鬱病編 精神科と私

私は12月いっぱいで大学を辞めた。専門学校の資料を取り寄せて受験を決めた。大学を辞める手続きも、奨学金の手続きも(大学も専門学校も学費は全て奨学金で賄っていた。)面倒くさくて嫌気がさしたけど。それでもちゃんとやった。専門学校の入学金は姉に借りた。それは今でも返済中である。しかし、また母と衝突する。私が免許を取りたいと言ったのが原因だった。免許を取るのに約三十万。私は当初残っていた奨学金でそれを払おうとしていた。姉に借りた入学金は、がん保険でおりたお金だった。だからだろう、反対したのは。奨学金が余っているなら、それを少しでも入学金の足しにしろ、ということだった。しかし私に言わせれば、誰のせいで高校卒業時に車校に通えなかったと思っているんだ、という話だ。母に貸していた五十万は返してもらっていたが、やはり少し根に持っていた。それを言うと母も納得して、十万は両親が出してくれることになった。兄の車校代も十万援助していたかららしい。そして十二月末から、私は免許を取るために近くの車校に通い始めた。専門学校の入学と同時期に免許を取得できた。翌年の一月には、大きな変化があった。精神科に通うようになったのだ。

「大学辞めるっつって、専門行くっつって、その前に免許取るために車校通うっつって、誰もこれも面倒くさい手続きが必要で、そのあともわからないことだらけで不安ばっかで、本当にいいの?こんなんでっていまだに思う。決して楽な道を選んでるわけじゃないから。逃げてるわけじゃないの、そう思いたいの。でもね、もう逃げ出してしまいたいって自分がいて、こんなんで疲れてたら人生生き抜けないよって、わかってるのに生きていたくて。でも死にたい。あれやぅて、これやって、それもやらなくちゃいけなくて。なにもパンクしそうってほどの量じゃないけど、まるで自分で自分を追い込んでいるみたい。必死になれるものが見つからないの。漫画がそうかって言われたらわからない。きっと違う。それなのにこの選択は間違ってないって言えるのかなぁ。自分は結局なにになりたいんだろう。どうなりたいんだろう。」


一月、大阪に住んでいる父方の祖母が家に遊びにきている時だった。その日は、次の日が朝六時からの早朝バイトで、早く寝なきゃって思えば思うほどなれなくて。睡眠導入剤を飲んで目を瞑って、それでもだめで。ーー寝なきゃ、寝なきゃ、寝なきゃいけないのに、どうして寝れないの!

部屋で一人頭を抱えた。次第に呼吸が浅くなる。気づいたら、左足首にカッター振り下ろしていた。ザッという感覚の後、足首が熱くなる。その時の血の溢れ方は今までで一番ひどかった。

ーーだめだ、これ止まらないやつだ。

どうすべきか迷って呆然としていた。

ーー動いたら布団に血がつく、でも動かなきゃティッシュが取れない。ていうか、ティッシュで足りる量じゃない。

その時、一緒の部屋で寝ている母が部屋に入ってきた。私の血だらけの足を見て、母は泣きながら父を呼んだ。父と兄が応急手当てをしてくれている間、私は泣きながら「ごめんなさい」と繰り返した。十二時頃だったと思う、祖母は寝ていて気づかなかった。私は父と母に病院に連れて行かれ、足を縫ってもらった。病院に行くほどの傷じゃない、私はそう訴えたが、半強制的に病院行きになったのだ。

「どうしたの、これ。」

先生に聞かれて、オロオロと母を見る。

「本当のこと言いなさい。」

母に言われて、私は渋々口を開いた。

「自分でやりました。」

「ちゃんと精神科通ってる?行かなきゃダメだよ。」

「はい。」

後日、精神科に行ってカウンセリングを受けた。なにを話したらいいかわからないから、カウンセリングは苦手だ。先生はとてもいい人だった。最初の頃のカウンセリングは、母が父が同席していた、正直、喋りづらかった。私が抱えている問題は、家族が起因している部分もあって、それを両親の前で言うことに抵抗があったのだ。薬をもらって、2週間おきに診察を受けることになった。

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