…何だ?

そう思って、見なきゃいいのに無意識にそこに目を遣ると…そこには、真希が顔を赤くして高田に話しかけている姿があった。


「どした?瀬川チャン」

「え、えっと…このあと少し時間あるかな?ちょっと話が…」

「…あー。悪ぃ、俺今から部活でさ、忙しいんだ」


真希の言葉に高田はそう言うと、片手を顔の前にやって申し訳なさそうな顔をする。

でも、高田のそんな言葉に、真希は…


「じゃ、じゃあ待っててもいい?」

「え、大丈夫?遅くなるよ、」

「ううん、平気!」


そう言って、俺には見せたことがない笑顔を浮かべた。

…その瞬間、俺には真希が高田に何を話そうとしているのかが嫌でもわかった。


告白だ。


「…っ…」


俺はそのシーンを目撃した直後、逃げるようにして教室を出た。

早歩きで廊下を渡って、バタバタと目の前の階段を下りる。

その間も、さっきの真希と高田の会話が頭の中をぐるぐる巡って…。


…真希が、他の男のモノになってしまうかもしれない。

それがわかると、不思議なくらいにもう他に何も考えられなくなった。


高田は、真希の告白に何て言う?

そもそも、真希のことをどう思ってる?

…そんなの、聞いたことない。

だったらいっそ、告白を邪魔してやろうか…?


