第99話 連絡待ち
魔道具会議をした日から二日、ルイーゼはアルフォンスに一度も会っていない。会おうとしても会えなかったのだ。教室に行ってもお休みしていることしか分からなかった。
二日後の夜、夕食後にオスカーがルイーゼに話があると言うので、ルイーゼの部屋に招いた。するとソファーに座ったオスカーがふぅっと溜息を吐いて、浮かない表情で話を始めた。
「姉上、今学園で噂になっている殿下の婚約の話はお聞きになりましたか?」
「ええ、聞いたわ。一昨日、まだ婚約の話は口外しないようにと陛下に言われたとお聞きしたのだけれど。オスカーは何か聞いていない?」
「僕も真相が聞きたくて、昨日と今日、王宮で殿下に面会をお願いしたのですが……」
オスカーが眉根を寄せて頭を抱えながら再度溜息を吐いた。私はオスカーの表情で何となく察してしまう。
「会えなかったの?」
「ええ、取り次いですらもらえなかったのです。こんなことはご病気のとき以外は今までに一度もなかったのですが……。一昨日学園に父上が来たでしょう?」
「ええ」
「私は一昨日の夜、父上に話の内容を聞こうとしたのですが、『絶対に話せない』の一点張りで取り付く島もないのです。ですが父上の表情を見た感じ、あまりいい話には思えなくて……」
噂の婚約の相手はルイーゼだと思っていたが、オスカーの話を聞いていると、もしかしたら違うのかもしれないと感じ始めた。
だがもし違う相手との婚約の話が出ていたのなら、アルフォンスが何も言ってこないはずがない。あのとき固く約束を交わしてくれたアルフォンスのことを信じているからだ。
「僕は殿下が自分の意志で自由に動くことができないのではないかと考えています」
「……実は私もそう思っていたの。もし婚約の噂の相手が私でなければ、アルフォンス様が教えてくれないはずがないと思うもの」
「そうでしょうね。でもこれ以上はどうにもできない。父上が固く口を閉ざしているということは、それを無理に知ろうとするのは反逆行為になる可能性があります。今は殿下の連絡を待つしかないでしょう」
「そうね……。アルフォンス様はご病気や怪我をされてるわけではないのよね?」
「もしそうなら父上が隠さずにそう言うと思いますので、多分ご無事だと思いますが……」
「そう……。じゃあ取りあえず安心だわ。オスカー、アルフォンス様の状況を教えてくれてありがとう」
「いえ、僕も心配でしたので」
魔道具のことで浮かれている場合ではなかったのかもしれない。一昨日テオパルトに話を聞いた夜に、国王とアルフォンスの間で何らかの話がなされたのではないだろうか。テオパルトは事情を知っていても、王命で箝口令が敷かれていては身内といえども口外はできない。そう推測すると辻褄が会う。
「……ということは、アルフォンス様は軟禁、それか監禁されている?」
もしそうならアルフォンスが自由を奪われている原因の一端はルイーゼにもあるのではないだろうか。だからといって、ルイーゼが動いたところで事態が悪化することはあっても好転することはないだろう。オスカーの言う通り、今はアルフォンスからの連絡を待つしかない。
§
翌日の昼休み、ルイーゼがランチへ行こうと教室の席を立ったところで、男性がルイーゼに会いに来ているとクラスメイトが知らせてくれた。入口付近を見ると、二十代半ばくらいの身なりのいい騎士のような服装を身に着けた男性が立っていた。
どこかで見たような気もするが、直接話した記憶はない。ルイーゼは促されるまま入口に立つ男性の所へ近づいて話しかけた。
「私がルイーゼ・クレーマンです。何かご用でしょうか」
「存じ上げております。私はテレージア王女殿下の護衛騎士をしております、マインハイム王国のノイマイヤー侯爵家のニクラウスと申します」
ニクラウスはルイーゼにマインハイム王国式の騎士の礼をとったあと、無表情のまま話を始めた。
「実はクレーマン侯爵令嬢は以前より王太子殿下と懇意にしてらっしゃると伺ってております」
懇意……ニクラウスはどの程度把握しているのだろうか。結婚の約束を交わしたことを知っているのだろうか。下手な反応は見せないほうがいいだろうが、ニクラウスがどのくらい把握しているのか、知っておきたい気もする。
「弟の友人として仲良くさせていただいておりますわ。ノイマイヤー様」
「そうでしょうとも。王太子殿下はテレージア殿下との関係をいい方向に育まれていらっしゃいます。王太子殿下もテレージア殿下を好ましく思っていらっしゃるようです」
ニクラウスの言葉を聞いて胸がもやもやとする。ルイーゼはアルフォンスの言葉を信じている。だが例え嘘でも恋人が別の女性に気があると聞かされて気分がいいわけがない。
騎士が告げた内容について考えてみる。アルフォンスの立場なら他国の王族に対して無礼な態度を取ることはできないだろう。その様子を客観的に見ると、アルフォンスとテレージアの距離感が近いように見えるかもしれない。ニクラウスがルイーゼにそう思わせようと仕向けているのか、本当にそう信じているのかは判断がつかない。
だがニクラウスがルイーゼを牽制しているということだけははっきりと分かる。ルイーゼをアルフォンスから遠ざけようとしているとしか思えない。
「ノイマイヤー様は何が仰りたいのですか?」
「今は変な噂で波風が立つのはお二人の将来のためによくありません。率直に申しますと、クレーマン嬢には王太子殿下の汚点になるような行動を控えていただきたいのです」
汚点……。ルイーゼがアルフォンスと親しくすることが汚点になるとニクラウスは言いたいのだろう。
だがニクラウスは何の権限があってルイーゼの行動を制限しようとするのか。アルフォンスとルイーゼの関わりを汚点と表現する、目の前の騎士の言葉に言い知れない不快感が湧いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます