初恋は実らない

@miyako-ginji

第1話 カナ

 素敵な言葉ばかり頭に浮かべて、現実に目を向けるとため息。希望もいつしか妄想になって、自分の心が汚されていく。あの人の事を『いいなぁ』って想った時。初めて出会った時。あの時感じた初恋は今も続いている。あの人は今、私の親友と付き合っていて、たまに会う。この想いはいつしか時ともに消えていく。そう思っていていたのに、なぜか消えない。希望は妄想となり、もっと強くなる。切ない。


 中学一年の三学期、私の親友、ユイのクラスに行った時、ユイと話していた男の子。それがユウジ君。その時に名前を教えてもらって、その時からずっと、その名前は私の胸の中心にある。二年のクラス替えでユウジ君と同じクラスになって、私は運命を感じた。運命? 笑っちゃうわよね。安っぽい言葉。でも他の言葉には置き換えられない。強く私を支配している。

 何ヶ月か隣にすわった事もあった。ユウジ君は数学が得意だったので、私は、数学が苦手なフリをしてユウジ君に教えてもらった。少しずつ話しかけるうちに、普通におしゃべりするようになった。少しずつ距離が縮まっていくことが毎日の楽しみだった。そしていつか二人は結ばれるんだろうって、勝手なことばかり考えていた。


 親友のユイとユウジ君が付き合いはじめたのは中学二年生の夏。でもそれは、後から聞いた話。学校の人には、しばらく内緒にしていたみたい。


 つまり、努力は報われない、ということだ。


 二人が付き合っている事を他の子からきいた時、ショックは大きかった。でもその時は、なんか『あーあ』って、あきらめて、泣いたのもその日だけ。次の日にはユイとも普通に話す事ができた。思えばそれまで男の人を好きになった事がなかったし、それからもユウジ君以外の人を好きになったりはしない。


そう、私の初恋は今も続いている。


 初恋は実らない、と世間では言われている。しかし実らないからといって、あきらめられるものでもない。


 目を閉じると、そこにはユウジ君がいる。私の脳は不定期にユウジ君のことを思い出させる。そして妄想してしまう。そうしないと私の心か、体か、切なくておかしくなってしまう。

 別に妄想の中だからといってユウジ君を美化したりしない。ユウジ君はユウジ君であるだけで、私の心をわしづかみにするのだから。がっちりとした肩。ぱっちりとした瞳。意外にまつげは長い。少し太いまゆげ。スポーツ刈りを少し長くしたような髪型。あまり服とかにはこだわりがないようだけど、変な服を着たりしない。シンプルな服が多い。今日は水色のシャツとジーンズ。前に一度みたことがある。たまに無精ひげをはやしている。今日はどうしようかな、と私は迷う。キスの時………ひげってザラザラしないのかな。よく解らないので、今日は綺麗な感じにした。

 ユウジ君が目の前にいる。突然、私の部屋にいて、って………脈絡もない設定だ。そう、妄想の中のユウジ君は、昨日、ユイとは別れた。なんで別れかといえば、もちろん私の事を好きだからだ。

「さっき」

 ユウジ君はそう言って、一旦言葉を止める。私はユウジ君を見つめる。そしてユウジ君はこう言う。

「ユイと別れた」

 私は驚く。

「えっ、なんで………」

 そう、私はいつも二人を応援していた。それなのになんで………そういった驚きだ。

「ユイと二人で会っていても、カナちゃんのことばかり考えているんだ」

 私はまた驚く。

「えっ、なんで、私のこと?」

 ユウジ君はうつむく。そして赤面するのだ。赤面するユウジ君なんて見たことがない。だから完全なるフィクションだ。ユウジ君は、笑ったり、喜んだり、そういった感情は表に出すが、困ったり、怒ったり、恥ずかしがったり、そういった感情はあまり出さない。ユウジ君は大人だから感情をコントロールできる。でも、そんなユウジ君だって赤面することもある。それは告白する時だ。私のことを想って、赤面するのだ。そう、耳まで赤くなるはず。

「え、あっ、どうしたの?」

 私はそんなふうにきく。あまり意味のない言葉。ユウジ君だって私の気持ちに気付いているはず。私の瞳を見ているのだから。そう、お互いの気持ちは通じているのだ。

 ユウジ君は右手を私の頬のところに持ってきて、軽く触る。私はユウジ君の大きい手の感触を頬で感じながら、ユウジ君を見つめる。二人の視線がピタッと合う。

「カナちゃん………… 好きだ」

 私はユウジ君の大きい手を両手で包む。そして首元に持っていく。私はユウジ君をずっと見続ける。いつもはそんなジッと見ることはできない。チラッと見て、視線を下げて、そしてまたチラッと見る、それの繰り返し。だからすっと見ていられるだけでも、かなり幸せだ。ああ、そうだ、私はなんて答えればいいのだろう?

