第9話 海色の宝物

「おい、何だアレ!」


 俺が割り出したレティシアの居所まで一目散に駆け抜けている最中、ウィリアムさんが声を上げた。

 森の中、奴が指差した一筋の光。空に伸びて行く白いそれは、ある程度の高度まで来たところで、花火のように弾け飛んだ。


「あれは……救難信号! きっと彼女が僕達に居場所を伝えているんだ!」

「場所は一致している。間違いない……!」


 救難信号を出す余裕があるのなら、まだシャーマンに手を出されてはいないのだろう。

 待っていろレティシア。すぐに駆け付ける──!




 ******




「どうです、綺麗な魔法でしょう?」

「ギャー!」

「ギギーギャ!」

「ふふ、気に入って頂けたようで良かったですわ」


 キングとシャーマンを喜ばせるという建前で、私はウォルグさん達に気付いてもらえるよう、救難信号として使用される魔法を発動させた。

 彼ら三人なら、きっとすぐにここへ駆け付けてくれるはず。

 けれど、私は守られるだけのヒロインではありませんもの。

 自分に出来る事はお手伝いしたいですし、何も出来ないお嬢様なんて、彼らの隣に立つに相応しくないのだから。

 しばらくはしゃいでいるキング達を眺めていると、シャーマンに妙な動きがあった。


「グギ……?」

「グギャーガギ!」

「ギギャー!」


 何やらシャーマンが異変を察知したようで、二匹であわあわとしながら相談し合っているらしい。

 すると、キングがどこかへ行ってしまった。それと同時に、シャーマンは私を守るように小さな結界を構築したのだ。

 私が作ったものより劣るけれど、それでもなかなかの強度のある結界だと分かる。

 彼らがこの遺跡にやって来たからなのだろう。私を逃さない為にこの結界を張り、奪い返されないように……。



 すると、遺跡の奥から銃声が聞こえてきた。

 あれはきっと、ウィリアムさんの魔法銃だ。

 それとほぼ同時に、石壁を破壊したような轟音。キングが暴れたのだろうか。

 彼らならばそう簡単に怪我なんてしないはずだけれど、それでも無事を祈らずにはいられない。

 それからも、攻撃音はどんどん近付いて来る。私はその間、シャーマンに気取られないよう、慎重に結界の破壊に移っていた。

 罠や結界などの設置系魔法は、長時間発動させる事が多い為、熟練の使い手ならば解除する事も可能だ。勿論私は結界魔法のエキスパートと言っても過言ではないから、この程度の魔法ならば少しの時間さえあれば解除が出来る。

 シャーマンの結界に微量な魔力を送り込み、柔らかな羽毛で撫でるかのように、じわりじわりと私の魔力で侵食させていく。


「レティシアを……返せぇぇッ!!」


 その時だった。

 ウォルグさんの絶叫が鮮明に耳に届くと同時に、ゴブリンキングが通路の奥から転がり飛んで来たのだ。

 小さな瓦礫と砂埃を撒き散らしながら飛ばされたキングに、シャーマンが駆け寄った。

 その隙に私はパァンと弾ける軽やかな音と共に、内側から結界を粉砕する。

 それに気付いたウォルグさんと視線を交わし、私達はどちらともなく走り出す。


「レティシア!」

「ウォルグさんっ!」


 ウォルグさんは槍を持たない左腕で私を強く抱き締め、普段は全く見られない焦った表情でこう言った。


「怪我は……していないな? 何もされていないんだよな……?」


 いつもは冷静で自信に溢れた言動の彼とのギャップを感じ、それと同時に、こんな風になってしまうまでに心配させてしまった申し訳無さが押し寄せる。

 私は背の高い彼を見上げながら、砂埃でちょっぴりざらついたその頬を両手で包み込んだ。


「ええ。ウォルグさんがご心配なさっているような事は、何もありませんわ。ですから……どうか安心して下さいませ」


 私の行動に驚いたのか、ほんの一瞬気の抜けたような顔を見せたウォルグさん。


「私は貴方に選ばれたパートナーなんですもの。槍で敵陣を貫く勇猛な貴方のように、私だって強くありたいのですから」

「……そう、言ってくれると……ありがたい。……そうだったな。お前は俺が見初みそめた女なのだから、この程度でどうこうされるような玉ではなかった。だが、それでも……無事で良かった、レティシア」

