第12話 さくさくクッキー その2


 放課後の調理室で製菓クラブに勤しむ面々。今日の課題は自由選択だ。何でも自由に作っていいなら一番得意なお菓子を製菓班の皆に紹介したい。そう考えて、ルイーゼは屋敷で初めて作ったクッキーを伝えることにする。


「うん。ええとね、まずバターにお砂糖を加えてね……」


 とはいえ左手は使えない。本当に不便だ。重労働だけどバターの攪拌を交代で他の子に頑張ってもらう。常温に戻したバターでも最初のうちはなかなか力が要るものなのだ。卵の攪拌と違って、砂糖を入れたバターはホイッパーで擦り混ぜるといった感覚に近い。


「勝手が悪いでしょ? 最初はバターがホイッパーの中に入りこんじゃうのよねぇ」

「そうだねぇ」


 混ぜているうちに段々バターが空気を含んで白っぽいクリーム状になってくる。そうなってくれば少しは攪拌が楽になるのだ。


「力仕事をさせてごめんね?」

「いいわよ、気にしないで」


 カミラがにこりと笑って答えてくれる。今ちょうど攪拌係がカミラに交代したところだった。やっぱり大量のバターの攪拌は並大抵の労働じゃない。

 バターの攪拌が終わったあとはよほど疲れたらしく、皆腕をぶらぶらさせて筋肉をほぐしていた。どうか皆が筋肉痛になりませんようにと密かに祈っておく。


「次に溶いた卵をまずはすこーし入れて、完全に混ぜ合わせるの」

「ふむふむ」


 クリーム状になったバターに、よく・・溶いた卵を少しだけ入れて完全に混ぜ合わせる。そしてまた少しだけ入れる。これを繰り返してバターと卵を完全に混ぜ合わせるのだ。

 バターと卵を混ぜ合わせるときに焦りは絶対に禁物だ。なぜなら根気よくやらないと卵液の水分でバターが分離しやすく、一度分離してしまうと失敗になってしまう。分離してしまったらもう元には戻らないのだ。ここがクッキー作りの一番の難所となる。


「まあ、綺麗に混ざったわね」

「「「やったー!」」」


 白っぽいクリーム色から少し黄みがかった色になった生地に、小麦粉を篩いながら落とし入れて、ボウルを回転させながら、ヘラで底から返すように全体に混ぜ込む。バターに空気をしっかり含ませているので、よほど練らない限りは大丈夫だ。


「だまが無くなって均一になるまで混ぜてね」

「はぁい」


 それと今回のクッキーには……。


「アーモンドの刻んだのを入れましょう」

「アーモンド?」

「ええ、スライスしたのをさらに細く切って混ぜてみましょう。あとバニラね」


 アーモンドのスライスしたものをさらに細く切ったものとバニラの粒を、生地に軽く混ぜ合わせる。そして出来上がった生地をスプーンで掬って天板の上に並べていく。結構膨れるので間を空けて、と。


「型抜きじゃないのね」


 カミラが不思議そうに首を傾げながら尋ねる。


「ええ、このクッキーは生地が柔らかいから型抜きは無理なの。でもスプーン一つで形作れるから簡単でしょ?」

「そうね」


 カミラが笑いながら納得したように頷く。しかしルイーゼはこのサクサククッキーより少し歯ごたえのある型抜きのクッキーも好きだ。きっと皆でわいわい言いながら好きな形に抜いていく作業はとても楽しいだろう。

 そういえば前世ではアルファベットと猫とクリスマスツリーの形をした型を持っていた。想像するとなんだかわくわくする。ぜひ今度型抜きのクッキーも作ってみよう。

 生地を並べた天板をオーブンに入れて、あとはひたすら焼き上がるのを待つ。焼成が進んでくるといい香りが辺りに漂ってくる。オーブンから漂ってくる甘い香りにカミラが感嘆の声をあげる。


「わあ、美味しそうな匂い! 早く食べたいわ!」

「ふふ。ココアパウダーを混ぜても美味しいのよ、チョコチップとか」

「まあ! 想像しただけで美味しそうね!」


 クッキーが焼き上がったようだ。オーブンから天板を取り出し、焼き上がったクッキーをお皿に乗せていく。そして焼きたてのクッキーに手を伸ばす製菓班の面々から笑顔が零れる。


「わぁっ、ふわふわ。あつっ、はふはふ。むぐむぐ……」

「どう……?」

「「「美味しい!」」」


 熱いうちに食べるとまだ柔らかくて、クッキーというよりはプチケーキみたいな食感だ。だけど冷めるとさくっと口当たりの軽いクッキーになる。


「バニラの香りがいいわ。アーモンドの香ばしい香りも後を引くわ」

「ねえ、ちょっと! 熱いうちにそんなに食べたら残りが少なくなっちゃうわよ」

「えー? だって美味しいんだもの」


 皆が各々に感想を口にしながら、まだ焼けたばかりの熱いクッキーを美味しそうに頬張る。作るときも楽しいけど、皆でお菓子を食べるときはもっと楽しい。美味しいは正義だ。憂鬱な気持ちも美味しいお菓子を食べると幸せな気持ちに変わる。

 クッキーを冷ましている間にカミラが話しかけてきた。


「そういえば、うちのクラスに転入してきたモニカって子なんだけど」

「ええ」


 モニカの名前を聞いてドキリとする。ふとこの間の保健室でのモニカの言動を思い出す。今はあまり思い出したくない人物だ。


「一週間前に製菓クラブに入部していたらしいの」

「ええっ!?」


 カミラの話を聞いて思わず驚いてしまう。初耳だ。入部して一週間、ルイーゼは毎日製菓クラブに参加しているが、モニカの姿は一度も見た記憶がない。不思議に思ったのでカミラに尋ねてみる。


「でも、一度も見かけてないわよね?」

「ええ、そうなの。入部はしたけど参加はしてないのよね」

「そうなんだ」


 ――話を聞いた感じじゃ、モニカさんは幽霊部員みたい。確かゲームのヒロインの設定ではお菓子作りが趣味って書かれていた気がするけど、実際には違うってこと? 転生者だからゲームの設定とは違うのかしら。

 首を傾げるルイーゼにカミラが肩を竦めて話を続ける。モニカに対して若干呆れているような様子が見える。


「放課後も毎日王太子殿下にべったりだから、クラブに参加する暇なんかないんじゃないかしら」

「なるほど」


 アルフォンスを攻略していたからクラブに来なかったのか。保健室で会ったとき、モニカはアルフォンスに対してとても前のめりな姿勢を見せていた。保健室での様子から察するに、アルフォンスの攻略ルートか逆ハーレムルートを進もうとしているのだろう。


「あっ、噂をすれば……」

「えっ?」


 カミラの視線の方へ振り向くと、調理室の入口から入ってきたばかりのモニカの姿があった。入口で部屋全体をきょろきょろと見渡し、ルイーゼの姿を見つけるや否や口角を上げて笑みを浮かべた。ルイーゼは笑っているモニカを見て嫌な予感しかしなかった。




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