事件発生

 大騒ぎになったのは翌日です。警察から一報が入り、意識不明になっているのを舞子で発見されたのです。ミサキも大急ぎで病院に駆けつけましたが、意識が戻らない上に全身の衰弱がひどく入院となってしまいました。警察の話では、


「事件性については調査中ですが、何者かと揉みあった形跡があります。財布などは無事でしたから強盗の線の可能性は低そうですが、変質者による暴行の可能性はあると考えています」

「まさかレイプされたとか」

「着衣の様子や医師の診断では強姦にまで至っていないようですが、揉みあった時に生じたと考えられるすり傷や青あざが認められています。それとよく判らないのが発見現場の舞子公園の松の木が一本折れています。これと被害者の関連性は今のところ不明です」


 とにかくその日はコトリ部長のことで社内は持ちきりでしたが、何が起ったかは全く不明です。ミサキが受けた感じでは首座の女神との対決後に似てる気がしますが、あの時よりも重傷そうな気がします。お見舞いに行ったシノブ部長も同じ意見でした。

 とりあえず舞子公園の松の木を見に行きましたが、たしかに根元から折れています。


「ミサキちゃん、これはかなり低い位置ね」

「はい、折れてるというから、もっと真ん中辺りと想像してましたが、こんなに根元から折れてるなんて」


 舞子からの帰りにシノブ部長とあれこれ考えていたのですが、


「・・・コトリ先輩はラ・ボーテの原口社長とお話されたのね」

「はい、それが何語で話しているかサッパリわからなくて」

「その時にはコトリ先輩の顔色が青ざめてた」

「そうです」


 カギはコトリ部長と原口社長の会話にありそうなことは容易に推測がつくのですが、


「ミサキちゃん、やはりおかしいね。コトリ先輩は腕力ないけど、今なら相撲取りの集団に襲われたって撃退できるはず。それなのに意識を失うほどってありえないはず」

「不意打ちとかは?」

「すり傷程度はあっても大きな外傷はないって話よ。それよりあの消耗ぶりは尋常じゃないもの」


 コトリ部長がいかにタフかは春までに十分すぎるほど思い知らされています。


「どう考えてもユッキーさんクラスと対決したとしか思えないのよ。でもユッキーさんと対決したとは考えられないの」

「そうなるとやはり相手は」

「他に考えられないのよね。ただなんだけどラ・ボーテの原口社長は私もそんなに知ってるわけじゃないけど、英語だって怪しいはずよ。英語が怪しいのに、ミサキちゃんが何語かも検討がつかない言葉をしゃべれるとは到底思えないのよ。その言葉って、いわゆる欧米語の感じはあった?」

「それがどうにも違う感じがしました。なんていうか、全く異質な感じです」

「そう言えばコトリ先輩も喋ったのよね」

「ええ、コトリ先輩から誘いかけてました」


 コトリ部長が対決した相手がラ・ボーテの原口社長でないかの推測は出てくるのですが、謎の言葉をしゃべり、なおかつ目覚めた次座の女神であるコトリ部長をあそこまで痛めつけた点に違和感が残ります。


「これだけじゃ、判断というか正体はつかみようがないねぇ」

「シノブ部長、そう言えばコトリ部長は気になることを話していました」

「どんなこと」

「はっきりとは言われなかったのですが、今のクレイエールの苦境は結果論で、真の原因は別にあるみたいな」

「話をもう一度整理しましょ。まず一番重要なのは次座の女神のコトリ先輩を、ああいう状態にしてしまう能力者が存在していること。これは疑いもない事実なのよ。次にそれだけの能力を持つ人間は、私たちと同じように超人的な仕事も出来るはず」

「そうですね」

「この条件に原口社長がどれぐらい当てはまるかだけど、仕事ぶりはそうとして良いと思う。綾瀬副社長が渾身の力を振り絞ってもラクラクと凌いでしまっているのは事実だもの」

「でもクレイエール時代の原口社長は・・・」

「考えられるのは一つしかないと思うの。私と同じように原口社長にも突然神が宿ったんだ。神が宿ったから急に人間としての能力が上がり、ミサキちゃんにも見当が付かない言葉を話せるようになった」

「そう言えばコトリ部長は原口社長と会った瞬間から、原口社長と話している感じがしませんでした。もっと旧知の誰かと話している感じでした」

「コトリ先輩は見た瞬間にわかったとしか考えられないわ」


 どう考えてもコトリ部長を倒したのは原口社長としか思えません。何かヒントを見落としている気がします。なんだろう、何か引っかかるのだけど。そうだ言葉だ、イタリア旅行の時のことを思い出せば良いだけだった。あの時にミサキだけでなく、コトリ部長も、シノブ部長もネイティブ並みに話せてしまったんだ。コトリ部長ともなるとラテン語さえ話してた。これは長い記憶の中でネイティブとして話していた時代があったからに違いない。


「シノブ部長。コトリ部長が話していた言葉は原口社長も知っておられた訳です」

「そうなるね」

「これは古代の言葉ではないでしょうか。コトリ部長の記憶ははるかシュメール時代まで遡ります。古代エレギオン王国はシュメールからの移住者ですから、シュメール語を話していたと考えるのが妥当です」

「そうなると話は古いなんてものじゃないね。古代エレギオン王国がいつまでシュメール語を話したかはわからないけど。少なくともシチリアに強制移住させられる二千年前以上のことと考えられるもの。その時の因縁の相手の可能性があるわ」

「その時代を覚えているのはユッキーさんしかいない」


 ここでシノブ部長と壁に当たりました。首座の女神は山本先生の心の中に宿っているのですが、まったく表面には出てきません。さらに加納志織さんの中には主女神が宿っているのですが、首座の女神はその事を山本先生に知られる事を嫌がるどころか拒否します。もう少し言えば、山本先生の心の中に住んでいることを悟られるのも拒否されます。


「前のやり方をもう一度やる?」

「今度は警戒して来ない気もします。その程度のコントロールなら山本先生に知られないようにするのは難しくない気がします」


 二人であれこれ考えたのですが、さしたる方法は思い浮かばず、


「とりあえず山本先生と加納さんにコトリ先輩がこうなってしまってるのを知らせよう。コトリ先輩はお二人にとって大事なお友達だから、お見舞いにぐらい来てくれると思うの。山本先生が来られればユッキーさんも自然に来るから、その時に出てくれるかもしれない」


 とはいえ、お見舞いとなると現在のICUから一般病棟に移ってからになります。さらにコトリ部長の家族の方もおられますから、これをどうするかの問題もあります。


「シノブ部長が御家族の方を眠らせてしまうのはどうでしょう」

「ミサキちゃん、忘れたの。ユッキーさんに言われちゃったんだ。力の加減がヘタクソ過ぎるから、もう使うなって。私がやったらコトリ部長の御両親を殺しかねないよ」

「そうなると、そこまで首座の女神頼りになってしまうのですか」

「その辺はタイミングね。コトリ部長は眠ったままだから、いつまでも御家族の方がベッタリ付いている訳じゃないと思うよ。理想的には加納さんも抜きで三人が病室に居合わせることだよ」


 とりあえず出した計画は、コトリ部長がICUから一般病室に移ったタイミングで山本先生にお見舞いをお願いしようでした。


「加納さんの撮影スケジュールはある程度は把握可能だから、加納さんが撮影旅行で不在の時をまず狙おう。御家族は入院以来付きっきりになっているから、なんとか上手いこと言って、山本先生が来る日は休んでもらえるように持っていこう。ミサキちゃん、その代わりに会社のお見舞い代表になってね。これは私が根回しする」

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