孤独のコトリ

 上に立つほど誰かを少しでも贔屓にすると小うるさいのよね。男同士でもそうだけど、女同士の方がうるさい気がする。ま、これが男と女となるとすぐに愛人関係って話も出てくるのが世の常やものね。あれは男が年上の上司で、女が若いってのがスタンダードやけど、逆でもやっぱり勘繰る奴は勘繰るし。それでも今日みたいに部下を連れて飲みに行くのは問題にならないけど、二次会以降は、


「後は若い者で・・・」


『若い者』ねぇぇ。コトリから見れば綾瀬社長だって十分すぎるほど『若い者』だけど、それを言っちゃオシマイだものね、この世で生きる事なんて出来ないもの。誤解して欲しくないけど『若い者』と飲んだってコトリは楽しいのよ。それに、この『人』としてのたった四十五歳の年齢がオバサンに分類されるのもイヤというほどよく知ってる。

 独身なのも、孤独なのも、慣れっこと言えば慣れっこだけど、寂しいし、虚しいのまで慣れないの。もういつから感じてるんだろう。思い出すのも難しいぐらい、遥か遥か大昔からなのだけはわかる。


「マスター、ダークラムをロックでお願い」


 コトリを次期次期社長、下手すりゃ次期社長に推す声もあるのも知ってるけど、まったくと言ってぐらい気が向かないな。だってツマランやん。ツマランというより、あまりにもやらされすぎた。エレギオンの時に苦労しすぎたもの。だって据え付けのナンバー・ツーで三千年やで、シチリアに移ってからも千六百年。政治も経営もトコトン飽きた。そういえばミサキちゃんが、


『コトリ専務の人生は楽しいのですか』


 あれは結構痛かった。なんか格好付けたこと言って煙にまいたけど、それでもミサキちゃんは誤解してる。コトリはアラッタから延々と記憶を引き継いでるけど、見かけだけだやなくて精神年齢も若いままなのよ。これだけは主女神に感謝してる。

 だってそうでしょ、精神年齢が五千年ってどんなババアやねん。たぶんやけど、ここまで生きることに倦みながら、なんだかんだと生き続けてしまったのは、時代が変わる刺激を楽しいと感じる感性が残っていたからなのよ。まあ、時代が変わって痛い目にあった事は数えきれんぐらいあったけど、それは置いとく。そんな若い感性があるからこそ、


『たった三十年ぐらいしか生きていないミサキと話をしても退屈じゃないですか』


 ミサキちゃんが思うほど退屈じゃないってこと。とくに次座の女神やってた時がそうだったけど、経験だけにしがみついていたら、エレギオン王国は三千年も続かないよ。経験に常に新しい感性を取り入れていくことが大切だったの。


「マスター、スコッチをロックで」

「スコッチは何にいたしましょう」

「そうだね、マッカランで。シェリー樽がいいな」

「では十八年で」

「二十五年にしてくれる」


 まあ固い話はエエわいな。ミサキちゃんはイイ子だね。ミサキちゃんには黙っといたけど、ミサキちゃんの人格も神の人格なのよ。たぶんやけどユッキーは三座の女神をミサキちゃんの赤ちゃんぐらいの時に移したはず。だからミサキちゃんは意識しようもないけど、あれはコトリが作った三座の女神そのもの。

 作ったと言っても枠組みだけだけど、三座の女神に求めたのは癒しの機能とコトリの秘書役。癒しは今の感覚で言えば医療福祉かな。エレギオン王国の経営が軌道に乗ってきた時にユッキーが国民のために施療院、今で言う病院と医療福祉施設を一緒にしたようなものを作ろうと提案したのよね。

 コトリも賛成で、コトリが担当したんだけど、コトリも忙しくってさぁ。とにかく政治決定のすべてをユッキーとコトリで担っていたようなものだから、施療院にかけられる時間がなかったんよ。そこで専任担当女神として三座の女神を作ったの。仕事の性質上、誠実で、常識的で、献身的な性格が必要だったからあんな感じ。秘書機能は急場の時に使いたかったからオマケみたいなもの。

 ついでに言うと四座の女神の本質は教育係。これはコトリが提案したんだけど、教育は必要だって。コトリもアラッタ時代には苦労したし、教育があったからこそ奴隷の身分を抜け出すことが出来たのは身に沁みて知っていたから。ユッキーも大賛成で最初はユッキーが担当したんだけど、ユッキーも忙しくて手が回らなかったのよ。

 だからコトリが教育係の女神として設計したの。ただね、これは時代だけど単なる教師としての機能だけじゃ困るのよね。だから軍事調練の能力も与えてあるの。さらには司令官的な才能もね。シノブちゃんに一撃が放てるのはそういう理由なの。もうちょっと言えば、教育にも軍事にも必要だから、周囲が自然に陶酔し巻き込まれる能力もね。だから後から作った四座の女神の方が神の能力として上なの。