「私も、ユウジ君のことが好き」

 ああ、こんな言葉しか浮かばない。ああ、でも、幸せ。

 ユウジ君の右手は私の両手から離れると、すぐに私の背に回した。左手も私の背にある。私は初めて男の人に抱きしめられた。私は逆らうことなく、ユウジ君に引き寄せられる。ああ、私の体はなんて小さいのだろうか。ユウジ君の広い胸に抱かれると、そう思う。

ユウジ君は一瞬、抱く力を緩めると、

「……………………」

 唇と唇が触れる。男の人でも唇はやわらかい。きっとそうだろう。そしてユウジ君は舌を私の口に向ける。私も応じるように少し口を開いた。ユウジ君の舌は私の舌を探す。私も勇気をもって、舌をちょっとだけ突き出した。ユウジ君の舌は私の舌をなでてくれた。すると私の頭の中はフアっとして、体の力が抜けた。

「はぁ、ユウジ君、好き、好き、大好き」

 いつも心の中で思っている言葉なのに、口に出して言うと感情が高まる。頬や耳が熱くなる。妄想しながら、私は指で唇に触れた。一度自分の唇を舐めてから、自分の唇を二本の指でさわった。そう、この二本の指はユウジ君の唇をあらわしている。指を動かして、唇をなでた。私は軽く口をあけて、舌で指をなめた。

「ユウジ君、ユウジ君…………好き、好き」

 妄想の中のユウジ君は私の体を強く抱いて、支えてくれている。私は安心して、もっと体の力を抜いてしまう。目を閉じて、ユウジ君の唇を更に感じると、頭の中のフアっとする感じがもっと強くる。私も強くユウジ君を抱いた。


 …………妄想が終わると、下着は濡れていた。私の女の子の部分は男性を受け入れるための準備をしている。熱くなっていて、自分の意思とは無関係に小刻みに動いている。私の体はユウジ君を求めている。男性経験なんて一度もないのに。瞳も濡れていた。目を強く閉じると、涙が流れた。


 目を開くと、そこにはユウジ君はいない。


 五月でも肌寒い日もある。かけていたタオルケットを体に巻きつけた。少し大きめの枕を胸に抱いて、「会いたい」ってつぶやくと、胸のあたりが痛くなって、不思議とさらに下腹が熱くなる。胸はもっと苦しくなる。「はぁ」って大きくため息をついても、胸の苦しさは変わらない。だからもう一回、「はぁ」と、ため息を付いた。涙が止まらなくて、なんか悲しいんだか、苦しいんだか、よく解らない。こんな気持ちになるくらいなら、ユウジ君の事をあきらめてしまえばいい。でも、私はあきらめることができない。きっと、片思いも恋の一種であって、私がそれを求めている。

 ベッドのわきにつんであるマンガ、その上に置いてあるスマホを私は手にした。呼吸はまだ少し荒い。それでも私はユウジ君にメッセージを送った。

『どう? ユイから連絡あった? ユウジ君が最近会えなくてさみしいって、私、ユイに言ったんだけど』

 もう夕方も終わり、夜になる頃。

「ユウジ君、今、何をしているのかな」

 今日は火曜だから、確か、美術部の部活だったかな。でも、もう終わって電車に乗っている頃かな。私はスマホを持って、返事を待っていた。するとすぐにスマホが震えた。

『全然、来ないよ。まぁ、いつものことだよ。来週の日曜は会う約束してるけどね。でも、最近は月に二、三回しか会ってないな。まぁでも、オレ達の関係ってもともとこんな感じだし。ありがとね、カナちゃん。心配してくれて』

 なぜユイはユウジ君ともっといっぱい会いたいって思わないのだろう? 私だったらきっと毎日会いに行く。それが恋愛ってものじゃないの? ユイにそう言いたい。

私はすぐにユウジ君に返信した。

『月に二、三回って、私達の方がよく会ってるよね。塾で週に二回会ってるから。なんだか不思議だね』

実はなんにも不思議なことはない。ユウジ君に合わせて同じ塾の同じ曜日、同じ時間に授業をとったのだから。

 ユウジ君からすぐに返事があった。

『ほんと、そうだね』

 ああ、スマホを持つと、ユウジ君にメッセージしたくなる。でも、もう今日は送れないなぁ。ああ、そうするとメッセージの履歴見てしまう。履歴にはもちろん愛の語らいなんて一つもない。いつもユイについての相談ばかり。でも内容はなんでもいい。ユウジ君から来たメッセージは、ただのメッセージではない。その文字を見つめるだけで、ちょっと幸せになれる。不思議なメッセージだ。

 私は鍵のついた引き出しから小さいノートを取り出す。ノートといって随分と厚い。その表紙には『ユウジ君と私の未来予言書』と書いてある。もちろん私が書いたのだ。このノートには、私が勝手に作り出した世界、つまり、私とユウジ君が結ばれた世界、パラレルワールドなのだが、その世界で起こる出来事が書かれている。ようは、かないそうにない夢を書いてるだけだ。

『ユウジ君とマンガ喫茶に行って、二人用の部屋ですごす』『ユウジ君に肩をもんでもらう』『ユウジ君に肩車してもらう』

 書いていて「どんな状況だ?」と自分でつっこんだ。そうだ、避暑地にて、二人で歩いていたら近所の子供が紙飛行機をとばしていて、木の枝にひっかかった。そして、ユウジ君は私を肩車して、紙飛行機をとってあげた。