しかし、そう考えたその時───…


「ゆーうたっ!」

「!」


その瞬間、俺は他の女子生徒に声をかけられた。

少しびっくりして振り向くと、そこには満面の笑顔で立って俺を見つめるあかりが居て…。


「…あ、あかり…」


…一瞬、「真希かも」って期待したじゃん。

そう思っていたら、あかりが言った。


「じゃあ行こ、」

「そ、そう…だね」


少し忘れかけてしまっていたけど、俺は今からあかりとデートなんだ。

俺は自分が渡って来た廊下にふいに目を遣ると、やがてあかりに言った。


「…じゃあ、俺ん家来る?」

「!」

「この前行きたいって言ってたじゃん、」

「うん、行く!」


俺がそう言うと、あかりは嬉しそうに頷いた。

…今日くらい、好きにしたっていいだろ。


…………


その後俺は、言葉通りにあかりを家に連れ込んだ。


中学生の時はまだ独り暮らしはしていなくて、一応親と一緒に住んでいた。

俺には母親がいないけど、普段仕事ばかりしている父親が居る。

でもまともに家に帰って来ることなんてほとんど無く、今日も静かな家に俺はあかりを部屋まで連れ込んだ。


「…」

「すごーい!優大の部屋入るの初めてー!」


部屋に入ると、あかりが嬉しそうに俺の部屋を見渡した。

ちなみに、真希は幼なじみでも俺の部屋には入ったことがない。

いつも、俺の部屋以外で過ごすことが多かった。

…アイツは今頃何してるかな。


制服のネクタイをほどきながら思わずそう考えたけど、俺はそんな雑念を振り払うとふいにあかりを背後から抱きしめた。


「!」


でも、俺が抱き締めるとあかりは体を硬直させてしまう。

そして、耳まで赤くなっているあかりを見て、俺は意外なことに気がついた。

…どうやら彼女は、こういう状況に慣れていないらしい。

俺がそれに気がついた直後、あかりが言った。


「ゆ、優大」

「うん?」

「…あ、あの…えっと、」

「?」


あかりは少しだけ声を震わせて俺の名前を言うと、あかりを抱き締めている俺の腕に手を遣る。

…その手まで震えてる。

予想以上に緊張してんな。

俺の家に遊びに行きたいとか平気で言うから、こういうのもOKかと思ったのに。

俺は意外なあかりの反応を見ると、ふいに抱き締めていたその体を離して方向転換をさせた。


そして、あかりと向き合う形になると、あかりが緊張で顔を赤くしているのが視界に入って…。


「…ハジメテ?」


俺がそう聞いたら、あかりは黙って頷いた。


「…、」

「じゃあ、やめとく?」


…でも。

その問いに、あかりは首を横に振って言う。


「…だい、じょぶ」

「!」

「あたし…優大のことが好きだから、平気」


そう言うと、顔を赤くしたまま正面からぎゅっと俺に抱きついてきた。

そんなあかりの肩に、俺は手を遣ると…真希への重たい想いを軽くするため、もどかしくて苦しい心を楽にするために、その小さな背中に、腕を回した。


…………

…………


…それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

外がすっかり暗くなっても、俺はあかりとまだ一緒にいた。


「優大、」


あかりは俺の名前を優しく呼ぶと、背中から俺に抱きついてくる。

…でも、何でだろう。

いつもそうだ。

いつもいつもいつもいつも…他の誰かを抱いたって、結局は俺の中の真希は消えない。

しかも、そう思いながらあかりの方を振り向こうとすると…


「!」


その時突然、玄関でインターホンが鳴った。


…誰だよ。

だけど俺は、あかりの方を向くとその音を無視してキスをしようとする。


「…出なくていいの?」

「いいよ、どーせ回覧ば…」


しかし…


「!」


そのインターホンが、何故か急かすように何度も何度も繰り返し鳴った。

しかも、その鳴らし方で誰が来たのか俺にははっきりわかった。


…真希だ。


「……わり、ちょっと行ってくる」

「うん、」


そして俺はあかりにそう言って立ち上がると、重たい足取りで玄関に向かう。

…今は会いたくないんだけどな。

そう思いながら、玄関のドアを開けると…


「優ちゃんっ…!」

「!」


家の外には、やっぱり予想通りの真希が立っていた。

でも俺がドアを開けると、真希は自分の顔を見せずに勢いよく俺に抱き付いてくる。


「…!?」


??


…は?何?何だコレ、今俺真希に何されてんだ?

突然のことすぎて一瞬そう思ってしまうけれど、この状況を把握するにはそう時間はかからなくて…。

その上俺は、真希の体が微かに震えていることに気が付いた。


…もしかして、泣いてる?


「…真希?」

「…っ…」


…どうした?

でも、そう聞こうとした瞬間、俺はふと高田の事を思い出した。

今日、真希は高田に告白をしたはずだ。

真希から直接聞いてないけど、告白したのは確実で…。

結果を、伝えにきたのか?


そう思っていたら、真希がもう見慣れた泣き顔を上げて俺に言った。


「…聞いて!」

「うん?」

「あたし、優ちゃんには言ってなかったけど、高田くんのことが好きなの」

「…うん」

「でね、さっき、すんごい勇気出して告白してきたんだけど…ごめんねって…付き合えないって、言われた」


真希はそれだけを俺に告げると、俺の肩にまた頭を押し付けて子供みたいに泣く。

わんわん泣く真希にそう言われて、俺は少し戸惑いながらも真希の両肩に手を遣った。


真希が、高田にフラれた。

真希にとってそれは悲しいことだけど、俺にはその結果が嬉しくて。

自然とこみ上げてくる喜びを押し殺すと、俺は真希を慰めるようにその背中に腕を回した。


「…残念、だったな」


そう言うと、その体をより強くぎゅっと抱きしめる。

でも、良かった。ホッとした。

だってもう、二人きりで会えないかもって思ってたから。

俺がそう思っていたら、真希が泣きながら言った。


「高田くん、好きな子がいるんだって。あたしじゃダメみたい、」

「…そう、」

「も~どうしよう優ちゃん、涙が止まんない~っ」

「…」


真希はそう言うと、玄関で俺にしがみつきながらわんわん泣いた。

一方、俺は真希の失恋は素直に嬉しかったけど、真希が泣けば泣くほどだんだんその喜びは消えていって…。


勇気を出してした告白を、“よく頑張ったな”とか、…そんなその気の利いた言葉が出てこない。

そう言っていた方が、この時は正解だったんだと思うけど。

一人の女の子として、じゃなくて…幼なじみとして優しい言葉をかけてあげられていたら、少しは違っていたかな?

