鬱病編 母と私
姉が病気になって、母も追い詰められていたんだと思う。現に、抗がん剤治療に苦しむ姉の姿を見るのは、感情の稀薄な私でも辛かった。ぐったりしていて、食事も喉を通らず、歩くことすらしんどい状態だった。吐き気などもすごかったと思うし、日に日に髪の毛が抜けていく恐怖は、私なんかには理解することなどできない。それでも、調子がいい時は笑って過ごしていた姉を、私はすごいと思った。私の前では絶対に泣かなかった姉だが、隠れて一人で泣いていることもあったらしい。強い人だと思う。優しい人だと思う。素敵な姉を、持ったと思う。
母は疲れ果てていた。当時は裁判のことで相手方と揉めていたし、姉の通院に付き添って弱っている姿を誰よりも目の当たりにしていたのは母だった。私はそんな母と激しく言い合った。
「少しだけでいいから、お題目あげて祈ってよ。」
しきりにそう言う母に、イライラが募っていた。それと同時に、責められている気がしてならなかった。私は拒否し続けた。「姉を心配していない」そのような類の言葉を投げられ、私のイライラは爆発した。
「いい加減にしてよ!心配してないわけないじゃん。題目あげなかっただけで、なんでそんなに責められなきゃいけないの?自分の考え押し付けないでよ!任用試験のことだってそう、もううんざりなんだよ!」
泣き喚くように、そんな風に叫んだことを覚えている。その日以来、母が執拗に題目を迫ることも、同じ地区の女性が家に来て話をすることもなくなった。
この年の九月下旬から十一月中旬にかけて、私は日記を書いていた。十月上旬までは調子のいい文章が続いている。しかしそれ以降は、暗い内容ばかりだった。以下、日記の内容を抜粋して書いていく。
「十月十五日、土曜日。ふと死にたくなった。こんなこと思っちゃ絶対ダメ。わかってる。でもね、どうしても苦しいんだよ。自分がわからないんだよ。こんなこと考えるくらいなら意思なんていらないのに。病気になったのが私だったらよかったのに。こんな自分が大嫌い。苦しい。死にたいんじゃない、消えたいんだ。」
「十月十六日、日曜日。全然寝れない。布団に入って二時間。なんで寝れないの。苦しい。夜中一時頃、腕を切った。結構血が出た。血を見たら安心した。もうやだ。なにもしたくない。」
十月二十六日の日記には、父が部屋に話しにきた、とある。リストカットも、母から拝借していた睡眠導入剤のことも、私が度々思いつめていたことも、全部バレていた。挙句、病気の姉にまで心配をかける始末。なにを話したか、もう覚えていない。次の日の日記には、泣きすぎて目が腫れた、とある。少しは自分の思いを話せたのだろう。次の日の日記はおそらく、母と言い合った日のものだろう。
「十一月九日、水曜日。いいよ。本当は事実。他のみんなみたいに心配してない。少しはそういう気持ちもあるけど、現実感ないし。そういう感情欠落してるんじゃないかってくらい。薄情?最低?そうかもね。知らないよ。もともとこういう人間だもん。」
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