第2話 決まりはしたものの
「明日からいよいよ遠征が始まるけれど、まだリアンはパートナーが決まっていないんだって?」
遂に今日は、パートナー申請の締切日だ。
私達は今、私のパートナーになったウォルグさんと、彼のルームメイトのケントさん。そして、そのパートナーのウィリアムさんを入れた四人で、中庭に集まっていた。
「一応まだ探しちゃいるみてぇなんだが、ほとんどのヤツらはこないだ相手が決まってるからな。なかなか良い相手に会えねぇらしいぜ」
「締め切りに間に合わなくなると、残った生徒の中からパートナーが勝手に決められるそうですわね。それまでに、納得のいくお相手が見付かれば良いですけれど……」
私達がこうして集まっているのには、ある理由があった。
パートナー申請を済ませた二日後、あの合同授業で申請を終えた生徒全員に、ヘンリー先生から連絡が渡った。
二人一組のチームを組んだ私達は、遠征先の討伐対象の魔物に合わせた編成で二~十人程度の班を作る。早めに相手を決めた生徒だけで、先生方で先に編成をしたというのだ。
その班というのが、今ここに居る四人だ。
「リアンの事を気にするのも良いが、俺達は今、目の前の事を考えるべきだ。違うか?」
午後の心地良い日差しが降り注ぐ中庭のベンチに座りながら、ウォルグさんは呆れ混じりにそう漏らした。
「違わないね。確かにこれはリアンが解決すべき問題だ。僕達がこうして集まったのは、今度の遠征についての話し合いが目的だものね」
ケントさわはそう言って、小さく笑った。
「……僕らの班が向かう場所は、このアレーセルから一日掛かる小さな村だ。この村では最近畑の作物が盗まれていて、痕跡を見るに犯人はゴブリンの群れらしい」
「つまり、ゴブリン退治って事か?」
「比較的簡単な討伐対象だが、ゴブリンは繁殖力が強い魔物だ。そいつらの巣を潰さなければ、またすぐに同じ被害が発生するだろう」
ゴブリンは小さな子供のような大きさで、拾った武器を使って戦う事もある賢い魔物だ。
その繁殖力の高さから、集団で村を襲うという報告もされている。
「休日の今日の内に準備を済ませて、明日の朝には現地に出発するよ。到着したらまずは村での聞き込みだ。それが済んだら、今回はウォルグの力を借りようか」
「ああ、構わない。巣の場所を突き止めたら、すぐにそこを叩きに行く」
「それが出来れば、今回の遠征は成功という事ですのね?」
「うん、そうなるね。こうやって遠征授業での感覚を掴んでいって、もっと難しい魔物を相手に出来るチームを目指すんだ」
今回はケントが班長となって、私達を率いてくれるそうだ。
彼の指示で私とウォルグさんは食料を、ケントさんとウィリアムさんはゴブリンの巣を破壊する為の道具を買い出しに行く事になった。
街には私達以外の生徒達も買い出しに来ているようで、時々見知った顔とすれ違う事も何度かあった。
私はウォルグの案内で、彼がよく利用しているという食料品店にやって来た。
「今回はそんなに時間の掛かる場所でもない。大量に買い込む必要は無いぞ」
「携帯しやすくて調理が簡単なものや、そのまま食べられるものが良いのでしたわね」
「そうだ。調理器具は俺が持って行くから、食料だけ用意すれば良い」
二人で店内を周り、傷みにくい食材を購入する。
チームが編成されて行われる今回の授業では、必要なお金が学校から支給されていてる。決められた額の中でやりくりをする決まりになっているのだ。
しかし、パートナーと二人だけで休日を利用して行える魔物討伐では、ギルドが引き受ける依頼のように報酬を貰う事が出来るという。
去年まではウォルグさんもケントさんもそうやって討伐依頼をこなしていて、そこで得たお金がお菓子作りの材料費にあてられていたそうだ。
そのうち私も彼と一緒に材料費を稼ぐのだろう。
美味しいスイーツの為なら、何だか頑張れる気がしてきましたわ!
必要な物を買い揃え、私達は店を出る。
「寮に戻ったら、明日の準備を整えておけ。朝の六時に中庭に集合だ」
「はい、分かりましたわ」
何も言わずに買った物を持ってくれた彼に、思わず口元が緩んでしまう。
無愛想に見える彼だけれど、こうやって女の子扱いをしてもらえると、勝手に嬉しくなってしまう。
「……馬車での移動中、軽く摘めるものを用意する。何かリクエストはあるか?」
「それでは……クッキーを」
「ジャムを使ったやつで、サクサクの生地が好きなんだったか」
「覚えていて下さったのですね」
「前にそれを作ってケントに預けた後、お前からの手紙にはいつもより喜んでいるような内容が書いてあった。多分、お前好みだったんだろうと思ってな」
私の手紙、ちゃんと全部目を通して下さっていたのね。
やっぱりこの方は、とても真面目に人と付き合う人なのだわ。
「なら、帰ったらそれを作ろう。明日を楽しみにしていてくれ」
二人で学校まで戻り、私は彼に言われた通りに部屋で荷物を纏める事にした。
魔物と戦うのは初めてだけれど、ウォルグさんもケントさんもウィリアムさんも一緒だ。きっと、何事も無くここに帰って来られるだろう。
******
まずいまずいまずい!