俺はそんな真希を見ると、我慢が出来なくなって言ってしまった。


「…だったらやめとけよ、そんな奴」

「…え」

「真希には俺がいるじゃん。俺にしとけよ」


そう言って、真剣に真希を見つめる。


「…優ちゃん?何言って…」


だけどそんな俺の言葉を真希はよくわかっていない様子だけど、言ってしまったからにはもう後には引けない。

俺は、キョトンとしている真希の目を真っ直ぐに見つめて、言葉を続けた。


「俺、真希のこと好きなんだよ」

「!!」

「小さい頃からずっと、真希のことだけが好きだった。だから高田なんか忘れて、今すぐ俺と付き合ってよ」


俺がそう言うと、真希は上げていた顔をうつ向かせる。

そんな仕草を見て少し不安になる。

…今、真希は何て思っているかな。


だけど俺はその返事を聞きたくなくて、やがて真希をまた抱き締めた。


「…優ちゃ、」

「うん?」


そして少しの間抱き締めていると、ふいに真希が口を開いて言った。


「…あり、が…と」


真希は涙声でそう言うと、俺の背中に腕を回す。

その言葉に俺は一瞬期待してしまったけれど…真希は涙声のまま言葉を続けると、俺に言った。


「優ちゃんは、あたしがショックで泣いてるから、わざとそんな…好きって言ってくれるんでしょ?」

「!!」

「優ちゃんは優しいね。さすが、あたしの“幼なじみ”だ」


そう言うと、俺の好きな笑顔で照れたように笑う。

…でも、その時の真希の笑顔は何故か凄く遠く感じて。

信じてくれていない真希を目の当たりにした俺は、思わず固まった。


それは真希が、俺のことを全く恋愛対象にして見ていない証拠なのだ。

まさかそんなことを言われるとは思ってもみなくて…。

真希は、俺が同情で言ってるって思ってるの? 

