第98話 新しい魔道具(後)


 ルイーゼが思いついたいくつかの懸念をギルベルトとリタに伝えた。するとギルベルトが「ふーむ……」と何度か首を捻ったあとにニヤリと笑って話を始めた。


「ルイーゼ、この刃なんだが別に金属である必要はないと思うんだ」

「というと?」

「金属だから錆びるんだろう? ならば別のもので切ればいい」


 金属じゃないもので切る? ガラス? それこそ手入れが危険な気がする。指を怪我してしまいそうだ。


「前回の冷蔵庫は消費魔力のコストを抑えるために素材にこだわったが、今回はもっとシンプルに考えるんだ」

「シンプルに?」

「ああ、そもそも我々が作るのはただの道具じゃない」


 ギルベルトがそう言うとリタがポンッと相槌を打った。


「なるほど。確かにそうですね」

「……?」


 二人が分かって私にはピンと来ない。魔道具はただの道具じゃない。そんなのは当たり前……あ。


「……魔法?」

「そうだ。魔法の刃で切る。それならば動作を停止させれば刃が消えるから手入れも要らない。大きさも動きも早さも魔法陣をきっちり作れば管理できる」

「……それ、滅茶苦茶便利じゃないですか」


 ――容器だけを手入れすればいいフードプロセッサー。くっ、そんなの前世でほしかった!

 二人よりも魔法に馴染みの薄いルイーゼは気付くのが遅くなってしまったようだ。


「風魔法で風の刃なんてどうだろうか」

「風……」


 風は空気だ。食材を空気に何度も触れさせるのはいかがなものだろうか。空気に触れることで酸化して色が変わる食材もある。空気である風はまずい気がする。


「風の刃というのが空気でできているなら食材に何度も触れさせたくはないですね。品質が劣化する食材が多いと思います。水分も飛びそうですし」

「ふむ……」


 ギルベルトが再び考え込んだ。するとリタが考えを口にした。


「水の刃は……? これなら空気には触れないよね」

「刃の水分が食材に残らないかしら。べちゃべちゃになるのはまずいし、塩分の多い食材だと刃から水分取っちゃいそうよね」

「……よし、光にしよう」

「光ですか……」


 ギルベルトがニカッと笑った。光というとどうしてもレーザー光線を思い出すのだけど、焼き切るのはまずいと思う。


「光の刃って熱とかはないんですか?」

「熱はない。質量のある光というだけだ。これなら食材に影響を与えることもないだろう?」

「なるほど。それならいいかもしれませんね!」

「ああ。そして回転させるにはだな、中心に魔力伝導率のいい水晶の軸を立てるんだ」

「水晶……」


 ギルベルトの話を要約すると、容器の中心に魔力伝導率のいい水晶でできた軸を立てる。水晶を通して魔石から魔力を伝えて軸を中心に光の刃を発生させて回転させる。水晶の下にはカートリッジ式の魔石をセットできるようにする。魔石は所謂バッテリーのようなものらしい。そして魔石の周りに刃の大きさと回転速度を調整して管理する魔法陣を刻むと。

 結論から言うと、ギルベルトでないと理屈がよく分からないので設計はお任せしたいと思う。


「それで、容器のほうはリタに任せていいか?」

「承知しました。ルイーゼ、密閉じゃないといけないってことだけれど、容器はガラスがいいのよね?」

「ええ、金属だと錆びやすいし、手入れのしやすさからいってもガラスがいいと思うわ。食材を入れる部分だけね。魔法陣を刻む本体からは取り外せるようにしたほうがいいわね。中が見えたほうが仕上がり具合が分かるから」

「ふむ。蓋はガラスじゃなくてもいいのかしら?」

「できれば蓋もガラスがいいのよね。上からも見えるに越したことはないから。それで考えがあるのだけれど」

「考え?」


 ルイーゼの言葉を聞いてリタがワキワキしているのが分かる。クールなようで熱い美少女だ。


「パイリアの樹脂っていう、ゴム……弾力のある素材があったじゃない? あれを容器と蓋の間に挟むのはどうかしら」

「パイリアか……」


 ルイーゼがイメージしたのは前世でいうところのパッキンのようなものだ。ガラス容器の形状は加工工程的に自由度が少ないだろう。でもパイリアの樹脂なら比較的自由に加工できるのではないだろうか。容器と蓋の間に挟むパッキンに加工して、上下にレールのような溝を作るとか。

 ルイーゼの考えを聞いたリタがニヤリと笑った。


「いいわね、それ」

「でしょう? これを使えば容器と蓋をピッチリ固定できるし、食材が漏れ出すこともないわ。液体もいけると思うの」


 プラスチックがあったらもっと楽なのだろうけど、あるものでなんとかするしかない。

 それにしても、今日のお昼休みだけでここまで話が纏まるとは思わなかった。会議の成果にほくほくしながら一人満足感に浸っていると、突然ギルベルトがしどろもどろに話しかけてきた。


「ルイーゼ、もしよかったら今度……」


 ――カラーン、カラーン


 予鈴が鳴った。あと十分で午後の授業が始まってしまう。そろそろ教室へ向かわなければ間に合わない。

 ルイーゼは充実した昼休みに満足しながらギルベルトとリタに向かって挨拶をした。


「それじゃ、ギルベルトさん、リタ。私の話におつきあいいただきありがとうございました。あとはよろしくお願いします! ギルベルトさん、何かお話があったんじゃ?」

「い、いや、また今度でいい……。まあ、機構の設計は任せろ」


 なにやらギルベルトががっくりと肩を落としている一方で、リタは晴れ晴れとした表情をルイーゼに向けている。


「私はすぐに容器の設計に取りかかるわ!」

「二人とも、ありがとう! それと、リタ。……授業は真面目に受けてね」


 ルイーゼは資料室をあとにしたあと、廊下を歩きながら考える。新しい魔道具の出来上がりを想像するとワクワクする。フードプロセッサーができたら何を作ろうか。

 そんなことを考えていたら、教室へ行く途中で男子生徒二人が話しているのが聞こえた。


「殿下の婚約者が決まったらしいぞ」

「へぇ。まだ当分先だと思っていたけどな。……っと、そろそろ行かんと間に合わんぞ」

「っ……! そうだな。次は歴史かよ……」


 いつもならさらっと聞き流すのだが殿下という言葉が耳に入ってつい聞き耳を立ててしまった。そして昼休みがあまり残っていないことに気付いて、男子生徒たちは慌てて去っていった。

 婚約者が決まった……。しばらくは秘密にするという話だったのに、ルイーゼとの婚約の話が漏れてしまったのだろうか。

 話の内容が気になる。ルイーゼは不可解な内容に首を傾げながらも教室へと急いだ。




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