第3話

 閉店後のレストラン一階。

 クラウディアは、さきほどの試合で集まったおひねりの金額を数えて、ニジミはテーブルの上に椅子逆さまに乗せて、閉店後の片付けを進めていた。


「イヤァァン! ニジミちゃんいいわぁん! んふっ、んふっ!」

 メリカが体をくねらせて叫んだ。

「空気読まずに圧勝し続ければ、いいかげん飽きたり諦めると思ったのに……」

 と、クラウディアがぼやく。

「まいにち、だいせーきょーだねっ」

 と、ニジミが言う。

「残念だったわねっ。強いほど燃えて滾るのがこの町の住人なのよっ!」

 

 しゃべるたびに体をくねらすこいつは、音に反応して動くおもちゃか何かだろうか。


「とりあえずオーナー、その動きと顔とひいては存在がキモいです」

「全否定はイヤァン! あと、メリカちゃんって呼んでっ!」

「はいはい」

 と答えつつ呼ばない。

「ねえ、きもちわるいメリカちゃん。なんでこの町のひとはプロレスが好きなの?」

 ニジミが訊ねる。

「き、『きもちわるい』はつけなくていいのぉ……」と、メリカはショックを受けたのかプルプル震えて、しかし「と、それは置いておいて」と言うと一転して、「この町はプロレスで独立した歴史があるのよ」

 と、質問への説明を開始する。

「ふぅん」「へぇー」


「大昔から東側と西側の境界線にあったこの町は、どちら側につくかで板挟みになったの。そんなあるとき、この町出身の姉妹がちょうど、西と東の指導職にいたものだから、なら彼女たちが勝負をして、勝った方の領土にしようという話が出たの」

「なんともよくある話ね」

 と、クラウディアは計算を続ける。

「わくわくっ」

 と、ニジミは片付けの手を止め、目をきらきらさせてこぶしを握る。

「この町出身のふたりは、互いに自分たち側の領土になったほうがいいと思っていた。けれけれど、町に帰ってきたら、やっぱりそのままの町がいいと思うようになった。だからといって、それを進言して話が通じる上層部ではない。だからふたりは、両親がやっていたプロレスを試合の種目として選んだの」


「なんでそこでプロレス?」

 と、クラウディア。


「それがふたりの狙いだったのよ。ふたりは命がけに戦って、戦って、戦って、昼から始めた試合は日が沈んでも、ふらふらになりながら続けた。レフェリーが止めようとしてもやめない。どちらも手を抜かず、絶体絶命でもカウント3は取らせない。そんな諦めない姿を観て、観戦していた人たちも、見ていた上層部も感動して、さいごは東も西もなく、みんなが彼女たちを応援したの。その結果、この町は東西から認めたれた中立な土地になり、プロレスはこの町を守った誇るべき競技として、毎年の奉納大会が開かれるようになった。という歴史があるのよっ!」

「へぇー……」「すっごーい!」

「だからこの町で生まれた人はすべて、箒とだってプロレスができるし、赤ん坊ですらカウントを数えられたら2.9で背中を上げちゃうんだから」

 さすがに赤ん坊の話はウソだろ。


「すっごい、すっごーい!」

「でしょ。この町のプロレスレベルはかなり高いんだから。それなのに、男女も階級も関係なく圧勝しちゃうふたりは何者だってなるわけ。でもってやっぱり、よそ者の侵略に対する外敵駆除の構図は、プロレス的に滾るじゃない? いまじゃこの町のプロを出して、あなた達をやっつけようって話も出てるくらいなのよぉ」

「それより早くこっから解放されたいんスけどね。はい、これ合計金額です」


 そもそも『町のプロレスレベル』ってワードからして、わけがわからん。


「それは、イヤァン! よ。お店の売上が減っちゃうっ!」そう答えて、メリカがくねくねと端末を叩く。「はい、じゃあコレが今日のお手当て☆」

「へーい、さんきゅーでーす」


 ファイトマネーに加えておひねりの全額分が、クラウディアのカードにチャージされる。それでも停泊代を差し引いて、僅かなプラス。燃料費に届かないどころか、このまえの食費の完済にすら至らない。


 ……どうしたもんかねぇ。

 そんな事を考えていると、ギィと店のドアが開く音がした。

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