第139話 後悔と願い
「ルイーゼ、ありがとう……。以前打ち明けたときにも、君はそうして俺の代わりに怒ってくれた。正直言うと、また君にこの話をするのは勇気がいったんだ。もし君に引かれるか憐れまれたらつらいからさ……」
「引くだなんてそんな……!」
「うん、そうだよね。君はやっぱり俺の大好きなルイーゼだ」
「だっ……! ありがとうございます……」
アルフォンスさまがさらりと告げた不意打ちの言葉に一気に顔が熱くなる。赤くなったであろう火照る頬を思わず両手で押さえて隠してしまった。
「それにしても……フッ」
「……?」
先ほどから何か笑いたいのを堪えるような殿下の様子を見て思わず首を傾げてしまった。
「顔を真っ赤にして烈火のごとく怒るなんて。……この話をして憐れまれると当時の自分が惨めに思えてくるからつらいものがあるんだ。いや、実際惨めなんだけどさ」
「アルさま……」
「だけどそんなふうに怒ってもらえたら、なんだか悪いのは俺じゃなくて奴らだったんだと実感できて……ああ……なんか心の中に澱んでたのがすっきりした気がする」
そう言ってアルフォンス殿下は晴れやかな笑顔を浮かべた。
「他人から見ると俺は見目のいい子どもだったらしいから、自分の外見のせいで周りがおかしくなってしまって、本当は自分が悪いんじゃないかと……ほんのすこしだけ、心のどこかで思ってた」
「そんなわけないでしょうっ! 加害者が全部悪いに決まってます! 大人が抵抗のできない幼い子どもを虐待するなんて非道な事です! 殿下は何も悪くありませんっ!」
「うん、分かってる。理屈では分かってたんだけどね……。ルイーゼにそう言ってもらえると心が軽くなっていくよ。本当にありがとう……」
アルフォンスさまはそう言って少しだけ安堵したように笑った。
私の言葉でアルフォンスさまの心の傷が完全に癒えたわけではないだろうけど、少しでも救いになっていたらいいのに。
「……そんな理由で派手な外見の女性やきつい香水の匂いを生理的に受け付けなくなってしまってね。その結果、以前のルイーゼのことを遠ざけてしまっていんたんだ。君の中身は幼いころも今も何も変わっていないのにね」
「それは、仕方がありません。アルさまの好みの女性を勘違いして、ご不快な思いをさせてしまった私が悪いんです」
「いや、俺が喜ぶと思って頑張ってくれていたんだろう。そんな君を思うと胸が痛いよ。そんなに君が俺を思ってくれていたのに……本当に勿体ない時間を過ごしてしまったな……。悔やんでも悔やみきれない。もっと早くに気付くことができていれば、とっくに正式な婚約者同士になっていただろうに」
アルフォンスさまが小さな溜息を吐いて苦笑した。
「そしたらきっと、もっと早くから表だって君を守れた。こうしてこの国に連れ去られることもなかったかもしれないのに。愚かすぎる過去の自分を殴り飛ばしたいよ」
「アルさま……」
ふっと目を細めたアルフォンス殿下の右の頬に、ふと、ほんのり薄く傷が残っているのを見つけてしまった。
「この傷は……」
思わずアルフォンスさまの右頬に手を伸ばしてしまう。
「ああ、これは名誉の負傷だよ。君は気にしなくていい」
アルフォンスさまはそう言って右頬に伸ばした私の手を自分の右手で優しく包んだ。
今は思い出せないけれど、この頬の傷はきっと私が関係しているのだろうと直感した。穏かに微笑むアルフォンスさまの顔を見て、切ない気持ちで胸が詰まりそうになる。
「あの、ごめんなさい……。いつかきっと全てを思い出しますから……」
「嬉しいけど無理はしないで。どんなルイーゼでも俺は好きだから」
全てを思い出したい。今はきっと大切な思い出も零れ落ちてしまっているだろう。全ての記憶を取り戻せたら、目の前で私に優しく微笑む愛しい人は喜んでくれるだろうか。
そう思ってアルフォンスさまの言葉に答えようと口を開きかけたところで、コンコンとノックの音が聞こえた。
返事をすると、遠慮がちにビアンカさまが部屋の扉を開けた。
「クリス、ちょっといいかしら……」
「ビアンカさま、どうしたんですか?」
「あの、お邪魔しちゃってごめんなさいね。貴女を訪ねてきてる人がいるのだけれど、やっぱり出直してもらったほうがいいかしら……。彼女、なんだか切羽詰まってるみたいだったから……」
私を訪ねてきた「彼女」って……それはもしかして。
「どなたですか?」
「モニカさんよ」
ビアンカさまの言葉が聞こえたのか、アルフォンスさまが驚いたように目を瞠って呟いた。
「……モニカ?」
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