俺はそう思うと、真希に言った。


「…違うよ」

「え?」

「本気だよ。幼なじみとか関係ない」

「!!」


そう言って、抱き締めていた体を少し離して真希を見る。

…今までずっと言えなかったくせに、この時はよく言えたなと自分でもそう思う。

俺の言葉を聞くと真希はビックリしたような表情を浮かべていたけど、俺はそんな真希に我慢が出来なくなって…


「…真希が好き」


そう囁いて、キスをした。


「…っ!?」


でも、キスをすると、そんな俺の行動にビックリしたらしい真希が慌てた様子で俺の両肩を押す。


「やっ…」


そして真希は自身の唇を手の甲で押さえると、涙目で俺を見つめて…


「…な、んで…?」

「…、」

「…~っ、」


やがて、いたたまれなくなったのか泣きながらその場を後にした。


「真希…!」


そんな真希の後ろ姿を俺は呼び止めるけれど、真希は走って帰ってしまう。

追いかけようとしたけれどそんな勇気も無くて、俺はただその場に立ち尽くした。


……そんな俺達の一部始終を、あかりが陰から見ていたとは知らずに。


******


真希に告白したその後は、俺はそのことをずっと後悔していた。

そりゃあいつかは言えたらいいな、くらいは思ってはいたけど、その告白は大失敗で終わってしまったし。

しばらくは、真希が見せた涙が頭の中から離れなかった。


…でも、そんなある日。

真希に告白をして数日が経った頃、突如真希の学校生活に異変が起きた。


「真希?」

「!?」


俺が一番最初にその異変に気が付いたのは、いつもより早い朝の生徒玄関でのことだ。

真希に告白をしても何とかして普通通りに接していた俺は、朝登校するなりロッカーの真ん前に突っ立っている真希に声をかけた。


「ゆ、優ちゃん…」

「どした?そんなトコで」


しかし。

俺がそう声をかけると、真希が目に涙をいっぱい溜めて言った。


「ロッカー…に、ゴミ入れられたっ…」

「…は」


その突然の言葉に、俺はすぐに真希のロッカーを覗き込む。

するとそこには真希の言う通り、大量のゴミが誰かの手によって故意で入れられていて…。

それが本当の、地獄の始まり。


真希はその頃から、クラスで酷いイジメを受けるようになった。


今までの真希は、クラスじゃ癒し系で誰とでも仲が良くて、イジメの標的になるような奴じゃなかったのに。

俺にとって真希へのイジメは、本当に突然だった。

しかもされることは、凄く重くて。


最初は、教科書やノートへの“ウザイ”“死ね”等の乱暴な言葉の落書きとかだったけど。

それは日に日にエスカレートしていって…

放課後にクラスメイト数人に殴られるようになったり、階段から突き落とされたり…

給食は真希のぶんはナシか、酷い時は熱いスープを頭からかけられてやけどをした日もあった。

だけどそのイジメを、俺だって目についたものは全部助けた。


学校内ではなるべく真希と一緒に行動していたし、真希から友達が離れていっても俺は離れることなく真希と一緒にいた。

でもそのせいかイジメは、俺の目につかない場所でより酷くエスカレートしていって…


そんなある日の夜。

俺の家の電話に、一本の電話がかかってきた。


「もしもし?」


俺がその電話に出ると、受話器の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。


『あ、もしもし、優大か?』

「うん。智?」


その電話の相手は、

今現在俺と一緒に暮らしている“真希”が、さっき何故か家に連れて帰って来た、瀬川智。

幼なじみの“真希”の、兄貴だった。

俺は真希とはもちろん、この智とも普段から仲が良くて、昔はいつも一緒に遊んでいた。

突然の智からの電話に俺が?でいると、電話の向こうで沈んだ声の智が言う。


『ちょっと聞きたいことがあんだけどさ』

「なに?」

『最近、真希がずっと元気がないんだけど、優大何か知ってる?』

「!」


智はそう聞くと、俺が何かを言うのを待つ。

一方そう聞かれた俺は、その言葉で嫌でもすぐにピンときた。

真希が元気ないのは、確実に「イジメに遭ってるから」だ。

…あいつ、そのこと家族に言ってないのか。

俺はそう思うと、智に言った。


「…実は真希、最近学校でイジメに遭ってて」

「!!…は」

「もしかしたら…っつか、確実にそのせいだと思う」

「…、」


俺がそう言うと、智は電話の向こうで黙り込んでしまう。


でも、


「でも大丈夫だよ!絶対!」


何も言わなくなった智に、俺は声を少し大きくして言った。


「…」

「真希が誰に何されてても、俺がちゃんと守ってるし、これからもずっと助けるから」

「…」

「イジメなんて、俺が無くすから…大丈夫だよ」


そう言うと、電話の向こうに耳を傾ける。

真希のことは絶対に俺が助けるんだ。

助けてあげられるのは、俺しかいないんだ。

俺がそう思いながらそう言ったら、やがて智は少し黙り込んだ後言った。


「…本当に?」

「!」

「本当に信じていいんだな?」

「…、」


そして俺は、その言葉を聞いて確かに力強く頷いた。


「もちろん。信じてて」


………だけど物事は、そう簡単に上手くはいかない。


真希に対するイジメは、俺がどんなに助けてもどんなに守っていても…おさまることは全くなかった。

普通なら味方のはずの先生もいつも見て見ぬフリをしていて、全然助けてなんかくれない。

それでも真希は負けずに毎日学校に行っていたけれど…そんなある日。俺は同じクラスの友達に言われた。


「瀬川のイジメは、お前が悪いんじゃねぇの?」

「…え」

「だってそうだろ。瀬川以外の女子はお前のことが好きで、お前を瀬川にとられたくないからイジメてんじゃん。

俺はそうだと思うけどなー。っつか、女ってコエー」

「…」


そいつはそう言うと、目を細めて俺から視線を外す。

…俺のせい?