「……っ!?」


 私の両手を取り、言葉の最後を耳元で甘く囁くように告げられ、思わず肩が跳ねる。

 常日頃、とても心地の良い低い声をしているとは思っていたけれど……これはあまりにも衝撃が大きかった。

 まるでお酒に酔ったような、くらりとした気分にさせられてしまう。それに、私を見る彼の瞳が、とても熱っぽくて……。


 ああ、こんなドラマチックな展開を誰が予想していましたこと!? これもミーチャに報告すべきですの!? どうなんですの!?

 それに今、見初めたって……! それってそれって、パートナーとしてですの!? 恋愛対象としてですの!? どっちなんですの!?

 もう色々な意味で頭が爆発してしまいそうですわー!!



 ……けれども私はアルドゴール家の令嬢ですから、こんな時でも平静を装わなければなりません。

 装えていると……思いたい。

 顔が火照って仕方がない。でも、はしたなく慌てる姿なんて誰にも見せたくないのだもの。落ち着くのよ私。頑張って耐えるのよ、私!


「お、居たぞケント! レティシアも無事……みてぇ、だけど……」


 ウィリアムさんとケントさんも追い付いたようで、声が聞こえた瞬間にそちらに目を向けると、ウィリアムさんとばっちり目が合った。

 みるみるうちに眉間に皺が寄っていくウィリアムさんと、背後から物凄い視線を向けられている事に全く気付いていないウォルグさん。

 そして、私が結界から逃げ出した事に怒りを露わにしているキングとシャーマン。

 さっきウォルグさんが言った『見初めた』の意味が恋人候補としてのものならば、私は今ウォルグさん、ウィリアムさん、キングとシャーマンという四人のお相手から好意を寄せられている事になるのだけれど……。