「ふふふふっ これ、意外にいいんじゃない? ふふっ」

 この後、筆がすすんで、三ページくらい予言書に追記された。


 塾の授業が終わると、私は急いで一階のフロアに向かう。自動販売機の横に長椅子があって、そこに座る。私達は恋人同士ではないので、塾の正門で待ち合わせたりしない。だからたまたま帰るのが一緒になるのだ。そういうシチュエーションでなくてはならない。私はユウジ君の背中を見つけると、早歩きでユウジ君の後ろにつく。ほんと、たまたま帰りが一緒になったように、「ユウジ君、今、帰り?」と声をかける。

「あっ、カナちゃん」

 なんだかユウジ君の表情が少し嬉しそうに見えた。私の錯覚だろうか? いや、そんなことはないはず。私の容姿、女性としての色気は微妙かもしれないが、近所のおばさん達には、『カナちゃんは本当にお人形のようにかわいいのね』と言われ続けている。それくらいの外見的な優位はあるはず。そうだ、自分の持っている武器を冷静に査定し、そして発言しなくてはならない。

「ユウジ君、今、嬉しそうな顔した?」

「えっ?」

「ダメだよ、ユイ以外の子に色目つかっちゃ」

 ユウジ君は笑いながら、「カナちゃんだけだよ、ユイ以外でよく話す子って」と答えた。

 私はジッとユウジ君を見つめて「それなら良し」と偉そうに言う。そして「ふふふ」と微笑んで見せた。

「どっか寄ってかない?」

 ユウジ君は少し躊躇した後、「あ、うん」と答えた。

「あっ、ごめ、家で夕飯だよね」私は時計を見た。「夜の九時すぎているし」

「ああ、母さん、夕飯作らないって言ってたから。オレもどっかで食っていかないと」

 少しだけ躊躇した。すごく気になったが、詮索する勇気はない。でも、なんとなく理由は解る、やっぱりユイと付き合っているから、他の女の子と二人でお店に長居するのは、罪悪感があるのかも。もちろん そんな事には気付かないフリをして私は会話を続ける。

「ああ、そうなんだ。よかったよかった。なんか一人で外で食べるとさみしいしね。まぁ、だからと言って、家でコンビニ弁当でもね、なんかアレだし」

「ああ、そっか、カナちゃん、一人暮らしなんだよな、実家から学校遠いから」

「うんうん。まぁ、そうは言っても、土日は家に帰ってるけどね」

 塾から駅までは少し歩く。五分くらいかな。そばに大きな公園があるので、左側には木々が見える。昼間は良い景観なのだが、夜はちょっと怖い。街灯はLEDの白い光をかなり強く放っているが、木々の奥までは照らしていない。

「この辺って不気味っていうか。なんかちょっと怖いよね」

「え? オレ? 別になんとも。まぁ、女の子はね、夜九時にもなれば、この辺も暗いからちょっと怖いかもな」

 やっぱりユウジ君って男の子だなって思う。普通の男の子よりも、男らしいって感じ。怖いって感覚がないのかも。

「あの辺から」

 ユウジ君は木々の方を指さし、ふざけて「変態さんが出てきそう?」ときく。

「バカにしてるでしょ?」

「ごめん、ごめん」

 何歩か歩くと、

「カナちゃん、塾って、水木金だっけ?」ときく。

「うん」

「オレは水金だからさ、水金は一緒に帰ろうか」

 まさかそんなこと言ってくれるなんて思ってなかった。

「あ、ありがと」

「木曜は………… 強そうな男の後について、帰るしかないな」

 ユウジ君はぶっきらぼうに見えて、実は、気が利くし、すごくやさしい。調子はのって『怖いから、手、つないでいい?』とか言ったら、どうかな? いやいや、それはマズイって。さすがに。

「カナちゃん?」

「ん?」

「何、ニヤニヤしてんの?」

「え? してないよ?」

「え? そうなの」

 いかんいかん。妄想に火がついてしまうと、自分では制御できなくなる。

「カナちゃんって、一人暮らしだから、やっぱ夜は外食が多いの?」

 この質問に対してどう答えるか、非常に重要だ。

 最近、私は男心を研究している。色々と少年マンガを読んだり、男の子が好きそうな映画やアニメを見たりしている。だいたいそういったストーリーには二人の女の子が出てくる。真面目で綺麗な子と、明るくて妹みたない子。色々なタイプのストーリーがあるのだから、最終的にどうなるのかは色々だと思っていたが……… 実は、そうではないのだ。だいたい男の子とつくのは明るくて妹みたない子で、真面目で綺麗な子はふられてしまう。ようは、最後に選ばれるのは『理想的な女の子』ではなく、『身の回りにいそうな明るくて妹みたいな女の子』なのだ。まぁ、自分という人間を全て変えることはできない。だから、私は自分の真面目さができるだけ出ないように心掛けている。