 本当はもっと作りたかったんだけど、周囲の状況が許してくれなかったのよね。そりゃ、隙を少しでも感じられたら、すぐに攻め寄せてくる時代だったもの。軍事は相手が大したことなければ人の王に任せていたけど、人の宿命で能力差が大きいのよね。いつしか女神が担当する事が多くなったけど、本拠のエレギオンを守るのがユッキーで外征軍を率いるのはコトリになってた。


「マスター、バーボンをロックで」

「ではワイルドターキーで」


 ミサキちゃんはアングマールの魔王を、コトリもユッキーもあれだけ毛嫌いするかの理由を知りたかったみたいだけど知らない方が良いと思う。あれは本当に特殊なタイプの武神やと思うの。記憶を受け継ぎ、宿主を自由に変えられるだけでも十分すぎるほど特殊だけど、奴にはもう一つ特殊な能力を持ってたの。

 人としての武神は武器で傷つけられるんだけど、当時の事で傷つくだけで死に至ることも珍しくなかったの。破傷風だって予防接種なんてなかったからね。そういう人としての傷や病の治療に人の生命力を吸い取って使うことが出来たんだ。最近のイメージでいうと人の生き血を啜るドラキュラみたいなもの。

 それもね、女ばかり狙うんよ。男で出来なかったのか、男じゃやる気が起こらなかったのか、男は戦争に必要だからやらなかったのか理由は不明だけど、とにかく女ばかり。でもやっぱり理由は、男じゃやる気が起こらなかったかでイイと思う。そりゃ、やり方がアレして相手の生命力を吸い上げるだからね。うん、魔王にはホモっ気がなかったと思う。

 べつに魔王なんて弁護する気はゼロだけど、王なり覇者が女を食い散らかすのも、戦争に勝てば相手の国の女を犯しまくるなんてのは大した話じゃないというか、当時のごくごく常識。それだけでは批判をされないどころか、なんにも言われないの。

 魔王が嫌悪されたのは、魔王に犯された女は悶絶するんだけど、干からびた抜け殻みたいになっちゃうの。そうねぇ、瑞々しい果実の果肉の部分を食い散らされて、皮だけにされて捨てられるぐらいの感じかな。

 魔王は自国民に手を出すのはさすがに自制してた。そりゃそうで、魔王に犯された女は人として、女として終ってしまうから子どもなんて生めなくなるから。軍事力は人だから、女が子どもを産んでくれないと困るぐらい。だから侵略もするんだけど、人さらい部隊をあちこちに派遣してたんだ。

 コトリも魔王の人さらい部隊の目的を最初はわからなかったんだ。最初は単純に自国の強化ぐらいに考えてたけど、女ばかりだったのが奇妙と言えば奇妙だった。そんな時に事件が起こったんだ。主女神の娘が魔王にさらわちゃったんだ。あんなエレギオンのすぐ近くまで魔王の人さらい部隊が出て来るとは予想もしてなかった。はっきり言って油断だった。

 莫大な身代金を払わされて取り戻したんだけど、主女神の娘とその侍女たちを見て腰を抜かしたよ。犯されるぐらいは仕方がないと思ったけど、干からびた老婆みたいになってた。三座の女神が懸命になって癒したけど、手の施しようもなく一年も経たないうちに死んじゃった。その主女神の娘はコトリもユッキーも可愛がっていたから、怒ったなんてものじゃなかったよ。同時に魔王が何をやっているかもわかったんだ。

 その事件以来、アングマール王は魔王と呼ばれるようになり、女神たちの不倶戴天の仇敵になったんだ。主女神の娘への恨みもあったけど、魔王は女神を犯すことによって自分のパワーアップをしたいのを隠さないどころか、大っぴらに言いふらしてたからね。こっちだって必死だったよ。

 あの一撃を編み出したのも、とにかく触れるだけで魔王にどんな力が潜んでいるか、それが女神にどう影響するかわからなかったからなんだ。そうそう、あの偽りの和睦交渉は魔王の女神へのあくなき欲望を利用した作戦だったんだよ。そりゃ、使者に女神が立つと聞いただけでホイホイ乗って来やがった。とっ捕まえて犯す気マンマンだったってこと。

 一撃の効果が未知数の部分でユッキーは心配してくれた。いや、必死になって止めてくれたんだ。でも、そこまで追い詰められていたから覚悟を決めて一撃に賭けたんだ。ユッキーは使者に出る前にコトリの手を握り締め、あの氷の女神が涙を流しながら、


『必ず生きて帰るって約束して。生きてさえ帰れば私の命を引きかえにしても必ず助けるから』


 この言葉は本気だったし、ユッキーはその気になれば、それが出来る力を持ってたんだ。カズ君を死の淵から助け出せたのもこの力。結果はドタバタの末に魔王を撃退できて良かったけどね。


「マスター、まだ飲みたい。なにか作って」

「なににいたしましょう」

「う~ん、ギムレット」

「かしこまりました」


 やっぱり独り酒は良くないわ。どうしたって昔の記憶が溢れだしちゃう。エレギオンか。もう二度とあの地に立つことはないと思ってたけど、今夜は無性に帰りたい気分。なんにも残ってないと思うけど・・・ノスタルジーやな。こうやって酔わないと紛れないよ。

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