そんなこと初めて言われたけどな。

でもよくよく考えてみれば、俺は真希に告白をしてから、あんなにいっぱい激しかった女遊びも今じゃピタリとしなくなった。

それは自分に素直になった俺が、「もう他の子に手を出さない」と誓ったからなんだけど…。

そしてしばらく考えていると、その友達がまた口を開いて俺に言った。


「…それにさ、」

「?」

「あのイジメの黒幕って、噂によると“あかり”らしいじゃん。お前、あかりと仲良くなかったっけ?」

「!」

「モテる男は辛いなー」


そう言うと、笑っている場合じゃないのに可笑しそうに笑って見せる。

…じゃあ、俺があかりとちゃんと話せば、真希へのイジメも無くなるのか。

その瞬間、やっと一筋の光が見えた気がした。


…………


その話を聴いた放課後。

俺は早速あかりを誰もいない教室に呼び出した。

これが成功すれば、真希は哀しい思いをしなくて済む。

そう思って、


「真希のことで話があるんだけど」


俺がそう切り出したら、あかりが言った。


「知ってる。イジメなんてやめろって、そう言いたいんでしょ?」

「!」

「よくそんなことが言えるよね。あたしの気持ちも考えないで」


そう言うと、どこか悲しいような…切ない表情で俺を見遣る。


でも、


「いや、確かにあかりとか他のコ達のことを中途半端にしたのは悪かったよ。

だけど、だからって真希に手を出すことないだろ」

「だって優大はアイツのことが好きなんでしょ?あたしの方が、優大のこと好きなのに」

「…」

「この前、家で二人きりでいて幸せだったのに…最悪」


あかりはそう言うと、俺から視線を外してぽろぽろと涙を零す。

そんなあかりを前にして…俺は言う言葉を失った。

言いたいことがいっぱいあったはずなのに、あかりの涙でそれを全部かき消されてしまう。

…俺があかりをこんなに泣かせて。

だから、真希のことも泣かせて。

一番最初から自分に素直にいられたら、今頃こんなことにはならなかったのかな。

そう思っていると、あかりが言った。


「…じゃあ、瀬川に手を出してほしくないなら、優大あたしと付き合ってよ」

「!!…え、」


そしたら、イジメなんてやめてあげる。

あかりはそう言うと、濡れた瞳のまま俺を見上げた。


「…つ、付き合うの?俺とあかりが?」


その言葉に俺がそう聞くと、あかりは黙ったままコクリと頷く。

真希へのイジメが少しでも楽になるなら、と少し考えたけど…でもさすがにそんな気にはなれない。

俺はあかりの言葉に少しうつ向くと、やがて沈んだ声で言った。


「……ごめん」

「!」

「それは、出来ない」


だって俺はずっと真希だけが好きだから。

そう思いつつ、


「でも、」


言葉を続けようとしたら、あかりはそんな俺にすぐに背けて…


「…っ…」


何も言わずに、突如逃げるようにその場を後にした。


「あかりっ…」


…うわ、やってしまった。

イジメをやめさせるはずが、逆にもっと酷くなるようなことをしてしまった。

何をやってるんだ俺は。


だけど、俺はその時そう落ち込むと同時にあることを思いついた。

俺が真希の傍にいるからアイツがイジメられるんなら、俺はしばらく真希と距離を置いてみよう。


…なんて、今思うと最悪以上の「最悪」でしかないけど。

でもこの時はもう、それしか選択肢がなかった──…。


******


そして、そう決めた翌日。

俺は学校に到着するなり、さっそく真希を屋上に呼び出して、言った。


「真希、」

「…?」

「突然で悪いけど、俺としばらく距離を置いて」

「え、」


俺がそう言うと、真希は予想通りにビックリしたような表情を浮かべる。

…本当はこんなことなんか言いたくないけど、わかってほしい。

こうすればきっと、真希は悲しい思いをしなくて済むんだから。


そして真希は俺の言葉に少し戸惑うと、やがて凄く不安そうに俺に言った。


「…なんで?あたしのこと、嫌になった?」

「いや、そうじゃなくて、」

「じゃあ何!?優ちゃんまで皆の味方するの!?」


そう言って、真希は今にも泣きそうな顔をする。

その顔に、心が痛む。


「そうじゃない。真希が今悲しいのは、近くに俺がいるからで、」

「…っ…」

「俺がいるからダメなんだよ。傍にいると俺が遠まわしに真希を傷つけてることになる。わかるだろ?」


俺はそう言うと、うつ向く真希の顔を不安げに覗き込んだ。

…やっぱり、わかってもらうには時間がかかるかな?


しかし、そう思っていた時だった。


「~っ…う~っ」

「!」


うつ向いたままの真希が、その時突如声を出して泣き出した。


「うわあぁっ…ばか!優ちゃんのバカ!!」


そう言って、まるで幼稚園児の子どもみたいに泣き出す。

…高田にフラれて泣いた時とはまた違う、ほんとに子供な泣き方。

でも俺は、そんな真希を前にして何もできなくて…。

黙っていたら、真希に両手で肩を押された。


「もう知らない!」

「!」

「優ちゃんなんか知らない!大ッキライ!!」

「…」


真希はそう言うと、その場に泣き崩れてわんわん泣く。


「…、」


…その姿を前に、俺はまだ何も出来ない。

これが成功なのか。

いずれは、真希のためになったってわかってくれる日が来るのか。

答えはわからないけど、俺はこの時実際に真希に近づくのをやめた。


そして、独り泣き続ける真希に背を向けて、俺は静かに屋上を後にした。

これが、真希との“最後の時間”になるとは知らずに。

それから真希が俺の前から姿を消したのは、その日から約一週間後のことだった。


真希は、学校で自殺をした。


いつもと同じような日に、いつもと変わらない教室の雰囲気。

ただ、あの日一つだけ違っていたのは…


「…あれ、瀬川は?瀬川は休みかー?」


いつものSHRの時に、珍しく真希が教室にいないことだった。

そんな担任の言葉に、クラスメイトはウザそうな声を出すけれど…


その時───…


キャアアア!!!!