「あははは」

 私は声に出して笑った。

「ほら、私も一応、女の子だからさぁ、料理とかもやんなくちゃなって思ってんだけどね。塾とか行って勉強とかした日って、もうする気ないっていうか」

 実はかなり料理は作る方だ。自分の好みに味を調整できるし、健康にも気を配れる。家庭的な面を男の子に見せるのもかなり効果が高いのは解っているが、まずは話しやすい女の子になるべきだ。それに毎日自分で料理とかしているって言ったら、ユウジ君と一緒にご飯を食べに行くという口実を失う。

「ああ、そうだよね。カナちゃん、勉強できるから、勉強する時間も多いかぁ。料理とかやってる時間もないもんな」

 そうくるか? なんだろう………… 結局、私は『真面目な子』になってしまう。髪の毛が黒くストレートだから真面目に見えるのだろうか? ときおりギャグでも言わない限り、私って真面目キャラになってしまうのだろうか? 成績がいいからって一年中勉強しているわけでもないのに。なんとかしてユウジ君がもっているイメージを打破しないといけない。

「そんなことないよ。テレビとか見たり、くだらないYouTubeとか見たりね。無駄な時間をすごしてるよ、結構。ずぼらなんだよ、結構」

「へぇ、そうなんだ、意外」

 そうそう意外なの。

「なんかカナちゃんみたいな子ってさぁ、規律ある生活してて、ご飯なんかも自分で作ってって、食べ終わるとすぐに勉強して、結構はやく寝ちゃって、朝はすごく早く起きて、朝でも何分も髪をとかしたりして、って、そんな感じかと」

 まぁ、だいたい当たりです。私はそんな女です。しかし、どうにかしてこのイメージを変えなくてはならない。

「ユウジ君ってなんか女の子に妙なイメージもってるんじゃないのかな?」

「えっ?」

「なんかさ、彼女とかいるのに不思議だよね。ほら、女の子と付き合った事のない男の子とかだったら、そう思うのも解るけど、ユイの事見てるんだから、女はそういうもんじゃないってわかるでしょ?」

 ユウジ君は苦笑した。

「ユイはだらしないからなぁ、オレよりも。ユイを見て『女はこういうものだ』って決め付けるのは、世の中の女性に対して失礼だろ」

 あんまりユウジ君の言葉を否定し続けてもよくないので「まぁ、そうかもね」と言って、「ふふっ」と笑った。

「だからさ、女の子っていうのは、カナちゃんみたいに、なんていうか、清楚で、やさしくて、真面目でって、そういうもんなのかなぁって」

 私はユウジ君の瞳を覗き込んだ。

「清楚で、やさしくて、真面目だったら、ユウジ君は好きになるの?」

 ユウジ君は少し考えて、「あ、いやぁ、そうじゃないけどね」と言う。そうそう、『男の子が抱いている理想』と『実際に好きになる女の子』は違う。

「そうだよね。実際、ユウジ君は私じゃなくてユイのこと選んだんだから」

 ユウジ君の口から「えっ?」という声がもれた。ちょっとこういう会話にしてみて、ゆさぶりをかける。

「え、あ、だってさ…………」

 ユウジ君の言葉がハッキリとした形になるまで、私はユウジ君の顔を見ることができる。

 胸と下腹のあたりがキュンキュンいってるんだけど、私、それを隠せるくらい大人にはなったと思う。

「中学くらいになると、どのクラスの、どの子が可愛いとかそういう話とかになるけどさ、一番目か二番目にはカナちゃんの名前が出てきて。カナちゃんってそういう存在だったからな。それに勉強とかもできるし、真面目で………… なんていうか、自分の恋愛の対象にはならないのかなって。まさに高嶺の花ってやつだよ」

 こういう事を言ってくれると嬉しい反面、ショックでもある。結局、頭の良さや真面目さ、時には顔の可愛らしさだって、男の子にとっては敷居になってしまう。そういった敷居を下げなくてはならない。だから、私服もそんなにおしゃれにならないように気をつけている。頭悪そうに話すって手も考えたけど、同じ塾だし成績は知られているので、妙な演技をしているとすぐに演技がバレてしまう。だからバカキャラ作戦は無理だとしても、演技によって真面目さを払拭することくらいはできる。

「イメージって怖いよね」

「えっ?」

「私、全然、そんな感じじゃないのに」

 ユウジ君が「そうなの?」ときくので、私はうなずいた。

「私も一人の女でしかないから、遠くで見られていて、可愛いいって言われても、そんなの、嬉しいわけじゃないし。誰か一人の男の子にそう言われることを望んで…………」

ユウジ君の顔をチラッと見た。少し焦っているようにも見えた。だから私は「なんてね」と明るい声で言った。面倒くさい女だって思われたくないけど、不安定な感情をちょっとだけ見せた方が良いって、そう思った。そう、私は完璧ではないのだ。

