マルコの推理

 コトリ部長とカエサルの関係が気になって仕方ないのですが、コトリ部長はいつも通り、いや気のせいか、いつも以上に快調に仕事をこなされているように感じます。もともと人間業とは思えないスピードで仕事をされますが、これがさらに加速されている感じです。

 さらに微笑みに輝きが増しているように感じてなりません。コトリ部長の微笑みは魔王の心理攻撃中でも絶えることはなかったのですが、ミサキが見てもさらに魅力が増しています。それこそ見る者を陶然とさせるほどの微笑みです。

 なんとか、その後のカエサルとの関係がどうなっているかを聞きだしたいのですが、五時が来るとサッサと帰られます。いや、あれはイソイソと帰られるように見えて仕方ありません。会社を出る時の微笑みを何度か見たのですが、ミサキがそう思うせいか、愛しい人のところへ飛んでいくように見えます。

 誰かを連れて飲みにいくのもバッタリと無くなってしまいました。歴女の会にも顔を出されません。シノブ部長からも会うたびに、


「コトリ先輩から何か聞いた?」


 こう聞かれるのですが、そういうプライベートな話題に触れさせてもくれない感じです。ミサキもコトリ部長の秘書役みたいな仕事は既に終わっており、そうなると本部長と課長代理ですから、同じジュエリー事業部でもそうそう話をすることもないのです。もちろんゼロではありませんが、仕事上の必要な会話だけで済ますと次の仕事に飛んで行ってしまわれます。

 シノブ部長に相談したいのですが、まだまだ子育て中で夜に飲みに行くなんて、そうそうは出来ません。首座の女神との相談も考えましたが、呼び出すのが大変な上に、コトリ部長の恋を挫折させたいのか、それとも成就させたうえで、マルコとミサキがアラブに連れて行かれないようにの相談かもあやふや過ぎる状態です。こんな状態で相談したところで、


「それはあなたが決めること」


 これ以上の返答があるとは思いにくいところです。そこでマルコに相談してみたのですが、


「その男は本当にカエサルなのか?」


 マルコはエレギオンの五人の女神が宿主を渡り歩いて現在まで生き残っている話までは信じてくれています。


「ミサ~キ、仮にカエサルだとしたら、カエサルが死んでからも引き続いて新しいカエサルが登場することになるじゃないか。あれだけの英雄がポンポン生まれていたら、ローマ帝国は永遠に滅びないよ」


 これは確実に一理あります。コトリ部長は延々と次座の女神をされておられたので気が付きにくかったのですが、古代ローマ帝国にはカエサルに匹敵するような皇帝は二度と現れなかったと見て良さそうです。


「こう考えるのはどうかしら。カエサルは英雄だけど、動乱の時にしか活躍できないタイプだとか」

「そういう種類の英雄もいるけど、カエサルはそうでないと思う。それにローマ帝国も滅びる寸前まで平穏無事だった訳じゃないだろ」

「じゃあ、ブルータスに暗殺されたのに愛想を尽かしてローマ帝国から出たとか」

「それも無いとは言わないけど、古代ローマ帝国を取り巻く国々にもカエサルが出たとも思えないよ」

「だったら、だったら、中国に行ったとか」

「そりゃ、インドだって行こうと思えば行けるけど、無理がないかい」

「たしかに」


 マルコのカエサルはどこに行っていたのかの問いかけは、一蹴するには重すぎる物があります。


「でもコトリ部長は見た瞬間にカエサルとわかったみたいだよ」

「騙されてるんじゃないかなぁ」

「どういうこと?」

「神の起源はミサ~キの話を信じる限り五千年以上は余裕で遡る」

「そうみたいだけど」

「神は例外的な場合を除いて増えない」

「そうだよねぇ」


 マルコは少し考えてから、


「しかしミサ~キとシノ~ブはコト~リが作ったんだよね」

「そうらしい」

「だったらカエサルも腹心を作ったんじゃないか」


 マルコがここまで冷静に物事を分析できる人とは初めて知りました。これは惚れ直しそう。


「カエサルはたしかに名門であるユリアヌス一門の出身ではあるが、ユリアヌス一門の勢力自体は大きくなかったで良いと思う。カエサルがガリアを征服し、内乱を勝ち抜いたのはカエサルの力量であるのは間違いないけど、あれだけの成功を収めるには優秀なスタッフが必要だよ」

