第4話 貴方の力になりたくて
ケントさんは私を置いて、会長様を探しに行ってしまった。
「ケントさん……」
彼が出て行った扉を見詰めながら、麗しの美少女である私は、憂いを帯びた表情を浮かべて俯いた。
そんな私の目の前で、ルーファスはケントさんが出て行った店の扉に鍵を掛けていた。
するとルーファスは、悲しげに佇む私にこう告げる。
「……ケントお坊っちゃまのお気持ちを、どうかご理解下さいませ。あのお方は……まだあんなにもお若いというのに、数え切れぬ苦難を目の当たりにしていらっしゃるのです」
ルーファスのその言葉から、何か悲しい過去が彼に隠されている事が窺える。
ケントさんにとって大切な誰かが過去に危険な目に遭ったせいで、私をこの事件に関わらせたくないのかもしれない。
けれども私が彼の力になって差し上げたいという気持ちには、嘘など一つも無い。
見ず知らずの私の為に、ケントさんは本当に色々と世話を焼いてくれている。
ここでその恩を返さなければ、私はいつまで経っても役立たずの悪役令嬢のままだもの!
これまでの私は、面倒事には手を出さず、気に食わない相手をいたぶって気晴らししていた。
そんな私だったから、友人と呼べる人なんて一人も居なかった。
類は友を呼ぶという言葉は本当ね。相手を信頼するだなんて、一度も出来なかったのだから。
きっと私のそういう醜い部分を、セグは知っていたんだわ。
だから私は……彼の一番になれなかった。
もう同じ過ちは繰り返さない。
これまでの自分を捨てて、私は──私が信じると決めた人の力になるのです!
「……彼がああ仰っていた深い理由は、聞きませんわ。けれど、私はどうしてもこのまま安全な場所で大人しくしているつもりはありません」
「いけませんお嬢様! 貴女様のようなか弱い女性が、あのような凶暴な集団に近付いてはなりませぬ!」
慌てて私を引き留めようとするルーファスに、私は胸を張って答える。
「何の問題もありませんわ! これでも私、防御魔法には絶対の自信がありますのよ? ケントさんの風魔法が敵を切り裂く剣ならば──私の防御魔法は、彼を護る絶対の盾! 二人が揃えば、勝ち目しかありませんことよ!!」
そう、私の得意魔法はあらゆる攻撃から身を護る防御魔法。
鋭い
それこそが、私が学院時代に研究した魔法なのである!
「それに、今からケントさんを追い掛ける訳ではありませんのよ?」
「と、仰いますと?」
「会長様を誘拐した犯人達に、心当たりは無いのでしょう? でしたら、現場に残った私達は、何か犯人を特定出来る手掛かりを探すべきですわ」
犯人達に連れ去られてしまう間に、会長や従業員の方々は多少なりとも抵抗していたはず。
捕まるまいと暴れた彼らを押さえ込むのに夢中になって、その拍子に犯人が身に付けていた何かを落としていれば……それを使って、私は『あの魔法』を発動出来る。
「では、今のところはここから動かないという事なのですな? ほえぇ……。それならば、ひとまず安心致しました」
ほっと胸を撫で下ろした老紳士。
対して私は、上手く彼を丸め込めた事に
「早速店内を調べますわよ! ルーファスと言ったわね。貴方にも手伝って頂くわ」
「ええ、勿論にございます! レティシアお嬢様、でございましたね。お嬢様の手となり足となり、このルーファス、全力で手掛かり探しをお手伝いさせて頂きましょう!」
理解の早いご老人で良かったわ。
すぐに私達は手分けして店内を周り始めたのだけれど……。
その途中で、私は重大な事に気付いてしまった。
よくよく思い出したら、ケントさんが私の事を呼び捨てにしていましたわ!!
『駄目だよレティシア』って!
『ごめんね、レティシア』って!
彼は私の実力をご存知無いからああして私をここに残したのでしょうけれど、その優しさも勇敢さもたまりませんわ!
これはもしや、かなり好感を持たれているのではありませんこと!?
ここからもっと二人の距離を縮められるのではなくって!?