「!?」


教室にいる一部の女子が、ふいに窓を見遣って突然大きな悲鳴をあげた。

その声に、俺を含めみんながビックリして窓の外に目を遣ると…


次の瞬間、はっきりと見えた。


屋上から飛び降りた真希が、教室の窓の外を上から下に頭から落ちて行くのを、俺達は目撃した。

屋上から真っ逆さまに落ちた真希は、即死。

その瞬間から俺の人生は、一変した。

真希のそれを目撃した直後のことを思い出すと、俺は今でも頭が割れるように痛くなる。

あの瞬間を目撃した時は、周りのこととか関係無しにすぐに階段を下りて外に出て、真希の元へと走った。


でも、無理だった。

完全に手遅れ。


何度名前を呼んでも、体を揺すっても真希は反応がない。

そのうち他の生徒や先生もそこに駆けつけて、俺は真希から強引に離されたけどバカみたいに大声で真希の名前を呼んだ。


「真希!真希っ…!!」


こうなることは、誰も予想なんてしていなかった。

イジメで突然自殺なんて、いったい誰が予想できる?


そしてその日から俺は、笑うことさえ忘れてしまった。


でももちろん、悲しいのは俺だけじゃなくて。

真希のお通夜が行われるその日、俺は独りで真希の家に行った。


しかし───…


「アンタのせいだっ…!」

「!」

「アンタが、真希をこんなになるまで放っておくから!

どうして幼馴染のアンタが、真希を助けてあげられなかったんだよっ…!!」


家に入るなり、俺に気が付いた真希の姉が泣きながらそう言った。

普段は凄く優しかったはずのその姉に俺がビックリして固まっていると、姉が言葉を続けて言う。


「どーせアンタのことだから、また女の子と遊んでたんじゃないの!?

