第8話 貢がれる女

「クソッ!!」


 届かなかった。

 油断していた。

 あいつと同じ戦場に立っている事に気持ちが高ぶりすぎて、あいつを守れなかった。


「何だよ今の……!」

「転移魔法だね。シャーマンがそんな高等魔法も使えるだなんて、想定外だったな」


 レティシアは何があっても守ると決めていた。それなのに、俺は……目の前であいつを奪われたんだ。

 俺はぎりぎりと歯を食いしばり、力を解放していく。

 もうここに雑魚は居ない。キングとレティシアを攫ったシャーマンを潰す。

 俺の魔力の流れに気が付いたケントが言う。


「追えそうかい?」

「……何が何でも、追ってやる」


 エルフは魔力感知に長けた種族。その血を半分受け継ぐ俺も、その能力を持っている。

 レティシアが消えたポイントの周囲には、レッドゴブリンシャーマンが残した魔力の残滓ざんしが残っていた。

 目に見えないそれを肌で感じ取れる俺は、その残滓を掻き集めてシャーマンの魔力を覚える。例えるなら犬のように、持ち物についた臭いを辿っていく事が出来るからだ。

 シャーマンが転移したであろうポイントは、しばらくすれば感覚的に絞れた。


「……おおまかな場所は掴めた。すぐにレティシアを取り返しに行くぞ」

「今のでそんな事が分かんのかよ! ハーフエルフってすげぇんだなぁ」

「いくらその血を持つ者だとしても、使いこなす力が無ければ宝の持ち腐れだからね。恵まれた才能と、それを活かす力があるウォルグだからこそだよ」


 そういうケントだったが、その表情に余裕は無い。

 ウィリアムもそれは感じ取っているようで、口調はいつものようなおちゃらけたものだったが、引き締まった顔付きで俺にこう言った。


「んじゃ、先導頼むぜウォルグ。敵陣に突っ込む覚悟はいつでも出来てる。とっととレティシアを助けてやろうぜ」

「言われなくとも、そのつもりだ」


 ちらりとケントに目を向ければ、あいつは固く拳を握り締めていた。

 俺が外へ向けて歩き出すと、二人は殺気立った様子で黙り込んだまま。それは俺も変わらないし、更に言うならばこの場の誰よりも殺気を放っている。

 相手が人間だろうとエルフだろうとゴブリンだろうと、俺の番にすると決めた女を奪った報いは受けてもらおう。

 容赦はしない。あいつを奪われた間抜けな俺自身をも貫くように、あのシャーマンの身体に穴を開けてやる……!




 ******




 これは、どういう事なのかしら。


「ギィ? ギャギャ!」

「ギャーギャ! ギィギャー!」


 私の目の前には、キラキラとした宝石類を両手に抱えたレッドゴブリンシャーマンと、どこからか取ってきた果物を大きな葉に乗せて持って来たレッドゴブリンキングが居る。

 シャーマンの転移魔法によって、遺跡のような場所に飛ばされた私。

 そんな私に色々な物を差し出す二匹のゴブリン。


「……あの、アクセサリーも果物も結構ですわ」


 私がそう言うと、キングもシャーマンも寂しそうにギュウーと鳴いた。

 レッドゴブリンは狂暴だと聞いていたのに、ここに飛ばされてからそんな素振りは一度も見せていない。

 もしかすると、本当に私をお嫁さんにしようとしているのかも……?

 だからこうしてプレゼントを持って来たり、フレンドリーに接しているのかしら。

 ああ、どうしましょう。こんな風に接して来られたら、突然攻撃を仕掛けて逃げ出すのも良心が痛みますわね。

 でもウォルグさん達も心配しているでしょうし、早く彼らと合流したいのですけれど……。


「ここから出して頂きたいのですけれど、それは無理そうでしょうか?」

「ギャギャ!」

「駄目、ですか?」

「ギャー!」

「駄目なようですわね……」


 直接交渉も無理そうですし……。

 というか、ゴブリンと会話しようだなんて人類初の試みではありませんこと?

 けれど、このままここに居て助けを待つべきなのかもしれない。下手にゴブリンを刺激してしまえば、私一人で相手をしなくてはいけなくなる。

 私は防御魔法には長けているけれど、攻撃魔法はまだまだだ。

 そういう魔法に関してはシャーマンの方が何枚も上手でしょうし、魔力が高いからシャーマンになったのだから物理攻撃でなければ通用しないかもしれない。

 ここはやはり、彼らが来てくれる事を祈るしか……。


「……あっ!」


 次のプレゼントを物色しているゴブリン達が離れたところで、私は一つ気が付いた。

 この遺跡のような場所は石造りで、光を取り入れる為なのか、私達が居るこの空間にだけは天井が無かったのだ。

 青い空を見上げた私は、頭に思い浮かんだ作戦を早速行動に移す事にした。


「キングさん、シャーマンさん」

「ギギ?」


 私の呼び掛けに素直に振り返る二匹。


「ちょっとお見せしたい魔法がありますの。良いでしょうか?」

「ギギャー?」

「ギギ!」


 ええと、これはやっても良いという事かしら?

 二匹共怒ってはいないようなので、私は魔法の展開を開始した。

 これが上手くいけば、彼らに私の居場所が伝えられるはずだ。

 私は人差し指を空に向け、そこから魔力を放出した。

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