 塾は駅からは少し離れているが、話しながら歩くと、すぐに駅前についた。飲食店が見えてきた。

「カナちゃん、ご飯、何にする?」

「あ、うん、なんでもいいよ。って、二人ともそう言ってると決まらないよね」

ユウジ君は「ふふ」と笑った。

「じゃさぁ、ジャンケンで勝った方が決めよう」

 私はすぐに「ジャンケンポン」と言った。

 私はチョキ、ユウジ君はグー、勝ったのはユウジ君だった。

「何がいいかなぁ」

 少し考えた後に「パスタとかどう?」と私にきいた。

「ああ、うんうん、好き好き。あぁでも、私に気を使ってない?」

「えっ、なんで?」

「なんか男の子ってラーメンとか牛丼とか好きじゃん、妙に。まぁ、私もそういうのたまに食べるけど」

「うーん、夜、ラーメンはオレ的にはないな」

「へぇ」

「肉も牛より豚とか鳥の方が好きだし」

「ほうほう」

「なんていうか、それに、食べた後にお茶でもして、ちょっと話せるとこの方がいいかなって」

「あ、うん、そだね」

 ああ、なんて空気の読める人なんだろうか。やはりユウジ君はそこいらの男の子とは違う。大人だ。

駅ビルの地下街を歩いて、店を探した。パスタを専門にやっている店だ。でもチェーン店だから値段も手ごろ。

「前にユイと来たことがあったんだ」

 ううっ、まぁ、こういう言葉がユウジ君の口から出ることもあるだろう。覚悟はしていた。若干の精神的ダメージを追いながらも、「いいにおいね」と笑顔を見せた。そう女の武器は涙ではない。笑顔なのだ。

 席に座ると、店員がメニューを持ってきてくれた。私は、パスタってあっさりしたものしか選ばないので、すぐに注文が決まる。きのことベーコンのパスタっていうのがあったので、「これにしよっと」と小声で言った。

「飲み物も決まった?」

「あ、うん、ミルクティ」

 するとユウジ君は店員を呼ぶブザーを押して、注文した。ユウジ君はミートソースとコヒーを頼んだ。

「ユウジ君、メニューとか見てなかったよね、いつもミートソースなの?」

「ああ、なんか、ミートソースじゃないとパスタを食べたって気になれないんだよね」

 正直言ってなぜそう思うのか私には理解できない。

「ふふ、そうなんだぁ」

 もはや会話は理屈ではない。ああ、なんか何を話していても幸せで、私、常にニヤニヤしてるだろうなぁ、と思った。

「カナちゃんって、塾で何の授業とってるの?」

「あ、っと、英語が2コマ、あとはセンター対策で数学、現国、世界史。国立の二次の対策は三年からでいいかなぁって」

「ああ、そうだよね、カナちゃん、国立も受けるんだよね。センター試験も受けるのかぁ。大変だよね。オレなんか私大の理系だから、三、四教科だよ」

「まぁ、別にね、私、部活もやってないし、特に趣味もないし、彼氏もいないし。そういうさみしい奴は勉強するしかないでしょ」

 そうそう、ここで彼氏がいないことを言っておいた。

「そんなことないだろ。カナちゃん、モテそうじゃん」

「別に、彼女いる人にそんなこと言われても嬉しくないからね」

 ちょっとムスッとした後に、すぐに笑顔を見せた。

 色々と話しても一番ききたい事はやはり一つ。会話が一段落してから、私はきいた。

「倦怠期ってやつ?」

「えっ?」

「ユウジ君とユイ」

 微妙な関係だっていうなら、さっさと別れてもらって、私とユウジ君が付き合った方が良い。仲の良い二人を別れさせようだなんてそうは思わないけど、微妙な二人を本気で応援しようとする程に私はお人好しではない。

「倦怠期かぁ。なんか、どうなのかな。ユイも進学するとは言ってるけど、入れればどこでもいいって感じだからな。そこそこ真剣に勉強しているオレと、ちょっと人生観が変わってきてるのかもなぁ」

「ユウジ君のお嫁さんになるから、勉強しても無駄だって思ってるのかな?」

 ユウジ君は「フッ」と声に出して苦笑した。

「そんなんだったら、まだ可愛いもんだよ。高校時代をおもいっきりエンジョイしたいって、そう思ってるんじゃないのかな。ユイにさ、平日とかさそわれても塾があるからとかそういう理由で何度か断っちゃった時があって、だんだんと通話とかメッセージの回数も減っていって。で、まぁその、今にいたる、って感じ」

 私は純粋な女の子を装って「私、よく解らないけど、恋愛ってそういうものなの?」ときいた。

「えっ、あ、どうなんだろうな。理想は、違うんじゃないかな、多分」

 純粋キャラを装えば、ききにくいことも色々きくことができる。

「ユウジ君はユイとの関係を続けていきたいの?」

 あまり躊躇とかしないユウジ君だが、さすがに即答しない。しかし何秒か考えた後に答えてくれた。

「それも、なんか、最近、解んなくなってきちゃったな。なんかいい時の思い出が足を引っ張ってるだけで、もうとっくに二人の関係は枯れてるんじゃないかって」

 そっか。ユウジ君はそう思っているのか。なんか安心した。

「私の目から見ても、ユイは高校に入ってから変わったと思うよ。昔はもっと色んなことに真剣だったよね。高校に入ってからもバレー部は続けてるけど、そんな真剣に練習とかやる部じゃないみたいだし、なんか先輩達とかと遊んでるみたいだし。でもね、それでも、ユウジ君がユイのこと好きだって言うなら、お節介かもしれないけど、応援しようかなって思ってたけど…………」

