ハンバーガー、追加で幽霊テイクアウトで

三日月紫乙

第1話

私には霊感があるらしい。それに気付いたのは、私がまだまだ幼い時。初期のプリキュアが毎週の楽しみだったくらいの年の頃。

 “それ”は確かにそこにいた。大人が四十人もいれば、狭く見えるような園庭の隅。そこに植えられた、幼稚園児にとっては見上げるほど大きい桜の木の陰。小さくて、半透明というには、躊躇するような色の濃い、小さな身体。髪の長さから、おそらく男の子だろう。

「みんなと遊ばないの」

 私は話しかけた。反応はない。話しかけられていると気づいていない様子だ。私は彼にもう一度声を掛けた。

「ねえ、どうしてそんなところにいるの」

 そこで初めて彼はこちらを向いた。瞬間、とてつもない悪寒が背中を走る。この世のものではないものに触れた感覚。

 しかし幼い私にはわからない。何も知らない無垢な幼稚園児が、触れてはいけないものに触れているなど、わかるはずがなかった。

「……僕が見えてるの」

 やや間を開けてから、目の前の彼は口を開いた。ねっとりと舌にまとわりつく様な声。気持ち悪い。反射的に後ずさろうとするも、まるで金縛りにあったかのように、身体が動かなくなった。

 実際、金縛りにあっていたのだろう。首をひねることも、足を動かすこともできない。怖くなって声を出そうにも、口から洩れるのは音の出ない空気だけ。

 彼はゆっくりと立ち上がった。背丈はそう変わらないというのに、何故か押されるような感覚。よく覚えてはいないが、きっと彼は、子供の姿をした悪霊だったのだろう。

 しかし彼が私に触れようと伸ばした手は、空を切った。

「さわんな」

 怒りに満ちた声に、身体がビクッと反応する。そこで、金縛りが解けたことに気付く。そのことに驚いて、手を結んだり開いたりしていると、突然割り込んできた男の子が叫んだ。

「さっさと消えろ」

 その声と共に放たれた紙のようなもの。何か飛んでくると思っていなかった悪霊が目を見開いてそれを凝視する。

 反応することを忘れたようにゆっくりと悪霊の瞳が動いて、私の前にいる男の子を捉えた。ボソボソと口から言葉が吐き出されるも、放たれた紙に触れた瞬間、背景に溶け込むように消えていった。

 それをまじかで見ていた私。もちろん目の前の出来事に、思考は停止していた。

最初に話しかけた男の子が怖くて、突然割り込んできた男の子が怖い男の子を消した。そんな非日常すぎる光景は、まだまだ純粋だった私に大きな刺激となった。

ふうっとため息を吐いた目の前の男の子。髪は少し癖があって、背丈は私より幾分か小さい。しかし仕草は大人びている、不思議な男の子。

彼は振り返った。その瞳はあまりに真っすぐしていて、呼吸が止まりそうになった。何故そうなったのか、当時の私には原因などわからなかっただろうが。

「怪我してない?」

 険しい表情を隠そうとせず、しかし私に近づいてジロジロとみられる。それすら気にならない程に、私は舞い上がっていた。

「ねえさっきの、どうやったの?」

 抑えられない衝動を抑えるように小さい声で彼に問う。その言葉が彼の耳に届くと同時に、彼の険しい表情が、さらに複雑なものとなる。

 次に放たれた声は、幼稚園児とは思えないほどに低いものだった。怒りとも、寂しさとも取れるような声に、頂点に達しかけていた気持ちは、一気に萎んでいく。

 気が付くと彼と間に数歩の距離が出来ていた。幼稚園児の私たちにとってはかなり遠く感じるものだった。

「……今日の事は、誰にも言うなよ」

 幼稚園のすぐそばにある焼き鳥屋から、香ばしくて食欲のそそる匂いが漂ってきた。彼は去り際に私に言った。丁度、私の母が幼稚園に迎えに来てくれたところだった。

 その表情は有無を言わさぬ気迫を持ち合わせていた。それは幼稚園児だった私にもわかる。しかし自分と同じくらいか少し年上くらいの男の子が、そんな器用なはずないのに。

「俺はまだ、消えたくないんだ」


 結局彼の名前は聞けず終いだった。そして私は、霊感があるという事柄のみをその小さな脳の片隅に残して、全て忘れて大人になった。

 その先でまさか彼が、その幼稚園の時に助けてくれたあの不思議な男の子と再会する日が来るとは思わずに、ただのうのうと人生を謳歌していたのである。

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