……ああ、いけませんわ。今は緊急事態ですもの。
目の前の事件に集中するのよ、私。
急いで頭を冷やし、商品棚やその隙間、床などに何か遺留品が無いか注意して目を配る。
しかし、私が捜索を担当した方からは、特にそれらしきものは出てこない。
「広い店内だからか、商品の陳列に乱れはありませんわね。一通り探したつもりですけれど……」
向こう側を探しているルーファスが、何か見付けてくれるだろうか。
すると、丁度捜索を終えたらしいルーファスがやって来た。
「そちらはどうでした?」
「残念ながら、それらしき物は何も見付けられませんでした……」
「私もよ。……ねえ、倉庫の方も見せて頂戴な」
「そ、倉庫でございますか? それは構いませんが、そちらの方には誰も出入りしてはおりませんでしたぞ?」
「念の為よ、念の為! こちらのフロアに何も無さそうなら、他の場所を見てみるべきですわ」
ルーファスは多少戸惑っていたようだけれども、大人しく私の意見に従ってくれた。
普段は関係者しか立ち入る事の出来ない商品倉庫は、フロアの奥。鍵が掛かった両開きの扉の先にあった。
ルーファスが先に中に入り、私も続いて扉を抜ける。
倉庫の中は少し薄暗かった。
転ばないように、足元に気を付けなくては。
大きなクローゼットやテーブルらしき家具には布が被せられていて、それらを運び出せる余裕を持たせた幅の通路が幾つも並んでいた。
流石は国内随一の規模を誇るミンクレール商会。数えるのも嫌になる品揃えだ。
「こちらに置かれた商品は、そのどれもがお客様に配達される予定の品にございます。どれも一点しか無い
「ええ、分かりましたわ」
倉庫は歩き疲れてしまいそうな程に広い。
また二手に別れることにして、しばらくまた黙々と遺留品探しに集中する。
私は倉庫の隅々まで探してしまおうと、ぐるりと壁際の通路を移動する。
「あら……?」
荷物を運び入れる為にあるのだろう。外へ出られる上下開閉式の大扉を発見した。
その大扉の下が少しだけ開いている。これではいつ泥棒に入られてもおかしくない。
この商会は本来警備がしっかりしているらしいのだから、こんな無防備な事があってはならないはずだ。
私はすぐにルーファスを呼び、その状態は異常なのではないかと質問する。
「お嬢様の仰る通り、これは普段ならば異常な事態でございますな」
「まさか、主犯格の男の配下達はここから侵入したのかしら……」
そう問えば、ルーファスは慌ててそれを否定する。
「そんな事はあり得ませぬ! この扉は外からは簡単には破れませんし、専用の特殊な鍵でしか開ける事が出来ない造りになっております」
ルーファスの言葉通り、もしここを無理矢理開けられていたとしたら、何かしら破壊されたような痕跡が残っていても良いはずだった。
そして、彼が付け加えて説明したところによると、中からは簡単に開閉出来る仕組みようだ。
あまり考えたくはないけれど……これは、従業員の誰かが犯行グループと手を組んでいたという疑いが濃厚だろう。
「もう少しこの辺りを調べてみましょう。ルーファス、ここを開けてみても良いかしら?」
「いえ、開けるのでしたらこの私が……」
「腰を曲げる作業をさせるのは心配なんですの。それに、これくらい自分で出来ますわ」
「た、確かに……私、先週ぎっくり腰が治ったばかりでございました。あれはもう二度と味わいたくありませんからな……。お嬢様のお手を煩わせてしまいますが、お手伝い出来る高さまで持ち上げて頂けると助かります。この老いぼれを気遣って下さるお嬢様の温情に、心から感謝致します……!」
「そ、そんなに喜ばれても困りますわ……!」
たかが扉を開けるくらいの事で、こんなに感謝されてしまうだなんて。
……ちょっと照れ臭いですわね、こういうの。
私は少し屈んだところで、扉を上に押し上げる為の持ち手部分に手を掛ける。
そして──
「もっ……持ち上がり、ませんわ……!!」
予想もしていなかった重量の扉はピクリとも動かず、それから間も無く私は音を上げるのだった。
******
僕について来てくれようとしたレティシアには悪いけれど、彼女の事はルーファスに任せる事にした。
借りていた馬車は、目的地に着いた事を理由に、既に店の前から姿を消していた。
「移動手段は徒歩しか無いか……」
それでも問題無い。持久力には自信がある方だ。
僕はそのまま屋敷へと続く道を走り出す。
屋敷が見えて来た所で、侍女のシャーナが買い出しから戻って来たのが見えた。僕はすぐに声を掛ける。
「シャーナ! 緊急事態だ! 警備騎士隊長アルベルトに『太陽が喰われた』と伝えてくれ!」
「か、かしこまりました。すぐにアルベルト様にお伝え致します!」
「ああ、頼んだよ!」
シャーナは買い物袋をその場に放り、大急ぎで騎士用の棟へと駆け出していった。
『太陽が喰われた』とは、父さんが何者かに誘拐、もしくは何らかの攻撃による危害を加えられた場合の対策を示している。
他にも色々な作戦があるのだけれど、その内容を知る者はミンクレールの血筋か警備隊のみだ。
侍女達が詳しい意味を知らないのは、万が一彼女らが何者かに脅されて、口を滑らせる事を防ぐ為。
辛い事だけれど、過去に内部から情報が漏れて、被害が出た事があったせいなのだけれど……今はひとまず置いておこう。
これからシャーナに伝えた作戦の始動を受け、アルベルトが、レティシア達の保護と父さんの捜索を開始する。
僕はすぐさま走るのを再開した。
道で擦れ違う同級生や上級生達に軽い挨拶を返しながら、自己最高記録なのではないかというスピードで、僕はセイガフの校門に到着した。
そこから更に走り続け、男子学生寮のある東側へ。
僕と彼が生活する部屋へ最短距離を進み、手早く扉の鍵を開けて中に入る。
「ウォルグ! 居るかい、ウォルグ!」
玄関から大声で呼ぶと、不機嫌そうな表情を浮かべたエプロン姿の彼が顔を出した。
「君の力を借りたい! お菓子作りの邪魔をしてしまったけれど、緊急事態なんだ!」
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