もう顔も見たくないから!真希の葬儀にも顔を出さないで!!」


その言葉で、頭の中が真っ白になる。


…そうだ。

確かに、言われてみればそうかもしれない。

真希は、イジメが最大の原因じゃなくて、確実に俺のせいで死んだ。

俺のせいでイジメに遭うようになって、イジメから唯一助けていた俺が離れて、真希はその直後に死んだ。


どんな酷いイジメに遭っても、真希は絶対に泣かなかったのに。

俺が真希から離れようと決心してそれを告げた日に、アイツは初めて泣いたんだ。

そして、俺はこの頃からよく思うようになった。


“俺が真希を殺した”と。


真希の姉の言葉を聞いて俺が呆然としていると、その時姉から少し離れた後ろにある人影を見つけた。


「!」


…智だ。

けど、智は今までに見たことのないような冷たい目で俺を見ていて、目が合った直後にそれを逸らされた。

……話したいことはあるけれど、それを話す勇気はない。


「…失礼しました」


俺はやがて真希の家族に背を向けると、静かにその場を後にした。


******


その日から卒業までの学校生活は、まるで人形のように過ごした。

周りは普通に声をかけてくれるけれど、俺は基本「うん」とか「へぇ」という返事だけしかしなくて。

もう生きている価値もない。

真希がいなきゃ全部が楽しくない。

毎日そう思いながら、同じ毎日を過ごしていた。

だからそんな俺からは、仲の良かった友達も皆離れていく…。


「ゆーた!元気出せって!な?」

「…」

「瀬川が死んだのは、お前のせいじゃないだろ、絶対」

「…」

「おい優大、」

「…」

「……」


日が経つにつれて、俺はだんだん孤独になっていった。

でも、それでも良かった。


だって俺は…

どーせすぐに、真希の元へ行くから。


俺は独りきりのリビングに入ると、キッチンにあるナイフを手にとった。

そして静かにそれを心臓の方に持って来ると、俺は深く深呼吸をする。


…やっと、行けるんだ。

真希に会えるんだ。

俺はそう思うと、ナイフを持つ手を振りかざした。


…――――しかし


「!!」


その時、それを遮るかのように突然携帯の着信音が大きく鳴り響いた。


…何だよ、

まさかこんなタイミングで電話がかかってくるなんて思わなかった俺は、ため息交じりでナイフを元の場所に戻してそれに出る。


「…はい」


でも、それに出ると…


『あっ、すいません!間違えました!』

「…」


そんな全く知らない男の声とともに、一方的に電話が切れた。

……結局、いつもアイツに会えねぇの、


******


それから月日が経って、俺は中学を卒業した。


高校は親父に頼み込んで、少し遠い位置にある高校に通わせてもらうことになった。

そして、高校に入学とともに独り暮らしを始めた俺は、「どうせもう真希に会えないなら」とここから新たに全てをやり直すことを決意。

真希以外のことを考えられなくなっていた頭も、人形のようになっていた表情も、月日が経つうちに少しはマシになっていった。

これから通う高校には、俺の過去を知る人は一人もいない。

死ねないなら真希のぶんまで生きてやればいい。

そんな思いを胸に、俺は新しい学校に足を踏み入れた。


…───はずだった。


でも、俺は高校生になってすぐに、また新たな大きい壁にぶつかることになる。


「“瀬川 真希”…?」


そう、それが…

今現在一緒に暮らしている、“真希”との出会いだった。


入学式の日。他のクラスの名簿で、たまたま見つけたその名前。

見つけた瞬間、頭の中が真っ白になった。自分の目を疑った。

だってそんな名前が、ここにあるはずがない。

でも、あとから知った事実。

彼女は同姓同名で、クラスで特に目立つわけでもなく特別勉強やスポーツが得意なわけでもない、普通の別人だった。


だけど俺は真希の存在を知った日から、真希のことをよく気にかけるようになった。


******


真希を気にかけている間、俺は他の女子生徒によく声をかけられていた。

言ってみれば、中学の時と同じだ。

あの頃だったら、言い寄って来た全ての女の子と付き合っていたんだろうけど…。


「ねーえー。水野くんって、好きなコいるの?」

「…」

「あたし、水野くんのこと好きなんだ。良かったら付き合ってみない?」

「…今忙しいから」


俺はそんなふうに適当に交わして、他の女子を避けた。

…今は誰かと付き合う気なんてない。

だから俺は、中学生の時とは真逆に“真面目”に“地味”に“無愛想”に過ごした。

適当に冷たくあしらっていれば、当然女子は離れていく。


とにかく今興味があるのは、あの“真希”だから。

だけど俺はしばらくすると、真希のあることに気が付いた。


「ねぇねぇ公ちゃーん」

「…も、うるさい」

「なんでー!?いい加減あたしと付き合ってよもー!!」

「…」


…あのコは、鈴宮さんのことが好きなんだ。

そのことに気が付いた瞬間、心の奥が痛くなった。

中学の時の、アイツを思い出す。


“あのっ…高田くん!”

“え、えっと…このあと少し時間あるかな?ちょっと話が…”

“あたし、優ちゃんには言ってなかったけど、高田くんのことが好きなの”

“ごめんねって…付き合えないって、言われた”


「…っ…」


それはもう思い出したくもない、カッコ悪すぎる過去。

結局、同じなのか。

俺は鈴宮と真希に背を向けると、独りその場を後にした。


考え直そう。今ならまだ間に合う。

っつかそもそも、アイツはあの“真希”じゃない。

別人なのに、何でこんなに気になるんだよ。


だけど……目の前の“試練”は許してはくれない。

その後、月日が経って二年になったある日。

俺は、親父の勝手な良心によって真希と突然二人暮らしをすることになった。


「…なんで」

「いや、親友が困ってるからな。人助けだよ。

この家なら、部屋くらいたくさん余ってるだろ?」

「…そうだけど、」


でも、そんな突然言われたってもちろん「いいよ」なんて頷けるわけがない。

それに親父は、俺の意思を聞かずにとっくに事を進めてしまっていたらしく…


「真希ちゃんを、よろしくな。

お前もずっと独りだったから、寂しくないだろ?

それに、いや名前を聞いた時はビックリしたなー。あのお前の幼なじみの真希ちゃんと同姓同名だもんな」


「…、」


そう言って陽気に笑うと、俺の気も知らないで家を後にした。

…断ってしまいたい。

でも、俺の親父のことだ。それはきっと許してくれない。

アイツと一緒に住むことになれば…当然鈴宮も遊びに来たりするかもしれない。

いやそれどころか、毎日のように鈴宮の話を聴かされたりとか…。


中学の時は、教室にいなければいいだけだったけど。

家じゃ、また話が違う。

どうする?どうすれば傷つかなくて済む?


