Disrupting Bee よりみち記録 ~リングの女王蜂~
明石多朗
第1話
誤算。想定外。
このふたつの言葉はクラウディアから、もっともかけ離れたところにある言葉のはずだった。
クラウディア=ティア=アルバ。
エキゾチックな色気の漂う女性。宇宙用心棒『ハニー・ビー』の創業者であり、実働リーダー。護衛はもちろん、交渉から納税、各種申請まで行う、ハニー・ビーのブレインでもある。
……まずい。
料理ではなく、現在の状況が、である。彼女はレストランの中、出された料理を前に、カードの残高を見下ろして顔をゆがめていた。
「
口のなかを食べ物でいっぱいにして、のんきな口調で訊ねてくるのは、
ニジミ=サニーライト。
自称一四歳。頭の中身は三歳。ハニー・ビーの実務担当兼トラブルメーカー。
想定外はだいたいコイツのせい。
「お金がね……」
「うん」(もぐもぐ)
「ほとんど無いのよ……」
「え、ドロボーされたの!?」
ニジミが答えるや、そのまんまるあたまを思いっきりはたいた。
ぱこぉぉんっと、乾いた良い音がだった。
「いひゃいょぅ……」
「あんたのせいで残高が次の燃料代程度しかなのよっ」
「そうなの?」
おどろくよりも、それがどうかしたの? と言いたげな顔だった。
その証拠に、続く言葉がこれである。
「じゃあクラウお得意のハッキングで、ちょちょいっとお金を増やせば──」
ぱっかぁぁぁぁんっ!
もう一回乾いた音を響かせてやる。
「ぐおぉぉぉ……さ、さっきの1.5倍、いひゃい……」
ニジミは両手で頭をおさえてうずくまった。
「声が大きい! あれは忘れた頃にエラーが見つかってあぶないのよ。古いものは古いものでムダに細かいから足跡が残りやすんだっての」
経験者は語る。
……しかし、これはまずい。
クラウディアとニジミがはじめた宇宙用心棒『ハニー・ビー』は、【安全・安心・高品質の美人用心棒がご対応】と看板を立てて、順調にお客を横取り……もとい獲得しながら、半年足らずで実力とやり方は、噂されるまでになった。
本当に痛いミスだったな。
ニジミに行かせて横取りしてきた依頼者のおばあさんが、狙っていたおばあさんと違っていた。
……いや、勘違いしないでほしい。
ご老人や弱者を騙して、お金を巻き上げるような仕事はしない。ハニー・ビーは護衛業者として、そのへんはまっとうに働いている。まあ、お客さんの契約は早いものがちというか、この業界の健全な競争によるものだから、きっとセーフ。
そうこうして、依頼者を無事にこの惑星のこの町に護送したのはいいものの、振り込まれた金額が全然足りてなかった。宇宙タクシー(スペースキャブ)よりも安い額だった。おかしいと思って契約書を見れば、まったくの別人。もてなした分だけ赤字もかさんだ。停泊させたシャトル分を払おうとすると、途中の燃料代がギリギリだ。
本当ならここでの食事だって切り詰めたいくらいだった。
まあ、さっさと次の場所で稼がなきゃね。
ようやく頭を前向きに切り替えたクラウディアは、出された料理に手を付けた。送り届けたおばあさんが言うように、たしかにこのレストランの食事はおいしかった。店の雰囲気も、街全体ものどかでいい。のどか。だからこそ、こんな田舎町じゃたいした仕事もなさそうだった。料理の味にほっぺたは落ちかけるが、それよりやっぱり過日のミスを思い出すと、肩のほうが先に落ちそうになる。
「あのー、クラウディア様ですか?」
「ん?」
店の服装とは別の、動きやすそうな制服をきた女性が声をかけてきた。
「通販のアマゾネスです。ご注文のメヒー産の直送宇宙ロブスターを一〇〇尾、お届けにあがりました」
「え、そんなの頼んでないわよ?」
「あ、あたしあたしー! これもおいしいんだってさ。おみやげと宇宙食用で頼んだの」
「……」
「はじめて使ったけど、アマゾネスのお急ぎ便ってすごいね。頼んで二時間だよ!」
「私、あんたにカード持たせてなかったわよね……?」
