【公募版】元花乙女は幸せを求めて家出する 〜悪役令嬢みたいな人生なんて、もう結構ですわっ!〜
由岐
プロローグ 公爵令嬢の末路
人の恋路を邪魔する奴は
「僕、ルディエル王国第一王子セグウェール・バル・ルディエルは、エリミヤ・キャナリーを正妃とすることを、ここに宣言する!」
よく通る澄んだ声が、大広間に響き渡る。
彼こそがこの国の王子、セグウェール。
私──公爵令嬢レティシア・アルドゴールの『元婚約者』である。
柔らかなブロンドに、清らかな青い瞳を持つセグは、ルディエル王家のしきたりに従って、複数の婚約者の少女達を集めていた。
その少女達は『花乙女』と呼ばれている。
私もその花乙女の一人として、幼い頃から屋敷を離れ、『乙女の花園』と呼ばれる離宮で暮らしてきた。
花乙女には、貴族や大商人の娘は勿論、下町で王子に見初められた庶民まで、最大七人が選ばれる決まりになっている。
そんな七人の少女達の中で、たった一人しか王子の妻になる事が出来ない。
けれども──セグが選んだのは、私ではなかった。
政治への発言力もあり、公爵家の令嬢という花乙女一の確固たる地位を持つこの私を、彼は選んでくれなかったのだ。
彼に名を呼ばれ、喜びに打ち震える茶髪の少女──エリミヤ。
彼女は、花乙女の中で最も地位の低い、いわゆる庶民だった。
顔だって平凡で、何も無い場所で転ぶし、何かとドジをしでかす女。それが、エリミヤという少女にぴったりの言葉だ。
しかし、私は彼女と全く違う。
母譲りの白銀のストレートヘアに、アメジストを埋め込んだような、美しく輝く瞳。
貴族の女性らしい立ち居振る舞いは、物心つく前から教え込まれてきたし、私は花乙女の中で最もあらゆる面で優れた少女だと自覚していた。
あんな女のどこが良いのか──私には、セグの考えが全く理解出来なかった。
何も出来ないただヘラヘラ笑っているだけの女より、私のように見目麗しく、有能な女性を伴侶にするのが当然なのではないか?
そう思った私は、今日までエリミヤに散々嫌がらせをしてきた。
セグが彼女を追い出すなんて事はあり得ないから、あの女自ら花乙女を辞めたいと
それなのに……あんまりだわ。
これまでの数々の努力は虚しく、私の愛するセグは別の女を選んでしまったのだ。
国王夫妻や国の重鎮、そしてその他貴族や超有名ギルドのギルドマスター達が集められた……正妃決定のお披露目パーティーで。
「……して……どうして私じゃないのよっ……!」
ああ、なんて恥ずかしい。
そして、なんて憎たらしい!
これ以上この場に居ても、他の家の者達から指をさされて笑われるだけだ。
私はこの日の為にと用意させた空色のドレスの裾を掴んで、大広間を飛び出す。
公爵家の姫たる私をこの状況で引き留める者は居なかった。きっと、私に掛ける言葉が見付からないからなのだろう。
私だって、何と声を掛けられても不愉快なだけだ。
今はただ、このまま城を飛び出して、そしてどこかに消えてしまいたい。
その思いだけが、私の脚を動かす理由だった。
人生で一番速く走っている気がする。
だって、令嬢が息を切らして走る場面なんて普通は無いのだもの。
私はどこで道を誤ったというの?
貴方は私を花乙女にしてくれたのに、何故最後に私だけを選んでくれなかったの?
私に無くて、あの女にしかない魅力なんてものが存在していたとでもいうの?
遂に城門まで辿り着いた私の前に、一人の男が立ちはだかった。
「その銀糸の髪……。もしや、レティシア様ではありませんか?」
王城騎士の鎧を着込んだその男の名は、ルバート。
どうやら、新米騎士の中でも特に期待されている黒髪の彼が、門の警備を任されていたらしい。
「だから何だというの? 今の私は、すこぶる機嫌が悪いの。そこをどいて頂戴!」
ああ……きっと、私は酷い顔をしているわ。
元から目がキツい方だと、自覚はしている。
私の機嫌が悪い時、白銀の聖女が悪女に変わったようだと、他の花乙女達に影口を叩かれたものだ。
けれど、エリミヤだけは……そんな私を庇って、逆にイジメのターゲットにされた事もあった。
……もしかしたら、そんな風に誰かを守ろうとする少女だったからこそ、セグは彼女を──
「まだパーティーの最中なのではございませんか? ご気分が優れないのでしたら、メイドを呼んで、庭園で休憩を取られては……」
様子のおかしい私を気遣って、そう声を掛けてくるルバート。
しかし私は、そんな彼の提案を正面から却下する。
「そんなの必要無いわ! もう私は花乙女じゃない! 正妃になれなかった私は、きっとお父様にだってご迷惑を掛けてしまう……。もうこの国に、私の居場所なんてどこにも無いのよ!!」
「レティシア殿!」
花乙女じゃない──そう口にした瞬間、これまで堪えていた涙が一気に溢れ出す。
ルバートを突き飛ばし、私は城下町へと走り出す。
初めて私が泣く所を見たからか、それに驚いたルバートは隙だらけだった。
肺が爆発してしまうのではないかと錯覚する程、荒い呼吸を繰り返す。
どれだけ走れば良いのだろう。
どこまで逃げれば良いのだろう。
答えなんて出て来ない。頭の中が、黒いドロドロとしたもので埋め尽くされて──まともな思考が出来なかった。