もう今日でパートナーが見付けられないと、先生達に勝手に相手を決められる。
一組でまだパートナーが決まっていないのはオレだけで、今朝はアレク先生に早く決めろと急かされた。
提出期限の午後五時までに申請用紙を出せなかったら、授業態度の減点になるとも言われたんだ。
「こんなんじゃオヤジに怒られちゃうよー!」
休みの学校では、あっちこっちで生徒のみんなが明日の準備をしているようだ。
水色のリボンやネクタイを付けた三年生の隣には、必ずと言って程一年生が居る。きっとそれはパートナーになった相手だろうし、オレは一人で居る三年生を見付け次第声を掛け続けていく。
それでもまだパートナーが居ない人はほとんど残ってなくて、オレと組んでくれそうな人を探して学校の敷地内を駆けずり回る。
竜舎の方まで来てみたけど、流石に人は全然居なかった。
「やばいなぁ……」
人を乗せて走る竜や、空を飛んでくれる飛竜なんかが居るこの辺りは、ただでさえあまり人が近付かない。
今もオレ以外には物好きな生徒が一人居るだけで、それも背が低い男子だからオレと同じ一年なんだろう。
竜舎を眺めているその後ろ姿に、思わず溜息が出てしまう。
「はぁー……パートナーを組んでくれそうな三年なんてどこに居るんだよ。誰か一人余るようになってたりすんじゃないのか?」
もしそうだったら最悪だ。
まあ、流石に生徒が余るようなら先生達が何か言ってくるはずだよな……。うん、これは普通にオレの方に問題があるんだろう。
「……フリーの三年を探してるの?」
声変わりがまだなのか、オレに背を向けたままの男子がそう言ってきた。
「そうだけど……あ、もし知り合いにまだパートナーが決まってない先輩が居るなら紹介してくれない!? このままだと担任の先生にどんな顔して会えば良いのか分かんなくってさー」
「ボクがパートナーになってあげてもイイよ」
「え? でもキミ、一年生なんじゃ……」
振り向いた彼は、オレをバカにしたように笑いながらこう言った。
「ボクは三年だよ。こう見えてもね」
彼の言った通り、着ていた制服のネクタイは水色だった。
オレより全然小さいのに、声変わりだってまだなのに、これで三年生なのか?
「三年二組、ルーク・エリオール。キミがボクの手下になってくれるっていうなら、喜んでパートナーになってあげるよ?」
「手下って……」
「まあ? そもそも後輩は先輩に従うべきだから? 当然の事ではあるんだけどね?」
猫のような細っこい黒髪のルーク先輩は、オレの方へと一歩一歩近づいて来る。
「先輩の言う事なら聞くつもりではいるけど……まあ時間も無いから、宜しくお願いします!」
「ウンウン、ヨロシク」
「オレ、一年一組のリアンです!」
「そしてボクがキミのご主人様のルークなワケだ」
ルーク先輩は制服のポケットから紙を取り出した。
それをオレに渡して、先輩は言う。
「ボクのサインはしてあるから、後はキミのサインを書いて早く先生に提出してきてね」
「用意が良いですね」
「いや、ただ単に提出しに行くのが面倒だったからだよ。先に書いておけば、こうして後輩を使って出しに行かせられるでしょ?」
「そーゆー事ですか……」
何か、今日までこの人のパートナーが決まらなかった理由が分かった気がする。
それでもパートナー未定で減点されるよりはマシだから、頑張ろうと思う。
「早い人達は明日には遠征に出発するだろうけど、ボク達みたいなギリギリ組は早くて明後日に遠征先が発表されるはずだよ。その時にはもろもろの準備、全部キミに任せるよ」
じゃあね、と最後に付け足して、先輩は行ってしまった。
「……こういうのって、先輩が色々教えてくれるモンじゃないのかな」
どんどん小さくなっていくルーク先輩の背中を見つめながら、オレは手の中の用紙に目を落とす。
ちょっとクセのある先輩みたいだけど、本能で分かるんだ。あの人は、かなり特殊な力を秘めている。
オレみたいな、人間以外が持つ能力を。
特別な生まれの者同士、仲良くなれたら良いな。
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