第4話「怪しくない?」
******
翌朝。
いつものように学校に来て、教室に入る。
真希が来ているか探したけれど、まだ来ていないみたいだ。
…なぁんだ、つまんないの。
そしてスマホを開いてラインのチェックをするけど、優大からは何も来ていない。
寂しすぎる。
そう思って自分の席につくと、その時ふいに同じクラスの女子数人に話しかけられた。
「歩美、」
「?」
その声にそこを振り向くと、そのコが何やら不満そうに言う。
「あんたの彼氏、浮気してるかもよ」
「え、」
そう言って、あたしの前の席に座って言葉を続けた。
「っていうか、絶対浮気してるって!」
「そ、そう…誰と?」
……嫌なこと言うなぁ。
そう思いながらもそう聞くと、そのコがはっきりと答える。
「あんたの親友の真希と!」
そう言って、半ば怒ったような顔をして見せた。
あたしはその言葉に一瞬びっくりして頭の中が真っ白になるけれど、やがて笑って言う。
「え、何言ってんの?真希があたしを裏切るわけないじゃん」
心配するだけ無駄だよ、
そう思って笑うけど、そのコの真剣な表情は変わらない。
むしろあたしの返事にため息を吐くと、言った。
「もう、せっかく忠告してあげたのに。
あのね、一応疑っておいた方がいいよ。夕べ、水野と真希が二人仲良く水野の家に入って行ったのを見たっていう生徒がいるんだから」
「!」
「気を付けなよ。ただでさえあんた元カレにも浮気されて別れたばっかなんだから」
そのコはそう言うと、びっくりして固まるあたしから離れて行った。
……うそ。
嘘だ。
二人仲良く…?
そんなわけない、
なんて、必死にそう言い聞かせていると…
「歩美、おはよ!」
「!」
その時、真希が笑顔で登校してきた。
「…真希…」
あたしが真希を前にして動揺してしまっていると、そんなあたしに気づいていないらしい真希が言う。
「ね、聞いて聞いて!今日ね、公ちゃんのために肉じゃがコロッケ作ってきたの!
夕べの晩ごはんが肉じゃがだったから、リメイクしちゃった!」
真希は嬉しそうにそう言うと、「公ちゃん喜んでくれるかな~」ってニッコリ笑顔を浮かべる。
「……」
…そっか。
そうだよ。
真希はそもそも鈴宮くんのことが好きなんじゃん。
心配する必要なんかない。
「…鈴宮くんなら喜んでくれるよ」
あたしがそう思ってそう言うと、真希は「早くお昼にならないかな~」って呟いた。
…―――しかし。
「優大…今日は珍しくお弁当なんだ?」
「うん、」
それからようやく昼休みになって、優大と二人で屋上でゴハンを食べていると…
珍しくお弁当を広げる優大にあたしはそう言った。
だって優大は、毎日必ずコンビニのおにぎりだったのに。
そして…
「……夕べ、肉じゃがだったの?」
偶然なのか何なのか、そのお弁当の中には肉じゃがが入っていた。
あたしがそう問いかけると、優大は顔色ひとつ変えずに「うん」って頷く。
……まぁでも、優大のはコロッケじゃないし。
たまたま夕べの晩ごはんがかぶっただけなのかもしれない。
あたしはそう思うと、そのお弁当を食べようとする優大の手に自分の手を重ねて、言った。
「ねぇ」
「?」
「キスして」
あたしはそう言って、その手に少しだけ力を入れる。
すると、優大は一瞬びっくりしたような表情を浮かべたけど、やがてそれは照れたような顔に変わって…
「…いいよ」
そう言って、誰もいない屋上でキスをした。
優大は、付き合う前はあまり女の子と付き合ったことがないようなイメージがあったけど、
今はキスをする度にいつも思う。
…何か、妙に…キスに慣れてるな。
だけど口を離すと優大はまた照れたようにあたしからふっと視線を外して、お弁当を食べ始めた。
気のせいだったらいいな。
…………なんて、そう思っている今は、もちろんまだあたしは全てを知らない。
******
「もうすぐテストか…」
ある日の夜。
リビングに飾ってあるカレンダーを眺めながら、独りそう呟く。
この家に引っ越したばかりで片付けが続いていたから気がつかなかったけど、もうすぐ期末テスト期間に突入してしまうらしい。
…マズイ。
全然勉強してない。
あたしがそう思ってため息を吐くと、それを聞いていた水野くんが言った。
「どっちが点数とれるか競争してみる?」
そう言って、わざとらしくニッコリ笑う。
でも、そんなの無理に決まってる。
だって水野くん、頭良さそうだし。
あたしは勉強が出来ないわけじゃないけど、だからといって得意でもない。
……普通の中の超普通なのだ。
だから、勉強していないと成績が下がってしまう恐れだってある。
あたしはそう思うと、水野くんに言った。
「無理だよ。勝てるわけないじゃん」
「そうだね」
「…認めちゃうのか」
そこは、「そんなことないよ」とか言ってほしかったな。
……でも、こんなことを言っている場合じゃない。
そろそろ勉強しないと。
そう思って、
「…勉強してくる」
うさぎと遊んでいる水野くんにあたしがそう言うと、水野くんはその場から立ち上がって、
「じゃあ俺風呂入ってくる」
と、あたしと一緒にリビングを後にした。
あー、テストとか、マジで憂鬱だ。
そう思うと、自然とため息が出る。
自分の部屋に入ると、小さめのテーブルの上に数学の教科書やノートを広げた。
テストの一発目は、数学らしい。
しばらくは黙々とやっていたけれど、途中でどうしてもわからない問題に遭遇して頭を抱えた。
「…?」
……わけわからん。
あまりにチンプンカンプンだから、授業中にメモったノートを読み返してみるけれど、それらしき問題は書いてない。
仕方ないから飛ばそうかと思ったけど…
………あっ、良いこと思いついた!
……………
「失礼しまーす…」
その後、あたしは自分の部屋を抜け出すと、そのまま水野くんの部屋に侵入した。
水野くんの部屋に入るのは初めてで、よくわからないけれど難しそうな本がたくさん並んでいる。
…けど、そんなことはどーだっていい。
とにかく今は、水野くんの数学のノートを探しだして、さっきの問題の答えを探したい。
水野くんはクラスが違うから、もしかしたら解き方くらい書いてあるかも。
あたしはそう思うと、教科書が並んでいる棚の前に足を運ばせた。
…ここだ!
そう思って、そこに手を伸ばしたら…
「…?」
あたしはその瞬間、教科書やノートが並んでいる棚で、他に“あるモノ”を見つけた。
?……何これ、
見た感じ教科書っぽいけど、なんせ見つかるとマズイから電気を点けていないせいでそれが何なのかよく見えない。
けど…これ、たぶん中学の時の教科書だ。
あたしはそう思うと、それに手を伸ばした。
しかし…
「!!」
その教科書を手にとった瞬間、あたしは思わずびっくりして固まった。
だってその教科書には…
“ウザイ”“死ね”“消えろ”
なんて、残酷な言葉がたくさん書かれてあったから。
は…何コレ。
その文字は全て黒い油性ペンで書かれてあって、教科書が無残な姿になっている。
…水野くん、中学の時いじめに遭ってたの?
そう思って、教科書の隅の方に目を遣ってみるけど…そこには、
「…“瀬川真希”…?」
何故か、あたしの名前が書かれてあった。
???
ん?何で…
そう思って独り首を傾げていると…
「!」
廊下の階段から、水野くんがこの部屋に向かってくるような足音が聞こえて来た。
あたしはその音を聞くと、慌ててその教科書をもとにあった場所に戻し、部屋を後にしようとする。
ヤバイ!!