 こ、これがモテ期というものなのかしら。

 ゴブリンにまでモテる令嬢だなんて、とんでもない逸材なのではなくて? 良い意味で捉えていいのかは分からないですが。


「あの、ウォルグさん……」

「何だ?」


 小声でそっと注意を促しても、彼には察してもらえなかったらしい。


「ウィリアムさんとケントさんもいらしたので、そろそろ……」

「ん? ……ああ、やっと来たのか」


 ウィリアムさんの方を振り返った彼は、ようやく私から少しだけ距離を置いてくれた。

 やはりエルフの血を引いているからか、ただの美形では終わらないウォルグさん。距離を置いたと言っても、ほんの二歩ぐらいの距離では、その美しさは霞んでくれない。

 さっきの囁きの余韻もあって、まともに彼の顔を見られなくなってしまった私は、それを誤魔化すように魔法の構築を開始する。


「ええと、ひとまず防御結界を張りますわ!」

「おう……まあ、今は敵を倒すのに集中しねぇとだからな」

「レティシアもウォルグも大丈夫そうで良かった。さ、目の前の相手を片付けようか!」

「ああ」


 結界がベールとなって私達の身体を包み、ウォルグさんとウィリアムさんはそれぞれ武器を構え、ケントさんも風魔法の詠唱に入った。

 何か言いたげだったウィリアムさんは、早速突っ込んで来たキングに魔法の弾丸を叩き込み、それに続いてウォルグさんが腹に槍を突き刺した。


「ギギャアァァァ!!」

「これでもまだ足りん!」

「僕らの大事な仲間を連れ去ったんだ。ただで済むとは思わない事だね!」


 槍を引き抜いた箇所からは血が吹き出し、その治療に入ろうとしたシャーマンに対し、今度はケントさんの風の刃がそれを妨害する。

 悲鳴をあげるゴブリン達に可哀想な気持ちもあるけれど、彼らを放っておくわけにはいかない。村の人達が大変な目に遭っているのだもの。


「自然の声を聞き遂げし我が思念、太古の血の誓いにより、今ここにその力を解き放たん!」


 以前のようにウォルグさんから発せられる魔力が、辺り一帯に広がっていく。


『我が手足となれ!』


 一際激しい波動が空気を震わせたかと思うと、壁に這っていた何本ものつたがぐねりと動き出した。

 ウォルグさんが両手を振るう動きとシンクロし、彼の思う通りにキングとシャーマンに襲い掛かっていく。

 あっという間にギュルリと二匹を締め上げ、どうにか蔦を引き千切ろうとするも、ウォルグさんの魔法の効果なのか鎖のように頑丈でびくともしない。


「やれるか、レティシア」


 エルフ魔法の影響で緑の瞳になった彼に頷き、私はこの戦いに決着をつけるべく精神を研ぎ澄ませる。


「業火に焼かれよ……バーニングトルネード!!」


 集めたマナと精霊が呼応し、超高温の炎の渦がキングとシャーマンに食らい付き、飲み込んでいった。


「これであの村の人達も、ゴブリンに悩まされる事は無くなるね」

「良い火力だ。最初の巣を潰した時に見たファイアアローもなかなかだったが、お前は本当に魔力コントロールが上手いらしい」


 二匹の断末魔が響く中で、私達は勝利した。




 ────────────




 魔法の炎で全て焼き尽くした後、念の為に遺跡を調べることになった。

 キング達が蓄えていたのか、ここに元からあったのかは判断出来なかったけれど、彼らが残した宝物の数々が何箇所かに纏めて置かれていた。


「下手に手を出したらマズいモンもあるかもしれねぇから、気を付けとけよ」

「呪いの類……ですか?」

「ああ。魔物には効かなくても、人間には悪影響のある古いまじないが掛けられてる場合もあるからな」


 ウィリアムさんの忠告を肝に銘じ、私は木箱に詰め込まれた金銀財宝を眺める。

 すると、少し離れた位置で別の箱を確認していたウォルグさんが声を上げた。


「おい、これを見てみろ」


 彼の声に呼び集められた私達三人も、ウォルグさんが手に取った指輪に目を向ける。

 青い宝石があしらわれた銀の指輪は、見たところ普通のアクセサリーにしか見えなかった。


「……うーん。普通の指輪なようだけれど、何か気になるのかい?」

「お前達には分からないのか……」

「ちょっとそれ貸してくれるか?」


 無言で頷いたウォルグさんから指輪を受け取り、隅々まで観察するウィリアムさん。

 それでもやはりウォルグさんが気になっている理由は分からなかったようで、首を捻っている。


「……全然わかんねぇ!」

「……私にも少し見せて下さるかしら」

「おう、勿論だ」


 その時、異変が起こった。


「きゃあっ!?」


 ウィリアムさんに指輪を渡され、私の指に触れた瞬間、熱を持った光が溢れ出したのだ。


「大丈夫か!?」

「え、ええ……急に光り出したものですから、驚きましたけれど……」

「その指輪から、僅かに古い魔力を感じたんだ。どこかで感じた事のあるような魔力だったから、思わず手に取ってしまったのだが……」


 ハーフエルフのウォルグさんだからこそ感じ取れた、微量な魔力。

 そんなものを蓄えたこの銀の指輪に触れた瞬間、何故か懐かしさを感じる光が発生した。

 次第にその光はおさまっていき、元の状態に戻っていく。


「……悪意を持った魔力ではなさそうだ。この指輪に使われている青い石──ブルーオーシャンナイトは、千年以上前に滅びた国で魔除けとして人気だったものだと聞いた事がある。お前が持っていても悪影響は無いだろう」

「魔除けの石かぁ……。そうだね。また今日みたいな事が起きないように、君が身に付けていると良いよ」

「良いのでしょうか……?」


 私が戸惑いながら訊ねると、ウィリアムさんが言う。


「アンタが触れたら反応したんだから、多分その指輪に持ち主として選ばれたんじゃねぇか? まあ、いざとなったら捨てるなり売るなりすりゃあ良いと思うぜ」


 彼に続いて、ウォルグさんとケントさんも同じような事を言ってきた。


「ブルーオーシャンナイトは現在では滅多に見付からない貴重な宝石だ。持っていて損はあるまい」

「うん。それに、君にとても似合いそうだからさ」

「ほ、本当ですか?」


 私がそう問えば、三人は同時に頷く。

 こうして私達はゴブリン退治を終え、一度村への報告に戻るのだった。

 そして遺跡から出た私の右手の薬指には、海のように雄大な青の指輪が輝いているのだった。

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