第80話 クリームパンと芋アンパン
聞きなれない単語を聞いて、この場にいる全員がきょとんとした表情を浮かべる。ルイーゼはそんな皆の顔を見て確信する。やはりこの世界には菓子パンというものが存在しないと考えて間違いなさそうだ。クリームパンやアンパン、ジャムパンなんか凄く美味しいのに誰も食べたことがないなんて勿体ない。
実はルイーゼが作ろうと考えているアンパンは小倉餡のアンパンではない。なぜならこの世界に小豆が存在するかどうかが甚だ疑問だったからだ。元々餡子が存在しないのに小豆が栽培されているのだろうかと。
仮に小豆があったとしても、パン作りの傍ら小豆から小倉餡を作るのは、たった二人の家族では難しいのではないかという懸念もあった。そこでロイに買ってきてもらうように頼んだのは……。
「クリームパンの中身はすでに作ったので、次はロイに買ってきてもらったサツマイモで芋餡を作りたいと思います」
「芋餡?」
ロイがいかにも理解できないといった表情で聞き返す。確かにそうだろう。ルイーゼが知る限り、この世界のサツマイモは動物の飼料として使われるだけで、人間の食べ物としての認識ではない。人間の食料としての認識ではないのだから、品種改良もされていない。したがって安納芋のような糖度の高い高級なサツマイモは当然のことながら存在しないし、飼料用に大量に生産されていて非常に安価だ。
前世のルイーゼは、お隣の家の幼稚園生が園外活動で掘った芋をお裾分けで大量に貰うことが多かった。安納芋ではないのでそのまま茹でても甘さはいまいちだった。そこで、いただいた芋の半分を芋餡に加工して冷凍しておくことにしたのだ。
この世界のサツマイモの価格を考慮すると、ルイーゼが前世で作っていた芋餡のアンパンならば原価も手間も低く抑えられるし、味も申し分ない。
「ロイに買ってきてもらったサツマイモを使って餡を作ろうと思うの」
「えっ!? ルイーゼ、サツマイモって家畜の飼料だよ?」
疑問を呈するロイに首を左右に振ってニコリと笑う。
「サツマイモという植物は、栄養価が高くて、調理法によってはとても美味しく食べられるものなのよ。それに保存も効くからいざというときの食糧としても優秀なの。それじゃ、まず芋を洗って皮を剥きましょう。これは全員でやりましょうか。あ、ローレンツ様は無理しなくていいですからね」
貴族の令息に芋の皮剥きができるとは思わず、ローレンツにそう告げた。するとローレンツはルイーゼの言葉を聞いて、ナイフを手に取り指先でクルリと回して見せた。凄く格好いいです。
「歪になるかもしれませんが、私も手伝いますよ。刃物の扱い方は心得ていますので、すぐに慣れるでしょう」
「あ、ありがとうございます! 助かります」
今回は試作なので買ってきてもらったのは大きなサツマイモ十個ほどだ。サツマイモの表面の土を残さないように丁寧に洗う。
そして生のサツマイモの皮はかなり硬い。ナイフでサツマイモの皮を剥きながら切望する。ピーラーが欲しい。そのうち開発して売り出してやる!などと考えながら一心に皮を剥き続けた。
「全部綺麗に剥けましたね。次にサツマイモを一センチ弱くらいの輪切りにして水にさらします」
酸素に触れるとすぐに変色してしまうので、素早く切ったサツマイモを水を張ったボウルへ入れていく。アクを抜くためにそのまましばらく水にさらす。理想的には二時間程度はさらしておいたほうがいいのだが、パンの一次発酵が終わるまでにあまり時間がないのですぐに蒸し始める。
「蒸したお芋を食べてみて。きっと美味しいわよ」
蒸し上がったサツマイモを皿にとって小さく分け、ロイ、ニコラ、ローレンツの三人に勧めてみた。加工しなくても蒸したばかりの芋はそれなりに美味しい。
「熱っ、んっ、これ本当に飼料……? ほこほこして少し甘くて美味しい……」
「本当ですね、ほんのり甘みがあってこれはなかなか……」
「あら、美味しい」
「そうでしょう。軽くお塩を振って食べても美味しいんですが、この蒸したサツマイモを今から加工していくんですよ」
蒸したての熱々サツマイモはなかなかに好評のようだ。皆の意表を突けたことが嬉しくて、思わず笑みが零れてしまう。
蒸し上がったサツマイモを鍋に移して木の棒で潰していく。個人的にはごろごろ粒が残っているのが好きだが、包みやすいようになるべく細かく潰していく。そこへ砂糖と牛乳を加えて弱火で加熱する。牛乳で堅さを調節していくのだ。パンに包むときに餡を分割するので、緩めすぎないように注意する。
「そろそろ一次発酵も終わったかしらね。包みやすいようにカスタードクリームと芋餡を大体五十グラムくらいずつに分けていきましょう。ニコラさんのほうはパン生地の分割を」
一次発酵が終わった生地を麺棒で伸ばしてガス抜きをする。次にガス抜きした生地を約五十グラムずつくらいに分割していく。そして分割したパン生地を丸めて乾燥しないよう硬く絞った布をかけて休める。前世でいうところのベンチタイムという工程だ。
三十分程休めた生地を丸く平らに伸ばしたあと、先ほど分割しておいたカスタードクリームと芋餡を包んでいく。丸く包んできっちり閉じたあと、形に違いをつけるために、クリームパンは平らにしたあとに縁に切り込みを入れる。そして芋アンパンは平らにしたあとに真ん中を大きくへこませる。
成形したあとは二次発酵に入る。五十分ほど経ったあと、二次発酵の終わった生地は再び大きく膨らんでいた。艶出しのため、生地の上面に薄めた卵液を塗布する。そしてあくまで個人的な好みだが、サツマイモには黒胡麻の風味がよく合うと思う。ということで芋アンパンのへこんだ中央部分に少量の黒ゴマを散らしておく。
出来上がった生地を天板に並べてオーブンに入れる。外側の生地が薄いので焼き時間は短めだ。オーブンからは焼き立てパンのいい香りがしてくる。夕食もまだなのでとてもお腹が空いている。ここにいる全員がお腹の虫の大合唱だ。お腹の虫も皆で鳴らせば怖くない。焼いているパンと一緒に皆の期待も最高潮に膨らんでいた。
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