でも水野くんはもうすぐそこにいるだろうし、今この部屋を出れば鉢合わせになるに決まってる。
だから出るわけにいかなくなって、あたしはすぐ近くのウォークインクローゼットの中に隠れた。
…ここなら安心。…か?
独り息をひそめてその場に隠れていると、ようやくそこへ水野くんが入ってくる。
部屋での水野くんの様子は全くわからないけど、そこから小さなため息が聞こえた。
…どうでもいいから、早くこの部屋から出て行ってくんないかな…。
そして、しばらくそのままの状態でいると…
「…?」
水野くんの方から突然、ガタッという音が聞こえてきた。
その音を不思議に思っていると、水野くんが何か思い立ったようにしてこの部屋を後にする。
…あ、よかった、これでやっとここを出られる…。
しかし…
「真希!」
「!」
部屋を後にした水野くんが、突如あたしの名前を呼んだ。
まさか呼ばれるなんて思っていなかったあたしは、すぐにその部屋を後にして水野くんのところに行こうとするけれど…
「!!」
部屋を出た途端、入り口で水野くんと鉢合わせになってしまった。
マズイ!
水野くんと目が合った瞬間、一瞬にして頭の中が真っ白になる。
確実にマズイ状況に顔を青くしていると、水野くんが真剣な顔で言った。
「ねぇ真希。何で俺の部屋にいるの?」
そう言って、不機嫌そうに目を細める。
「え、や、何でって…その、」
「…」
「……何で、かな」
水野くんの問いかけに、あたしはそう言って誤魔化すように笑うけど、でもそれでも水野くんのその表情は変わらない。
そして、そんな水野くんにあたしはいたたまれなくなって…
「あ、へ、部屋間違えちゃったの、うん!ごっごめんね!」
見え透いた嘘を吐いて、逃げるようにその場を後にしようとした。
…───けど。
「嘘吐くなよ」
「!!」
その言葉と同時に、即座に腕を掴まれる。
ビックリしていたら、水野くんがその腕をぐっと引き寄せてきて言葉を続けた。
「見たんだろ?教科書」
「!」
「正直に言えよ」
そう言って、あたしの腕を掴む手に力を入れる。
…痛い。
でもそう言われたらもうこれ以上嘘を吐くわけにいかなくなって、あたしは水野くんの目を見れずに言った。
「…ご、ごめん。数学のノート借りようと思って…そしたらたまたま…」
「…」
「っ…ほんと、ごめんね!」
そう言いながらも、あたしは内心水野くんが怖いし早くこの場から逃げたくてたまらない。
それに、早く腕を離してほしいと思っていたら…
「…っ!?」
次の瞬間、水野くんが何故かあたしを自身の部屋の中に押し込んだ。
「ちょっ…何!?」
突然の水野くんの行動にびっくりしていたら、その間に部屋にあるベッドの上に水野くんに押し倒される。
押し倒された途端にやっと危険を感じて抵抗するけど、その両手をあっけなく掴まれてベッドに押し付けられた。
やだっ…やだやだやだ!
