第96話 まだ秘密らしい


 お昼休みにアルフォンスに呼び出されたので、ルイーゼはアルフォンスの教室へとやってきた。どうやらオスカーはいないようだ。

 美貌の王太子を前にルイーゼはうっとりと見惚れながらも、今朝の自分を顧みて反省していた。どう考えても浮かれすぎだった。頭の中の花が収まりきらずに脳みそから零れ落ちていた。オスカーもさぞかし呆れたことだろう。


(だって嬉しかったんですもの……。でも反省反省……)


 まだ正式にアルフォンスと婚約したわけではない。気を引き締めないと足元を掬われるかもしれない……と頭では分かっているものの、未だに綿飴のようなふわふわとした甘い幸福感で胸がいっぱいだ。

 教室の窓際に立っていたアルフォンスは、教室に入ってきたルイーゼの姿を見て少しだけ目を見開いた。もしかしてこの縦ロールを見て引いてしまったのではないだろうか。

 どうしよう。アルフォンスは以前、本当は派手な外見は好きではないと言っていたのだ。いくら以前のような恰好を、と言われてもこれはやりすぎだったのだろうか。

 驚いた様子のアルフォンスを前にして、なんとか平静を装いながら言葉を待った。するとアルフォンスが蕩けるような笑みを浮かべて、ルイーゼの頭の周りを包み込むようにゆっくりと両腕を回した。そしてやんわりとルイーゼの縦ロールの弾力を確かめ始めた。一体何を……


「はぁ、いいな。……こうしてみると君の髪型もなかなかいいものだね。フワフワしていて、まるでフロールウサギみたいだ」


 フロールウサギ……それは前世の世界でいうところのアンゴラウサギのような外見をしている。この世界の北に位置するフロールという地方にのみ生息している。愛玩用としても人気がある、毛足の長いモフモフの超可愛いウサギだ。


「あ、あの、殿下……」

「ああ、可愛いなぁ、ルイーゼは。癒される……」


 アルフォンスが縦ロールの感触をうっとりしながらモフモフと楽しんでいる。ルイーゼはそんなアルフォンスの気が済むまで身を任せることにした。それにしてもアルフォンスの「可愛い」は、もしかしてルイーゼが期待している「可愛い」とは違うのではないだろうか。「ウサギちゃん、可愛いねぇ」の「可愛い」なのではないだろうか。そう考えてほんの少し不安になったが、『まあいいか』と開き直った。

 しばらく感触を楽しんだあと、アルフォンスはようやく満足したように腕を下ろした。そしてルイーゼの顔を見てにっこりと微笑んだ。


「ごめんね、ルイーゼ。あまりに気持ちよさそうだったものだからつい……。でもお陰で最近疲れていたのが取れたような気がするよ。ありがとう」

「どういたしまして。お疲れさまです」


 疲れが取れて何よりだ。アルフォンスの満面の笑みを見て、ルイーゼもなんだか幸せな気持ちになった。


「ところで何かご用だったのではないですか?」

「ああ、それなんだけどね……」


 アルフォンスはふっと笑みを消して伏し目がちに話し始めた。


「陛下に君との婚約を報告したら了承されたよ」

「それは嬉しいです。ありがとうございます」


 ルイーゼはそう返事しながら思わず首を傾げてしまった。陛下のお許しを貰ったのに、なぜアルフォンスは浮かない表情をしているのだろうか。


「だけど正式なお披露目までは口外しないようにと言われたんだ。他の令嬢が持っていた婚約者候補の肩書きは取り下げてもらうことになったけど、何か裏があるようで不安になってね。テオパルトが何か知っているんじゃないかと思って聞いたんだけど、何も知らないと言うんだ」

「まあ……」


 それは確かに不安だ。なぜ口外してはいけないのだろうか。婚約の許可が覆るような何かがあるのではないのか。アルフォンスの心が晴れないのも無理はない。ルイーゼも段々不安になってきた。


「まあ、この先何が起こっても、陛下が反対したとしても、俺は絶対に君と結婚するから。継承権を剥奪されたとしても実力行使するよ。ルイーゼはもしそうなっても俺についてきてくれる?」

「勿論ですわ。例えアルフォンス様が農民になっても流浪の吟遊詩人になっても、私はどこまでも貴方についていきますから」

「アハッ、農民に吟遊詩人か。いいね、それ」


 ようやく明るく笑ってくれたアルフォンスの顔を見て私も安心して笑った。アルフォンスの気持ちが晴れたみたいでよかった。


(そういえばアルフォンス様にお伝えしないといけないことがあるんだった。お昼休みの時間はまだ残っているから大丈夫よね)


 ルイーゼは居住まいを正してアルフォンスの顔を真っ直ぐに見て告げた。


「アルフォンス様、私はこれから新しい魔道具の相談をしにギルベルトさんのところへ行きたいのですけれど、よろしいでしょうか?」

「ギルベルト?」


 アルフォンスのこめかみがピクリと動いた。アルフォンスは先ほどと変わらずに艶然たる笑みを浮かべてはいるが、周囲の温度が一気に二~三度下がった気がした。ルイーゼはブルリと震えて二の腕を摩りながら言葉を続けた。


「リタと一緒に行くつもりなので二人きりにはなりませんが……駄目でしょうか?」


 アルフォンスはルイーゼの言葉を聞いて「はぁ」と小さな溜息を洩らした。そして苦笑しながら答えた。


「仕方ないなぁ。俺がルイーゼのお願いを断れるわけないだろう?」

「ありがとうございます、アルフォンス様!」


 よかった。これで魔道具会議ができる。リタの所に急がないと。


「あ、ルイーゼ。俺も一緒に行くから」

「え」


 王太子殿下が同席している状態で、皆リラックスして会議ができるだろうか。ルイーゼは若干不安を覚えながらも、アルフォンスの申し出を受け入れることにした。




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