『なんか、違うみたい』って、そこまで言わなかった。あまり負の感情を言葉にしない方がいいかな。

「そうだよなぁ、なんかさ、適当に付きあってるオレ達のことを心配してくれる人もいるんだなぁって。考えてみればさ、高校に入ってもう一年たって、それでもなんとなく続いているのも、カナちゃんが間に入ってくれたかもしれないな。ありがとな」

 そう言った後に、

「ごめん、って言った方がいいよな」と言い直した。

 はじめのうちはユウジ君のつらい表情を見たくなくて、ユイと上手くいって欲しいって思っていた。いつからだろうか? 『別れてしまえばいい』ってそう思うようになった。高校に入ってからユイが変わったからだろうか? いや、違う。偽りの目で自分を見てはいけない。変わったのは私だ。

 そんな話をしていたら、店員がパスタを持ってきた。

「食事中は楽しい話しようね」

 私はそう言って、食べはじめた。自分で言ってみて、なんだけど、『楽しい話』ってなんだろうな、って思う。頭悪そうだけど、

「最近、一番楽しかったことって、なに?」と、直球で攻めた。

「えっ、あっ、最近? んと、具体的にどれくらいまで過去の?」

 ふふふ、面白い。なんか理系男子って感じがして、微笑ましかった。

「ああ、じゃ、一週間」

「一週間かぁ、なんだろうな、楽しいことあったかなぁ」

 ユウジ君は食べながら考える。

「同じクラスに西田って奴がいるんだけど、土日にそいつの家に泊まって遊んだことかな。まぁ、遊んだって言っても、ゲームやったり、あと映画とか見てただけだけど」

 言い終わった後に「うーん」とうなる。

「なんか、こんなこと言っている時点で、オレってなんか幸せではないよなぁ。それに、話、広がんねぇし」

 まぁ、話の流れからいって当然かもしれないけど、

「カナちゃんは?」

 私にも同じ質問をする。もちろんこういう話の流れになると読んでいたが、

「えっ、私?」と驚いてみせた。

「あぁ、うぅん、一週間かぁ、考えてみると、なんもないかもなぁ」と言った後に、

「ああ、でも…………」と戸惑いを見せて、

「今、かも」と、言ってやった。

「えっ?」

「こうしてユウジ君と食事して話していると楽しいよ。私」

 ユウジ君は照れて、「ああ、そうか」と言う。

「オレもそうかもな。カナちゃんと話してると、なんか和むしな」

 ユウジ君も一瞬だけ私を見る。目があっちゃったよ。ああ、幸せ。時間なんか止まってしまえばいいのに。人類の歴史なんて今日の日をもってストップしちゃっていいよ、もう。ああ、でも、幸せを感じすぎて会話がおろそかになってはいけない。ユウジ君の言葉を分析しなくては。『和む』って、どういう意味なんだろう。恋愛感情の一部として捉えられるだろうか。ペットの猫と同じような位置づけなのだろうか。うむぅ………… 考えてもよく解らなかったので、話を広げることにした。

「じゃ、一ヶ月では?」

「えっ?」

「さすがに話題になりそうな楽しい事、あったでしょ?」

 そう、一ヶ月って期間にすればユイと会っている日も含まれる。

「そうだなぁ、模試の結果が意外によかったってのもあるけど、なんか楽しいって感じではないな。ああ、友達にフットサルの大会にさそわれて、久しぶりに体動かして、まぁ、楽しかったのかなぁ」

 ユイの話は出てこない。ノロケ話をしたくなかったのか、私が思っている以上に二人の関係が悪いのか…………

「カナちゃんは?」

「ああ、うん、一ヶ月か…………」

 私はしつこいと思ったが、「それでも、今…………かな」と答えた。チラッと見て、ユウジ君の顔を見た。「くっ くっ」と低い声で笑っていた。

「からかうよな。オレ、なんも楽しい話してねぇし」

「何気ない日常の中にも楽しさってあるじゃん」

「なんだよ、それ、なにもない良い一日でしたってやつ? 老夫婦か、つーの」

 一か月って意外に短い。思い返しても、今より楽しいことなんてあったかな? でも、私は「冗談はさておき」と言って、会話を続けた。

「二年のクラス替えがあって、仲の良い子と二人、同じクラスになれてね。私、友達とか作るの超ヘタだから、助かったぁってね」

「意外だね。カナちゃんって誰とでも話せそうなのに」

「え? もう初対面の人とかってどう話していいか解らないし」

「女子高だろ。みんなでキャッキャッさわいでるイメージだけど」

「まぁ、うちはそんな感じだけど、でも、やっぱ、グループ的ななものがあるから」

「ああ、それね。女子高だとそういうのあるか」

 私はウンウンとうなづいた。

「でも、男子はいないんで、怖い思いはしないけど」

「怖い?」

「え、ああ、うん、ちょっとだけだよ。そんな、一応、私だって高校生とかにもなってるから、そんなビクビクしたりしないよ。でも、なんていうか、何考えてるか、わからないっていうか」