「み、ずのくん、やめっ…!」
両手の動きを阻止されたから代わりにそう言って足をジタバタさせるけど、水野くんがあたしのお腹あたりにいるためそれはただ空気をきるだけになる。
なんとかしてやめさせようとまた口を開いたら、その瞬間それを塞ぐように水野くんにキスをされた。
「!!んっ…」
突然の出来事にまともな抵抗すら出来ず、かといってこのまま水野くんに……なんてのは絶対に嫌だ。
だけどそのうちに水野くんのキスが深くなっていって、つい頭がぼーっとしてきてしまう。
………何も考えられない。
そしてその後もしばらくキスを交わすと、水野くんがゆっくり口を離してあたしと至近距離で目を合わせた。
「…っ、」
…まるで人を見透かしているような瞳をした、きれいな切れ長の目。
あたしはその目を一瞬不思議と逸らせなくなったけど、やがて我に返ると慌てて逸らした。
理由がわからない。
水野くんが、あたしなんかにキスをする理由が。
そう思っていると……
「…なんで…」
「…?」
水野くんが、ふいに呟くように言った。
「なんで……お前は、」
「…水野くん…?」
「お前は“アイツ”じゃないのにっ…」
水野くんは少しだけ顔を歪ませてそう言うと、そのままあたしの顔の横に顔を埋める。
どうしていいかわからないし何を言ったらいいのかさえわからずにいたら、水野くんがしばらくしてまた顔を上げた。
ふいに交わった視線にあたしがなんとなく目を逸らすと、その時水野くんが言う。
「…真希、」
「?」
「俺…お前のこと好きだよ」
「!?」
「本当は…ずっと好き」
水野くんはそう言うと、切ない表情で微笑む。
でも、一方のあたしはいきなりの言葉に頭がついていかない。
え、好き?今、好きって言った?
水野くんがあたしを!?
内心そう思って「嘘だ」と疑ってしまいかけたけど、その水野くんの表情を見る限りではとてもじゃないけど嘘を吐いているようには見えない。
ただ目を見開いてびっくりしていたら、水野くんがフッと笑ってやっとあたしの上から退いた。
「…ほら、勉強してきなよ。数学のノートくらい貸すから」
水野くんはそう言って、棚からそれを取り出してあたしに差し出す。
あたしはベッドから起き上がると、若干震える手でそれを受け取って…
「あ、ありがとっ…」
「…」
逃げるようにして、水野くんの部屋を後にした。
その後部屋に戻るとまた勉強を再開させようと思うけれど、全くと言っていいほど手が進まない。
それどころか、頭の中でさっきのキスや「好き」っていう言葉がちらつきまくって、あたしは自分の顔を両手で覆うと、赤くなる顔を必死で抑えた。
「…っ…」
…告白なんて、今まで生きてて初めてされた。
自分から告白したことなら何度もあるけど(もちろん公ちゃんだけに)、あんな真剣に言われたのは初めてだ。
どうしよう。勉強が全く手につかない。
っていうかそもそも、水野くんがあたしのことを好きだってことに超びっくりだし、むしろあたしは水野くんに苦手意識を向けられていると思ってたのに。
でも…「水野くんがあたしを好き」だと確かに今までされたキスの理由もちゃんとそれに結び付く。
あ~…どうしたらいいんだろ…。
ってか、じゃあ何で水野くんは歩美と付き合ってるの…。
…………
…………
そしてその日からあたしは、「告白」が原因で水野くんを避けるようになった。
たまに歩美の付き添いで行っていた生物室にも行かなくなったし、廊下で水野くんにばったり会っても目すら合わせない、
それに何より水野くんがいる家でも、わざと遅く帰ってきたりずっと部屋に閉じこもるようになった。
そして、そんな毎日を続けていたある日。
校内ではテスト期間も過ぎて、テストが全て返ってきた時。
あたしは、目の前の現実に一気に顔を青くした。
「嘘っ…全教科赤点!?」
告白が原因で勉強が手につかなかったせいで、あたしは地獄を目の当たりにしてしまったからだ。
その最悪なテスト用紙を前にあたしが頭を抱えていると、そこへ歩美がやって来て言う。
「やほー、どうしたの?真希チャン。元気ないねぇ」
そう言って、あたしの頭を撫でる。
そんな歩美に、あたしは拗ねながら言った。
「…いいよね、歩美は。勉強が出来て」
「ん?んー…でも実は、あたしも今回はちょっと自信なくてね、優…」
「え、じゃあ赤点あった!?」
「それはない。あたし、優大にテスト対策してもらったし、そうじゃなくても赤点なんてとらないから」
歩美はそう言うと、あたしに悪戯な笑みを向ける。
でもその瞬間…その何気なく出てきた名前に、何故かあたしの心の奥がずき、と嫌な音を立てた。
だけどあたしは、それに気づかないフリをして口を膨らませる。
あー、最悪だぁー。
歩美はずるい!可愛くてモテる上に勉強もそこそこ出来るとか!