こいつに持たせたら破産するのは目に見えている。
だから持たせなかったし、作らせもしなかった。
「うん、だからクラウのを使っt──いひゃい、いひゃい、いひゃいっ!」
クラウディアのアイアンクローがニジミの頭部を掴み、こめかみをギリギリ絞め上げる。
「あ、あの……」
「ごめん、これキャンセルで」
「すいません、生鮮食品はキャンセルできないんです」
「……え?」
「すいません、いちど出荷したものは引き取っての再販売ができないので」
頭痛がした。
生まれた痛みのぶんは掴んでいる
悲鳴の音量が上がった。
「……と、駐めてある宇宙船への再輸送は、可能?」
「追加手数料が発生しますが可能です」
「じゃあ、それで……。停泊所に連絡しておくから、保存室にぶちこんどいて」
「やたーっ、クラウやさし──ぐぎゃぁっ!」
クラウディアは手で顔を覆い、カードを差し出す。
受け取った女性が端末を操作する。
カードの残高が、片手で足りる桁数になった。
「いちちち……でもこれで次の移動も楽しめるね」
「そのまえにいま現時点が憂鬱よ」
「ねぇー、ちょっといいかしらぁ?」
「こんどはなに? って、アンタは?」
髭の濃いコック服を着たおっさんが立っていた。
「イヤァン! 『誰このババア』みたいな顔しないでぇ!」
いや、どう見たってお前はオカマのおっさんだろ。
くねくねしながらおっさんが言葉を続ける。
「あなた、この子の保護者さん? アタシ、メリカっていうんだけど、ここのオーナー兼シェフやってるの。それでぇ、こんなに注文来ちゃったから久しぶりに
い、いつの間に。
6人掛けテーブルの上に、ぎっしり料理が並び、さらにまだ料理の載ったワゴンが後ろに控えて、厨房まで連なっている。考えるまでもなく、犯人は目の前のクソガキである。
その犯人は、「うおー、すげー!」と供述しており、反省の色もクソもない。
あとでもういちどアイアンクローを噛ましてやる。
「食べるのはきっと問題ないんだけど……あのちなみに、いくら?」
うふふっ、とメリカが伝票を提示した。
六桁あった。片手では足りない桁数だった。
「あの、その、えっとですね……」
観念したクラウディアは、正直にこれまでの話とふところ具合を打ち明け、追加注文はニジミの事故なのだと説明した。
「ということで、他の仕事を取ったらすぐに払いますんで、しばらくツケか、もしくはキャンセル……」
「イヤァン!」
メリカは眉をハの字に腰をくねくねときもちわるい動きで困った顔をする。
が、深刻な表情ではない。
「それじゃあ、ウチも困っちゃうからぁ、あなたたち、しばらくウチで働いてくれない?」
「でも、それじゃあ宇宙船の停泊代もかさむので」
「ならこっちは警察呼ばないと……」
ぐぅぅっ。
背に腹は変えられん。
クラウディアは提案に乗るしかなかった。
「……ウエイトレスでも皿洗いでも」
「あら、そんなことさせるわけないじゃない」とメリカ。「もっと体つかって稼いでもらうんだから。そんな仕事より高収入だし、きっと気に入るわよっ」
「え?」
「うっふふ。その鍛えて締まった体、きっとすぐにお客さんがくるわね。もちろん、そっちのおチビちゃんも研修後に働いてもらうわね♪」
「まって。あたしら、そういう仕事は──」
「用心棒やってるなら込める力の加減くらいわかるでしょ? きっと大丈夫よ。下の階がそれ専用の部屋だから。そうね、いまから見せてあげる☆」
「いや、だからその」
「イヤァン! つべこべ言わないでいらっしゃい。この町の娯楽を教えてあげる☆ 嫌ならこのまま一緒に警察いきましょっ☆」
最悪の場合、地下でこいつを絞め落としてバカと伝票を置いて逃げればいいか。
運ばれてくる料理を次々と平らげていくニジミを置いて、クラウディアは引っ張られるままに、レストランの階下にある部屋へと連行される。
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