「そんな事ないだろ。オレだって男だし」

「ユウジ君は特別なの」

「え?」

「ユウジ君はユウジ君なの」

「なんだよ、それ」

 ユウジ君は笑う。

「でも本当、ユウジ君とだけだよ、男の子でこんなに素直に話せるの」

 私はパスタをフォークでクルクル巻きながら「不思議」とつぶやいた。

 なんか、どんどん楽しくなって、いっぱい話したくなる。

「じゃ、今度はこの一年間で一番楽しかったこと」

 幸せな気持ちが、私の表情にあふれていただろう。

「きかせて」


 その後もとりとめもない会話が続いた。私はどんどん幸せになっていって、脳がとろけるんじゃないかって程だった。ユウジ君もずっと楽しそうにしていた。ああ、なんて幸せなんだろう。妄想の一部が現実になって、私の感情は光に包まれた。

「じゃ、またね」

「あ、うん、また」

 ユウジ君は近所に住んでいるので歩きだ。私は駅へと歩く。半袖の服の裏にポケットを作って、ボイスレコーダが入るようにしている。ボイスレコーダをオフにした。家に帰ったら、ユウジ君との会話をもう一度きこう。

 電車にのると、バッグの中から小さいノードを取り出した。その表紙には『ユウジ君と私の未来予言書』と書かれている。『予言書』というよりかは、私の『妄想』が書き込まれている。その中には、『ユウジ君と一緒にパスタを食べる』という項目がある。今日、その『妄想』が『現実』になった。その文字に丸をして、日時を書き込んだ。もちろんだが、このノートには『手をつなぐ』『キスをする』『突然、抱かれる』など、おおよそ現実にはなならないであろう『妄想』もいっぱい書かれている。そして今日、新たに『妄想』が追加された。

『ユウジ君が変態を倒し、私を助けてくれる』

『一人、歩いていたら、私は変態におそわれて、キャー でも、よく見たらユウジ君だった』

 などなど、どんどん増える。


 ある日、学校で、

「ああ、カナ、昨日言った話、考えてくれた?」

 昼休みになると、ユイが私のクラスにやってきた。

「行かないって、返信したじゃん」

「却下っ」と言って、ユイは机の上に座る。

 昼休みにユイはたまに私のクラスにやってくる。いつもはクラスの子達と一緒に食べるけど、ユイがきた時は一緒にお昼を食べて、その後も二人で話す。ユイは学食で買ってきた総菜パンを頬張りながら、片手でスマホをいじる。そしてモグモグ食べながら、話し出す。器用な女だ。

「あぁもう。先輩にさぁ、人集めろっていわれちゃってね。四人。あっ、でもさぁ、相手も結構かっこいいよ」

 ユイはスマホを私の目の前に持ってくる。男の子が四人写っている。髪は黒髪が一人いるだけで、茶髪が二人いて、もう一人は金髪。ハデな人達。気が乗らない。別に写真を見たからそう思ったわけでもないけど。

「ユイ、友達いっぱいいるんじゃん。別に私じゃなくたって…………私はそういうの、いいから」

「なんで?」

「いや、なんていうのか、その、いわゆる合コン? ってやつなんでしょ?」

 ユイは身を乗り出す。

「ああ、そんなんじゃないよ。だって行くの屋内のプールだよ。アルコールとかも飲まないだろうし」

 机の上に座って体を動かすもんだから、

「もう、下着、見えてるよ」

 ユイは恥ずかしがることもなく「いいじゃん、カナにしか見えてないし」と言うが、机から降りて、椅子に座った。

「プールかぁ。水着…………恥ずかしいよ」

 『水着』って名前が付いているだけで、面積は下着とそんな変わらない。私、もともと体は細い方だし、胸だってそんなに大きい方がないでし。普段は「やせててうらやましい」ってよく言われるけど、水着になるとちょっと悲惨だ。学校の授業とかならいいけど、男の子達の前でお披露目するような体ではない。

「カナが恥ずかしいなんて言ったら、私、どーなんのよ。最近、太っちゃってるし」

ユイは胸もオシリも大きい。多少ポッチャリしているとは思うけど、太っているようには見えない。誰でも自分の体にある程度のコンプレックスを持っている。でも…………

「ユイはユウジ君と付きあってるんだから別に太ってたっていいかもしれないけど。それにユウジ君が体重とか気にすんなって言われたから、ダイエット止めたし」

 そう、女にとって、一人の男性に愛されることが唯一の幸せ。

 ユイは無表情で「んん、ああ」と適当に返事する。照れている、という感じではない。『ユウジの話すんなよ』ってそんな風にも見える。ユイがユウジ君のことをどう思っているのか、それは解らない。でも、あまり上手くいっていないのはわかる。