そう思って…
「…あ、あたしも…」
「え?」
「あたしも、水野くんにテスト対策してもらえば良かったな…」
冗談ぽくそう言うと、歩美は「そうだね」って言いながらも得意な笑顔をちょっとひきつらせた。
…ああ、やっぱり、歩美にあたしから水野くんの話をするのは避けよう。
…―――しかし。
「瀬川さん、」
「!」
その時教室の入口で名前を呼ばれ、振り向くとそこには珍しく水野くんがいた。
…歩美の前じゃ“真希”って呼ばないんだ、
そんなことを思いながらも、突然の水野くんの登場にあたしはびっくりして逃げ腰になるけれど、水野くんに気がついた歩美が言う。
「あ、優大!」
そう言って嬉しそうに駆け寄ると、水野くんが申し訳なさそうに歩美に言った。
「ごめん。今は瀬川さんに用事が…」
「でも真希、今凹んでてそれどころじゃないみたいよ。なんせテストで全教科赤点とっちゃったから」
「…は」
歩美がそう言うのを聞くと、水野くんは目を見開いてあたしを見遣る。
その瞬間水野くんとばっちり目が合ったけれど、あたしはそれを慌てて逸らした。
いや、確かにそうだけど…歩美のバカ!
よりによって水野くんにチクることないじゃん!
あたしはそう思うと、テスト用紙を机の中にしまい込んで、二人に近づきながら言った。
「だっ大丈夫だよ~!あたしが赤点なんてとるわけないじゃん!」
「え、でもさっき…」
「あー!!そんなことはどうでもいいから、それより水野くん、あたしに用事って何!?」
歩美がまたとんでもない事実を口に出しかけたから、あたしはそれを遮ると水野くんを見遣る。
すると水野くんはそんなあたしに少しだけ笑うと、何気なくあたしの手をとって言った。
「こっち来て」
「!」
え、
突然の水野くんの行動にビックリして、あたしは歩美を気にしながらも水野くんについて行く。
少し離れたところで歩美が不満そうにしていたけれど、あたしは気づかないフリをすると、水野くんに問いかけた。
「何処行くの?」
あたしがそう聞くと、水野くんは、
「いいからついて来て」
って階段を上って行く。
頭の上にあたしが?を浮かべていたら、水野くんは誰もいない踊場までやって来て言った。
「…真希」
「!」
ふいにあたしの名前を真剣な表情で言うから、そんな水野くんに思わずドキッとしてしまう。
慌てて水野くんから視線を外しても、まだ繋がれている手に全神経が集中してドキドキは止まらない。
…ってか、あたしは何でこんなにドキドキしてるの…。
水野くんを前に独りそう思っていたら、やがて水野くんが言った。
「あの…この前はごめん。悪かった」
「…え」
「ほら、テスト前…ベッドの上で、」
「!」
水野くんのその言葉を聞いた瞬間、あたしの脳裏にはベッドの上で水野くんに襲われかけた時の記憶が過る。
あの激しいキスを思い出した途端顔を真っ赤にしてしまったけれど、あたしは、
「…べ、別に…気にしてないよ」
ドキドキしながら、素っ気なくそう言った。
でも…
「嘘吐け」
「!」
その瞬間、水野くんのそんな言葉が降ってきた。
その言葉を聞いてあたしがすぐに顔を上げると、水野くんが少しだけ顔をしかめて言う。
「お前、最近俺のこと避けてるじゃんか」
「!」
「それなのに気にしてないとか、お前嘘ヘタすぎなんだよ」
そう言って、あたしに向かって微かに笑う。
その笑顔はどこか切なくて、あたしが目を泳がせていると水野くんが言葉を続けて言った。
「…まぁ、悪かったよ。あんな嘘吐いて」
「!…え」
「ほら、俺真希のこと“好き”って言ったじゃん。心配しなくても、アレ嘘だから」
「!!」
「あの時の俺、どーかしてたわ。そもそも、一番大切なのは真希じゃなくて歩美なのにな。
だからアレ、気にしなくていいよ。っつか、言わなかったことにして」
水野くんはそう言うと、もう一度あたしに「ごめんね」って謝る。
でも…一方のあたしは、その水野くんの言葉に胸がズキッと痛んだのを感じた。
…あの告白が、嘘?