そんなことを、数日くらい考えていると…


「!」


そんなある日の夜。

近くのコンビニで、俺はたまたまある女子生徒に出くわした。


その相手は、歩美。

歩美を見た瞬間、俺は咄嗟に良いことを思いついた。

コンビニで歩美に会った時は、歩美は泣いていたけれど。

その時はもう既に、歩美は「付き合っていた先輩にフラれた」と噂で聞いていた。


ある意味チャンスだった。

最低なのはわかってるけど、こうするしかない。


真希が、自分が、近づいてくる現実が、物凄く怖すぎたから。


「中津川さん、」

「!」


俺が声をかけると、歩美は少し腫れた目を俺に向けた。


「噂で…聞いたんだけど。先輩と別れたって、ほんと?」


そして俺がそう問いかけると、歩美はまた泣きそうな顔をして俺から顔を背ける。


「み、水野くんには関係ないでしょ、」


でも…


「俺、中津川さんのことが好きなんだけど」

「!!」

「先輩と別れたんなら、俺と付き合ってよ」


俺はそう言って、歩美に嘘の告白をした。

その答えは、意外にもすぐにOKが出て。

内心少しビックリしながら、歩美と一緒に帰ったことを覚えてる。


でもこれで、真希のことであーだこーだ悩むことは無くなる。

このまま歩美のことを好きになっていければ…

なんて、現実から逃げることしか考えていなかった俺は、その頃はまだ何もわかっていなかった。


真希と出会って。

好きになって。

一緒に住むことになって、同じことを恐れた俺は、歩美と付き合って。


こうすれば、真希は鈴宮がずっと好きで。

俺は顔が可愛い歩美の彼氏で。


はい、成立。問題ナシ。

あの地獄のような過去は、封印してしまえ。

もう二度と同じことは起こらない、と。

恋は違う恋にやり直せる。

俺はそれを信じた。


けど───…


その後…実際に真希と一緒に住み始めた俺は…

自分でビックリするくらいに、もう止められなかった。


近づけば近づくほど真希に触れたくなって、想いはだんだん大きくなって…。

好きだ、とただその一言を言えばいいだけなのに。臆病者。

地獄のような過去があっても、言葉じゃなく先に手を出した。


だけどそれでも、この前なんとか歩美と別れて真希にも告白をした。

…まさかあの智と再会するハメになるとは思わなかったけど。

全てを思い返すと、俺は真希が作ってくれた晩ごはんを完食して箸を置いた。


結局、月日が経って別人を演じても、俺は俺で変わりはないし全然成長なんてしていない。

俺のせいで歩美は真希を傷つけようとしているし、きっと俺はこのままだったらまた真希を傷つけてしまう。


“優ちゃん、”

“優ちゃん───…”


幼なじみの真希の声が、頭の中で鳴り響く。

アイツは、俺のこと恨んでるだろうな。

恨まないわけ、ないよな。

けど大好きだったのは本当だし、出来ればずっと一緒にいたかった。

同じ高校を受験して、同じ中学を卒業して、同じ学校で入学式をして…。

謝りたいけど謝れない。


『俺としばらく距離を置いて』

『…なんで?あたしのこと、嫌になった?』


あんなことさえ考えなければ…。

だけど、今更悔やんだってもう遅い。


だから───…

俺はそう考えると、やがて思い立ったように部屋を出た。

あの頃と同じことになるかもしれないって恐れた今、俺は過去から逃げられないなら…。

今は、とにかく真希の傍にいてあげるしかない。

アイツには鈴宮がついてる。それはわかってるけど。

どうしても俺の傍に引き寄せたいから。


「真希、」


俺は心にそう強く思うと、一階に下りてリビングのドアを開けた。

…───真希に会いたい。


けど…


「…!」


リビングのドアを開けてそこに入ると、中には真希はいなかった。

…あ、風呂かな?

そう思って、風呂場に繋がっている通話ボタンを押して真希を呼び出すけれど…


「…」


通じなくて、真希はいない。

…部屋かな?

そう思って、部屋に行くけど…やっぱり真希はどこにもいなくて。

玄関に行って真希の靴を確認すると、いつも履いている真希の靴が…無かった。


俺が過去を思い返している間に、真希は、いなくなっていた。


…智か…?





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