……そのせいなのだろう。
私が、箱馬車に激突してしまったのは。
気が付いた時には、全てが遅かった。
突然暴れた馬が走り出し、制御の効かない馬車に思い切り
馬にぶつかり跳ね飛ばされ、硬い
とにかく全身が痛かった事だけが、私が感じたものの全てだった。
離宮での生活で、心の痛みには慣れていた。
けれど、身体の痛みにはあまりにも弱かった。
私は貴族の娘ではあれど、こうして世に投げ出されれば、ひ弱な小娘でしかないのだから。
最期に視界に映ったのは、石畳みの道に広がる血溜まりだった。
誰かが駆け寄って、何か声を掛けているようだけれど──ぼんやりと霞みがかったように、その声がハッキリと聴こえない。
……これが、私の最期なのね。
世にも哀れなこの死に様は、まるで恋愛小説に出て来る悪役のようではないか。
悪の令嬢は馬車に轢かれて死んじゃって、主人公はめでたく王子様と結ばれる。
ああ、笑えない。
当事者からしたら、とても笑い事なんかじゃないわ。
どうして私の人生は、こうなってしまったのかしら。
……いいえ。私は、その理由を知っている。
私はエリミヤが持っていた、
次の人生では、もっと
己の犯した過ち……。
それは全て、いつか自分に返って来るものなのだ。
私がこうして、こんなにも馬鹿げた死を遂げたようにして──
目を開けると、そこにはお母様が居た。
久々にお顔を見たけれど、何だか少し若々しく見える気がする。
「ああ、目を覚ましたのねレティシア」
……もしかして、私は助かったのかしら?
どうやら私は、ベッドに寝かされていたらしい。
私はてっきり、あのまま路上で死んだものだと思っていたというのに……何故?
「早く支度をしないといけないわ。セグウェール王子殿下がお見えになっているのよ」
「えっ……セグが……?」
私を選ばなかったくせに、今更どの
そう思いながら、私はベッドから身体を起こす。
「え?」
髪を整えようと伸ばした手が、異様に小さい。
手だけではない。足も身体も……声でさえも、まるで子供のようになっていたのだ。
「何よ、これ……」
子供に戻るだなんて、何か呪いでもかけられたのだろうか。
でも、そうだとしたらお母様が説明して下さるはずだもの。
なら、これは夢?
花乙女として離宮で暮らし始めてから、一度も帰って来なかった屋敷。その自室は、当時のままだ。
これはもしや、走馬灯なのかしら? 死ぬ前に人生の全てを振り返る瞬間があると耳にしたけれど、こんなにゆっくりと人生を体感するものなの?
私の戸惑いを気にする素振りも無く、お母様はメイド達を呼んで私の身支度を整えさせた。
やはり見覚えのあるクリーム色のドレス。
それを着てセグが待つ客間へ行けば、私のように小さな姿になった彼がソファーから立ち上がった。
「初めまして、レティシア。僕はセグウェール……。この国の第一王子です」
あの日と全く同じ台詞。
何故なのかしら。私は同じ時を歩んでいるというの?
「今日は朝早くから申し訳ありませんでした。実は、今日から王家のしきたりとして……」
……駄目よ。
ここでまた、彼の花乙女に選ばれたとしたら……。
私はもう一度、あの胸が張り裂けるような思いをしなければならないのだろうか。
そんな人生、もう二度と御免よ!
悪役令嬢みたいな人生なんて、もう結構ですわっ!
私は小さな王子様の前に躍り出ると、少々戸惑った様子の彼に向けて、こう言ってみせる。
「ごめんなさいね、王子様。私、自分の結婚相手は自分で選びたいんですの!」
「……え?」
「な、なんて事を言うのレティシア! 殿下に失礼にも程がありますよ!」
「言わせて下さいなお母様! 私、もう今日限りでこの家を出て行きます!」
「貴女、何を口走って……!」
「あんな思いをもう一度するだなんて地獄だわ! それでは皆様、ごきげんよう!」
思い切り振ってやれば、セグはぽかんとした様子で固まっていた。
いやはや、良い気味だわ! 美男子が台無しで最高よ!
さようなら、私の初恋の人!
戸惑う家の者達を放置して、その中でまだまともに動けそうだったメイドを連れ、部屋に戻って動きやすいワンピースに着替える。
私の誕生日に毎年贈られてくる、様々な装飾品を小箱に詰め込んで、出来るだけお金に変えられるように荷物を纏めて屋敷を出る。
お母様は、まさか本当に娘が家を出るだなんて思ってもいなかったらしく、玄関であわあわと狼狽えるばかり。
その隣で、セグがやっと口を開いた。
「れ、レティシア……?」
……どうせここで貴方に付いて行っても、私は貴方だけの女性にはなれない。
それなら私は、私だけを心から愛してくれる人を求めて家を出る。
「せいぜいあの女とお幸せに」
満面の笑みでそう言ってやれば、セグは頬を薄っすら染めながら、不思議そうな顔をした。
こうして私は、アルドゴール公爵家に別れを告げた。
……あ、お父様はお留守だったから、お父様にだけは別れを告げてなかったわ。
けれどまあ良いわ。気にしないでいきましょう。
さあ、未来の私の旦那様!
悪役でも令嬢でもない私が──今、貴方の元へ行きますわ!
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