どうして?
じゃあなんでわざわざ「好き」なんて言ったの?
なんであんなキスしたの?
何で…何でっ…!
あたしがそう考えていると、その間に水野くんが「じゃあな」ってその場を後にしようとする。
だけどあたしはその腕をすぐに掴んで、言った。
「っ…じゃあ、なんで好きって言ったの!?」
あたしがそう言うと、水野くんはちょっとビックリしたような表情であたしを見る。
しばらく水野くんの次の言葉を待っていたら、水野くんはやがてあたしから視線を外して行った。
「…あぁ、アレは…」
「…」
「あの時たまたまお前が、昔大好きだった幼なじみに重なって見えて」
「!」
「思わずあんなこと言ったんだよ。ごめんな、困らせて。
だから、今までに真希にしたキスは全部そう。その幼なじみに見えたから」
水野くんはそう言うと、どこか切ない顔をする。
でもそんなこと、あたしには意味がわからない。
大好きだった幼なじみ?
重なって見えた?
……何それ。
その言葉にちょっとムカついたから、あたしは掴んでいる水野くんの腕を離して、言った。
「…意味わかんないよ」
「わからなくていいよ。もう過去の話だから、」
あたしが口を尖らせて水野くんを見ても、水野くんはそれ以上教える気がないのかまたその場を後にしようとする。
でも、あたしには気になってしまう。
もしかして、その幼なじみって…、
離れて行く背中を見つめながら、あたしは気が付けば心で思うよりも先に言葉にしてしまっていた。
「その幼なじみの名前って、“瀬川真希”?」
「!」
あたしがそれを口にすると、水野くんの階段を下りようとする足の動きがピタリと止まった。
そして…
「やっぱり見たんだな…“教科書”」
そう言って、背中を向けたままそう呟く。
そうかと思えば水野くんがまたあたしの方を向いて、言葉を続けた。
「そうだよ。俺の幼なじみの名前は“瀬川真希”。お前と同姓同名」
「!」
「…だから、好きでもないお前にキスもしたし“好き”とか嘘も言ったんだよ。
でも、見た目まで似てても中身は違いすぎるし、さっきも言ったように今は歩美が一番だから」
「…」
「お前は安心して、“公ちゃん”を好きでいろ」
水野くんはそう言うと、「もう避けたりすんなよ」と言葉を付け加えて今度こそその場を後にする。
でもその瞬間に、凄く複雑な想いを抱えたあたしだけがその場に残る。
突然無理矢理されたキスも、「好き」っていう告白も、
全部全部本当はあたしのことを思ってやったわけじゃなかった。
水野くんはいつも、あたしとその幼なじみを重ねて見ていたんだ。
名前が同じで、見た目も似ていたから。
何それ、意味わかんない。
じゃあ今その幼なじみはどうしてるの?
そう疑問に思うと同時に、あたしの中で別の苦しい思いが大きくなっていく。
けどあたしはそれに気づかないフリをして、水野くんに続いてその場を離れた。
「真希、優大と何話してたの?」
「…別に、何でもない。クダラナイことだよ」
「?」
教室に戻るとそう言って出迎えてくれた歩美に、あたしは目を合わせずにそう言った。
いつもと違って、歩美のことが憎く感じるのは…どうしてなんだろうか…。
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