「そうよね、でもカエサルはそういうスタッフの育成にも優れていたとされているわ」

「士官は育成できても、将官の育成は難しいんだ。どうしたって個人の力量にかかる部分が多いからね。だからカエサルは促成で将官を育成するために力を分け与えて新たな神を作った可能性は残る」


 今日はマルコに感心しっぱなしなんですが、


「でもマルコの説に一つだけネックがあるわ」

「なんだい」

「コトリ部長はカエサルに会ってるし、抱かれてるのよ。二千年前とはいえ間違えるかしら」

「コト~リは間違っていないと思う」

「どういうこと」

「コト~リが二千年前に会ったのはカエサルではなかったんだ」


 マルコの話が頭の中でつながっていきます。カエサルと古代エレギオンの関係でシックリ来ないのはエレギオン王国を国民ごと抹殺しようとした点です。カエサルも裏切りを繰り返す部族や勢力に対して果断な処置を取っていますが、エレギオン王国はポンペイウスに与していたとはいえ、カエサル軍団が迫ると降伏して求められるものを差し出しています。それなのに単に降伏させるだけでなく、国民抹殺まで考えるのは余りにもカエサルらしくないのです。


「だとすると、コトリ部長が会ったカエサルとは」

「カエサルの影武者みたいなものじゃないかな。コト~リだってその自称カエサルに会ったのは一度きりだろうし、シチリアに移住してからもカエサル本人に会っていない可能性が高いよ。つまりは本物のカエサルを見たことがないかもしれないんだ」

「じゃあ、本物のカエサルは?」

「ブルータスに殺された。ブルータスもまた神だったんじゃないかな」


 今夜ほどマルコが頼もしく見えたことはなかったかもしれません。コトリ部長がエレギオンで会ったカエサルは、カエサルが作った神で、カエサルの影武者としてエレギオンに派遣されてことになります。


「一つわからないのが、どうしてエレギオン国民の抹殺をしようとしたのかしら」

「おそらくカエサルからの命令ではないと思う。単に軍事的な威圧だけの命令を受けていたんじゃないかなぁ。でもそれじゃ、くたびれ儲けだから、私腹を肥やそうとしたんじゃないかと思う。しかしその前に本物のカエサルの要求に差し出した後だから、たいした財宝は残っていなかった」

「あっ、そっか、これをエレギオンが財宝を隠していると邪推した偽カエサルは国民抹殺の脅しをかけたんだ」

「おそらくそうだと思う。そこで都市中を探しつくすために、エレギオン王国を徹底的に破壊して財宝を探した」

「でもそんな事をすれば本物のカエサルが怒るんじゃない」

「本物のカエサルは忙しかったんだよ。おそらくエレギオン王国が反抗したから、住民には温情をかけてシチリアに強制移住としたが、都市自体は見せしめのために破壊したとの報告を信じたんじゃないのかな。言っちゃ悪いが、エレギオン王国程度がどうなったかを確認するほどカエサルはヒマじゃなかったんだ」


 これなら話にすべて筋が通るわ。マルコえらい、マルコ愛してる。


「ミサ~キ、ラ・ボーテからの一連の騒動もカエサルにしたら手際が悪すぎると思わないか。たとえミサ~キの言う通りに、女神であるコト~リを部下にしたかったにしろ、やることが大仰すぎる気がするんだ。カエサルならもっとスマートにエレガントに事を運ぶと思うよ」

「マルコの言う通りだわ。マルコ、だ~いすき、お礼に今晩は寝かさないわよ」

「ミサ~キ、それはお礼なのか」

「ミサキを愛していないの」

「愛してるよ」


 マルコの話は全部推測だけど、これならすべて辻褄が合うのは間違いない。どちらにしても確認しようがないものね。もし確認するには・・・首座の女神なら何か知ってるかもしれない。でもそうなると、またなにか作戦を考えないと。う~ん、頭が痛い。

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