マリちゃんと
今日はマリちゃんが家に遊びに来ました。とにかく子どもが小さいので、独身時代みたいに気軽に飲みに行くってことが出来ないからです。マルコは家事に協力的と言うより積極的なんですが、掃除以外はやらせただけミサキの負担が増えるので、安心して家が空けられないのも実情です。
「香坂副本部長、お招きに預りありがとうございます。ご迷惑かと思いましたが、押しかけさせて頂きました」
「やめてよマリちゃん、とにかく上がって」
サラとケイはマルコと遊んでいます。ホントにマルコは子どもと遊ぶとなると夢中になるので、こういう時は助かります。紅茶とクッキーをだして久しぶりに茶飲み話を、これもマルコに出させると砂糖の代わりに塩が五分五分で出てきますから、ミサキが十分に確認してから出させて頂いてます。
「立派な家ねぇ」
「マルコが招聘された時に会社が用意してくれた家だけどね」
マルコの処遇も当初は課長待遇でしたが、現在は部長待遇になっています。もっとも待遇が変わっても、やってることに変わりはないですけど。
「それにしても小島専務がお変わりないのに驚かされるの」
「そうよねぇ、マリちゃんと一緒に入社式で初めてお会いしてから、全然変わってないもんね」
「そうなのよ、マリより若く見えるもの。だからだけど、小島専務のことを魔女って呼ぶ人もいるぐらい」
コトリ専務は魔女って言うより、トンデモ女神って感じがするけど。
「それって失礼じゃない」
「マリもそう思うけど、あれだけ歳を取らないのは不思議でしょうがないもの。クレイエールの三魔女はホントに歳を取らないもの」
「三魔女って、もう一人は結崎常務で良いと思うけど、三人目は誰?」
「お子様をお二人もお生みになられても、入社時からまったく変わらないジュエリー事業副本部長よ」
「ミサキなんて・・・」
こう言いかけてやめました。申し訳ないのですが、マリちゃんの方がずっと年上に見えます。見かけだけなら、マリちゃんが三十歳、ミサキが二十二、三歳だからです。前に佐竹本部長が女神を宿す女性は、せいぜい三十歳ぐらいまでしか歳を取らないと言うのは本当みたいです。佐竹本部長なんて、
『シノブが歳を取らないのは本当に嬉しいのだけど、今じゃ幼な妻みたいに思われるのだけがネック』
佐竹本部長はシノブ部長の五つ歳上ですから、今年で四十歳になられます。歳相応の貫録も付いておられるのですが、下手すればシノブ常務は娘に見られかねないと心配されていました。これは冗談ではなく、あと五年もすればそうなっても不思議ありません。その点はマルコもそうなりつつあるところです。
「ところでマリちゃん、彼氏は」
「うふふふ、ついに出来たの」
「今度は本気?」
「もちのろんよ、今度は逃がしたりしないから」
マリちゃんも何人か彼氏を作ったのですが、ここまでは結婚までに至りませんでした。
「国産だけどお気に入りよ」
イタリア産はデザインはイイし、性能も悪くはないのですが、あちこちに不具合な点がって、それに慣れるというか、使いこなす能力は確かに必要かも。
「式とかは」
「なんとか年内にしたいんだけど・・・その時は来てね。ちゃんと来賓席用意しとくから」
「え~、友人席で堪忍してよ」
「そうはいかないよ。たとえ財務部長が出席してもミサキちゃんの方が上になっちゃうんだもの。課長じゃ論外だし」
そっか、副本部長ともなれば来賓席に押し込まれちゃうんだ。重役になるってのも大変です。そういうば、コトリ専務やシノブ常務も本部長時代に披露宴に招かれたら来賓席だったもんね。
「そういえば天使ブランドのジュエリーに社員割引って適用されないかな」
「う~ん、無理だと思う」
ミサキがジュエリー事業部でのメインの業務は工房のお世話係もありますが、作品の選別もあります。トップは別格でマルコの作品。これはエレギオン・ブランドで販売されますが、とにかく寡作で、売り出されれば、大げさではなく世界中の大富豪が押し寄せてきて青天井のオークションになります。
それ以外は天使ブランドになりますが、最高級品はマルコの工房の弟子が作り、マルコがOKを出したもの。これも数は多くありませんが、ゼロがいくつ付くんだろうって値段になり、すぐに売り切れてしまいます。
その次が天使工房の作品。ここはマルコの工房の弟子で、エレギオンの金銀細工師にはなれないとあきらめた職人の受け皿です。実はここの選別が一番重要で、出来の良いものはマルコの工房の弟子の作品に近いものがあり、一級から五級ぐらいまでクラス分けします。
とにかくマルコの工房の出身なので五級でもハイ・レベルで、お値段もハイ・レベル。それとマルコの工房を辞めても、必ずしも全員が天使工房に入ってくれる訳ではなく、商品量は常に不足気味。コトリ専務に
『もう少し生産量を上げたら・・・』
こう提案したこともあるのですが、
『ブランド価値はこうやって高めるもの。量より質よ』
天使工房の方も職人さんの数が増えてきて生産量も増えてきていますが、まだまだ需要に追い付かないってところです。ですのでショップ展開もまだ神戸に一店だけです。東京支店を作る計画だけはあるのですが、作ろうにも商品がそれだけないって状況です。それでもコトリ専務の狙いは当たって、天使ブランドは
『幻のブランド』
こう業界では言われています。買うどころか、目にするのさえ難しいってところです。この天使ジュエリーの成功はブライダル事業にも好影響をもたらしています。ブライダル事業では天使ジュエリーだけでなくエレギオン・ジュエリーのレンタルも出来るからです。レンタル代だけであの値段と思ったものですが、大人気になっています。
「買う方は無理だけど、レンタル代だったら社員割引の適用だったんじゃない」
「でもさぁ、せっかく社員なんだからエレギオンの一個ぐらい欲しいじゃない」
「でもクレイエール社員でも持ってるのは・・・」
「そうなのよね。たぶんミサキちゃんと小島専務ぐらいだものね。社長でも天使ブランドの一級さえ無理でしょうし」
ミサキは最初にもらったネックレスと次にもらった守りの指輪。それと婚約指輪と結婚指輪。そうだそうだ、偽カエサル騒動の時に作ってもらった発信機入りのペンダント・トップもあった。もうちょっと欲しいけど、とにかく商品が足りないので遠慮しています。
「ミサキちゃんからマルコさんにこっそり頼んでくれない」
「無理無理、マルコは陽気なイタリア男だけど、そういう点は厳しいの。瞬間湯沸かし器が爆発しかねないよ」
「でしょうねぇ。マリなんて工房の怖いマルコさんしか知らないから、ああやって子どもと遊んでるマルコさんを見ているだけでビックリしちゃうもの」
「天使ブランドの方だって、小島専務が目を光らせてるから、ちょろまかすなんて不可能なの」
コトリ専務はどこで見てるのだろうって思うほど、工房内の生産量を把握されています。前にコトリ専務が、
『もう一個ピアスがあるはず』
そう言われて探し回ったら、部員の一人が机の引き出しに隠し持っていて、可哀想に懲戒免職になってました。
「ゴメンね、マリちゃん。力になれなくて」
「イイのよ、気にしないで。言ってみただけだから、小島専務の管轄しているところに手を出したりしたら大変なのは良く知ってるから」
話はまだまだ続きます。
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