 ユイは私の肩をつかんで揺らす。

「カナぁ、プール行こうよぅ」

 とにかく私は男の子達とプールに行きたいとは思わない。

「誘ってくれるのは嬉しいけど、なんか、女の子達だけで行くときとかに誘ってよ」

 ユイはムスッとした表情になって、「なにそれ、そんなじゃんじゃカレシできないよ?」とお節介なことを言う。私は「別にいいよ」と素直に答えた。

「なにそれ、そんなわけないじゃんっ」

「そんなわけなくないの」

 ユイはジィっと私の顔を何秒か見た後に

「まだ男の子のこと、怖いとか言ってるの?」ときく。

 確かに中学の頃はそうだった。お父さん以外の男の人と話す時、緊張していた。最近、大分話せるようになったとはいえ、やっぱりちょっと怖い。特に初対面の男の人だと普通に会話できない。でも、またこんな事を言ったらユイにバカされる。

「いや、そんなことないけど…………なんていうかさ、出会いって 、自然に知り合って、自然に付き合ってって。そういうのがいいなぁって」

「はぁ?」

「いや、あのね、なんかさ、何人かで集まって、そういうのが目的な男の子たちと遊んでって、なんか違うって気がして」

『ユイとユウジ君みたいな出会いがいいな』と思う。でも、そんなこと言ったら嫉妬しているのがバレてしまう。

「どんな出会いであろうが、付き合っちゃえば同じじゃん」

「出会いって、なんていうか、とっても大切だと思うけど」

 ユイは「ふっ」と軽く笑った後に、「偉そうに。彼氏いない歴十六年のくせに」と言う。

 腹が立ったわけではないけど、私はすぐに言い返した。

「別に私、そんなこと気にしたことないから。お母さんも別に悪い事じゃないって言ってたし」

「なにそれ、そんなこと親と話してるの?」

 ユイは驚く。

「カナって見た目と違って、中身はお子様だからねぇ」

 私の頭をなでる。特に老けているわけではないけど、表情が硬いせいか、話し方が落ち着いているせいか、多少年上に見られることもある。今まで男の子と付き合ったことがないって言うと、たいてい驚かれる。でも、自分の性格を外見に合わせるつもりもない。

「それに私、決めてるの」

「ん?」

「最初に好きになった人と結婚するって」

 別に本気でそう思っているわけではない。理想を口にしただけだ。ユイは呆れている。もちもん理想と現実は異なる。人生においてそれは最初から思い知らされる。『初恋は実らない』という言葉。ユウジ君のことを思い出すたびに、その言葉も頭に浮かぶ。仮にユイとユウジ君が別れたとしても、ユウジ君が私の事を好きになるとは限らない…………

「てか、カナが嫌がるの解ってたけどさ、それでも誘うってのにも訳があってね」

 嫌がるの解かってるなら、誘うなよ。

「いや、先輩からの命令なわけよ。可愛い子つれて来いって。文化部と違ってさぁ、体育会系って縦のつながりが厳しいわけよ」

 私はムスッとしていたが、ユイは説得をやめない。

「色んな人と出会った方がいいじゃん。それに、プール行く男達だって、そんな遊んでるって感じでもないし、たまたま先輩と同じ中学ってだけで。逆に、そんな意識しなくてもいいんじゃないの?」

なんかだんたんユイの言葉にイライラしてきた。私が大切にしている『想い』を否定されているように感じる。だから私は言ってやった。

「私、好きな人がいるの」

「えっ?」

 ユイは驚いて、目を見開く。

「片想いなの」

 ユイと知り合ってもう四年くらいになるが、こんなことをユイに話したことはない。

「あ、あ、そう……って、誰なの?」

 そんなこと言えるわけない。だから「秘密」と言った。ユイは笑いながら「ウソでしょ?」ときいた。

「ウソじゃない」

 片想いとはいえ、私の『想い』には自信がある。それがゆるぎない『想い』なのだから。ユイは私の表情を見て悟ったのだろうか…………

「あ、ほんと、なんだ」

 私はうなずくと、ユイは「はぁ」とため息をつく。

「解ったわよ、他、あたるね」

 ユイはまたパンを頬張りながら、スマホをいじりだす。そして更に私に話しかける。ほんと、器用な女だ。

「まぁ、でもさ、片想いってのが一番、綺麗な恋愛感情なのかもねぇ」

 綺麗?

「恋愛なんてものはさ、いつか必ず…………色あせるから」

 ユイの声が明るいから重い言葉にはきこえなかった。常にスマホをいじっているし。私の三倍くらい速い。私が断ったことを先輩に伝えているのかな。

「あっ そうそう」

 ユイの声、この言葉を言う時も、明るい声だった。

「ユウジと別れた」

 え?

 スマホをいじりながら、パンをくわえ、たまに両手でスマホを操作する。品のない動作を続ける。だけど、少しだけ表情が曇っているようにも見えた。

「初恋は実らない」

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