第61話 チーズケーキ
月曜日の午後の授業が終わり、ようやく放課後となった。待ちに待った製菓クラブの時間だ。調理室へ向かいながら廊下を歩いているとやはりちらちらと見られる。あからさまに隠しもせず、人によっては二度見をしていくのだ。珍獣を見るような視線には馴れたつもりだったがまだまだ甘かったようだ。
今日は放課後の時間に合わせて使用人に持ってきてもらったものがある。先週の金曜日、王都の食料品店で購入したクリームチーズだ。あのときはまさに宝物を見つけたような気分だった。食料品店の地下のワイン蔵にその宝物はあった。
食料品店の地下のワイン蔵はひんやりとしていて、ワインは勿論のこと、いろいろな種類のチーズが置いてあった。日本でも馴染みのあるゴーダチーズやカマンベールチーズを見て、思わずごくりと唾を飲んだ。いっそ全種類買って帰りたかったが、今回はクリームチーズを多めに購入することにした。
調理台の上にどんっとクリームチーズの袋を置いて皆に提案する。
「金曜日に食料品店でクリームチーズを見つけたので買ってきたの。皆さえよかったら今日はチーズケーキを作ってみない?」
予告なしの提案だったので受け入れられるかどきどきしてしまう。するとカミラが嬉しそうに笑って答えた。
「チーズケーキ……初めて聞いたわ。チーズはお料理に使うのしか見たことがないから」
「私も食べてみたーい」
「なんだか味が想像できないわね。楽しみ!」
カミラが頷くと他の部員も皆賛成してくれた。チーズケーキが食べたかったのでとても嬉しい。
「それじゃあ、今日はベークドチーズケーキを作るわね。結構難しくて私もときどき失敗しちゃうんだけど」
調理台の上のチーズの包み紙を剥がしながら説明する。クリームチーズは常温でいい感じに柔らかくなっている。
「まずこのクリームチーズに砂糖を加えてホイッパーで擦り混ぜるの。ちょっと力が要るから交代でやりましょうね」
最近になってようやく手首の痛みが治まってきた。包帯はもうしていないがあまり動かさないように気を付けないとまた悪化してしまうので、申し訳ないが擦り混ぜ工程は他の部員に任せる。
「そしてクリーム状になったら溶かしたバターを加えて混ぜるのよ。よく混ざったら卵黄だけを一つずつ加えながら混ぜるのを繰り返して」
卵黄が混ざって、生地が黄色みの強いクリーム状になる。
「この生地に少し温めた牛乳を少し入れてまた混ぜるの」
あまり水分を入れたくないので本当は牛乳ではなく生クリームを加えたいところだがないものは仕方がない。
「それからレモン汁とバニラの粒を入れるのよ」
「えっ、レモン汁を入れるの?」
「ええ、入れたほうが酸味が少し加わって美味しくなるわ。チーズケーキは割とこってりとしているから」
レモン汁を入れ過ぎないよう注意しながら混ぜ合わせる。そして鞘を開いてしごいたバニラビーンズの粒を生地に加えて混ぜる。
「そしてふるった小麦粉を加えるの。ここはむらなくだまなく完全に混ぜてね」
小麦粉はいっそ練るくらいにしっかりと混ぜていいくらいだ。どっしりと重いのも好きだけど、ルイーゼはスフレのように口に入れるとふわりと溶けるチーズケーキが食べたかった。そこで予め泡立ててもらっていた残りの卵白を加える。
「それから、予めしっかりと泡立てておいた残りの卵白を何回かに分けて加えるのだけど、ボウルを回転させながら底から混ぜ返すようにサクッと混ぜて。あまり泡を潰さないようにね」
いい感じに生地に空気が含まれた。前もって丸い金属のケーキ型に紙をかなりの高さまで敷いておく。なぜなら焼いたときに生地がかなり膨れるからだ。一時的にではあるが型の高さを優に超えるだろう。蒸し焼きにするので金属の型は底の抜けないものが好ましい。この世界に底の抜ける丸型があるのかは分からないが。
生地をゆっくりと流し込んで天板に型を載せてオーブンに入れる。湯せんをするのでお湯を天板に注ぐ。そして低めの温度で長時間かけて焼くのだ。ルイーゼは前世でよく作っていたから知っている。スフレタイプのケーキは面白いほどに膨らむのだ。膨れるところが凄ーーく見たい。オーブンの中が見えないのが残念だ。
そしてこれはシュークリームのときと同じなのだが、最後に焼成が終わってもすぐにオーブンの扉を開けないようにする。急激に温度を下げると面白いほど膨れたケーキがこれまた面白いほどに萎むのだ。萎んでしまうと悲しいので、火を消してもしばらくは取り出さない。少し時間が経ったあとオーブンの扉をほんの少しだけ開け、中の熱気を徐々に逃がす。騙し騙し室温に慣らす感じだ。そしてようやく天板を取り出す。どうか萎まないでくれと祈りながら。
すぐに型から取り出そうとするとひっくり返したときに自重で潰れるので、ある程度冷めて生地が少し硬さを持つまで弄らないようにする。熱が取れたらようやく型から取り出して紙を剥がす。出来上がったチーズケーキはあまり萎まなかった。あれだけ気を付けても最初に取り出したときよりも萎んでしまう。悔しいがある程度は仕方ない。萎み率を抑えるのがスフレ系のお菓子のポイントだと思う。
出来上がったチーズケーキの表面にあんずジャムを塗る。艶々して美味しそうな見た目のためというのもあるが、パサつくのを抑えたいという理由が大きい。
「ああん、美味しそう!」
「早く食べたーい!」
「すごく美味しそうな匂いだわ」
皆が口々に感嘆の声を漏らしていると、「こんにちは」と言ってオスカーが迎えに来てくれた。とてもタイミングがいい。とても。今日は丸型三個分は作っているので量には割と余裕はある。
「なんだかとても美味しそうな匂いがしますね……」
「今日はベークドチーズケーキよ。オスカーには私の分をあげますからね」
「わあっ、嬉しいです! いつもありがとうございます!」
オスカーがとても嬉しそうに破顔する。甘いものにあまり執着しない子だと思っていたけど、そうでもなかったようだ。そう話すと、オスカーが恥ずかしそうに答えた。
「違いますよ。姉上たちの作ったお菓子はどれも美味しいからです」
何この子、可愛い……。弟じゃなかったらいろいろと危なかった。
「あの、それと、一切れでいいので殿下に持っていってもいいですか?」
確かにアルフォンスは甘いものが好きなようだから、とても喜びそうだ。だが……
「私からお渡しして期待をさせてしまうと申しわけないから、オスカーからお渡しするならいいわよ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなオスカーの顔を見て、本当にアルフォンスのことが好きなのだなと思う。ルイーゼもチーズケーキで少しでもアルフォンスを元気にできるなら嬉しいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます